第六章 第四話 異世界からの少女
今回のワード解説
ハロメタン……メタンの水素原子を1つ以上ハロゲン原子に置換した化合物である。これらは通常共有結合性で、安定である。3つの水素原子をハロゲン原子に置換した化合物はトリハロメタンと呼ばれる。
倒れている女の娘の見た目は、俺とあんまり年齢は変わらないぐらいだ。
薄い水色の髪は肩ぐらいまであるセミロング、毛先にはウェーブがかかっていた。
「おい、大丈夫か。返事をしろ」
声をかけるが反応がない。
幸いにも呼吸が聞こえるので、死んではいないようだ。
とにかくこのまま放置をしておくわけにはいかない。
倒れている女の娘を背負い、俺は宿屋に帰った。
「キャ――――」
翌朝、部屋中に木霊する叫び声が聞こえ、俺は不本意ながら目を覚ました。
この声はカレンの声だ。
朝から騒々しい。
いったい何があって大きい悲鳴を上げる。
ゴキブリでも出たか?
「あ、あなた誰よ。デーヴィッドは?」
カレンの言葉に俺は昨夜のことを思い出す。
そう言えば、あのままほっておくことができずに宿に連れ帰ったんだった。
「俺はこっちだ」
隣のベッドから顔を出し、かけ布団を剥いで状態を起こす。
その際に欠伸が我慢できずに、口から間抜けな声が出た。
「朝っぱらから叫び声を上げてどうしたんだい?デーヴィッドが寝ぼけて素っ裸にでもなったか?」
「ビックリして、余も来てしまったじゃないか」
前髪を作らない長い黒髪の女性と、赤いクラシカルストレートの女性が廊下から顔を出し、ベッドに寝ている女の娘を見て固まった。
「デ、デーヴィッド、こ、これはどういうことなのか、説明してくれるのだよな。も、もちろん余は信じているが、ことの次第ではどうなるか、分かっているよな」
「アハハ、見せつけてくれるねぇ。まさか、あたいたちの知らないところで女の娘をお持ち帰りしているとは思わなかったよ」
レイラは動揺しているようで、言葉がカミカミになっている。
そしてライリーはこの状況を楽しむようにしてニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「デーヴィッド、もちろん説明してくれるのよね。私たちが寝ている間、どこで何していたの?」
カレンがニコニコと笑みを浮かべてこちらに詰め寄ってきた。
笑顔であり、声も抑えられているので怒ってはいないようにも思えるが、長年一緒に暮らしていた俺にはわかる。
めちゃくちゃカレンは怒っている。
しかも、まともに話を聞いてはくれないレベルだ。
例え真実を話したとしても信じてはもらえないだろう。
「何で話してくれないの?もしかしてやましいことがあったから言えないのかなぁ?呪いを用いて我が契約せしナズナに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ」
「待ってくれ、言うからここで魔法を発動しないでくれ!」
今すぐ説明しないと大惨事になる。
そう思い、俺は夜中のことをみんなに説明した。
もちろん、恋活・婚活センターに行ったことまでバカ正直に話せば、火に油であることは分かり切っている。
なのでそのことは伏せ、夜の散歩の最中に道で倒れている彼女を見つけ、ここに運んだことを伝えた。
「ふーん、どうやら嘘はついてはいないようね」
「もちろん余は信じておったぞ。デーヴィッドがそのような不埒なことをするとは思えないからな」
どうやら、今の説明で信用してくれたようだ。
俺は心の中でガッツポーズをする。
女性の浮気がばれる確率よりも、男性の浮気がばれる確率が高いのは、男性は浮気がばれた際に嘘しか言わない傾向にあるからだ。
逆に女性は嘘の中に真実を混ぜて回避しようとする傾向にある。
事実を織り交ぜることによって、なるべく平常心を保ち、挙動不審や焦った際に身体から放出される発汗を防ぐ。
そのことを知っていた俺は、女性のように嘘の中に真実を混ぜ、まるで本当のことしか言っていないように思わせたのだ。
「それで、この者はどうするのだ?」
「このままにしておくわけにはいかないだろう。面倒ごとはできれば避けたいが、目が覚め次第、事情を聴くべきだと思う」
「うーん」
みんなで話していると、ちょうど女の娘が目を覚ましたようで、両の瞼が開いた。
「あ、起きた?気分はどう?道で倒れていたらしいけど」
カレンが優しく女の娘に問う。
「あたしは…………!」
目覚めたばかりで、彼女は寝ぼけているようだった。
けれど数秒後に覚醒したようで、大きく目を見開く。
「あなたたちはいったい?」
「私の名前はカレン、デーヴィッドが倒れているあなたを見つけてここに運んだらしいのだけど」
「デーヴィッド?」
女の娘は首を傾げる。
「俺だ。夜道を散歩していたところを、偶然君が倒れているのを発見してここに連れてきた」
女の娘を運んだことを告げると、彼女と目が合う。
俺を見るなり、女の娘は驚くも表情を明るくして笑みを浮かべる。
「あなた転移者ね!私以外にもいるなんて驚きだけど、こんなところで出会えるなんて」
この娘は何を言っているんだ?
