第三十一章 第一話 ゲーティアとレイラたちの関係
瞼を閉じ、永眠に入ったセミラミスを見ながら、俺は拳を強く握る。
彼女の亡骸を、このまま放置しておくわけにはいかない。
埋葬してあげなければ。
俺はセミラミスの身体を抱きかかえる。
すると、彼女の身体は黒い霧に包まれた。
霧がなくなると、俺が抱きかかえていたのはオケアノスの魔王の形を象った灰となり、頭のほうから崩れていく。
足元に灰が山なりとなって積もっていたが、気圧に変化が起きたようで風が吹き出す。
質量の小さい灰は、風に運ばれてどこかに飛ばされて行った。
レックスのときは、メフィストフェレスが介入したせいでどうなったのかはわからない。
けれど、以前に彼の話を聞いたときは、このようなことになるなど一言も言っていなかった。
肉体が消滅するのに個体差があるのか?いや、これまでの魔物と戦ってきた中では、どの魔物も肉体が灰になるようなことはなかった。
つまり、これはあの女の攻撃を受けた影響なのだろう。
あの女は何なのだ。
どうして母さんそっくりの見た目をしている。
セミラミスは世界最古の魔物、ゲーティアと言っていた。
魔物が誕生する原因になったとも。
つまり、この世界にいる魔物は、彼女から生まれた者が多いと言うことだ。
やっぱり、母さんに直接会って聞く必要がある。
ゲーティアの名前を出せば、何かしろの反応を示すはずだ。
「セミラミス、お前の願いは俺が聞き入れた。これ以上、負の連鎖が起きないようにしてみせる」
誰もいない空間に向けて、俺はポツリと言葉を洩らした。
顔を俯かせた状態のまま、オケアノスの魔王の根城から離れると、森を下って行く。
馬車を止めていた場所に戻ってくると、避難させていたレイラたちがこちらに駆け寄ってきた。
「デーヴィッド、戻ってきたと言うことは、セミラミスを倒したの?」
大きく可愛らしい目で、義妹が尋ねてきた。
「セミラミスは……死んだ」
俺は力なく答えると、女性陣は顔を見合わせる。
「デーヴィッド、相当疲れているみたいだねぇ」
「私とレイラが馬車を運転するから、デーヴィッドは休んでいて」
「そうね。頑張ったご褒美として、またあたしが膝枕してあげる」
「ワタクシも何かをしたほうがいいですよね。なら、入浴の際にお背中を流してあげましょう」
『なら、ワタシは今夜、タマモの身体を使ってたっぷりご奉仕してあげる』
力なく言ってしまったせいで、女性陣は俺が疲れ切っていると誤解してしまっているようだ。
だけど元気をなくしているというのは事実。
いつもなら彼女たちを心配させないためにも、気丈に振舞っているはず。
だけどそんな余裕がないほど、今の俺は心に余裕がない。
「レイラとレックスに聞きたいことがある」
「何を聞きたいのであるか?」
『何だ?言ってみろ。あの毒婦を倒した功績に免じて、わかる範囲でなら答えてやってもいい』
赤いクラシカルストレートの女性と、リピートバードが答える意思を向けてくれた。
「ゲーティア……この名前に聞き覚えはあるか?」
世界最古の魔物の名を出すと、一人と一羽は驚いた表情を見せる。
そして互いに顔を見合わせた。
「デーヴィッド、質問を質問で返すことになるが、その名をどこで聞いた?」
一時的に表情を硬くしていたレイラだったが、真顔に戻すと両腕を胸の前で組みながら尋ねてくる。
「俺の前に、母さんにそっくりな女が現れた。その人物を見て、セミラミスがゲーティアだと言った」
事実を噓偽りなく伝えると、再びレイラとレックスが顔を見合わせる。
『その反応、レイラ、お前もなのか』
「ということはレックスもか。まさかこんなところで、貴様と共通点があるとは思わなかった」
俺の返答に、一人と一羽は納得している様子を見せる。
『俺たちは、ゲーティアにより生み出された』
「そして、生まれた直後にその姿を見ている。確かにそなたのお母上と同じ姿だ」
レイラの言葉に、俺は疑問に思う。
