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第四章 第七話 レイラの過去

今回のワード解説


残留思念……残留思念とは、超常現象、精神世界、スピチュアルリティなどで用いられる用語の一つで、人間が強く何かを思ったとき、その場所に残留するとされる思考、感情などの思念を指す、想像上の概念である。

 俊敏に動き、拘束しようとするマジックハンドの動きに翻弄されながらも、俺は躱し続けていた。


 今は運よく避けることができてはいるが、これも時間の問題。


 そもそもそんなに体力があるほうではないのだ。


 疲れが溜まり、少しでも動きが鈍くなってしまえば確実に捕まってしまう。


 とにかく、レイラが動く気配を見せない以上、先にマジックハンドを倒す算段を見つけなければ。


 そんなことを考えていると、視界にレイラが入った。


 彼女は右腕を上げ、その先に大きな火球が空中浮遊をしたままの状態で制止していた。


 ついに彼女が次の手を打ってきた。


 まずい、マジックハンドやゴーレムの動きに注視し過ぎると、レイラの炎が襲ってきかねない。


 注意すべき対象がまた増えた。


 脳内で様々なことを考えていると、足に重りがついたかのような重量感を覚える。


「しまった!」


 足に視線を向けると、一瞬の隙をついてマジックハンドが両足を掴んでいた。


「クソッ」


 マジックハンドに気が散ったその瞬間、今度は腕が拘束された。


 ゴーレムのゴツゴツした岩の腕にホールドされて身動きが取れない状態に陥る。


「よくやった。そのままデーヴィッドを逃がすではないぞ」


 レイラは掲げていた火球を消し、こちらに近づく。


 何とかしてこの拘束から脱け出そうにも、ゴツゴツとした岩が肉に食い込み、痛みを発してしまう。


「むだなあがきはよせ。それ以上は自身の肉体を傷つけるだけだぞ。さぁ、もう一度愛し合おうぞ」


 拘束されてしまったが、まだ救いはある。


 魅了(チャーム)の発動条件がある以上、目を合わせなければ偽物の好意は発生しない。


 俺は思いっきり両の瞼を閉じた。


「嫌がるデーヴィッドを見ると胸がキュンキュンする。屈服させるのも嫌いではないが、余は純粋な気持ちで愛し合いたい。……やれ!」


「アアアアアアアァァァァァァァァァァァ」


 彼女が指示を出した刹那、俺の身体に激痛が走り、反射的に瞼を開いてしまった。


「気を失わせない程度に痛みを与え続けろ。その間にチャームバーンを発動させる」


 レイラが優しい笑みを向ける。


「痛いであろう。だが、今からその痛みから解放してやろうではないか。よーく余の目を見るのだ。チャーム……」


(まじな)いを用いて我が契約せしハルモニウムに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ゼイレゾナンス・バイブレーション」


(まじな)いを用いて我が契約せし知られざる生命の精霊に命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。スピードスター」


 痛みで何も考えられない状況の中、カレンとライリーの声が聞こえた。


 その瞬間、拘束されている感触がなくなり、そのまま床へと倒れ込む。


 ぼやける視界の中、自身の目の前に立ち、剣を振り下ろしているライリーの姿が映った。


 だが、レイラの悲鳴が聞こえない以上、刃は彼女に触れてはいないのだろう。


「そなたはデーヴィッドと共に行動している女であるな。どうやってここに辿り着いた。この城内には、デーヴィッドが余と接触したあとに、方向感覚を狂わせる結界が貼られているはず」


