第三十一章 第六話 チンピラ再び
「昨日は本当に酷い目にあった」
商店街を一人で歩きながら、俺は小さく溜息を吐く。
濃い一日であったのは間違いないのだが、命がけの一日である。
朝からアナに変装したセミラミスに毒を飲ませれ、解毒のために彼女の城を訪れた。
そして解毒できたのはいいものの、戦闘に発展してしまい、彼女を倒した。
その後もレックスに肉料理を奪われ、夜中にドライアドが夜這いに来たせいで、覚醒したタマモにツタで叩かれる始末だ。
一番に思い出すのは嫌なできごとばかりだが、実際にはそれだけではない。
セミラミスを倒したあと、俺の体調を気遣ってカレンとレイラが代わりに馬車の運転をしてくれたし、馬車の中でエミが膝枕をしてくれた。
お風呂ではタマモが背中を流してくれたし、夕食では皆から肉を分けてもらえた。
セミラミスの件は残念だったが、そうなる運命だったと割り切るしかないだろう。
「それにしても、フランのやつはどこにいるんだよ」
首を左右に振り、メイド姿のケモ度二のウサギを探す。
フランが買い物に行ったきり帰ってこないとアナに言われ、俺が探しに出向くことになった。
アナが家出をしたり、王様が森の中に入ったきり帰ってこなかったり、この件に関しても、最近は人探しをしているような気がする。
「あなたは次期国王様ではないですか」
商店街を歩いていると、店の中から店主が声をかけてきた。
立ち止まると、肉の焼ける臭いが鼻腔を刺激してくる。
「あ、鶉の肉の店主さん。こんにちは」
声をかけてきたのは、鶉の肉を販売している店主だ。
この店には一度立ち寄り、鶉を食べた。
声をかけられたので、俺は店に近づく。
「どうです。また買いませんか?」
どうやら、また肉を買ってもらいたくて声をかけたようだ。
あの肉はとても美味しかった。
だけど今は手ぶらで来ているために、財布を持ってはいない。
「あー、悪いけど、財布を忘れて来たんだ。だからまた今度にさせてもらうよ」
「そうですか。なら、そのときはぜひ御贔屓ください」
少し申し訳ない気持ちになりながらも、俺はフラン見かけていないか訊いてみることにする。
「何も買ってやれないのに悪いが、メイドを見ていないか? 少し毛深いウサギのケモノなんだけど」
俺はケモ度二の特徴を言い、フランを見かけていないかを尋ねる。
「メイド服を着たウサギですね。うーん、そうですねぇ」
ケモ度二の猫型のケモノは胸の前で腕を組むと、瞼を閉じて考えるポーズを取る。
「あ、思い出しました。確か、この道を真直ぐ進んだ先に向ったのを見ましたよ。ですが、店の中で見えた範囲までなので、そこから先は分かりません」
「この道を真直ぐだね、ありがとう」
情報を提供してくれた店主に礼を言うと、俺はこのまま商店街を歩くことにする。
歩いていると、脳の記憶を司る海馬から、アームレスリング大会の前日の記憶が引っ張り出された。
ファンゴたちガラの悪いケモノが、エミたちにコントをしかけてきた裏路地がある。
その道がそろそろ見えてくるころだ。
歩いていると、路地裏で何かを言い合っている声が聞こえてきた。
「まさかな」
デジャブを感じながらも、俺は建物の角から顔を出して路地裏の様子を窺う。
すると、ケモ度三のイノシシとゴリラ、それにケモ度二のジャガーが、手に籠を持っているメイド服のウサギと言い合っている。
「いてーよ、いてーよ」
「こいつの腕が折れているって、言っているだろうが」
「治療費を払いやがれ」
「治療費って、ぶつかってきたのはあなたたちのほうではないですか」
これまたどこかで聞いたことのあるセリフのやり取りだ。
この先の展開が読める中、俺は彼女たちに近づく。
「フラン、ここにいたんだ。探していたよ」
「あ、デーヴィッドさん」
「お前は次期国王!」
俺の姿を見るなり、ファンゴが驚いた様子で声を出した。
「お前たち、またしょうもないことをしているのか。いい加減にやめたほうがいいぞ。男としてみっともない」
「いや、違うんだ。今回は前回と違ってだな」
「違うってことはガチでコントをしていたのか?」
「何でそうなる!」
俺の言葉に対して、ファンゴは気持ちのいいぐらいのツッコミを入れてくる。
「ファンゴの言うとおりなんです。今回は本当にケガをしていまして」
ケモ度三のゴリラが、本当にケガをしているという。
彼の言っていることが事実なのかを確かめるために、俺は腕を抑えているジャガーの腕を軽く掴む。
「ぎゃー!」
軽く触れたつもりだったのだが、ジャガーは断末魔の声を上げ、目から涙が流れだす。
さすがにこれが演技であれば、彼は役者の才能があることになる。
だけど、どうみてもこれはガチのようだ。
「なぁ、どうしてこうなったのか経緯を聞いてもいいか」
「ああ」
三人組に尋ねると、ファンゴが説明を始める。
彼らは普通に路地裏を歩いていた。
そんなとき、たまたまフランが路地裏を歩いており、いつものように金を取ろうと考えた。
そしてメイドと接触して金を強請り取ろうと試みる。
身体が接触した瞬間に、彼らはいつものように振舞っていたが、フランがいきなりジャガーの腕に向けて飛び蹴りを放ったという。
その際に彼の腕が折られ、嘘が本当になったらしいのだ。
三人組から話を聞き、俺はどうしたものかと考えた。
いちゃもんをつけられたからと言って、直ぐに暴力に走ったフランがケガの原因だ。
だけど、そのきっかけを作ってしまった三人たちが、ケガの運命を引き寄せたとも言える。
どちらの肩を持つことができずに考え込むと、ある言葉が思い浮かぶ。
「こうなったら喧嘩両成敗だ」
俺は靴を脱ぐと、中に手を突っ込む。
