第六章 第五話 男の嫉妬という名の殺気ほど怖いものはない
今回のワード解説
ⅮT……童貞のこと。
ホバリング飛行……空中で停止飛行をすること。
俺たちが訪れた場所は、エミが倒れていた犯行現場だ。
夜とは違い、全体的に明るいので、見落としているものが見つかるかもしれないと思ったからである。
手がかりを求め、俺は石畳や植木鉢の中などを捜索する。
「ねぇ、どうして転移者じゃないあなたが、あたしの国の言葉や知識を知っているのよ」
探していると、エミが尋ねてくる。
「俺だって最初から知っていたわけではない。カレン、アイテムボックスから俺の本を取ってくれないか」
カレンにお願いしてバスケットの中から本を取ってもらうと、それをエミに見せる。
「これは知識の本。この本には、この世界では知ることのできない知識が書き記されている。俺はこの本に出会い、なぜか知らない文字であるはずなのに、読んで理解することができた。だから知っている」
「それって、この世界の人が魔道具って呼んでいるものよね?」
「そうなのか?」
「あれ?知らないで今まで持っていたの?」
知識の本が魔道具の一種だと知り、俺は内心驚かされる。
「ライリー、知識の本は何処で手に入れたんだ?」
魔道具の数は少ない。
そんな貴重なものをどうしてライリーが持っていたのかが気になり、彼女に尋ねる。
「あ、あれな。どうしてだったかな?昔のことすぎて忘れちまったよ」
ライリーは目が合うと視線を逸らし、褐色の頬を掻きながら忘れたことを主張した。
忘れたと言っても数年前だ。
記憶のどこかに残ってもいいはずだが。
彼女は知識の本について重要なことを知っているような気がする。
「なぁライリー、俺たち仲間だよな。仲間に隠しごとはなしにしないか」
「な、何を言っているんだい。あ、あたいは本当に忘れているんだよ。思い出したときに話すから、今は手がかりを探そう」
珍しく、ライリーは狼狽して話を逸らした。
間違いなく、彼女は知識の本について俺の知らないことを知っている。
しかも、俺には知られたくはないようだ。
ライリー、君は何者なんだ?俺の味方なのか、それとも……。
「うーん、いくら探しても手がかりなんか見つからないではないか。余は飽きた。別のところを探そう」
様々なことを考えていると、レイラが赤いクラシカルストレートの髪を手で払いながら、ここから離れようと言い出した。
確かにみんなで手分けしても、何も見つけることはできないでいる。
ならば、そろそろギルドに向かい、そこで情報収集を行うべきだろう。
そう考えていると、上空から鳥の羽ばたく音が聞こえ、俺は見上げる。
真上にリピートバードが羽ばたいてホバーリング飛行を行っていると、ゆっくりと下降して俺の前に降り立った。
もしかして。
「悪い、この鳥は俺に用事があるみたいだ。みんなは先にギルドに行っておいてくれ、すぐに追いつくから」
「分かったわ。さぁ、みんなギルドに向かいましょう」
先にギルドに行くようにお願いすると、カレンは大人しくみんなを引っ張ってこの場から離れていく。
正直意外だった。
リピートバードが俺の前に現れたことに対して、疑問の声をぶつけるかと思っていたから。
彼女たちを見送り、踵を返そうとした瞬間だった。
路地の角から見覚えのある白い靴が顔を出している。
もしかして。
気になった俺は真直ぐに進み、右側の路地を見た。
俺の視界に映ったのは、ギルドに向かっているはずのカレンたちだったのだ。
俺は大きく息を吸い込む。
「いいから早くギルドに行ってこい!」
出せるだけの大声を上げると、カレンたちは蜘蛛の子を散らすように、この場から走り去っていく。
今度こそ彼女たちがいないことを確認すると、引き返してリピートバードのところに戻る。
「待たせてすまなかったな。それで俺に何の用だ?」
「おめでとうございます。お相手のナコさんは連絡を取ってもいいと言われました。お返事をいたしますか?」
まさか最初の一回で成功するとは思わなかった。
