第三十一章 第七話 王女とメイドの亀裂
まだ終わっていないフランの買い物につき合うことになり、俺は籠を持って彼女の横を歩く。
「さっきは正直助かったですよ。危うく全員の骨を折るところでした」
商店街を歩きながら、フランはポツリと言葉を洩らす。
「別にいいさ。悪いのはあいつらだ。でも、ファンゴたちも運が悪かったよな。フランなんかに目をつけたのが運の尽きだった」
「それ、どういう意味ですか」
何も考えないで、思ったことを口に出すと、隣を歩いているメイドが睨んでくる。
「どういう意味も何も、結果論を言ったにすぎない。可愛い見た目に騙されて、相手の本質を見抜けなかったあいつらの落ち度による結末だ。ウサギの皮を被ったゴリラ……ウグッ」
説明をしていると、突然左の脇腹に痛みが走る。
隣を歩いていたフランが、俺に蹴りを放っていた。
「どうして蹴る」
「一言余計なのです。私のどこがウサギの皮を被ったゴリラなんですか。こんなにか弱いのに」
本当にか弱い女の娘は、暴力に走ることはない。
そう言いたかったが、今思ったことを口に出してしまえば、もう一度蹴りを入れられることになる。
なので、ここは我慢した。
「それで、あとは何を買っていないんだ?」
左の脇腹を抑えつつ、彼女に尋ねる。
「ロウソク、ネギ、藁、漬物石、あと小型のハンマーですね」
買い物のリストを教えてもらうが、何も関連性がなかった。
別に夕飯の食材を買いに来ているわけではないから、共通点がなくても当たり前だろう。
「お、フランちゃんではないか」
「魚屋さんのおじさん。こんにちは」
歩いていると、店の中からケモ度二の猫がメイドに声をかける。
「お、そちらは次期国王様ではないですか。お二人でデートですか?」
「やだもう、おじさんたら。全然違いますよ。もしそうなら、アナスタシア姫様に怒られます」
一般人の前だからだろう。
フランはアナのことをアナちゃんとは言わずに、アナスタシア姫様と呼称していた。
体感で五分ぐらい話し込んでいたのではないだろうか。
ようやく話しに区切りがついたようで、互いに会釈をするとフランは再び歩き出した。
しばらくすると、同じことが起きる。
今度は肉屋だ。
今回もしばらく長話が続いていた。
彼女の買い物が遅い訳だ。
道行く人がフランに声をかける。
これでは買い物が進まないのも頷ける。
彼女の会話をしている様子を毎回窺っていると、あることに気づく。
フランは話しかけられても嫌な表情を見せずに相手の言葉に耳を傾け、相手の話を自分のことのように捉えて相談にも乗っている。
だから多くの人が彼女を頼り、ついつい声をかけているようだ。
フランはこの商店街の人気者なのだろう。
ようやく話しが終わり、俺たちはようやく八百屋につくことができた。
「おばさん、ネギをください」
「あら、フランちゃんこんにちは。先日はどうもありがとう。お陰で助かったわ」
「いえいえ、お役に立って何よりです」
「お礼にネギの料金はいらないわ」
「本当ですか。ありがとうございます」
タダでネギを購入するフランを見て、これも彼女の人徳のなせるわざなのだろう。
八百屋を出て次の店に向っていると、俺は隣を歩いているフランから視線を感じ、彼女のほうを見る。
「どうした? 何か言いたいことがあるのか?」
「別に何でもないですよ。ただ、私が長話しをしても、デーヴィッドさんは嫌な顔もしないなぁと思いまして」
「まぁ、まだ重い荷物もあるからな。フランを残して一人で帰るわけにはいかない」
「そこは助かりますが、そんな優しさ程度では、私は認めませんですよ」
フランがプイッと顔を逸らす。
「そうだ。この際だからアナちゃんにもした質問をします。デーヴィッドさんは、アナちゃんのどんなところが好きで、恋人になったのですか?」
突然フランが聞いてきた質問に、俺は一瞬考える。
どんなところが好きなのかという質問なら、アナのいいところを言えばそれでいい。
けれど、彼女は好きになった経緯を聞いてきている。
アナのことは人としては好きだが、恋愛感情は抱いてはいない。
適当なことを言って、彼女が納得してくれればいいが、腑に落ちなかった場合は少し面倒なことになる。
俺は脳内でシミュレーションしてみる。
可愛いとか性格がいいとか、ありふれたようなことを言っても、フランは納得しないだろう。
自分自身すら気づけないような盲点を突いたところを言わなければ。
「はぁー、アナちゃんと同じ反応をするのですね。本当にお二人は恋人だったのですか? どう見ても怪しいのですが」
この場を乗り切る方法を考えていると、フランが息を吐きながら赤い瞳で俺を見て来た。
俺とアナの関係を疑っている。
「いや、俺とアナは恋人だ。俺は心からアナを愛している」
「そうですか。なら、後で確かめさせてもらうです。もし、あなたのいう愛が、本物でなかった場合はただではおかないですからね」
そう言うと、フランは歩く速度を速める。
他の店に立ち寄り、残りの買い物を済ませる中、フランは俺に荷物を持たせるだけで一言も話そうとはしなかった。
城につながる橋を渡り、門を潜る。
すると、城の扉の前にキツネの耳に猫の手、モフモフの犬の尻尾を持つケモ度二の女性がいた。
彼女は俺たちに気づくとこちらにやってくる。
「フラン、遅いじゃないですか。心配したのですよ」
「アナちゃんごめんなさい。ついお店の人と話し込んでしまいました」
フランはアナに笑顔を向ける。
しかしすぐに表情を戻し、真顔でお姫様を見た。
