第三十一章 第三話 晩餐
浴室から出た俺は、自分の部屋のベッドで横になりながら、あることを考える。
カレンとレイラ、エミ、そしてタマモ。
彼女たちは、自分が言ったことを実行していた。
となると、最後はドライアドが来る可能性が非常に高い。
あの精霊は何を言っていた?
俺は脳の記憶を司る海馬から、数時間前の記憶を引っ張り出す。
『なら、ワタシは今夜タマモの身体を使ってたっぷりご奉仕してあげる』
つまり、ドライアドはタマモの身体を一時的に乗っ取り、俺のところにくるつもりなのだろう。
ご奉仕と言うのは、時と場合によっては意味合いが異なってくる。
けれどあの精霊の司る力は、植物と魅了や誘惑といったものだ。
彼女の普段の言動から考えても、性的な意味合いの可能性が高い。
なにせ前科があるのだ。
フロレンティアの町で、アリスの友達となったロザリーの家に泊めてもらったその夜に、ドライアドはタマモの身体を一時的に支配して、俺の寝込みを襲った。
タマモの身体を傷つけることができないことをいいことに、彼女は俺の服を脱がして、エルフの舌で上半身を舐めてきたことがある。
さすがにトランクスの縁に手をかけられたときはマズイと思ったが、レイラが乱入してくれたお陰で、それ以上の行為に発展することはなかった。
いつ来ても追い返せるようにしなくては。
ドライアドの対策を考えていると、扉がノックされる音が聞こえた。
「ついに来たか」
鼓動が高鳴る中、俺はベッドから出ると扉の前に向かう。
そしてドアノブに手をかけ、勢いよく扉を開ける。
「うわっ!ビックリした。勢いよく扉を開けないでくださいよ」
廊下にいたのは、精霊に身体を乗っ取られたエルフではなかった。
キツネの耳に猫の手、それにモフモフの犬の尻尾を持つケモノが俺の前にいる。
「ごめんアナ。つい手に力が入ってしまったようだ」
目の前にいる女性に謝り、軽く頭を下げる。
「もう、今度から気をつけてください」
「わかった。それで俺に何の用だ?」
この国のお姫様に、俺の部屋に来た理由を尋ねる。
「そうでした。お食事の準備が整いましたので、呼びに来たのです」
彼女の言葉に、俺は夕食を食べていないことを思い出す。
確かに夜とはいえ、まだそんなに晩い時間帯ではない。
さすがに人の目もあるだろうし、タマモの身体を乗っ取るのは時期尚早だろう。
食堂に案内してもらうと、仲間たちは既に着席していた。
「デーヴィッドさんは、あちらの席に座ってください」
アナに指定された席に座る。
一番端の席だ。
左はエミが座っており、正面にはアナの父親である王様が座っていた。
「みんな揃ったようだな。それでは食事を始めようではないか」
王様が使用人に合図を送ると、料理人が料理を運んでくる。
料理人の中には、メイド服を着たケモノも混ざっていた。
ケモ度二のウサギであり、彼女は俺のところに料理を持ってくる。
「ありがとうフラン」
「別にお礼を言われる筋合いはないですよ。これも仕事なので。こちらオードブルのサラミとトマトのマリネになります」
料理が盛られた皿を、フランは俺の前に置く。
皿の上には、輪切りにされたトマトの上にサラミが乗せられていた。
「ではいただこう」
王様がナイフとフォークを使い、慣れた手つきで食事を始める。
俺も食べやすくするためにトマトをナイフで切り、フォークを刺して口元にもっていく。
しかし、口に近づけるだけで食べるのを止めた。
「なぁ、どうしてそんなにジーッと見る。視線が気になって食べられないじゃないか」
「ごめんなさい。ですが気にしないで食べてください。料理長が一生懸命に作ったのですから」
ニコニコと笑みを浮かべながら、フランは食事を再開するように促す。
嫌な予感がしたが、さすがに食べないわけにはいかない。
食べ物を粗末に扱っては、野菜を作って下さった農家の人や、料理を作ってくださった人の気持ちを無下にすることになる。
フォークに刺したトマトを口の中に入れて咀嚼する。
少し辛めのドレッシングに浸けられていたようで、ピリッとした辛さがいいアクセントになっていた。
口の中でトマトとサラミの味を楽しみ、最後に飲み込む。
とても美味しい前菜だ。
どうやら俺の思い違いだった。
今もフランが視線を向けてはいるが、気にしないでオードブルを食べる。
「あのう、何も体調に変化はないのですか?」
視線を向けたまま、フランが困惑している表情で尋ねてきた。
「別に何も変なところはないけど? とても美味しいよ」
「まさか分量を間違えた! それとも他の人にあげてしまった!」