彼女は母さんと会っている。
オルレアン城で、皆で会食をしていた。
けれど、彼女は得に可笑しな反応を示さなかった。
まるで初めて出会ったかのような態度で接していたのだ。
「でも、何で母さんと会ったときには普通に接していた?たとえ人違いでも、知っている顔なら少しぐらいは動揺するだろう」
疑問のままにすることができずに、俺は彼女に尋ねる。
「あのときは余も驚いていた。ただ顔には出さないように気をつけていたまでだ。デーヴィッドのお母上から感じた魔力は、ゲーティアとは微妙に異なっていたのでな。別人であることはすぐに気づいた」
レイラから驚かなかった理由を聞き、俺は納得する。
母さんは父さんにも過去を話そうとはしなかった。
それはおそらくゲーティアと関係しているはずだ。
彼女の名を出せば、母さんも話さないわけにはいかなくなるだろう。
「俺は母さんと話しがしたいと思っている。一度オルレアンに帰ろう」
「それがいいかもしれぬな。余もお母上には、訊いて確かめたいことがある」
話が一段落すると、俺たちはカルデラ城に帰る。
馬車の前に移動すると、俺は御者席に乗った。
席に座り、手綱を握る。
「何で御者席なんかに座っているのよ。私が代わりに運転するって言っているでしょう」
出発の準備をしていたところで、カレンがどうして御者席に座るのかを問うてきた。
「何でと言われても、別に馬車の運転ぐらいなら、少し疲れていてもできる」
セミラミスとの戦いは、俺の予想を超えることばかりだった。
疲労は溜まってはいるが、城までの運転ならできないことはない。
「デーヴィッドは大人しく馬車の中で安静にしていなさい。ほら、レイラも手伝って」
「任せるのだ」
カレンが俺の右腕を引っ張り、助手席に乗り込んだレイラが俺の背中を押す。
俺は手綱を握っている状態だ。
このままでは馬が暴走してしまうかもしれない。
一度手綱を手から離すと、義妹を見る。
「大丈夫だって。それに大型の運転はカレンたちも経験がないだろう」
「だから、その経験を今からしようとしているじゃないの」
御者席から降ろされそうになる中、俺は抵抗を続ける。
別に彼女たちを信用していないわけではない。
心配しているんだ。
今は日も落ちつつある時間帯だ。
この島から城下町までは、外灯のない道を進むことになる。
自分の目で見て判断しないといけない。
夜道は視界が狭まり、奥のほうが見えないのだ。
運転が慣れていないと、咄嗟のできごとに対応できなくなる。
「だったら助手席ならいいだろう」
「ダメよ。デーヴィッドは馬車の中にいなさい」
「カレンの言うとおりである。デーヴィッドは身体を休めるべきだ」
いつものように妥協案を出すと、二人は即答して提案を拒む。
「まったく、カレンもレイラもデーヴィッドの扱いが全然なっていないわね」
俺たちが言い合いをしていると、エミが話に入ってきた。
少々棘のある言いかたに、カレンとレイラはムッとした表情を見せる。
「いい、デーヴィッドに言うことを聞かせるにはこうするのよ。呪いを用いて我が契約せし知られざる負の生命の精霊に命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよエ・レ・ク・タ・イ・ル・ディ・ス・ファ・ク・ショ……」
突然エミが勃起不全の魔法を唱えだす。
だけど呪文名に入った途端に、まるでカウントダウンをしているかのようにゆっくりと言葉を出す。
これは彼女の脅しだ。
俺を馬車から引きずり下ろすために言っているに決まっている。
最初はそう思っていたが、最後の二文字に入った段階で、俺は顔を引き攣る。
もし、彼女が本気だったとしたら、俺は後悔することになるだろう。
どうせ後悔することになるのなら、男性機能を維持できるほうで後悔をしたい。
俺は勢いよく御者席から飛び降りる。
足が地面に着いた瞬間、地面に衝撃を与えたことによる反作用で、足首に衝撃が走った。
