第七章 第一話 アルビノの女の子
今回のワード解説
アルビノ……黒い色素であるメラニンをもともと持たない、色素欠乏症とも呼ばれる遺伝子疾患。 詳しい原因は解明されておらず、治療も予防もできない。 また、皮膚や体毛は白いが命に直接危険が及ぶことはない。
色々と疲れた午前中だった。
一旦宿で休んだあとで昼食を食べ、午後からもう一度情報収集を行う。
今は昼食を食べに訪れた街の食堂で、今後のことについて話し合っている。
ギルドには行きたくないという意思が全員の中にあり、満場一致で可決した。
「それで、これからはどうやって情報を集めるかだ。誰かいいアイデアを思いついた人はいるか?」
皆に尋ねてみるが、俺も含めて誰も閃いてはいないようだ。
ただ沈黙が流れている。
「手あたり次第に話を訊くしかないんじゃないのかい?」
この沈黙を破るように、ライリーがひとつ提案を出してくれた。
「やはり、それしかないだろうな。だが、余は街の男共に声はかけたくない」
「私もそれは嫌よ。逆に誘っていると勘違いされるわ」
「あたしの世界の男もバカだったけど、全宇宙の共通なのかしらね。本当に話が進まなくてイライラするわ」
ギルドで相当こたえたようだ。
男に対して、不信感が強くなっている。
「なら、あたいたちは女性に話を聞くとしようか。デーヴィッド、あんたは野郎共から話を聞いて情報を得てきな」
まぁ、それが問題の起きるリスクを減らす、ベストなやり方だろう。
「よし、それじゃあ行きましょう。あたしのために情報を得なさいよね」
エミが俺に指を差すと立ち上がり、カレンたちと先に店を出て行く。
コップの中に残っていた水を飲み干し、昼食代の会計を済ませる。
その後、少し遅れて俺も店の外に出た。
「誰から話を聞いてみようか」
情報を提供してくれそうな人を見分けていると、俺の前にリピートバードが舞い降りて来た。
「ナコさんからのメッセージが届いています。お聞きになりますか?」
周囲を窺い、仲間の女性たちがいないことを確認してから、鳥に話すように促す。
「いいぞ、教えてくれ」
「分かりました。ナコさんからのメッセージはこちらです――」
代役であるリピートバードの言葉を聞き、それに対して俺の言葉を聞かせ、ナコさんにメッセージを届けてもらう。
リピートバードを見送ると、俺は情報を得るために男性に声をかけてみる。
しかし、情報収集は場所や性別を問わず、成果がなかった。
夜中であり、俺が道を歩いていたときも人を見かけなかったように、話しを聞かせてもらった人全員が知らないと答えた。
やっぱり、そう簡単には手がかりを得られないようだ。
こうなれば、思考を変えてみるしかない。
昨夜のこと限定で話しを聞くから情報量が少ないのだ。
もっとアバウトに、聞き込みの内容を大きくすれば、何かしろの情報が入ってくるかもしれない。
俺は道行く男性に、最近物騒な話がないかを訊いてみることにした。
「ああ、それなら俺が知っていることがひとつだけある」
話しの内容を変えてみると、すんなり情報を得る機会を得た。
「すみません。宜しければ教えてもらえないでしょうか?」
「いいぜ。何でも数週間前ぐらいから、この辺に盗賊が出るようになったんだ。住民から持ち物を奪い、俺たちも困っている。その盗賊は魔物の住処である西の洞口を塒にしているという噂だ」
どうやらビンゴのようだ。
確信はないが、西の洞口にいる盗賊がエミの持っていた選定の杖を奪った犯人なのだろう。
ここはレイラが支配する大陸。
配下の魔物が大人しくなり、もぬけの殻となったところに盗賊が住み着いたのだろう。
「ありがとう。参考になった」
俺はリュクの中にある瓶から紙幣を一枚取り出すと、男性の手に握らせる。
「情報料だ。受け取ってくれ」
「こんなに貰えないって。そんなつもりで言ったわけじゃない」
「あなたは俺が一番欲しいと思っている情報をくれたわけだ。俺にとってはそれぐらいの価値がある。だから受け取ってくれ」
突き返されても困る。
俺は踵を返し、急ぎ足でこの場から去った。
これで次の目的は決まった。
時間をかけ過ぎたせいで、行動に出るのは明日になるが、それでも一歩進んだことには変わりない。
カレンたちを探していると、街の中心付近で、薄い水色の髪をセミロングにしている女の娘が視界に入った。
「エミ、他の皆は?」
「あ、デーヴィッド、それがはぐれちゃって。何か情報は手に入った?」
「時間はかかったが、キーワードを変えたお陰で有力な情報を得ることができた」
「マジ!やった!これであたしの杖を取り返せる。どんな情報なの?」
先ほど得た情報をエミに伝えようとした瞬間、奥のほうから怒鳴り声のような声が聞こえた。
「待って!」
どうやら、強面の男がフードで顔を隠している人物を追いかけているみたいだ。
背かっこうからして子どものように見える。
どこかの店の商品でも窃盗したのか?