俺は嬉しい気持ちをぐっと堪えて平静を保つ。
「教えてくれてありがとう。メッセージを頼むよ」
リピートバードにメッセージを伝えると、鳥は両の翼を羽ばたかせて空に舞い上がり、どこかに飛び去っていく。
「これでよし、俺もギルドに向かおう」
思いもよらぬできごとに、俺は気分がよくなる。
だけど、表情には気をつけなければならない。
もし、万が一にでも、鼻の下が伸びているような姿を見られたら、絶対に怪しまれる。
次にリピートバードが俺の前に現れた際は、カレンたち同伴のもと、メッセージを聞かなければならなくなるだろう。
それだけは絶対に阻止しなければならない。
浮気をしていないのに、なぜか浮気をしているような感覚になっている自分に気づく。
「って、何を考えているんだ俺は、これは俺の恋愛だ。カレンたちには関係ない。そもそも、俺のやろうとしていることに対して、口出しをすること自体が間違っているんだ」
自身の思考にツッコミを入れていると、ギルドに着いた。
中に入り、周囲を見渡す。
すると、赤いクラシカルストレートの髪に漆黒のドレスを着ている女性が、階段を上っているのが見えた。
あれはレイラだ。
彼女を追いかけ、後ろから声をかける。
「レイラ、何か収穫があったか?」
「お、デーヴィッドか。思ったよりも早いではないか。聞き込みをしたが、余が得られた情報は皆無に等しい。二階のテーブルで集合することになっておるので、デーヴィッドも来るがよい」
レイラの表情からは疲れが見えていた。
短期間であるはずなのに、どうしてそんなにきつそうにしている?
疑問が頭の中から抜けないが、取敢えずは彼女について行く。
階段を上りきり、二階に到達するとすぐにカレンたちを見つけた。
全員揃ってはいるが、三人共テーブルの上に顔を埋めている。
状況を考えるにレイラと同じ状態、いやそれ以上に疲れ切っているみたいだ。
だけど可笑しい。
カレンとエミならわかるが、体力に自信のあるライリーまでもがあのような醜態を晒すのは変だ。
もしかして、セプテム大陸の魔王の魔物が既にここに来て、俺たちに吸収系の魔法を使っている。
それだったら、ライリーまでもがあのような状態になっているのも頷ける。
遅く登場したからか、俺にはまだ体力、精神力を奪われている自覚はない。
だが、そのうち俺にも発動するのは明白だ。
いったい敵は何処にいる?
周囲に警戒をしつつ、カレンたちに近づく。
「待たせたな。デーヴィッドも来たぞ」
レイラの声に反応して、三人が一気に顔を上げる。
「デーヴィッド、今までどこにいたのよ」
「あなたがいないせいで、あたしたちはこうなってしまった。もちろん責任は取ってくれるのでしょうね」
二人から僅かに殺気のようなものを感じる。
吸収系の魔法で行動を不能にしたあとに操られているのか。
だけど、仲間に手を出すことはできない。
「二人とも正気に戻れ!敵の思い通りにはなるな!」
「デーヴィッドがいないせいで、ナンパばかりされて一向に情報が得られなかったじゃない」
「はい?」
予想の斜め上を行くカレンの発言に、思わず間抜けな声が洩れる。
「この町が出会いの街だからか、ギルドに集まる男は飢えていやがる。突き放しても次々と話しかけて邪魔ばかりされて、全員情報を得ることができなかったよ」
ライリーが状況の説明をしてくれた。
「お前たち魔物の攻撃で戦闘不能になっていたんじゃないのか?」
「そんなわけないでしょう。もし敵の魔物がいたら、レイラがすぐに気づくわよ」
「確かにそうであるな。魔物の気配なら、余が一番に勘づく」
はは、何だよ。
俺の勘違いだったのかよ。
心配して損した。
心の中で呟くが、もし、今の言葉が口から出てしまえば、火に油を注ぐ結果となっていただろう。
「本当に疲れた。もう、宿で休みたい」
「すまなかったな。あとのことは俺がやっておくから、みんなは先に帰ってくれ」
「そうもいかないのよ。デーヴィッドも一緒に帰るの」
そういうと、カレンは俺の左腕に自身の腕を絡ませる。
