最終章 第三話 母親との再会
翌日、俺たちはロンドン大陸に辿り着いた。
「お世話になりました」
「旅のご武運を祈っております」
フォーカスさんに別れの挨拶をすると、俺たちは船から降りる。
「レックス、悪いが上空からランスロットたちがいないか探してくれないか?」
俺の隣を飛行していたリピートバードに、レイラの配下を探すように頼む。
『フン、どうせそう言うと思っていた。俺の身体はリピートバードだ。命令されれば、嫌でも身体が反応してしまう』
レックスは羽ばたいて上空に舞い上がっていく。
「俺たちも、宿屋を探すついでに地上からランスロットたちを探そうか」
オケアノス大陸で随分と長い時間を費やしてしまった。
おそらく彼らのほうもやるべきことを終えているだろう。
あちらのメンバーには、ストラテジスト級のジルもいる。
仕事を終えたら、この港町で合流しようと考えているはずだ。
「そうであるな。その方が効率もよかろう」
レイラが賛成すると、俺たちは宿屋の場所を通行人に尋ねる。
すると、この港町の宿屋はひとつしかないらしい。
これなら、宿屋で待っていたほうがいいだろう。
心の中でレックスに謝る。
彼から後で文句を言われそうだが、こればかりは仕方がない。
教えてもらった宿屋の前に辿り着き、扉を開けて中に入る。
「デーヴィッドさん御一行ですね」
カウンターには男性店主がおり、いきなり名前を当てられる。
「どうしてわかったのですか?」
思わず店主に尋ねると、彼はカウンターの上に一枚の手紙らしきものを置く。
「あなた様に手紙を預かっておられます。少女を引き連れたハーレムの男が来たのなら、この手紙を渡すようにと仰せつかっております」
店主の言いかたに苦笑いを浮かべつつ、俺はカウンターの上に置かれた手紙を掴み、内容を読んだ。
手紙には『港町の先にある洞窟で待っております。あなたの母より』と書かれてある。
筆跡も母さんのもので間違いない。
「これはいつごろから預かっていますか?」
「そうですね。今から大体一週間ぐらい前だったかと思います」
手紙を預かった日にちを教えてもらい、考える。
一日、二日の誤差があったとしても、大体セミラミスを倒し、ゲーティアが現れた日だ。
あまりにもタイミングが合いすぎる。
やっぱり母さんはゲーティアと何かしらの関係をもっている。
「ありがとうございます」
店主に礼を言い、俺は振り返って仲間たちを見る。
「俺は今から寄るところができた。悪いが皆は、宿で休んでいてくれないか?」
「本当に一人でいいの?」
カレンが心配している表情で俺を見る。
「大丈夫だ。別に危険な場所に行く訳ではない」
俺は店主のほうに向き直すと一部屋の人数と金額を尋ねる。
「大部屋でしたら、六人部屋まであります」
「わかりました。では、六人部屋をひとつと、一人部屋をひとつでお願いします」
宿屋の代金を訊き、その金額を支払う。
そして俺の使う部屋の鍵を受け取ると、俺は宿屋から出て洞窟に向かう。
あの手紙には、洞窟までの地図も書き記されていた。
なので、迷わずに辿り着くことができる。
「あった。ここだな」
洞窟の中を覗くと、奥のほうは暗い。
目が慣れれば見えるかもしれないが、明かりがあって困るようなことはないだろう。
「呪いを用いて我が契約せしジャック・オー・ランタンに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ファイヤーボール」
直径三十センチほどの火球を生み出し、松明代わりにする。
ゆっくりと歩き、洞窟の中に入って行く。
しばらく歩くと、奥のほうから光が見えた。
だけど、外の太陽光が降り注いでいるような明るさではない。
どちらかと言うと、今の俺が使っている炎のような明るさだ。
念のために警戒はしつつも、先に進む。
「デーヴィッド、待っていました」
光が漏れた場所に近づくと、俺の名を呼ぶ声が耳に入る。
この声は母さんだ。
俺は更に歩き、明かりのある空間の中に入る。
漏れていた明かりは、四隅に置かれた松明だった。
そして俺の目には、腰まであるスカイブルーの髪、長い睫毛に赤い瞳のあるほっそりとした体型をした女性が映る。
「母さん」
「久しぶりですね」
「どうしてロンドン大陸に? 父さんもいるのか?」
俺の問いに、母さんは首を横に振る。
「いえ、ここにいるのはわたし一人です。そして、どうしてわたしがこの大陸にいるのかと言うと、あなたに話すことがあるからです。あなたはゲーティアと会いましたね」
「どうしてそれを!」
なぜ母さんがそれを知っているのかが不思議であり、俺は思わず声を上げた。
「やっぱり会ってしまったのですか」
世界最古の魔王と出会ったことを告げると、母さんは悲しそうな表情でポツリと言葉を洩らす。
「俺の質問に答えてくれ! どうしてそのことを知っている! 母さんと同じ容姿なのと関係があるのか!」
つい感情が荒ぶってしまい、少し強めの口調で母さんに問う。
「そうですね。あの女と会ってしまった以上は、これ以上隠し通すことはできないでしょう」
母さんは一度両の瞼を閉じると軽く深呼吸を始める。
「あなたに教える心の準備が整いました。では言いましょう。彼女はわたしの半身なのです」
「母さんの……半身」
「はい。わたしとゲーティアは元々ひとつ身体でした。わたしがまだ幼い人間の子どもだったころです。快楽殺人鬼の二人組に殺されてしまい、そのとき感じた恐怖や怒り、悲しみといった負の感情が渦巻き、精霊となったのです」
母さんの言葉に俺は驚き、信じられない思いに駆られる。
