最終章 第四話 デーヴィッドの選択
「母さんを殺すってどういうことだよ!」
とんでもない発言をする親に、俺は思わず声を張り上げた。
「デーヴィッド、あなたには過去に戻ってもらいます。精霊となる前のわたしを、快楽殺人鬼たちが襲う前に殺してほしいのです。きっとあなたから殺してもらえれば、わたしは精霊になることはなく、天界に行くことができるでしょう」
「ちょっと待ってくれよ! 過去に戻る? いったいどうやって!」
「精霊としてのわたし正体は、時を司るクロノスです。わたしの力で、あなたを過去に送ります」
「俺が……過去に戻って……母さんを殺す」
右手を額に当てると湿っていた。
心臓の音が聞こえてくる。
俺は相当動揺しているようだ。
「この世界に魔物が誕生し、人間、精霊、そして魔物のサイクルができた原因はわたしにあります。わたしがいなくなれば、きっとこの未来も変わるでしょう」
確かに母さんの言うとおりにすれば、この未来はなくなり、また違った世界が繰り広げられる。
だけどできるのか? 俺に幼いころの母さんを殺すなんてことが。
「お願いです。もう、あなたにしかこの世界を変えることはできない。時間がないのです」
時間がない? どういうことだ? ゲーティアは確かに強大な敵だ。
だけど別に世界の危機が訪れているというわけではない。
どうして母さんは急ごうとしている?
「時間がない? どうしてだ?」
俺は疑問に思ってことを母さんに尋ねる。
「バビロニア大陸のことは知っていますか?」
突然別大陸の話題を出してきたが、俺は母さんの問いに無言で頷く。
「バビロニア大陸は、複数の国家から成り立っていますが、バビロン帝国の王に成りすましている魔王、ギルガメッシュがついにバビロニア大陸を支配しました。彼は、その勢いのまま、別大陸を支配するために侵攻してきています。彼の背後にはゲーティアがいる。このままでは、人間も精霊もいなくなり、魔物だけの世界になってしまいます」
俺の知らないところで、世界が魔物たちに汚染されつつあることを聞かされ、確かにマズイと思った。
母さんの言うとおり、時間はあまり残されてはいないと思っていたほうがいいのかもしれない。
このままではいけないのは分かっている。
過去に戻り、母さんを殺すのが最善の手だ。
だけど、できることならそんなことはしたくない。
他の方法を考えたい。
だけど今の状況では、別の方法を考えるとしても情報不足だ。
両目を瞑って歯を食い縛ると、身体が抱きしめられた感触があり、俺は瞼を開ける。
「あなたは本当に優しい子です。ですが、優しさだけでは世界は救えない。時には非情になる必要がある。優しさだけで民を守ることができないのは、歴史が証明しているから分かるでしょう」
母さんの言葉が心に染みわたり、俺は感情を抑えることができずに涙を流す。
「わかったよ、母さん。俺、皆を救うために母さんを殺す」
「それでいいのです。それが正しい選択なのですから」
母さんは抱きしめた腕を離すと、俺の顔を見る。
「明日の早朝、ここに誰か一人をつれてきてください。過去に送ることができるのは最大で二人までです」
「全員を連れてくることができない」
「はい。さすがのわたしも、一度に多くの人物を過去に送ることができません。別にあなたが一人でもいいと言うのであれば、今から初めてもいいのですが」
母さんの問いに、俺は首を横に振る。
「皆にこのことを話さないといけないし、一度戻ることにするよ」
「わかりました。では、ここで待っています」
俺は母さんに背を向けると、彼女から離れていく。
洞窟を出て港町を歩いていると、一羽のリピートバードがやってくる。
『おい、ランスロット達は宿屋にいたぞ! しかもレイラたちが先に合流していたではないか! 俺様は探し損だぞ』
目の前に現れるなり、レックスが文句を言いながら俺の頭に乗る。
そしていつものように頭をつついてきた。