「ジルが教えてくれたのよ。結界が人間にどう影響を与えているのかを。その原理さえ知っていれば、穴をついてここまで辿り着くことができるわ」


「ジルめ、知力はあっても敵に塩を送るようなアホな行動に出るとは」


 そんな彼女たちの会話が聞こえてくる中、俺はその場で意識を失う。


 気がつくと、そこは暗闇しか見えない場所であった。


 どんなに視線を動かしても広がっているのは闇ばかり。


「ここはいったいどこ何だ?」


「ここはあなたの心の中です。ここにいるあなたは精神体、本体は玉座の間で今も倒れています。」


 後方から声が聞こえ、俺は振り返る。


 そこには水色の長い髪に、透き通るような白い肌の女性が立っていた。


「君は?」


「こうして話すのは初めてね。私はウンディーネ、水の精霊です」


「ウンディーネ!」


 目の前にいる女性がいつもお世話になっているウンディーネだと知らされ、俺は戸惑う。


「まぁ、我々の姿が普段から見えるのは魔族と、イレギュラーな精霊のみだからな。驚くのもむりがないだろう」


 今度は足下から声が聞こえ、そちらに視線を向けると、そこには長く白い髭を蓄えた小人が立っていた。


「ワシの名はノーム。こうして契約主と会えたことを光栄に思うぞ」


「ウンディーネにノーム。それじゃあ他にも」


 ノームが小さな人差し指を上に向けた。


 顔を上に動かすと、そこには羽の生えた蛇がグルグルと回っている。


「説明する必要はないと思うが、やつがケツァルコアトル。その他にもジャック・オー・ランタンやウィスプなどもいるが、顔を出しておらんようじゃ」


「皆に会えたのはうれしいけど、どうして俺は心の中にいるんだ」


「それは私たちがあなたを呼んだからです。普段は話しかけても声が届かないですが、あなたの意識が精神世界にいる今なら、会話をすることが可能ですので」


「俺を呼んだ。つまり、精神世界に呼んでまで、話さなければならないほどの重要な話があるってことだな」


「そうだ。契約主」


 予想が当たり、俺は唾を飲み込む。


「魔王レイラの生い立ちは知っているでしょう。人間の身勝手な理屈で精霊は消滅し、その残留思念が魔物となる。いずれ私たちにもそうなる未来が訪れることでしょう」


 ウンディーネの言葉に、悲しい気持ちになった。


 心の中では絶対にそんなことはさせないと思っていても、未来がどうなるかなんて誰にも分からない。


 予想ができない以上、胸を張って宣言することなどできないのだ。


「彼女は魔物になってからも苦しんでいます」


「苦しんでいる? 何に?」


「それは恋愛です」


「恋愛!」


 予想することができなかった彼女の言葉に、つい大きめの声が出てしまった。


「どうして恋愛に苦しんでいるのか、それをあなたに理解してもらうために、この話をしましょう。彼女が人間だったころ、私はレイラと契約をしていました」


 そう語り始めると、ウンディーネは人間だったころのレイラについて語り始めた。


「レイラは元々あまり目立つことのない大人しい性格だったの。根は真面目な性格で友達が少なかったけれど、それでも普通の生活を送って毎日を楽しんでいた」


 ウンディーが語る内容に俺は驚きを隠せなかった。


 昔レイラの精霊だったこともそうだが、人間だったころのレイラが一番衝撃的だった。


 何せ、現在の彼女からは想像することができないほど真逆であるから。


「そんな彼女も恋する女の子。当然好きな異性の人がいたわ。だけど、そんな性格だから中々アプローチすることができずに、陰で見守るので精一杯だったの。そんなある日、友人に話して彼女の協力を得て、好きな人に接触することができた」


 確か、俺が魔法の開発をしていたときも、レイラは上空から見ていたと言っていた。


 すぐに行動に移れないのは、人間だったころの彼女の名残なのかもしれない。


「友人のお陰でレイラは好きな人がつるむグループの一人となった。だけど、側に居ればいるほど、好きな人のことをよく知るようになり、恋心はますます大きくなったの。そしてある日、彼女は好きな人に告白する決断をした。先にネタバレをするのだけど、告白は失敗したわ。何て言われたと思う?」