何も考えずに飛び降りたせいで、少し足に痺れが起きた。
「ほらね、こうすればデーヴィッドは言うことを聞いてくれるわ」
御者席から離れたことで、エミが得意げに言う。
「それはエミにしかできないやり方じゃないの!」
「そうである。そんなので得意げな表情をするではない!」
「でも、結果が全てよ。悔しかったら少しは工夫をしなさいよ」
三人が言い争う声が聞こえる中、俺はゆっくりと立ち上がった。
おそらく骨が折れているなんてことはないだろう。
ゆっくりと歩いてみるが、特に痛みは感じられなかった。
馬の前を通り、俺は馬車の扉を開けると中に入る。
本当にエミには逆らえない。
彼女には尻に敷かれることが多いような気がした。
席に座ると、俺に続いてライリーたちが馬車の中に入ってくる。
本当に大丈夫なのだろうか。
俺は一抹の不安を感じながらも、何ごともなくぶじに帰りつくことを心の中で祈る。
するとエミが俺の隣に来た。
彼女は席に座ることなく、俺の左腕を引っ張った。
「どうしてそこに座っているのよ。こっちに来なさい」
「どこに座ろうが俺の勝手じゃないか」
「そんなにフニャチンになりたいの?」
両の目を細め、冷ややかな視線をエミが送ってくる。
彼女の言葉を聞いた瞬間、俺はすぐに立ち上がる。
「ほら、こっちに来なさい」
引っ張られるまま、俺は荷台のほうに行く。
荷台と座席の境目にあるカーテンにエミが手をかけると、カーテンを開ける。
すると、彼女は俺から腕を離して床に正座をした。
「ほら、来なさい」
エミが自身の太腿を叩く。
早く座れと言っているのだろう。
下手に彼女の機嫌を損ねたくなかった俺は、言うとおりに床に座ることにした。
エミと対面した状態で、彼女と同じように正座をする。
「どうしてそんなところに座るのよ。座るのではなく寝なさい」
どうやら先ほどのジェスチャーは、座るのではなく横になれと言っていたようだ。
どう考えてもあの動作なら座れと言っているように感じられる。
正座を止めると、俺は床に背中をつけて仰向けの状態になった。
視界の先は馬車の天井しか見えない。
「あなた、わざとやっているの?」
言われたとおりにしたつもりなのだが、エミは何故か不機嫌そうな顔をして、俺に視線を向けてくる。
「言ったとおりに床に横になったじゃないか。これではないのか?」
上体を起こすと、俺は首を傾げて彼女を見る。
「この鈍感! さっき言ったでしょう。あたしが膝枕をしてあげるって。だから、早くここに頭を乗せなさい」
エミはもう一度、自身の太腿を二回叩く。
自分が言ったことを実行に移そうしてしていることを知り、俺は少しだけ恥ずかしさを覚える。
だけどここで拒んでしまっては、俺の身体は使い物にならなくさせられる可能性だってある。
ある意味拒否権がない以上は、少しの恥ずかしさぐらい我慢しなければ。
「わかった。それじゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」
身体を九十度動かし、エミの膝の上に頭を乗せる。
「あんまりジロジロ見ないで、早く目を瞑りなさい」
彼女自身も若干の恥ずかしさを感じているのか、頬を朱に染め、エミは薄い水色のウエーブのかかったセミロングの髪を弄っている。
女の子に恥じをかかせる訳にはいかない。
俺は言われた通りに両の瞼を閉じた。
視界が暗闇に染まる中、俺はいつまで彼女の膝枕を堪能できるのだろうかと考える。
ここに来て疲れが出たのか、それとも寝心地のいい枕に頭を預け、リラックスしたからなのかはわからない。
眠るつもりはなかったが、知らない間に意識が薄れていった。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
楽しんでいただけたのなら、幸いです。
物語の続きは明日投稿する予定です。