声を上げると、フランは俺からフォークを奪い、皿の上にあるトマトに刺す。
そしてそのまま自身の口の中に入れた。
その瞬間、フランの顔色がみるみる赤くなっていく。
「からー! み、水!」
額から大量の汗を流しながら、フランは厨房らしき場所に走っていった。
いったいなんだったのだろうか。
俺は皿の上に置いてある前菜を見る。
もしかしたら、彼女は辛いものが苦手だったのかもしれない。
フランが俺のフォークを持って行ったせいで、料理が食べられない状態になる。
どうしたものかと思っていると、厨房と思われる場所に向ったメイドがこちらに戻ってきた。
「はい、新しいフォークになります」
「ありがとう」
「何でお礼を言うのですか」
「新しいフォークを持って来てくれたじゃないか。自分にしてもらったことに対して、お礼を言うのは当たり前だろう」
当然のことを言ったつもりなのだが、フランは驚いた表情を見せる。
「フン、そうですか。なら、ありがたく感謝をするといいです」
フォークを貰い、俺は残りのオードブルを食べ始める。
続いて運ばれてきたのはスープだ。
このスープも、フランが運んできた。
俺はテーブルの上に置かれたスープを見て、首を傾げる。
皆はホワイトソースのように白い色をしていたのだが、俺のスープは色が違い、赤かった。
「なぁ、どうして俺のだけ種類が違う?」
「あ、それはデーヴィッドさんのだけ特別にしました」
「なるほど、俺専用か」
スプーンを手に取り、赤いスープを掬う。
一口食べてみると、口内にピリッとした辛さが口の中に広がる。
スープを食べたことで、彼女が特別にしたという意味が分かった。
誰から聞いたのかはわからないが、俺が辛党であることを誰かに聞いたのだろう。
それで俺専用に辛めのスープを用意してくれたのだ。
彼女の気遣いと労いに、心の中で感謝しながらスープを食べ続ける。
数分後には、すべてのスープを飲み干した。
「まさか全部飲んでしまうなんて」
フランの中では、俺が全部飲んでしまえないと思ったようだ。
彼女は驚いているようで、目を点にしていた。
「とても美味しかったよ。いい感じに辛さが出ていた」
お礼の言葉を言うと、フランは口角を上げて、頬を引きつらせた。
「そ、そうですか。それはよかったです」
続いて魚料理が目の前に置かれる。
これは他の皆と同じだったようで、魚の切り身の上に赤い液体がかけられてある。
「銀鮭のトマトソースになります」
フランが料理名を言う。
どうやらこの赤いソースはトマトのようだ。
銀鮭をナイフで一口サイズにカットして、フォークで刺すと口に運ぶ。
その瞬間、舌が焼けつくような辛さが口内に広がった。
一口食べただけで、額から汗が流れてくる。
なるほど、どうやら俺に視線を向けていたのは、俺の好む辛さを調べたかったのだろう。
俺の態度を見て辛そうにしなければ、更に辛さを上げていくを繰り返しているようだ。
フランに視線を向けると、メイドはニヤついた顔をしている。
額から流れ出る汗を見て、俺の好む辛さを当てたと思っているかもしれない。
だけど、こんなのまだまだ序の口だ。
汗が出て初めて、初めて赤点を回避したレベルとも言える。
全部食べてしまえば、次はもっと辛いものが出てくるかもしれない。
己が、どこまで辛さの限界に到達できるのかを確かめたい気持ちになる。
魚料理を食べてしまうと、俺はフランを見る。
「次も期待しているから」
彼女に今の気持ちを伝えると、メイドは無言で厨房と思われる場所に戻っていく。
何か気に障るようなことを言ってしまったのだろうか。
魚料理の次は、メインディッシュに入る前のソルベだ。
だいたい氷菓子が出てくることが多い。
運ばれてきたものは、オルレアンの城でも食べたシャーベットだ。
しかし、俺のところだけ運ばれてこない。
いったいどうしたのだろうか。
そのようなことを考えていると、ようやく俺のところにソルベがやってくる。
しかし、俺の前に置かれたのはシャーベットではなく、一本のタバスコだった。
「あのう、フランさん。これはいったい何の冗談なのですか?」
「フン、あなたのような人に、シャーベットをあげるとでも思っているのですか? デーヴィッドさんにはこれで十分です」
どうやらさっきの言葉が効いたようで、俺に対して嫌がらせを始めたようだ。
仕方がない。
出された以上は飲むしかないだろう。
俺は蓋を開けて縁を口につけると、タバスコを飲み始める。
コクがしっかりとしており、塩味も感じられた。