日常的に行われてきたこのやり取りも、今日が最後なのだろう。
頭に乗っている鳥を優しく掴むとそのまま抱く。
「今までありがとう」
『俺様に礼を言うとは、気色の悪いやつだ。ええーい、男に抱かれたくないわ! いい加減に放しやがれ!』
どうやら彼は、俺の言葉を別れの挨拶ではなく、労いの言葉として捉えたようだ。
そっちに感じてもらったのなら別にそれでもいい。
レックスを放すと、彼は翼を羽ばたかせてホバリング飛行を行う。
『貴様の傍にいると、また抱きついて来そうだ。身の安全を確保するためにも、距離を空けさせてもらう』
「いきなり抱きしめて悪かったな。俺たちも宿屋に帰ろうか」
レックスに笑みを向けながら俺たちは宿屋に向かう。
宿屋に入ると、俺は自分の部屋ではなく、仲間たちが使っている部屋の前に立ち、扉を二回ノックする。
「俺だ。話しがある。皆は居るか?」
扉越しに声をかける。
するとドアが開けられ、金髪のミディアムヘアーで、低身長の女の娘が顔を出した。
「デーヴィッド、お帰りなさい。皆居るけど、どうしたの?」
可愛らしい目で俺を見ながら義妹は尋ねる。
俺はつい、彼女の金髪の髪に手を置き、優しく頭を撫でる。
「ちょっと、どういうつもりよ」
突然頭を撫でられ、驚いたようだ。
カレンは俺の行動理由を訊いてくる。
「何となくだ。それよりも上がらせてもらうぞ」
義妹の横を通り抜け、部屋の中に入る。
彼女の言うとおり、女性陣全員が揃っていた。
これなら一度の説明で済む。
「デーヴィッドよく来てくれたな。余たちに何か話があるのか?」
この世界で最初に魔王として出会ったレイラが尋ねる。
「ああ、とても大事な話だ」
俺は開いているスペースに座り、カレンも俺の隣に座る。
女性たちの視線を集める中、俺は洞窟でのできごとを嘘偽りなく話す。
「ゲーティア。まさかそれほどの力を持っておるとは」
話を聞いたレイラが胸の前で腕を組むと、顔を俯かせる。
「それで、誰を相方にするかを決めるように言われたのよね。誰に決めたの?」
カレンが既に決まっているのかと尋ねると、女性陣は一斉に視線を向けてくる。
彼女の問いに、俺は首を横に振る。
「いや、まだ決まっていない」
「となれば、誰にするか考える時間を与えたほうがいいわよ」
エミが俺に考える時間を設けさせるべきと言う。
「そうですね。気持ちの整理をする時間も必要になるかと思いますし、ワタクシたちは待つことにしましょう」
彼女の言葉にタマモが賛成すると、他の女性たちは何も言わない。
エミの案に賛成ということなのだろう。
「わかった。一人で考えてくるよ」
立ち上がり、カレンたちの部屋を出ると、俺は自分が使っている部屋に戻った。
ベッドに横になり、考える。
いったい誰を選ぶべきなのだろうか。
誰も選ばずに、俺だけ過去に向かうという選択肢もあるが、今までの経験上、それは誰もが望まないだろう。
つまり、カレンたちの中から一人選ばないといけない。
頭の中で一人ずつ思い浮かべながら、俺は考えた。
義妹のカレンは、彼女が赤ん坊だったころからのつき合いだ。
元気で明るく、素直でないときもあったが、彼女の明るさには元気つけられた。
村を追放されたとき、カレンは必死になって俺を庇ってくれた。
あのときは本当に嬉しくて、思わず涙が出そうになったよ。
そして彼女の音魔法にはよく頼り、捜索のときにはお世話になったな。
ライリーは、俺が成人して魔学者になったころに出会った。
たまたま立ち寄ったバーで働いており、酒が好きという共通点で盛り上がり、それ以来仲良くなった。
彼女のほうは、以前から俺のことを知っているようであったが、当時の俺は彼女のことは何も知らない。
だけど、ライリーと話していると何故か安心感のようなものを感じ、不思議な感覚になる。
だけど俺が困っているのを見て、ニヤニヤと楽しむのは本当に勘弁してほしい。
剣士でありながら、知られざる生命の精霊と契約し、最初は自分の肉体強化の魔法しか使えなかった。
