第七章 第四話 突撃西の洞窟
今回のワード解説
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視床下部……間脳に位置し、自立機能の調節を行う総合中枢である。体温調整、摂食行動、睡眠・覚醒、ストレス応答、生殖行動など非情に多岐にわたる行動調節をしている。
クラスター……数えられる程度の複数の原子・分子が集まってできる集合体。個数一〇~一〇〇のものはマイクロクラスターと呼ばれ,特殊な原子のふるまいが見られる。
暗順応……明るいところから暗い部屋に入ると,初めは物が見えにくいが次第によく見えるようになる。これは暗闇に入ると眼の網膜の光に対する感度が時間とともに増加するためで,この自動調節現象を暗順応という。
錐状体……網膜の視細胞の一。円錐状の突起をもつ細胞。昼行性の動物に特に多く、色彩を感じる物質を含む。
杆状体……脊椎動物の目の網膜にある、棒状の突起をもつ視細胞。弱い光に鋭敏に反応する視紅 (しこう) を含み、光の明暗を感知する。
視細胞……光受容細胞の一種であり、動物が物を見るとき、光シグナルを神経情報へと変換する働きを担っている。脊椎動物の網膜においては、視細胞はもっとも外側にシート状に並んで層を形成している。
脳脊髄液……脳室系とクモ膜下腔を満たす、リンパ液のように無色透明な液体である。弱 アルカリ性であり、細胞成分はほとんど含まれない。略して 髄液 とも呼ばれる。脳室系の 脈絡叢 から産生される廃液であって、脳の水分含有量を緩衝したり、形を保つ役に立っている。一般には脳漿 のうしょう)として知られる。脳脊髄液を産生する脈絡叢は、 側脳室 、 第三脳室 、 第四脳室のいずれにも分布する。第三脳室、第四脳室の脈絡叢が発達しているのでそのふたつから産生されるのが多い。
プロスタグランジンⅮ2……一般的なアレルギー炎症であるⅠ型アレルギーにおけるコンダクター細胞として知られているマスト細胞が分泌する主要なプロスタノイドであり,喘息発作時やアトピー性皮膚炎での炎症部位。
アデノシン神経系……アデノシンの神経。アデノシンとは、神経伝達物質ではないものの、中枢神経系でもニューロンやグリア細胞から細胞外へと遊離して、神経系の活動を調節する物質の1つである事が知られている
迷走神経……12対ある脳神経の一つであり、第X脳神経とも呼ばれる。副交感神経の代表的な神経 。複雑な走行を示し、 頸部と胸部内臓 、さらには腹部内臓にまで分布する。脳神経中最大の分布領域を持ち、主として副交感神経繊維からなるが、 交感神経とも拮抗し、 声帯 、心臓 、胃腸 、消化腺の運動、分泌 を支配する。多数に枝分れしてきわめて複雑な経路を示すのでこの名がある 。延髄 における迷走神経の起始部。迷走神経背側核、 疑核 、 孤束核を含む。迷走神経は脳神経の中で唯一 腹部にまで到達する神経である。
GABA神経系……GABAの神経系。脳内でGABAは「抑制系」の神経伝達物質として働いている。GABAは正反対の働きをしている。脳内の神経伝達物質は、興奮系と抑制系がほどよいバランスをとっていることが大切である。興奮系が適度に分泌されると気分が良く、元気ややる気にあふれ、集中力やほどよい緊張感がある。
ヒスタミン覚醒系……肥満細胞のほか、好塩基球やECL細胞がヒスタミン産生細胞として知られているが、普段は細胞内の顆粒に貯蔵されており、細胞表面の抗体に抗原が結合するなどの外部刺激により細胞外へ一過的に放出される。また、マクロファージ等の細胞ではHDCにより産生されたヒスタミンを顆粒に貯蔵せず、持続的に放出することが知られている。
洞窟内に入ると、次第に暗闇に包まれる。
暗順応と呼ばれる現象だ。
目の奥の光を感じる網膜は、錐状体と杆状体と呼ばれる視細胞から成り立っている。
明るいところで働いている視細胞内の物質が分解され、暗闇に入ったあとに再構成する必要があるため、一時的に視力が落ちてしまう。
「暗いねぇ、明かりをつけるかい?」
「いや、明かりをつけてしまえば敵に気づかれる。このまま目が慣れるのを待とう」
数秒ほど待ってみると、再構成がされたみたいで、薄暗いが足下がわかる状態にはなった。
「俺は大丈夫だが皆はどうだ?」
「私は大丈夫」
「あたしも問題はないわ」
「わたしも同じです」
「すまない、あたいはまだ目が慣れていない」
ライリーだけが視力の回復が追いついていない。
同じ時間に入ったからといって、全員が同じタイミングで視界が良好になるわけではない。
視細胞の物質の元はビタミンAであり、これを多く摂取すると視細胞物質の再合成がしやすくなる。
