第四章 第九話 逆転の一手
今回のワード解説
読む必要がない人は、飛ばして本文のほうをよんでください。
炭酸飽和……二酸化炭素を水または水溶液に溶かすことをいう。
ストレッサー……ストレスを生物に与える何らかの刺激のことを言う。また、その範囲は広い。
「呪いを用いて我が契約せし知られざる生命の精霊に命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。エンハンスドボディー」
「呪いを用いて我が契約せしハルモニウムに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ゼイレゾナンス・バイブレーション」
「呪いを用いて我が契約せしウンディーネとフラウに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。アイシクル」
襲い来る魔物を迎え撃つために、一斉に詠唱を始めた。
カムラン平原のときように、幻惑草を使った戦略であれば、この状況であっても一気に戦況を覆せる。
しかし条件が揃っていない以上は、ない物ねだりにしかならない。
あの方法以外での戦法で、この部屋を埋め尽くす魔物を全滅させなければ。
襲い来る敵を倒しつつ、俺は好転しそうな策を考える。
しかし余裕がない状況下では、いくら考えてもいいアイディアが思いつかない。
「クソッ何かいい方法は」
戦況が変化する何かが見つからないか、周囲を見渡す。
魔物たちに注意を払いつつ、辺りを窺う。
「ぶっ壊れな!」
肉体強化をしたライリーが剣を振り下ろし、ガーゴイルを真二つに割った姿が見えた。
勢いが余ったのだろう。
剣はそのまま床を叩き割り、破片を周囲に飛び散らせる。
その破片のひとつがこちらに転がり、視線を向けるとあることに気づく。
「この部屋の床は、石でできているのか」
表面は綺麗に削られ、塗装されていたために分からなかったが、どうやら石細工のようだ。
「ガーゴイル、ゴーレム、床の石…………よし、材料は揃っている。もしかしたらこの戦況を一気に覆せる可能性が出てきた。カレン! ゴーレムとガーゴイルを先に倒す! 合成魔法を放つぞ!」
「分かったわ」
今の言葉で、何を伝えたいのか分かってくれたようだ。
彼女は自信に満ちた声で応えてくれた。
「行くぞ、タイミングを間違えるなよ」
「分かっているわよ」
「何かする気のようだ。レッサーデーモン放て!」
レイラの声が聞こえた瞬間、レッサーデーモンが口を大きく開けたのが見えた。
くそう。
詠唱が必要な分、相手のほうが早い。
「デーヴィッド! 迷うんじゃない。あんたにはあたいがいるんだ。迷わず突き進め!」
ライリーの声が聞こえ、俺は覚悟を決めた。
確かに彼女の言うとおりだ。
迷っていては判断が鈍り、その一瞬で何もかも決まってしまうことがある。
間に合わないんじゃない。
間に合わせるんだ。
「呪いを用いて我が契約せしウンディーネとケツァルコアトルに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。カーバネットウォーター」
早口で呪文の詠唱を終える。
空気中の酸素と水素が結合した水に二酸化炭素が溶解し、炭酸飽和により炭酸水を作り出すと一斉に放つ。
解き放った炭酸水は狙いどおりにターゲットに付着させることができた。
これで第一段階はクリアした。
あとはカレンの詠唱を待つだけ。
もしかしたら間に合うかもしれない。
そう思ったが、人生甘くはなかった。
カレンの詠唱よりも早く、レッサーデーモンが音波を放ち、不快な音を浴びせられる。
ゴーレムやガーゴイルに変化が起きないところを見ると、どうやら間に合わなかったようだ。
「デーヴィッド、ごめん」
悔しそうにカレンは謝るが、この事態は誰にでも予想できたことなので責める気はない。
「謝らなくていい。すぐに詠唱できるようにしていてくれ」
「それってどういうこと?」
「カレン、あたいの新しい力を忘れたって言うのかい? その身体でたっぷり味わったじゃないか。呪いを用いて我が契約せし知られざる生命の精霊に命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。スタビライティースピリット」
カレンの呪文が不発に終わった直後、ライリーが呪文の詠唱を終え、知られざる生命の精霊の力が身体に伝わってくる。
ライリーは俺に『あたいがいる。迷わず突き進め』と言った。
あの言葉から彼女に何か考えがあると悟り、信じることにしたが、どうやら上手くいってくれたようだ。
おそらく、レッサーデーモンが音波を放つ前にスピードスターを使い、足を強化。
そのあと部屋を出て音波が聞こえない範囲まで逃げ、すぐに引き返して戻ってきたのだろうと考えられる。
スピードスターは足の筋肉の収縮を早くすることで、最大で五十六から六十四キロのスピードを出すことができる呪文。
それだけの速さがあれば、一度離れてすぐに戻ってくることなど可能だ。
「カレン今だ!」
敵の音波を聞き、身体に感じていたストレッサーがなくなったことを実感すると、カレンに合図を送る。
「ええ、呪いを用いて我が契約せしハルモニウムに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ゼイレゾナンス・バイブレーション」
炭酸水塗れになった敵に同じ周波数の音を当てる。
「「合成魔法、キャビテーション!」」
炭酸水を浴びたガーゴイルたちの圧力が下がり、液体に溶け込んでいた気体が泡となったところに低周波が振れ、炭酸の泡を潰しては新な泡を発生。
一秒間に数万回以上のサイクルで繰り返された泡が成長し、大きくなったものが急激に潰された際の衝撃波により、敵を粉砕させる。
仮初の肉体を破壊されたゴーレムやガーゴイルは、復活する気配を見せない。
