第一章 第三話 村防衛戦
今回登場するワード説明
剥離……何かがはがれることや、何かをはがすこと を意味している。
戦闘に入る前に、なるべくむだな体力は使いたくはないが、いつ魔物の集団が現れるか分からない。
なるべく急ぎつつ、体力を消耗しないように早歩きで歩みを進めた。
しばらくすると入口のほうに集団が見える。
魔物の情報を得て村を守るために集まった腕に自信のある猛者たちだろう。
「やっぱり来たね、デーヴィッド。あんたの力があれば安心だね。さぁ、一緒に暴れようじゃないか」
集団の中に加わると、一人の女性が声をかけてきた。
「ライリー、もしかしたらと思ったけど、やっぱりこの戦いに参加しにきたな」
俺の言葉に彼女はニヤッと笑みを浮かべる。
「当たり前じゃないか。あたいはこの日のようなことがある可能性も考えて、日々トレーニングを積み重ねてきた。この筋肉が飾りじゃないことを証明してやるよ!」
褐色肌の膨れ上がっている腕の筋肉を見せながら、威勢のいい言葉をかけるライリーに、俺は頼もしさを覚えた。
「まぁ、心配はしてはいないが、万が一の場合はあたいが守ってやるから安心して戦ってくれよ。姉は弟を守るものなんだから」
ライリーが俺の右肩に手を乗せると、すぐにその手を払い除ける。
「誰が姉だ。勝手に姉貴面で弟扱いをしないでくれ」
「悪い、悪い。デーヴィッドは可愛いからつい弟扱いをしたくなってよ。まぁ、この戦いが終わったら、夜にあたいが働いている酒場に来な。一杯奢ってやるから」
「そうさせてもらう。だけどライリーの髪って長いじゃないか。戦闘には邪魔になるんじゃないのか」
魔物と戦闘になれば、彼女は近接戦闘に入る。
激しく身体を動かすために、髪が邪魔になりそうな印象なのだが。
「あたいを見縊っては困るよ。いくら男勝りでもあたいは女だ。動きやすさのために髪を切るなって行為はしたくない。そのために横に流して前髪を作らないヘアースタイルにしている。だけどそうだねぇー、念には念を入れていたほうがいいかもしれないねぇ」
そう言うとライリーはポケットから髪留めのゴムを取り出し、長い髪をひとつに束ねる。
ライリーの髪留めを行う仕草に少し色っぽさを感じつつも、俺は視線を逸らすことはなかった。
感の鋭いライリーのことだ。
反射的に視線を逸らしてしまっては、それに気づいてからかってくる可能性がある。
「これでよし」
彼女が髪留めを終えると入口に視線を向けた。
「それにしても可笑しいねぇ。最初に情報が入ってから魔物共の情報が入ってこない。様子を見に行った連中も中々戻って来ないねぇ」
魔物の集団が目撃されてからの情報が入っていない。
その言葉を聞き、俺はいくつかの可能性を頭の中で考える。
ひとつ目はその情報が嘘であった。
悪戯心満載の子供が大人たちの気を引こうとして広まったデマだったのなら、慌てふためく様を見て満足してしまった。
ふたつ目は実際に目撃したものの、魔物の集団が目指していた場所がこの村ではなかった。
それであったのなら、この村ではない場所に向かい、そのあとの消息が不明になっても可笑しくはない。
そしてみっつ目、これが一番可能性としては高い。
おそらく斥候を放っていると思うが、その人が魔物に襲われ、情報が遮断されている。
様々なパターンを考えていると、入口の先に人らしき人物が見えた。
その者は走っているらしく、次第に輪郭や表情が窺えるようになった。
どうやら男の人で、そうとう焦っているようだ。
急いでいる姿をみる限り、ひとつ目の可能性は消えた。
「い、いた! その数……十体……種類……は……ゴブリン」
急いで伝えたい気持ちに、身体がついて来ていないのだろう。
彼は途切れ途切れになりながらも、情報を提供してくれた。
「十体? 可笑しいねぇ、あたいの聞いた情報だと数も違うし、ゴブリン以外にも目撃されているはず」
「俺には魔物の集団が村に向かっているという情報しかない。ただ単純に、情報伝達の際に尾鰭がついて広まったのか。それとも……」
「どうやらお出ましのようだ。デーヴィッド」
もうひとつの可能性を考えていたところで、ライリーが俺の肩を叩く。
彼女の言葉に反応して入口の方に視線を向けると、緑の肌に厳つい顔の集団が、村に近づいてきた。
どこから調達したのか、やつ等の手には剣や斧、棍棒に弓矢などが握られていた。
「さぁ、生死をかけた楽しい戦を始めようじゃないか」
敵の姿を見るやいなや、ライリーは一番にゴブリンの集団の中に突っ込む。