 ウンディーネに問いを投げられ、俺は思案する。


 人間だったころのレイラは、真面目で大人しい性格だった。


 だけど上手くグループの一人として溶け込んでいたとしたら、考えられるとすれば……。


「お前とは価値観が違うからむりとか言われたのか? それとも友達としてしか見られないとか?」


 頭の中に思い浮かんだ言葉を口に出して言ってみる。


 しかし、彼女は首を横に振った。


 どうやら違うようだ。


「お前のような大人しそうな見た目で、陰で人を泣かせるような人間とはつき合えないと言われたわ。彼の言葉の意味が理解できなかったレイラは聞き返したの、そしたら彼女の友人から全て教えてくれたと言ったわ。レイラは訳が分からず、その場から立ち去って友人に問い詰めた。そしたら彼女はげらげらと笑い出したの。そして全てを告げられる。友人もレイラが好きな人を好きになり、接近するために彼女の恋心を利用した。そして自分の恋を成就させるために、邪魔者のレイラが嫌われるように仕組んだのだと」


 ウンディーネから聞かされた話を聞き、俺はその場面を想像すると怒りや悲しみの感情が湧き出てくる。


 きっと、レイラにとって友人は特別だったのだろう。


 だからこそ胸の内にある恋心を伝えて相談した。


 だけど、その友人も同じ人を好きである事実を隠され、自分のためだけに利用されたと知れば、信じていたものを失う。


 そして何を信じればいいのかが分からずに、感情がぐちゃぐちゃになってしまうはずだ。


「そのあとはどうなったんだ?」


「あのあと、レイラは友人と縁を切り、グループを抜けて元の生活に戻ったの。友人の裏の顔を見抜けなかった自分が悪い、そう思って彼女たちを見返してやろうと思い、自分磨きに没頭したわ。その結果、男から声をかけられるようになったのだけど、新に好きになった人には興味をもってもらえず、悩んでいた。そして彼女は禁断の魔法に手を出してしまった」


魅了(チャーム)だな」


 俺の問いにウンディーネは無言で頷く。


 魅了系の魔法は人が使うことを禁止されている。


 魔法で強引に好きにさせて両想いになったところで、それは本当の愛ではないからだ。


 魔法を使った張本人はそれでも満足するかもしれないが、被害を受けた側は心に傷を負うことになる。


 好きでもない相手のことを自分の意志に関係なく好きになり、次第に心を閉ざして操り人形のようになってしまうのだ。


「魅了を使ったレイラは、一瞬で男を虜にする威力の高さに高揚し、次々と男たちを惚れさせては下僕のように扱ってしまったわ。その結果、レイラは禁断の魔法を使った魔女だと言われ、最後は処刑されてしまったの。そのとき、私は彼女の心の叫びを聞いたわ。どうして私ばかりがこんなことをされなければならない。どうして私が好きになってしまった人は、私の愛に気づいてくれない。どうして私の愛を受け止めてくれない。どうして私ばかり上手くいかないと言っていたわ。そして死後、彼女はこの思いが強いために精霊になってしまったの」


 レイラが人間から精霊になった経緯を聞き、俺は複雑な想いに駆られる。


 恋愛が上手くいかない辛さは知っている。


 だけど上手くいかないからといって、禁断の魔法に手を出していいはずがない。


「レイラは恋愛で苦しんでいると言ったな。ウンディーネは俺に何をさせたい」


「彼女を救ってください。今のレイラはあなたに恋をしています。ですが、このまま普通に戦っては勝つことはあっても、彼女を救うことができません」


「それって難易度が高くないか? 普通に戦っても勝てる可能性が低いのに、勝利条件がレイラを救うなんて」


「大丈夫ですよ。勝利条件を満たしたうえで彼女を倒すことはできます。その方法はあなたも気づいているはず。恋する楽しさや辛さを知っているデーヴィッドなら、きっとできるはずです」


「要するに、あいつの思いをぶつけさせて、それを受け止めろってことか?」


 俺の問いに、ウンディーネは無言であったが、にっこりと笑みを向けた。


「分かったよ。あまり自信はないが、やれるだけのことはやってみる」


「その意気だ。契約主、あいつのことを頼んだ」


「さぁ、そろそろ目覚める時間帯です。あなたの頑張り次第で、未来は大きく変わります。頼みましたよ」


 ウンディーネの言葉を最後に、俺の意識は次第に薄れて行った。

 最後まで読んでいただきありがとうございます!


 誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、是非教えていただけたら嬉しいです。


 また明日投稿予定ですので、楽しみしていただけたら幸いです。

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