そう思った瞬間、街中に強い風が吹き、逃走している人物のフードが捲れる。
白い髪はエミと同じセミロングで、赤い瞳をしている。肌も白く周囲の人とは違うことが一目でわかった。
「アルビノ」
追いかけられている人物の特徴を把握すると、追われている理由を理解する。
捲れたフードを深くかぶり、後方を気にしていたからか、逃走者は俺にぶつかるとそのまま転倒しそうになる。
このまま転ばせるわけにはいかない。
俺は転びそうになった子の腕を掴むと背中に隠す。
「エミも手伝ってくれ。あの男からこの子を守るんだ」
「よくは分からないけど、顔が怖いから悪役に決まっているわ。あたしもその子を守る。呪いを用いて我が契約せし知られざる負の生命の精霊に命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。インピード・レコグニション」
エミが魔法を発動させる。
周囲を窺っても何も起こらない。
そんなことをしているうちに、男がこちらにやってきた。
「こっちにフードを被った女の子どもが来なかったか?」
「それなら、あっちに走って行ったわよ」
エミが俺たちの後方を指差す。
「そっか。なら、お前たちの後ろにいるそいつは何だって言うんだ」
男がフードの子ども引っ張り出した。
どうやらエミの魔法は失敗に終わったようだ。
「ちょっと、同じ服をしているからってあたしの仲間をあんたが追っている子と同じにしないでよ」
最後の抵抗なのだろう。
エミが必死になって違うと主張している。
「何を言ってやがる。こいつは!」
そのとき、再び強風が吹き抜け、アルビノの子どもが被っていたフードが再び捲れて彼女の顔が晒される。
もうおしまいだ。
かくなる上は、暴力的解決をしなければ。
「チッ、疑ってすまなかったな。時間を無駄にした。早く探さないとボスに大目玉を食らわされる」
強面の男がこの場から去っていく。
「今のは?」
「あたしの契約している精霊の力で、あの男の認識を変えてやったのよ。脳の中にある海馬に、一時的に血流障害を起こしたように錯覚させたの。これによって、ダメージを受けた脳は記憶を上手い具合に引っ張り出すことができなくなって、弁別能力、つまりほんの僅かな違いを見分けることができなくなるのよ」
「なるほど、認識阻害の魔法か。だけど、脳に直接負担をかけてしまう魔法だろう。あの男大丈夫か?あとで後遺症が出なければいいが」
「本当に血流障害を起こしているわけではないから、魔法の効果がなくなれば元に戻るわ。そんなことより、この子よ。どうして守ろうとしたの?」
エミが白髪の少女を見る。
「彼女がアルビノだからだ」
「アルビノってあれでしょう。ネズミとかが生まれつきメラニン色素が作れず、髪や肌にまで白くなる遺伝子疾患」
「アルビノはこの世界でも珍しい。そのため希少価値がついて貴族などに高値で取引をされている。おそらく、この子はアルビノ狩りにあったのだろう」
「それじゃあ、この子をこのままにしておくわけにはいかないじゃない」
そう、そうなのだ。
だから一刻も早く、匿ってくれる人を探さないといけない。
「君、お父さんとお母さんは?」
白髪の女の子に声をかけると彼女はフードを深くかぶり直す。
「デーヴィッド、嫌われたんじゃないの?」
「ち……違う」
エミがからかうようにして言うと、フードを被った女の子は小さい声で否定した。