「呪いを用いて我が契約せし知られざる生命の精霊に命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。エンハンスドボディー」
呪文の詠唱を終え、ライリーは怯えることなく勇敢に立ち向かう。
そんな彼女の迫力に押されたのだろう。
ゴブリンたちは戸惑っている。
その隙にライリーが腰に差している鞘から剣を抜くと、刀身をゴブリンに向けて振り降ろす。
刀身は棍棒を持っていたゴブリンの右腕に振れると、そのまま一刀で切断した。
ゴブリンとはいえ、内部には骨があるはずだ。
普通の一撃では骨に阻まれ、切断することはできない。
それを可能にしたのも、彼女が契約している精霊の力を借りて、その言葉どおりのことを実現させたに違いない。
彼女の発した言葉、あれは肉体を強化させるための言葉だ。
人間は本来なら力を振るった際に、反動で肉体が滅ぶほどの威力をもっている。
しかしそれは脳によりコントロールされ、普段はそのようなことは起きない。
だが、人は瞬間的に大きな力を振るう際に声を上げることで、神経による運動制御の抑制を外し、自分の筋肉の限界に近い力を発揮させる。
この場合は声を上げることがリミッターを解除する鍵となっているが、彼女が自身に付与させた魔法は、常にこの状態を維持させているのかもしれない。
それならば一振で切断できたのもうなずける。
切断された腕は宙を舞い、断面からは血管内に残った血液が勢いよく噴き出していた。
「不意打ちとはいえこんなものかい? もっとあたいを楽しませてくれよ」
彼女の活躍に目を奪われるも、この場に来た以上戦いを任せる訳にはいかない。
俺は力を借りる精霊を瞬時に選別し、呪いによるつながりから、力を借りることを決める。
「呪いを用いて我が契約せしジャック・オー・ランタンに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ファイヤーアロー」
呪文の詠唱を終えると、頭上に弓矢の形を象った炎が五つ出現。
右腕を上げ、手首を軽く振るとそれを合図に五つの炎の矢は、ゴブリンに向け射出される。
飛んでくる炎に対抗しようとしたのだろう。
弓矢を構えていたゴブリンが、向かってくる攻撃に向けて矢を放つ。
本来であれば、矢同士が接触すればその反動で撃ち落とされ、重力により地面に落下を行う。
しかし、俺の攻撃は矢の形をしているが炎なのだ。
ゴブリンが放った矢が炎の矢に振れると飲み込まれ、ファイヤーアローはわずかに大きくなる。
「可燃物をくれてありがとう。お陰で酸素と結びついて更なる燃焼を促進することができたよ」
成長した五つの炎の矢は、弓を持っていたゴブリンに当たるとその身体を包み込み、肉体を焼き払う。
肉の焼かれる匂いが風の流れに沿って、周囲に散らばったのだろう。
香ばしい匂いが鼻腔を刺激してきた。
「デーヴィッド、焼きゴブリンなんか作るんじゃないよ。この匂いのせいでお腹が空いてくるじゃないか」
肉の焼ける香ばしい匂いが、ライリーの鼻腔まで刺激してしまったようだ。
彼女は若干頬を染めてこちらを睨みつけてきた。
聞こえてはいなかったが、もしかしたらライリーのお腹が空腹を知らせる音色を奏でたのかもしれない。
肉が焼かれると匂いやジュジュッという音などが食欲をそそらせる。
人間が視覚から入った情報や嗅覚でとらえた匂い、聴覚で聞き入れた音などが脳に送られると、脳内に快楽物質であるドーパミンやセロトニンが発生し、胃の動きが活発になり、唾液の量が極端に増えてしまうのだ。
その結果、どうしても美味しそうと感じてしまう。
朝食を食べたはずなのに、俺も少し空腹感を覚えてしまった。
「全員炎系の魔法は使うな! 戦闘中に空腹で集中できないなんてシャレにならないぞ!」
戦闘に参加していた体格のごついオッサンが、口の端から流れ出る涎を拭いながら、周囲に炎関連の魔法を禁止するよう告げる。
敵を倒すには、燃やしてその痕跡をなくしたほうが手っ取り早い。
この場にはあの姿が見えないからいいものの、プリースト系やネクロマンサー系の魔物がいた場合、肉体が残ってさえいれば魔力が尽きない限り、いくらでも蘇生や肉体を動かくことが可能なのだ。
魔物と対峙する場合は、その職業系がいないかを確認したうえで、どのように倒すかを常に考える必要がある。
自分かってな主張が原因で勝利の機会を逃し、全滅してしまうケースもあるが、周囲に伏兵がいる気配は感じない。
ここは仲間の士気を下げないためにも、彼の指示にしたがうほうが賢明だろう。
俺は自身とつながりのある精霊に向け、呪いの力で呼び寄せる。