逆に不足すると、今のライリーのように時間がかかってしまうのだ。
ライリーの回復を待ち、ゆっくりと進む。
もうすぐ、カレンが教えてくれた場所だ。
「この前に入手した杖、あれどうなった?」
「ボスが持っているってよ。せっかく金になると思っていたのに、取り上げられてしまった」
どうやら話に夢中で俺たちには気づいてはいないようだ。
「先手必勝!呪いを用いて我が契約せし知られざる負の生命の精霊に命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ドーズ」
「なんだか眠くなっちまった」
「俺も」
エミが迅速に行動に出たようで、魔法により盗賊の二名はその場で崩れ落ち、眠ってしまった。
「今の、睡眠魔法か?」
「そうよ。人間起きていれば、脳脊髄液の中にプロスタグランジンD2が増えいくの。睡眠物質の増加は、脳膜にある受容体によって検知され、アデノシン神経系を経由して脳の睡眠を司る視床下部に伝わるわ。視床下部にはGABA神経系があって、これが活発になると、ヒスタミン覚醒系を抑制するため、眠くなるのよ」
「なるほどな」
「エミが何を言っているのかさっぱりわからないわ」
難しい話をエミがしたからか、カレンは話についていくことができないでいるようだ。
「つまり、脳の中に眠くなる物質が増えると、脳がそれ以上増やさないために身体を動かさないように指令を出す。その結果人は眠ってしまうってわけだ」
「ああ、そういうこと。つまりあいつらは、その睡眠物質が魔法の力で強制的に増やされて眠ってしまったってわけね」
なるべくわかりやすいように説明したからか、どうにかカレンは理解してくれたようだ。
「でも、専門の精霊であるサンドマンの力を使っているわけではないから、長時間眠らせることはできないわよ。大きな物音を立てたら起きてしまうわ」
「それでもムダに戦闘をするよりかはマシだ。先に進もう」
盗賊の一味を起こさないように気をつけつつ、先を急ぐ。
先に進むと空気が悪く、砂埃が蔓延している。
「みんな砂埃が蔓延して空気も悪いから、咳やクシャミには気をつけてくれ」
「それ、フラグってやつよ。デーヴィッドが一番気をつけなさい」
エミがよくわからないことを言う。
だが、なぜか彼女の言うことは気をつけないといけないと感じた。
洞窟内の通路を進むと、扉を見つけた。
「余が初めて訪れたときには、扉などなかったと思ったが」
ということは、盗賊たちが取りつけたものなのだろう。
扉に顔を近づけ、カレンと一緒に聞き耳を立てる。
「ダメだな。何も聞こえない。カレンのほうはどうだ?」
「私のほうも聞こえないわ」
おそらく、ここがカレンの言っていた小部屋なのだろう。
探知魔法の発動からまだそんなに時間は立っていない。
この中に残りの盗賊がいると考えるべきだ。
扉をゆっくりと開け、そっと中の様子を見る。
小さな隙間から見る限り、二人の盗賊の姿を確認することができた。
部屋の内装を見る限り、盗賊たちの寝室のようで、棚には盗品だと思われる装飾品などが飾られている。
部屋の奥に扉が見えた。
だが、先に進むには中に入ってあいつらの目を欺かなければならない。
「エミ、この前の認識魔法で誤魔化すことができないか?」
「できないことはないとは思うけど、同時に複数の人にかけたことがないからわからないわ。成功したとしても、カレンのようにあたしも身動きが取れなくなるかもしれない」
やったことがないのに、無理してしまうと大きな反動がくる。
それはカレンの一件で学習した。
盗賊のアジトにいる状況下で、そのようなリスクを負うのは危険だ。
「でも、何ごとも挑戦よね!呪いを用いて我が契約せし知られざる負の生命の精霊に命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。は、は、ハクション!」
呪文の詠唱中に突然エミが大きなクシャミをしてしまったようだ。
俺たちは彼女のクシャミを聞いた瞬間、時が止まったかのように固まってしまった。
ゆっくりと振り返り、エミを見る。
彼女は顔を赤くして俯いていた。
「なんだ!今の音は!」
「侵入者か?」
流石にあれだけ大きな音を出せば、盗賊たちに気づかれて当たり前。
「俺たちが寝ている間に侵入しやがって」
「だが、これで逃げ場はない」
先ほど眠らせた盗賊まで起こしてしまったようだ。
両側を挟まれ、逃げ道がない。
まさに前門の虎後門の狼といった感じか。
「こうなったら仕方がない。戦うぞ。俺とカレンは前方の二人、後方の敵はライリーに任せる。エミはアリスを守りつつ、余裕があればサポートをしてくれ」
「「「了解」」」