「ちょっと待ってくれ! 今、母さんは幼い子どものころに死んだって言ったよな!」
「はい。言いましたが?」
俺が驚いていることが不思議なのか、母さんは首を傾げている。
「どうして幼いころに死んだ母さんが、今のような姿になっているんだよ」
「どうしてと言われても、精霊になったときからこの姿でしたので」
母さんは左手人差し指を左頬に当てる。
『アリシア様の言っていることは本当です。人間が精霊になるとき、それまでの容姿年齢は関係なく形が代わります。私が人間だったころは十八のころでしたので』
頭の中に、ウンディーネの声が響く。
彼女の見た目は三十代前半ぐらいだ。
精霊として生まれかった瞬間からあの容姿なのであれば、本当に容姿年齢は関係ないのだろう。
それに精霊はすべてが人型というわけではない。
ジャック・オー・ランタンは火の玉だし、ケツァルコアトルは蛇だ。
そのことを考えれば、母さんの言うことに納得するしかない。
「肉体面は分かった。でも、精神面はどうなんだよ。確か精霊は人間だったころの記憶を保持したまま。肉体は大人でも、心は子どものままだったんじゃないのか?」
「はい。その通りです。ですがさすがに時が経てば大人並みの知識を得ることができます」
母さんが右手を口元にもって行き、ゴホンと咳払いをする。
「話を戻しましょう。普通であれば、人間が特定の条件下で死んだときは精霊になるのですが、わたしのときに例外が起きたのです。わたしが精霊になった際に、魂が二つに別れました」
「それがゲーティア」
俺の言葉に、母さんは無言で頷く。
「わたしたちは、最初は協力して生きていました。ある日、わたしは精霊として生きることを決めましたが、ゲーティアは納得することができなかった」
母さんの過去話を聞き、俺はゲーティアの気持ちを考える。
確かにまだ幼い子どもだったのだ。
これからたくさんの可能性を秘めているのに、無暗に命を奪われた。
もし、俺が彼女の立場でも、そう簡単には納得することができない。
「まだ自分には未来があった。あの男さえいなければ、自分はもっと人として長く生きられたのに。それが彼女の口癖でした。そして更に日数が過ぎたころ、彼女がこの世界の生態系を変えるほどの力を得ました。それが、精霊を魔物に変えるというもの」
「待ってくれ。魔物は精霊の残留思念から生まれるはずだろう!」
俺の言葉に、母さんは首を左右に振って否定する。
「確かに魔物は精霊の残留思念を集めて生み出しますが、彼女の力は別です。直接精霊を魔物に変えることができる。これが、彼女が世界最古の魔王と呼ばれる理由です」
ゲーティアは、精霊を魔物に変える力を持っている。
もし、母さんの話が本当なら、精霊使いはゲーティアに勝つことができない。
魔法なくして世界最古の魔王を倒すことができないからだ。
俺であっても、戦えば契約している精霊を魔物に変えられ、ただの人間になってしまう。
そうなれば、魔物と戦う術を失くし、ただなぶられるだけだ。
「そんな彼女をどうにかしようと、わたしは他の精霊に人間と協力するように声をかけました。他の精霊たちも、ゲーティアには困り果てていましたし、人々も魔物をどうにかしようと考えていたので、互いの理解が一致し、こうして生まれたのが魔法です。人間と精霊が協力し、ゲーティアに打ち勝つための手段でした」
魔法は母さんの発案で生まれた。
これまでいくら魔法のルーツを調べても何もわからなかったが、そんな理由があったとは。
「ゲーティアにはいくらあなたでも勝つことができません。それほど強大な魔の王に、彼女はなっているのです」
母さんの言葉に、俺は歯を食い縛る。
いくら何でも強すぎる。
俺たちを無力化させる力なんて。
「ですが、勝てる方法がひとつだけあります」
「勝てる方法!本当にそんなのが存在するのか!」
ゲーティアに勝つ方法があると知り、俺は声音を強くする。
「ですが、これは正面切って戦うようなやり方ではありません」
「闇討ちですか?」
俺の問いに、母さんは首を横に振る。
正攻法ではないのであれば、闇討ちのようなやり方なのだろうかと思ったが、そうでもないようだ。
「闇討ちとも違いますが、根本を断つやり方です」
「根本を断つ、それはどういう方法なのですか?」
「わたしを殺すのです」
「え?」
母さんを殺す? その言葉に、俺は一瞬何も考えられなくなる。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
ブックマーク登録してくださったありがとうございます。
これで九十三人になりました!
底辺脱出まであと七人!
まぁ、明日完結しますので、百人を超えるのは、完結ブーストがかかってからになるでしょうね。
ですが、本当に登録してくださったかたには心から感謝しております。
本当にありがとうございます。
物語の続きは明日投稿する予定ですが、明日は二話投稿します。
間に合えばお昼の時間帯、間に合わなければ夕方の六時台に投稿します。
最新作
『Sランク昇進をきっかけにパーティーから追放された俺は、実は無能を演じて陰でチームをサポートしていた。~弱体化したチームリーダーの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る~』が連載開始!
この作品は、今回の反省を活かして執筆しております。
なので、面白くなっていることが間違いなしです。
興味を持たれたかたは、画面の一番下にある、作者マイページを押してもらうと、私の投稿作品が表示されておりますので、そこから読んでいただければと思っております。