「呪いを用いて我が契約せしウィル・オー・ウィスプに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ダズリンライト……全員巻き込まれたくなければ今すぐ目を閉じろ」
この場にいる全員が聞こえるように大きな声を出し、指示にしたがうように促す。
俺は戦闘に参加してもこの場を仕切るリーダーではない。
きっと若い男の指示にしたがう人はほとんどいないだろう。
だが、それでも構わない。
一度は忠告したのだ。
あとで文句を言われてもそれは自己責任となる。
ライリーにさえ指示にしたがってもらえればそれでいい。
そう思いながらも両の瞼を閉じる。
しばらくして悲鳴のような声が聞こえた。
どうやら言霊に乗せた魔法が発動し、言葉どおりの現象が起きたようだ。
閉じていた瞼を開くと、指示にしたがわなかった村人に加え、敵ゴブリン全員が目を抑えて苦しみ、悶えている光景が映り出された。
俺が精霊に生み出してもらった現象は眩い光。
突然の強い光を目の当たりにすると、瞳孔の動きが遅れ、瞳の奥に大量の眩しい光が入ってしまう。
瞳の奥には光の刺激を電気信号に変え、脳に伝えるための網膜がある。
それに対して大量の光を急激に浴びると、刺激が大きすぎることで、網膜に炎症や剥離が起こってしまうのだ。
巻き込まれた人のことも考慮して、人体に悪影響が起きないようにフラッシュ光の強さを落としてはいるが、しばらくは痛みを感じて目を開けることができないはず。
「今だ! ライリー!」
予想どおり、ライリーは一瞬であるが目を閉じてくれていたようで、平然としている。
そんな彼女に合図を送ると、ライリーは強化した肉体を活かし、次々とゴブリンを斬り伏せていく。
次々に苦しみながらも倒れて行くゴブリンの姿に、俺は安心するはずだったが、なぜか心の中に潜む不安を拭えないでいる。
敵はライリーの活躍で数を減らしている。
この戦況だけ見れば優勢だ。
負ける要素は微塵も感じられない。
なのに、どうして心の中の霧が晴れない。
何か見落としている部分があるのか? もう一度、今もっている情報を頼りに整理するべきだ。
報告にあった魔物の数と種類の違い、統率者が不在のような纏まりを感じさせない敵の戦闘スタイル。
それに加え、虫の知らせのような胸のざわめき。
「もしかして!」
ある可能性を導き出したのと同時であった。
村の中央のほうから爆発音のような轟音が聞こえ、振り返ると空に向けて柱のような黒煙が舞い上がっていた。
「やっぱりこいつらは囮だったんだ。少数の部隊で足止めをしているうちに、本隊が村の襲撃をしていた」
あの方角はラプラス学園のある位置だ。
もし、敵の目的が学園の襲撃であったのなら、カレンたちが危ない。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
初めてアクセス数を確認したのですが、十六人の方に読んでいただき、一人ブックマークをつけてもらっていることに驚きながらも感動しました。
人気の作者の方からすれば鼻で笑う数字かもしれませんが、私にとっては大きな一歩です。
本当に有難いことです。
私の作品を読んでくれているあなたがいてくれるからこそ、また明日も頑張ろうという気持ちになり、とても救われています。
また明日も投稿予定なので、是非楽しみにしてもらえたら嬉しいです。
最後にもう一言、ありがとうございます!
追記
前書きに書いたワード説明ですが、今後も本文で、もしかしたら人によっては意味が分からない言葉が出てくるかと思います。
今後も前書きで書いていきますが、これを思いついたのは、第二十一章の第六話からです。
なので、それよりも前の話は順次確認次第、記入をしていきますので、まだ追加記入をしていないストーリもありますが、ご容赦ください。
本文を読んで気になった単語があったり、調べるのが面倒くさいから教えてよ!などの意見がありましたら、お手数ですが、コメントなどで教えていただけたら助かります。
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この作品は、今回の反省を活かして執筆しております。
なので、面白くなっていることが間違いなしです。
追記
この作品はジャンル別ランキング、ハイファンタジー部門でランキング入りしました!
興味を持たれたかたは、画面の一番下にある、作者マイページを押してもらうと、私の投稿作品が表示されておりますので、そこから読んでいただければと思っております。