そんな姿を見て、フランは口を開けたまま閉じようとはしない。
「あなた本当にケモノなのですか?」
タバスコを飲む俺が衝撃的すぎたのだろう。
彼女は化け物を見るような眼差しを向けてきた。
さすがにタバスコを飲む人は少ない。
周囲を見ると、カレンたちも引いていた。
「あのなぁ、タバスコを飲んだくらいで引くなよ。さすがにスコーピオンだったら俺も飲めないが、これはガーリックだ。下から二番目のスコヴィル値ぐらいなら普通に飲める」
タバスコには、辛さの指標でスコヴィル値というものが使われている。
辛み物質がどれぐらい含まれているのか数値化したものだ。
六百から千二百のハラペーニョ―ソース、千二百から千八百のガーリックソース、千五百から二千五百のチポートレイソース、二千五百から五千のオリジナルソース、五千から八千のハバネロソース、そして二万三千から三万三千のスコーピオンソースに別れている。
種類によって辛さのレベルが異なるのだ。
「それはデーヴィッドだけよ! 普通の人ならタバスコだけを飲んだりしないわ」
「俺だって、できればタバスコだけを飲みたくはなかった。だけど出された以上は、飲まないといけないだろう」
「デーヴィッドって、ときどきもの凄くバカになるわね」
タバスコを飲んだ理由を言うと、カレンは右手を額に置く。
「どうしてこうも上手くいかないのよ。本当なら、今ごろ辛さで悶えているはずなのに」
フランが何かを言ったような気がした。
けれど、声が小さすぎてよく聞こえない。
「まぁ、まぁ、皆さん。デーヴィッド殿がタバスコを飲んで驚きましたが、メインディッシュといきましょう。そろそろ次の料理を持って来てくれ」
王様が料理を持ってくるように言うと、今夜のメインディッシュが運ばれてきた。
肉料理であったが、今回は俺だけがソースの色が違っていた。
俺以外は茶色いソースが使われていたが、目の前にある肉料理には、赤や緑、茶色のソースが使われている。
漂ってくるスパイスの香りからしてハラペーニョソース、チポートレイソース、スコーピオンソースが使われている可能性が高い。
みっつのタバスコソースが混ざった激辛肉料理、いったいどれほどの辛さになるのだろうか。
好奇心一杯となり、俺は早速メインディッシュを食べることにする。
『あー、気がついたら眠っていた。まだ晩飯は残っているだろうか』
今から食べようと思ったとき、食堂に一羽のリピートバードがやってきた。
『お、ちょうどうまそうな肉料理を食べているところじゃないか。デーヴィッドの肉は俺様がいただく』
どうやら鳥は、俺の肉に目をつけたようだ。
そうはさせない。
この激辛肉料理は俺のものだ。
フォークで肉を刺して、彼に取られないようにしようとしたとき。
『させるか!ウエポンカーニンバル&ウエポンアロー』
リピートバードが声を上げると、空中に現れた串が俺の前にあるテーブルに降り注ぐ。
まさか技を使ってくるとは思わなかったので、俺は意表を突かれ、一瞬動きを止めてしまう。
その瞬間、鳥は俺の肉を嘴で掻っ攫い、瞬く間に肉を飲み込んでいく。
「レックス、よくも俺の肉を」
『ワハハハハ。貴様の肉は俺様のもの。俺様のものは俺様のものだ』
ガキ大将が言いそうな言葉を彼が言うが、そのあと急にレックスの様子が変わる。
みるみる顔が赤くなり、空中をロケットのように飛び回る。
『辛い! 俺様としたことが、デーヴィッドは激辛料理を好んで食べるバカだということをすっかり忘れていた。水、誰か水をくれ!』
さんざん喚き散らす鳥を見て、このままでは王様たちの迷惑になると思った。
俺は楽しみにしていた激辛肉料理を取られた怨みをかねて、レックスの身体を片手で鷲掴みにする。
そしてポットの中に入っている水を、レックスの口に流し込む。
『ゴボゴボ』
水を飲みながら彼は何かを言っているようだが、ちゃんと発音しきれないために、何を言っているのか理解できない。
なので、俺は気にせずに彼に水を飲ませ続けた。
「求めていた水だ。苦しかろうが、最後まで飲み切るまでは、お前を絶対に離さないからな。楽しみにしていた激辛肉料理を食べた罰だ」
強引に水を流し込まれ、苦しそうな表情を見せるレックスを見ながらも、俺は彼に水を飲ませ続けた。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
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物語の続きは明日投稿するよ予定です。