けど、最終的には回復魔法も使えられるようになり、皆を助けてくれた。
ライリーがいなければ、あの時エミの命を救うことができなかっただろうし、俺もイアソンに殺されていただろう。
彼女は命の恩人だ。
レイラは、俺が村を出るきっかけをくれた。
俺と接触するためにランスロットたちを使い、村を襲ったのは本当に驚かされた。
だけど、彼女のアプローチは本当に嬉しかったのは事実。
好意を寄せられて嫌な気持ちになったことなど、一度もない。
それにああ見えて素直だ。
俺が人間を襲わないように約束をすると、最後までそれを守ってくれた。
魔王だったけれど、音はいい娘だ。
そして優しい。
精霊のことを想い、敵の精霊であっても、消滅を避けるために、自ら痛みに耐えようとしたこともある。
その話を聞いたとき、彼女を守ってあげたいと思ったこともある。
エミは、ドンレミの街で出会った。
俺が恋活婚活センターに寄った帰り道、盗賊に襲われ、気を失っていたところを発見した。
当時は彼女が別の世界からの転移者だということが信じられず、頭が可笑しい女の娘だと思っていた。
だけど、彼女はとても頭がよく、発想力もあり、エミの作った魔法には勉強させられる。
でも勃起不全の魔法である、エレクタイルディスファクションで脅すのは勘弁してほしい。
彼女があの魔法を習得して以来、俺はエミに逆らえなくなった。
だけど、とてもいい娘だ。
俺のことを気遣って、膝枕をしてくれる。
そんな娘だ。
そして、彼女の胸は、俺の好みの大きさだ。
アリスもドンレミの街で出会った。
盗賊から逃げているところをエミと一緒に助け、それ以来ずっと傍にいる。
カレンに続いて妹ができた感じに思い、彼女の純水な心には何度も癒された。
だけど彼女は連れて行けない。
時空の魔法は危険がつきものだ。
どんなトラブルが起きるのかはわからない。
未来のある女の子を危険な旅に連れて行くなんてことは、俺はしたくない。
そして最後はタマモだ。
彼女とはエルフの森で出会った。
伯爵の一件で人間の男に対して嫌悪感を抱いていたそうだ。
アリスのお陰でどうにか今のような関係性を持つことができている。
良妻賢母を目指しており、女性としてはしっかりしていた。
ケモノが好きで、グッズを集めていると言う趣味を始めて知ったときは驚かされた。
だけどいい趣味を持っていると俺は思っている。
彼女はいずれ、エルフの里を収める長となる存在だ。
もし、仮にも俺が彼女を選んだ場合は、本当について来てくれるのだろうか?
頭の中で考えていると、扉がコツン、コツンと叩かれる。
ノック音とは少し違う。
いったい誰が来たのだろう。
ベッドから起き上がり、扉に近づく。
ドアノブを捻って開けると、レックスが中に入ってきた。
『レイラたちから伝言を預かったぜ。デーヴィッドが誰を選んだのかを決めたのなら、指定された場所に来いだとよ。それぞれが別の場所にいる。カレンとアリスは隣の部屋、ライリーは食堂の裏、レイラは船着き場、エミは時計台、そしてタマモは図書館だそうだ。夜中の十二時までそこで待つとのこと』
「夜中の十二時。あと六時間か」
『まぁ、デーヴィッドが誰を選ぶにしろ、俺には関係のないことだ。だが、ひとつ言っておこう。誰を選ぼうとも、後悔することのない道を選べ』
そう言うと、レックスは開いている窓から飛び去って行く。
俺はいったい誰を選ぶべきなのだろうか。
自身の心にもう一度問いかけ、後悔しない道を選ぶ。
「やっぱり、あいつのところだよな」
俺は一緒に過去に向かいたい人物のところに向かうために、部屋を出た。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
どうにかお昼の投稿に間に合いました。
次回最終話は、今日の6時から7時代に投稿します。
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