「アナちゃん。あなたにしたのと同じ質問をデーヴィッドさんにしました。結果は同じでした。どんなところが好きで、つき合ったのかを言うことができません。アナちゃん、本当にこの男が好きなのですか?」
彼女の問いに、アナはすぐに言葉が出ないでいる。
俺と同じように打開策を考えているのだろう。
「もちろん。好きに決まっているじゃないですか。でないとつき合いませんよ」
「なら、今から私の見ている前で、キスをしてください。それができたのなら、これ以上変な詮索はしないで、お二人を認めます」
直ぐに言葉が出なかったアナに対して、フランは目の前でキスをするように要求してくる。
彼女の言葉が耳に入り、俺はお姫様と目を合わせる。
「わ、わかりました。キスをすれば認めてくれるのですよね」
「おい、本当にいいのか?」
フランの要求を呑む意思を示すアナに、俺は思わず言葉が出る。
「デーヴィッドさん。そのような言葉を言わないでください。余計に怪しまれるじゃないですか」
アナが訴えると、俺は愚かな言葉だったことに気づく。
確かに彼女の言うとおりだ。
反射的にあのような言葉が出てしまったとはいえ、あんな言いかたをしてしまえば、怪しまれてしまう。
「悪い」
お姫様に謝ると、彼女は俺との距離を縮めてくる。
二人の間は拳二個分しか離れていない。
アナは両目を閉じて俺を受け入れてくれる準備をした。
これまで唇同士が触れることはあった。
一回目はレイラにチャームをかけられたとき、二回目はアナに変装していたセミラミスが毒を飲ませたときだ。
唇が触れた時点でキスとも言えるが、どちらも相手からしてきたもの。
俺からしたことは一度もない。
さすがにお姫様に恥じを掻かせるわけにはいかない。
ここは俺からするべきだ。
キスをするために彼女を抱き寄せようとして、肩に手を置いたときだ。
アナの身体が小刻みに震えていることに気づく。
お姫様は怖がっている。
それもそうだろう。
俺たちは演技をしているだけで、本当の恋人ではない。
彼女はたくさんの男を弄ぶような尻軽な女性ではないのだ。
おそらくこれがファーストキスとなるだろう。
最初ぐらいは、本当に好きな相手としたいはずだ。
だけど、これを乗り切らなければフランという障害は、常に俺たちにつき纏うことになる。
それが分かっているからこそ、彼女も覚悟を決めて身を捧げてくれているのだ。
彼女を抱き寄せ、顔を近づける。
しかし、唇が触れる寸前で俺は動きを止める。
目前になって、怖気づいてしまったのだ。
早くしろ、これ以上彼女を待たせるな。
恥の上乗せをさせる気か。
心の中で自身に訴えるも、思うように身体を前に動かすことができない。
だけど、身体を後ろに下げることはできた。
つまり心の奥底では、俺も彼女を拒んでいる。
建前で行動に出ようとしても、本音が身体を先に進ませないようにしている。
俺は彼女との距離を空けた。
「やっぱりこんなのはダメだ。その場しのぎのキスなんて、俺にはできない」
「デーヴィッドさん」
「やっぱりお二人は最初から恋人ではなかったではないですか」
まるで犯人を見つけた探偵のように、フランは右手の人差し指を俺たちに向ける。
「どうして、二人は恋人の真似事をしているのですか」
彼女の追求に、俺はここらが潮時だと判断する。
「わかった。フランには真実を話そう。だけど、ここでは話せない。俺の部屋に来てくれるか」
俺たちは城の中に入り、俺が使用している客室に帰る。
扉を開けて中に入ると、俺は窓のカーテンを閉めて外から見えないようにする。
「どうしてカーテンなんか閉める必要があるのですか。まさか、話すと言っておきながら、私に厭らしいことをするつもりなのでは」
フランが両手を自身の肩にもっていくと、わざとらしく身体を震えさせる。
「そんな訳がないだろう。今から俺の正体を見せることになる。他の人に見せるわけにはいかないので、カーテンを閉めただけだ」
「正体?」
メイドが言葉を洩らす中、俺はエクステとケモ耳カチューシャを取り外し、人間の耳をフランに見せる。
「人間の耳!」
「そう、俺の正体はケモノではなく人間だ。俺は王都オルレアンの王子、デーヴィッド・テーラー。セプテム大陸でアナと出会い、そして彼女のお見合いをなかったことにするために、彼女の恋人を演じていた」
俺はこれまでのことをフランに話す。
この国の民を欺くために、ケモノの俺が死んだことにすること、この大陸を離れるまではお姫様の恋人を演じなければならないことを、嘘偽りなく彼女に告げた。
真実を話すと、メイドはアナのほうを向く。
「アナちゃんのバカ!」
いきなりフランは、仕える主に対して罵倒をした。
彼女がアナを罵るような言葉を言うとは思っていなかっただけに、俺は開いた口が塞がらなかった。
「どうして私に何も言ってくれなかったのですか! 相談してくれれば、力になってあげられたかもしれないのに」
感情が高ぶっているのか、メイドは目尻に涙を溜めながらお姫様に訴える。
「それは、フランに迷惑をかけたくないからよ」
「お気持ちは嬉しいです。ですが、それは逆を言えば私を信用していないということになるではないですか。私とアナちゃんの絆は、その程度だったのですか。もし、そうならがっかりです」
フランの訴えに、アナは何も言わなかった。
「何も言わないということは、そういうことなのですね。アナちゃんなんか、もう知らないです」
その言葉を言い残すと、フランは勢いよく部屋から飛び出して行った。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
物語の続きは明日投稿する予定です。




