第七章 第六話 レイラの配下とその事情
今回のワード解説
クラスター……数えられる程度の複数の原子・分子が集まってできる集合体。個数一〇~一〇〇のものはマイクロクラスターと呼ばれ,特殊な原子のふるまいが見られる。
「カレン、体力と精神力のほうはどうだ?」
「体力は回復したけど、魔法は使えそうにないわ」
「そうか。ならよかった」
カレンの体力が元に戻ったと知り、俺は彼女を下ろす。
「え?」
「問題なのが魔法だけなら、アイテムボックスに精神力を回復する霊薬が入っているから、それを飲んでくれ」
俺の説明にカレンはなぜか不服そうな表情をする。
「もしかして自然回復のほうがよかったか?」
あの霊薬は即効性がある分、味のほうはお世辞にも美味しいとは言えない。
苦手意識を持っている人のほうが多い。
「そうじゃないけど…………もういい」
突然カレンは顔をプイッと横に向けるとアリスのもとに向かい、アイテムボックスから精神力を回復させる霊薬を取り出して飲み始める。
彼女が何を考えているのか、俺にはさっぱりわからなかった。
とにかく切り替えが大事だ。
俺は洞窟奥に視線を向ける。
なぜかわからないが嫌な予感がする。
この先に進めば、もう後戻りができないような、まるで運命の分岐点に立たされている気分だ。
だけど、この先に進まなければこの場に来た意味がなくなる。
「カレンお姉ちゃん霊薬を飲み終えました。美味しくないのに偉いです」
「アリス、余計なことは言わないでよ」
霊薬を飲み終え、準備が整ったことをアリスが教えてくれた。
「よし、先に進もう」
隊列を作り直し、俺たちは更に奥に進む。
自然にできた細長い道を歩くと、開けた場所に出た。
盗賊の宝物室なのだろう。
先ほどの部屋よりも、数多くの宝石や武器などが無造作に置かれている。
そして部屋の中央には人が立っていた。
漆黒の鎧を身に着けているも、兜はしておらず、金色の短髪の人物であることがわかる。
「お久しぶりですレイラ様。今日はどのような要件で起こしになられたのでしょうか?」
振り向きもせずに、短髪の人物がレイラの名前を言う。
「久しいな。イアソン、一度だけしか来たことがないが、いつの間にか趣味を変えたか?お主が宝物に囲まれている姿など、想像すらできなかった」
「ええ、お陰様でこのような収集癖がついてしまいました。ですがこれらは私の私利私欲の産物ではなく、主に献上するものです」
イアソンと呼ばれた鎧の人物が振り向く。
涼やかな目線、すっきりした鼻筋に甘い口元の顔立ちが整った優男だ。
「そうか。なら話は早い。この者が盗賊から大事な杖を奪われたようでな。早速だが、彼女に返してやってほしい」
レイラが返すように命令を出すと、イアソンは口角を上げる。
「アハハハハハ、アーハハハハハ」
何が可笑しかったのか、イアソンは腹を抱えて笑い出した。
「何が可笑しい?」
「いえ、すみません。予想外の言い回しだったので、つい笑ってしまいました。まさかまだ気づいていないとは」
「気づいていないとは?」
「こういうことですよ」
イアソンがパチンと指を鳴らした。
その瞬間、上空から何かが落ち、地面に着地する。
ジェル状の生き物、スライムだ。
やつらは俺たちを包囲し、逃げ道を塞いだ。
「気でも狂ったのか。主に手を上げるなど、反逆であるぞ」
「いいえ、私は狂ってはいません。とても正常です。それに、私はもう、あなたの配下などではない」
「な……何を言っている」
男の言葉が信じられないのか、レイラは語気の弱い発言をした。
「気づいているはずです。あなたの周囲から魔物がいなくなっていることに。それはみんなあなたに愛想を尽かして出て行ったからです」
イアソンの言葉に、俺はキャメロット城でのできごとを思い出す。
確かに、日が経つにつれ、城内でジルとランスロット以外の、レイラの配下である魔物を見る機会は減った。
「私は昔からあなたに不満を抱いていました。魔物の頂点に立とうとしている者が、人間ごとき下等生物に現を抜かしているなど。ですが、当時はまだ魔物としての牙は健在、私は目を瞑って我慢していました。ですが!」
語っていた男は俺をキッと睨みつけると人差し指で差した。
「この男に敗北してから、人間を襲うなと、頭が可笑しい命令を私たちに下した。ついにあなたは、魔物としても牙まで抜かれ、魔王としての誇りまでも失ってしまった。これ以上、あなたのもとにいては、魔物として腐っていく。そう認識した我々は新な主を求め、それぞれ散っていった。再び志を同じくし、協力し合えるその日を夢見て」
イアソンの言葉が心に突き刺さったのかはわからない。
レイラは俯き、無言であった。
「私は忘れない。精霊であったころのあの残虐非道な行為を!生き物を道具としてしか見ていない愚かさを!だから魔物として生まれ変わったとき、私は全ての人間を亡ぼすことを決めた。これ以上、犠牲者を出さないために」
「確かに、イアソンの言うとおりだ。余はデーヴィッドに敗北する前は人間を憎んでいた。自分たちの都合しか考えないその愚かさを後悔させてやろうと常に思っておった」
俯いていたレイラが顔を上げる。
覚悟を決めたのか、イアソンに鋭い視線を送る。
「だが、デーヴィッドやその仲間たちのことを知り、すべての人間が悪ではないことを知った。中には腐っているものもいるが、人としてあるべき道をまっとうする人間も少なからずいる。全ての人間を消すのは間違っているのだ。例え道が違えようと、余はこの道を突き進む!」
レイラが格好良くセリフを決めると、静寂が訪れる。
「ハハハハハ、アーハハハハハ!まさか、ここまで人間に毒されているとは思っていませんでしたよ。あなたがそんな態度でいるから、周囲の魔物は離れて行く。あなたは孤独となるのですよ。」
イアソンの言葉が耳に入り、俺は拳を握ると震え出す。
一秒でも早く、あのイケメンの顔面に叩き込みたかった。
レイラは変わってくれた。
人間のことを知り、間違った知識をもっていたことを反省し、変わろうと努力をしていた。
彼女は魔王だ。
それなりにプライドは高かったはず。
己の信念が強い人は簡単には折れないのだ。
それなのに、レイラは魔王としての誇りを捨て、逆に人を愛そうとしている。
そんな彼女の努力を踏み躙るようなイアソンを、俺は許せない。
「きっと城に帰った頃には誰もいませんよ。従順だったランスロット卿やジル軍師さえも、あなたに愛想を尽かしているはず。人間の犬に成り下がった魔物のクズにはね」
「イアソン! 呪いを用いて我が契約せしウンディーネとフラウに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。アイシクル」
空気中の酸素と水素が結合し、水分子のクラスターによって水が出現すると、三角錐を形成。
その後、水の気温が下がり、熱エネルギーが極端に低くなったことで氷へと変化、複数の氷柱を作りあげると、一気に解き放つ。
前方を塞いでいるスライムの核は破壊して倒すと、俺は地を蹴って走り出し、イアソンの前に到達した瞬間、拳を振り上げた。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます!
今回の話で第七章は終わりです。明日は第七章の振り返りとしてあらすじを書く予定です
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えてもらえると助かります。
また明日も投稿予定なので楽しみにしていただけたら幸いです。