「これで第一段階はクリア。カレン、ライリー! 少しの間時間を稼いでくれ。カムラン平原での策を再現する」
「「了解!」」
二人を見ると、一瞬驚いた表情を見せていたが、すぐに笑みへと変わっていた。
彼女たちの笑みを見ると胸が苦しくなる。
何せ、しばらくの間は身体的な苦痛を我慢しなければならないからだ。
今行うことは本来であれば時を重ねることで自然に起きることを、時空軸を無視して強引に進める。
なので、その代償を支払う形となってしまうからだ。
それに加え、精霊の負担も半端なものではない。
下手をすれば、消滅の危機にさらされることにもなる。
「先に謝っておく。すまない。しばらくの間我慢してくれ」
カレンとライリーに謝罪の言葉を述べ、俺は心の中でも精霊たちに謝ると詠唱を始めた。
「呪いを用いて我が契約せしジャック・オー・ランタンに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ファイヤーボール」
空中に巨大な火球を生み出し、天井近くへと移動をさせる。
真夏の太陽を思わせるような熱気を放ち、立っているだけで大量の汗を掻いてしまう。
敵を攻撃することなく、ファイヤーボールを消す。
そして今度は、別の精霊に指示を出して対極の現象を発生させる。
「呪いを用いて我が契約せしウンディーネとフラウに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。アイシクル」
今度は巨大な氷柱を出現させたが、またしても敵を攻撃することなくその場に制止させた。
氷柱が放つ冷気に部屋の気温が下がって行く。
俺の腕は寒さで鳥肌が立ち、身体の感覚が鈍くなっていくのを感じる。
この状態になると再び氷柱を消し、ファイヤーボールに変えるとこれを何度も繰り返した。
何度も変わりゆく気温の変化に頭が可笑しくなりそうな気がしながら、時が来るのを待つ。
すると、部屋の中に変化が生じる。
ゴーレムやガーゴイルの残骸が砂へと変わり、床の石も同様の変化が起きた。
「ようやく風化してくれたか」
考えていたとおりにことが進んでくれて、俺は安堵する。
風化には大きく分けて水の凍結によるもの、気温の変化によるもの、植物によるもの、風によるものの四種類がある。
その中で、俺は気温を選んだ。
気温による風化は、日中太陽の熱によって温度が上昇し、夜間は冷却されることでおきる。
それを魔法で再現した。
ファイヤーボールの熱とアイシクルの冷却を繰り返すことで、岩石を作っている鉱物も膨張や収縮を繰り返す。
この際、鉱物の種類によって膨張や収縮の割合が異なるため、鉱物同士の間にずれが生じる。
これによりヒビが入り、崩れて土や砂になったのだ。
「これで第二段階クリア! 第三段階に移行する」
心臓が痛まない以上、まだ精霊たちは消滅していない。
頼む。
あともうひと踏ん張りしてくれ。
「呪いを用いて我が契約せしジャック・オー・ランタンに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ファイヤーボール」
火球を生み出し、プチ太陽の役割をさせる。
「これで全ての条件が整った。カレン、アイテムボックスを渡してくれ!」
義妹に頼み、バスケットを投げてもらうとキャッチする。
すぐに中を物色して粉末状の粉の入った瓶を取り出す。
この白い粉は宿屋で作成したものだ。
幻惑草を乾燥させて磨り潰し、粉末状にしたもの。
「呪いを用いて我が契約せしケツァルコアトルに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ダストデビル」
ファイヤーボールにより温められた部屋の砂から上昇気流が生まれ、ケツァルコアトルの力で風を部屋の中に取り入れる。
上昇気流と交わり、渦巻き状に回転が強まった塵旋風が発生した。
俺は瓶の蓋を開け、ダストデビルの中に投げ込む。
渦巻き状の風は粉状になった幻惑草を飲み込むと、上空から周囲へと撒き散らす。
「二人とも、息を止めてくれ!」
彼女たちに注意を促し、俺もすぐに息を止める。
粉末状の幻惑草を吸引してしまった魔物は、脳に異常を来し、混乱して幻覚を見たせいで同士討ちを始めた。
「この混乱に乗じて一気に攻めるぞ!」
「了解! 一時は死ぬ思いをしたが、これで報われるってもんだ。あたいの剣で切り伏せてやるよ」
「デーヴィッドのお陰で私も風の魔法が使えるわ。呪いを用いて我が契約せしナズナに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ダストデビル」
敵の同士討ちに、カレンやライリーの活躍により、魔物の数は凄まじいスピードで減って行く。
数分後にはレイラを除く全ての魔物が地面に倒れ、息絶えていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
誤字脱字の報告があることに今日知り、全てに目を通しました。
私のほうでも何度も確認をしたつもりでしたが、多くの指摘があり、恥ずかしくも嬉しさを感じました。
あれほどの量を一人の方が教えてくれたのですが、私の作品を修正するために使った時間と労力を考えると感謝してもしきれません。
ひとつずつ確認する度に嬉しさとありがたさが込み上げてきてしまい、涙を流しました。
半人前の文章力しかないですが、これからも一人でも多くの読者に楽しんで頂けれるように、日々精進いたします。
こうして誤字脱字の報告があったのも、毎日読んでいただいているあなたがいるからこその結果だと思っております。
心の底からありがとうを言わせてください。
「ありがとうございます!」
これからも、誤字脱字などがあるかと思いますが、教えていただけると助かります。
また明日投稿予定なので、楽しみにしていただけたら嬉しいです!