「アルビノは日の光に弱い。普通の人間よりも日焼けしやすい体質なんだ。その他にも、視覚障害を生まれながらもっている者もいる。そうだろう?」
俺が尋ねると、彼女は頷く。
「話しを元に戻すが、君のお父さんとお母さんは?」
「お墓にいる」
「そうか。それじゃあ会いに行こうか」
アルビノの女の子の手を握り、エミと一緒に墓地の場所に向かう。
街外れにあるらしく、墓地に続く道を三人で歩いた。
十分ほど歩いただろうか。
思っていたよりも、ドンレミの街からあまり離れていないところに設置されていた。
見渡し、両親と思われる人を探すが、この場には俺たちしかいないようだ。
「どうやら擦れ違いになったようだな」
「今ごろ街中で探しているかもしれないし、一旦戻ったほうがいいわね」
「そうだな」
俺は引き返そうとして踵を返す。
しかし、俺の手を握っていた女の子は、俺から手を離すと一人で歩き始める。
どうしたのだろうか?
突然一人で行動を始めた彼女を追いかける。
アルビノの女の子はあるお墓の前に立つと、ポケットから一輪の花を取り出してお墓の前に供えた。
「わたしのお父さん、お母さん、ここにいるの?」
彼女の言葉に絶句する。
もしかしたらとは考えていたが、できればそんな悪い予想は外れてほしかった。
アルビノの女の子から直接聞かないかぎり、真相は分からない。
だが、おそらくこの子の両親は彼女を守ろうとして盗賊などに殺されたのだろう。
彼女がアルビノという特殊な性質で生まれたばかりに、金と理性のない人間から狙われ続ける人生を送る運命だ。
きっと、これからもこの子は逃げ続けることになるだろう。
なんて声をかけるべきだろうか?
上手い具合に言葉が出てこない。
呆然と立ち尽くしていると、エミが後ろからアルビノの女の子を抱きしめた。
「大変だったよね。辛かったよね。苦しかったよね。今まで頑張ったね」
エミの目尻から、涙が流れているのが見えた。
彼女の本気の涙が少女にも伝わったのだろう。
アルビノの女の子は水門が決壊したかのように、大量の涙を流して大きな声で泣く。
二人が泣き止むのを待つと、いつの間にか夕方になってしまったようで、空はオレンジ色に染まっていた。
「どこか行く当てはあるの?」
エミの言葉に、アルビノの女の子は首を横に振る。
「なら私たちのところに来ない?みんないい人たちばかりよ。ねぇ、いいでしょうデーヴィッド」
「エミがこの子のお姉さんとして見てくれるなら俺はいいよ」
女の子を危ないままにしておけない。
俺はエミの提案に賛成した。
明日は盗賊討伐に向かう。
その際はエミがこの子とお留守番をしてくれれば、俺たちは安心して洞口の中に入ることができる。
「どうかな?最終的にはあなたが決めることだけど」
「わたし、ついて行く。他に行くところがないから」
「そう、これからよろしくね。あたしはエミ、あっちのいまいちの顔がデーヴィッド。あなたの名前は?」
「わたしはアリス」
お互いの自己紹介を終え、俺たちは宿に帰ることにする。
きっとレイラたちも戻っているころだろう。
アリスの提案で、三人で手を繋ぎながら宿に戻った。
今日も最後まで読んで頂きありがとうございます!
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