そして一枚の紙幣を取り出すと、ファンゴに渡そうとする。
鶉の肉屋の店主には嘘をついていたが、俺は一文なしではない。
非常事態が起きたとき用に、靴の中に五千ギル札を一枚だけ隠していたのだ。
「ここに五千ギルがある。治療費としては足りないが、足しにしてくれ」
考えた結果、治療費の一部を負担することにした。
本当なら、二度と人から金を強請ろうとはしないように、罰として何もしてやらないほうがいい。
けれど、俺の良心が刺激してしまい、このような考えにいたった。
俺は手の平の上に紙幣を乗せてファンゴが受け取るのを待つ。
しかし中々取ろうとはしなかった。
「言っておくが、今の所持金はこれしかない。これ以上金を取ろうとするのなら、痛い目を見てもらうことになる」
「いや、治療費の一部を出してもらうのは正直ありがたい。だけど、なぁ」
言葉を濁すと、ファンゴたちは顔を見合わせた。
「おい、お前が受け取れよ」
「嫌だよ。ファンゴが受け取れ」
「言っておくが、俺は腕が折れて触れないからな」
何か罠だと警戒しているのだろうか。
どうして彼らが素直に受け取ろうとしないのか疑問に思っていると、三人はいきなりジャンケンを始める。
その結果、ファンゴが負けた。
彼は恐る恐る右手を出して、親指と人差し指で紙幣を掴む。
よほど警戒をしているようだ。
俺からすれば、何も仕かけていないので、堂々と取ってくれても構わないのだが。
五千ギル札を受け取ると、ファンゴは服から財布を取り出し、紙幣を仕舞う。
金を手に入れて満足したのか、三人組は逃げるようにして走っていった。
彼らの後ろ姿を見送ると、俺はフランの頭の上にチョップを放った。
「痛い」
手刀が頭部にヒットした瞬間、フランは両手で頭を抑えると、俺を睨みつけてくる。
「臭い手で私の頭を叩かないでください。私、まで臭くなったらどうしてくれるのですか」
いつもの調子で、彼女は俺に悪態を吐く。
「何言っているんだよ。俺の手は臭くないぞ」
「いやいやいや、臭いですよ。その証拠に、紙幣を取るときあの三人組は躊躇したじゃあないですか! 誰だって足臭い匂いを放つ金なんかとろうとはしないです」
フランの言葉に、俺は先ほどまでの光景を振り返ってみる。
確かにファンゴたちは、金を受け取るまでに時間がかかっていた。
互いに受け取りに行こうとはせずに、擦りつけ合っていた。
それに紙幣を掴むとき、まるで潔癖症のような摘まみかたで金を受け取っている。
俺は靴の中に突っ込んだ手を鼻に近づけ、臭いを嗅いでみる。
「くさっ!」
臭い物質が鼻腔を通して脳に伝わったようで、俺は自分の手が足臭いことに気づく。
そう言えば、最近は忙しくって靴を洗う暇がなかった。
次からは、別ところに緊急時のお金は仕舞っておこう。
「それで、デーヴィッドさんはどうしてここにいるのですか。もしかして私のストーカーをしていたのですか。キモイので、止めてください」
「俺をストーキングしているお前が言うなよ。フランの帰りが遅いから、様子を見に行ってくれってアナにお願いされた。だから商店街まで来た」
「そうですか。なら、ちょうど良かったです。今すぐ手を洗ってください」
「何で?」
「いいから、早く手を洗いに行ってください。蹴飛ばしますよ」
どうしていきなり、彼女がそんなことを言いだしたのかが不思議だ。
だけど臭い匂いを放つ手のままではよくないのも事実。
彼女の言うとおり、俺は手を洗うことにする。
「呪いを用いて我が契約せしウンディーネに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ウォーター」
空気中にある水分子のプラスの電荷と、酸素側のマイナスの電荷が磁石のように引き合い、水素結合を起こす。
これにより水分子間がつながり、水分子のクラスターが形成され、水の球体を作ると、その中に手を突っ込む。
一度水で手を濡らし、続けて呪文の詠唱を行う。
呪いを用いて我が契約せしウンディーネとノームに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ソープ」
続けてノームの力で脂肪酸ナトリウムと脂肪酸カリウムで石鹸を作り、それを使って手を綺麗に洗っていく。
そしてもう一度生み出した水の中に手を入れ、泡を洗い流す。
汚れた水は道の片隅に置き、通行の邪魔にならないようにした。
こいつで最後。
「呪いを用いて我が契約せしケツァルコアトルに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよフロー」
風の魔法を発動させると、俺の周囲の気圧に変化が起こった。
濡れた手の周辺の空気の密度が重くなり、それ以外の空気の密度が軽くなる。
すると、気圧に差が生まれ、気圧の高いほうから低いほうへ空気が押し出されて動いたことにより、微風が吹き出す。
優しい風が渦を巻くように吹いたことにより、濡れた箇所はあっと言う間に乾く。
「これでよし。手を洗ったけど?」
フランに尋ねると、彼女は握っていた籠を俺に渡してくる。
「荷物持ちをお願いします。ほら、何ぼさっとしているのですか。まだ買い物は終わっていないのですよ!」
メイドは商店街のほうに歩き始める。
このまま一人で帰るわけにはいかないので、彼女につき合うことにした。
「ほら、早く来るのですよ!」
この場で立ち止まったままでいると、フランが早く来るように言ってくる。
俺は小さく溜息を吐きながら、道を歩いた。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
物語の続きは明日投稿する予定です。