言葉の意味は理解しているが、俺が転移者と妄言している彼女に困惑する。
「何を言っている?」
「あたしの感が言っているわ。あなたは私と同じ神により、この世界に転移をした転移者よ」
どうやら気を失う前に頭を強く打っているようだ。
そのせいで頭が可笑しくなっている。
リュックの中にある瓶から一万ギルを一枚取り出し、彼女に差し出す。
「これで医者にでも見てもらえ、君はどうやら頭を強く打って可笑しくなっているようだ」
俺が紙幣を渡すと、女の娘は一気に顔を赤くした。
「な、何を言っているのよ。あたしは正常よ。あなたこそ、どこかで頭を打って記憶を失っているんじゃないの!神の転送って失敗するのがお約束っていうし」
再び、訳の分からないことを言いだす女の娘を見て、俺は溜息を吐く。
どうやら手遅れのようだ。
だが、連れてきてしまった以上は、最後まで面倒を見るべきだろう。
「カレン、悪いが医者を呼んで来てくれないか?早く見てもらわないとヤバイことになるかもしれない」
「わ、分かったわ」
「ちょっと、待った!あたしは本当のことを言っているのよ!お願い信じてよ」
カレンに医者を呼んでもらうようにお願いをすると、女の娘は大声を出して止めようとする。
このままでは他の客に迷惑がかかる。
落ち着いてもらうためにも、一旦医者を呼んでもらうのを待ってもらった。
「言っておくが、俺たちは初対面だ。信頼関係がない今の状態では、君が何を言っても信じることができない」
「私の名前は君ではないわ。エミ・カシワザキよ」
「そうか、ではエミ。貴様のいう転移者とはいったい?」
レイラがエミと名乗った女の娘に質問をする。
それは俺も気になっていたことだ。
知識の本には転移のことも書かれている。
なので、一応知識としては知っている。
「神が選んだ特別な人間のことよ。選ばれた人は神様から特別な恩恵を貰える代わりに、異世界に転移させられるの。そして世界を救う冒険を強制させられるわ」
エミの話を聞き、俺は理解した。
どうやら彼女は現実と物語の区別ができていないようだ。
自分は神に選ばれた存在だと思い込んでいる残念系美少女だという認識ができていない。
どうやら俺は、とんでもない人物を連れて来てしまったようだ。
頭が痛くなり、俺は右手で額を抑える。
「まぁ、まぁ、何でもすぐに否定するのはよくない。ここはひとつ、テストをしてみないか?デーヴィッドはあたいたちの知らない知識を多く持っている。そいつを言ってみて、答えることができたら少しは信じてみてもいいんじゃないのかい?」
ライリーがエミを庇うかのように提案する。
どうしてこいつの言うことを信じようとする?
このように頭の中がお花畑になっている人物は、彼女は嫌いだと思っていたが。
「わかった。それじゃあいくつか問題を出す。もし、答えることができたら考え直してみよう」
面倒だが、これでライリーも納得してくれるのなら問題を出してみよう。
どうせ答えることができない。
「問題、敵が巨大なファイヤーボールを生み出した。その攻撃を消し去るにはどのようにするのがベストだ?理由も答えよ」
この問題はラプラス学園の生徒達が答えることができなかった問題だ。
もし答えたとしても、水の精霊の力で消したでは、理由としては薄すぎて不合格だ。
どうせ答えることはできないだろう。
「そうね、どんなに大きくても酸素の供給を絶てばいいわ。例えば何かしろの方法で炎を覆って、酸素がなくなれば、火は燃えることができないし、水だったら、物体を冷却して熱量を奪えばいい。あとはハロメタンのような反応遅延剤を使うのもいいわね、燃焼の化学反応そのものを遅延させれば、連鎖反応ができなくなるわ」
エミの回答に衝撃を受ける。
彼女の答えは百点満点だ。
だけど、これだけで判断するのは早計すぎる。
「次、知られざる生命の精霊の力で素早さが上がった。このときに肉体は何が起きている。説明せよ」
「片足で跳ねるような動作をする場合、足にかかる負担は三十パーセントしかないわ。でもこれは百パーセントではない。知られざる生命の精霊の力で、足の筋肉の収縮速度をよりは早くすることで、素早い動きが可能となるわね」
この問題まで正解だ。
なら、最後の問題を出す。これで見極めさせてもらおう。
「ぺ〇スを和訳してみよ!」
「そんなの簡単よ、おち…………って、なんてことを言わせるのよ!この変態!」
回答を途中で止め、エミは顔を赤くすると俺の前に立ち、右手を振り上げる。