「なるほど、考えたな。ならばデーヴィッドの右側は余がいただこう」
「ずるい、あたしも」
「デーヴィッドには悪いが、協力してもらうよ」
今度はレイラが腕を絡ませてきたかと思うと、続いてエミとライリーもまでもが俺に抱き着いてきた。
「言っておくけど、これはナンパ男たちから話しかけられないようにするために必要なことなの、デーヴィッドが恋人のように見られれば、男どもは話しかけてこないでしょう」
「余は合法的にデーヴィッドに引っつくことができて嬉しいぞ。カレン、よく考えた。褒めてつかわす」
「理由は分かったが、余計に逆効果にならないか!主に俺に対して」
「男ならつべこべ言わずに覚悟を決めなさい。あなたがどんな目で見られようと、あたしには関係ないから」
「そういうことだ。諦めることだね」
四人の女の娘に引っつかれながら、俺は階段を降りることになる。
一階に辿り着いた瞬間、このフロアにいる男性陣からの視線が俺を射抜く。
中には恨み言を言っているのか、男のクズや死ねなどの罵声が俺の耳に入る。
どうしてDTの俺がこんな目にあわないといけない。
やっとの思いでギルドからの脱出を果たす。
精神的に参ったのか、酷く疲れを感じた。
今ならカレンたちの気持ちがよくわかる。
外に出た途端にカレンとエミ、それにライリーは俺から離れたが、レイラだけは俺から離れようとはしなかった。
「外に出たのだから引っつく必要はないだろう。そろそろ離れてくれないか」
「いや、まだどこで誰が見ているか分からぬのでな。まだこのままでいる」
まぁ、レイラ一人ぐらいならこのままでも、男どもから敵意のような視線を受けるようなことはないだろう。
「ちょっとレイラ!もうその必要はないのだからデーヴィッドから離れなさい」
「断る。そもそもこの作戦を考えたのはカレンではないか。余はデーヴィッドを陥落させるためにこの策を続行させてもらう」
「なんでそうなるのよ。いいから離れなさいよ」
二人のやり取りに、俺は小さく溜息を吐く。
少しは仲良くなったかと思ったが、カレンとレイラの犬猿の仲はそう簡単には変わらないようだ。
「とにかくこんなところで喧嘩するのは止めろ。レイラも今は離れてくれないか」
「デーヴィッドがそういうのなら…………」
レイラが俺の腕に絡めている自身の腕を緩める。
これで喧嘩は起きないだろう。
ホッとしたのも束の間、再びレイラは絡めた腕に力を入れる。
「いや、デーヴィッドよ。ここで義妹の言うことを聞いたら、義妹に甘いシスコンになってしまう。いいのか周囲からシスコンだと思われても」
俺の見えないところでカレンが何かしたのだろうか。
普段なら、俺の言うことを聞いてくれるはずなのに、カレンに対抗しているように見える。
「そ、それはさすがに困るな。よし分かった。そのままでいろ」
いくらなんでも、シスコン扱いされるのは今後の俺を考えるにまずい。
少し恥ずかしいが、このままの状態を続行するほうがいいだろう。
「何を言っているのよ。デーヴィッドはシスコンよ。このバスケット型のアイテムボックスだって、私が欲しがっているのを知っていて、高いのに買ってくれたのだから」
俺が許可を出したのがいけなかったのか、カレンは俺がシスコンだと言い張り、アイテムボックスのエピソードまで語り出した。
確かにカレンが欲しがっていたから買ってあげた。
だけど、あれは日頃からお世話になっている感謝の気持ちを、形としてあらわしたに過ぎない。
いいのか!自分で言っていて後で後悔をしないのか!
己の義兄がシスコンで嬉しい義妹など、現実世界にはいないぞ。
「いい加減に勘弁してくれ!」
嘆きのような言葉が口から出ると、さすがにやりすぎたと思ったのか、レイラは俺の腕から離れ、カレンは「ごめん」と謝った。
「とにかくもう宿屋に帰ろう」
まだ昼前にも関わらず、ベッドで横になりたい気分だった。
俺は先に歩き、宿屋に向う。
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