「ヒャッハー、殺して身ぐるみを剥いでやる!」
盗賊たちが斧を振り上げながら接近してくる。
魔物相手ならともかく、人に対してあまり魔法を使いたくはない。
魔法は便利なものだが、使い方を間違えれば危険な武器になる。
威力が高い分、軽いケガでは済まない。
対人戦で一番いいのは、風の精霊による魔法だ。
これが一番殺傷能力は低い。
だけど、洞窟内である以上は条件が揃わない。
なので、発動することができないのだ。
もちろんレイラと戦ったときのように、特大ファイヤーボールをプチ太陽に見立て、強引にも条件をクリアする方法もある。
だが、狭い空間ではすさまじい熱量によって、俺たちが脱水症状を起こすほうが早い。
例外を使えないのであれば、やっぱり殺傷能力が低い魔法を選別して発動するしかないだろう。
「呪いを用いて我が契約せしウンディーネとフラウに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。アイシクル」
空気中の酸素と水素が結合し、水分子のクラスターによって水が出現すると、三角錐を形成。
その後、水の気温が下がり、熱エネルギーが極端に低くなったことで氷へと変化、複数の氷柱を作りあげると、一気に解き放つ。
「グアッ」
「痛い」
先端の尖った氷の刃が、盗賊の肩や足などに突き刺さる。
これがダストデビルを除いて、次に殺傷能力が低い呪文になる。
「こいつ、アニキと同じ精霊使いか」
盗賊たちは身体に突き刺さった氷柱を引き抜くと地面に投げ捨てた。
落ちた氷柱の先端には血がべったりとついている。
彼らが攻撃を受けた箇所は今も流血していた。
「降参して今まで奪ったものを所有者に返せ。そうすれば命までは取らない」
「ふざけやがって、俺たちは盗賊だ!金のためなら命は惜しまない」
俺の言葉に激怒した盗賊の一人が握っていた斧を投げる。
放たれた斧は回転をしつつ、真っすぐに俺に向かってくる。
「呪いを用いて我が契約せしノームに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ロックウォール」
地面が盛り上がり、壁のように立ちはだかると、衝突音が耳に入る。
今の音は、俺が作った壁に斧が突き刺さった際に生じた音のはず。
「ああ、そうか。よく考えたらノームでもいけた」
「呪いを用いて我が契約せしノームに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ロックアモォゥ」
地面で作られた壁が、今度は直径五センチほどの大きさの弾丸になる。
それを数えきれないほど用意すると空中で停止させる。
「さて、久しぶりに臨時教師をしよう。このたくさんの岩の弾丸が一斉にあたると人はどうなる?」
「そんなこと知るか?」
「残念不正解だ」
俺は右手を軽く振り、ノームに合図を出す。
その瞬間一斉に撃ち出され、山賊たちにヒットした。
「ぎゃあああぁぁぁぁぁ」
岩の弾丸を浴びた盗賊たちはそのまま倒れると動かなくなった。
「安心しろ、殺しはしていない」
おそらく聞こえてはいないだろうが、盗賊に答えを教えることにした。
「人間は耐えきれないほどの激痛を感じると迷走神経を活性化することがあるが、これが活性化すると血管が広がり、心臓に戻る血流量が減少して心拍数が低下する。これが原因で失神を起こすというわけだ」
格好良く説明すると、突然両の頬が引っ張られた。
「いてててて」
「デーヴィッド、私をおぶっていることを忘れていたでしょう。いきなり斧が飛んできて怖かったわよ」
「いや、忘れていないって。ちゃんと魔法で防いだじゃないか」
「変にドキドキさせて、これが原因で勘違したら責任取ってよね」
「何か言ったか?」
カレンが小声で何かを喋ったようだが、上手く聞きとれなかった。
「何でもない。それより後方の様子を見なくていいの?」
「そうだった」
振り返り、ライリーたちを見ると後方の盗賊も倒れている。
俺が手伝うまでもなく、彼女一人で無力化させることができたようだ。
「これで四人は倒したな」
あとは盗賊が一人、そしてレイラの配下と思われる魔物がこの洞窟内にいる。
「大きな物音がしたから来てみたが、これはどういうことだこらぁ」
後方から男の声が聞こえ、俺は再び洞窟の奥に視線を向ける。
視界には、残りの盗賊だと思われる強面の男が立っていた。
今日も最後まで読んで頂き、ありがとうございます!
誤字脱字や文章的に可笑しい箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
また明日投稿予定ですので、楽しみに待っていただけたら嬉しいです。