これから起きることが予想できた瞬間、俺の左頬に痛みを感じた。
最後まで言わなかったが、この反応を見る限り、今の問いの意味を理解していた。
そして、その解答も知っている。
心の奥底では信じたくはない。
信じたくはないが、信じざるを得ないようだ。
「恥ずかしい想いをさせて悪かった。まさか日本語が読めるとは思わなかった」
俺は彼女に謝罪の言葉を述べる。
「やっぱり転移者じゃない」
「期待させて悪いが俺はその転移者とか言う、君みたいな頭の可笑しい変人ではない」
「誰が変人よ」
「まぁ、まぁ、デーヴィッドの問題に答えられたことはビックリしたけど、そろそろ彼女の言うことを信じようじゃないか」
喧嘩腰になっている俺とエミの間にライリーが割込む。
「デーヴィッドの言っていることは本当だよ。あたいはこいつが赤ん坊だったころを知っている」
「そう、あなたが転移者ではないことは理解したわ。でも、どうして日本語を知っているの」
踵を返し、エミはベッドに腰を下ろす。
「それはこっちのセリフだ。どうして俺は初めてみたはずなのに、日本語というものを理解することができる」
「そんなのあたしに聞かれても分かるわけがないでしょう」
「なんだ。神に選ばれたとか言っているくせに、そんなことも知らないのかよ。期待して損した」
「何ですって!」
「いい加減に落ち着けって。デーヴィッドもエミが嘘を言っていないことは分かっているだろう」
「そうよ、細かいところはあとにして、本題に入りましょう。エミ、昨夜あなたの身に何が起きたの?」
色々と脱線してしまったが、カレンが一番聞かなければならない本筋に戻してくれた。
「あたしにもよくわからない。この街に来たばかりで泊まる場所を探していたら、突然フードで顔を隠した男四人組が現れたわ。驚いた私は不意を衝かれて…………ダメそこからの記憶がない」
街についていきなり襲われた。
ということは、エミの行動を把握した人物による犯行なのだろう。
「何か心当りはないか?誰かに怨みを買うようなことをしてしまったとか?」
「あたしは神に選ばれし存在なのよ。そんなことあるわけがないでしょう」
エミが自信ありげに控えめの胸を張る。
どこからそんな自身が出て来るのだろうか。
「怨恨があるにしろ、ないにしろ。目的があって襲われたのは事実だ。何か盗られた物とかはあるのか?」
俺の質問に彼女は視線をこちらに向けながら、何かを探すように左手でベッドの上をまさぐる。
だが、エミの左側には敷布団しかない。
探しているものがないのか、彼女は顔を引きつかせながら周囲を見渡した。
「あ、あなた、あたしを宿に運んだのでしょう。あたしの杖は!神から授かった選定の杖!」
「エミを発見したときは、杖なんてものはどこにもなかったが」
「本当、本当になかったと確実に言えるの!」
そう言われると自信がもてない。
確かにあのときは、エミを発見して動揺をしていた。
周囲を細部まで見ていたわけではないので、見落としている部分はもちろんあっただろう。
「いや、確実には言えない。だけど実際にエミが襲われた事実から考えても、襲ってきた四人組が奪ったとしか考えられないだろう」
「そんな……神から授かった大事な杖なのに」
どうやら落ち込んでいるようで、彼女は顔を俯かせている。
「ねぇ、デーヴィッド」
カレンが俺に声をかけた。
長年一緒にいるからだろう。
彼女が言葉を話さなくても、何を言いたいのかある程度は理解できる。
「ハァー、わかったよ。ここで出会ったのも何かの縁だ。お前が奪われた杖を取り返す手伝いをしてやる」
「本当!ありがとう。これはきっと神が用意した仲間イベントね。選ばれし者であるあたしが、仲間を増やすために必然的に起きたことよ。しかも一気に四人も増えるなんて」
奪われた杖を取り戻すのを手伝うだけのはずが、なぜかエミの頭の中では、俺たちが仲間になることになっている。
まぁ、一時的に協力するだけだが一応パーティを組むのだ。
間違ってはいないか。
「よーし、それじゃあ情報収集に向かうわよ。あたしに続きなさい!」
エミが元気よく立ち上がると一番に部屋から出て行く。
あのポジティブを見習いたいものだ。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
誤字脱字などがありましたら教えていただけたら助かります。
明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら嬉しいです。




