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第四章 第三話 魔王の告白

 今回のワード解説


残留思念……残留思念ざんりゅうしねんとは、超常現象、精神世界、スピチュアルリティなどで用いられる用語の一つで、人間が強く何かを思ったとき、その場所に残留するとされる思考、感情などの思念を指す、想像上の概念である。

「お前、魔王だったのか!」


「そうだ。一応ロード階級には到達しておる。知っていると思うが、余の名はレイラ。この城の主だ」


 魔王レイラが一段ずつ階段を下りてくる。


「そう警戒するな。今すぐそなたをどうにかしようとは思わぬ。まずは話しがしたい」


「話だと?」


 階段を下り終えたレイラが目の前に立つ。


 初めて会った時は疲弊しきっていて、よく顔を見てはいなかったが、間近で見ると絶世の美少女だ。


 彼女の髪から漂ってくる甘い香りが鼻腔を刺激し、なぜか違う意味で鼓動が高鳴り出す。


「そうだ。デーヴィッドよ。余のものにならないか? もし、頷けばそなたの望むものを全て与えてやろう」


 レイラの言葉を聞き、俺は納得する。


 なるほど、これは形が違うが、お約束というやつか。


 自分の配下に加われば世界の半分をくれてやるというやつだな。


「そんなものむりに決まっている。俺が求めているのは平穏だ。お前のせいで、俺は村を追い出されて無職になった。次の職に就くためにも、世界の平和を乱すお前を倒す」


「あ、あれは余も悪かったと思っている。まさかデーヴィッドを育てた村が、あのような暴挙に出るとは思わなかったのでな。その責任は感じている。だからこその提案なのだ。余のものにさえなってくれれば、この城に住んでくれても構わないし、食事の用意もする。何しろ働かなくていいぞ。生涯を終えるまで、自由に好きなことをしてよい」


 こいつは何を言っているんだと思ったが、これがやつなりの方法なのだろう。


 自身にも非があることを認め、謝罪の印として魅力的な提案をもち込む。


 そして、甘い誘惑に勝てなかった人間をダークサイドに落とそうという魂胆なのだ。


 その手には乗るものか。


「お前の考えは見え見えだ。普通の人間であるならば、誘惑に負けてプー太郎の道を進もうとするだろう。だけどこの世の生物は、徳を積むための魂の修行としてこの世に生を受ける。そんな最中に、自身を陥れるようなことを俺はしない」


「う、うん。それは立派な心がけだ。流石余が見込んだだけのことはある」


 俺の言葉に、レイラは戸惑った様子を見せる。


 何なんだこの魔王は?


 さっきからそわそわしているような感じだし、落ち着きがない。


 本当に魔王なのかと思うほど、さっきから魔王の威厳が感じられないのだ。


「ならば、提案内容を変えよう。この城に住んでくれれば、デーヴィッドの新たな職探しに協力しよう。そなたが望む職に就けるように魔物を使って圧力をかけてやる」


「そんなことをしたら俺が職場で浮いてしまうだろう! 下手したら虐めの対象になってしまう!」


「そ、そうか。それなら圧力をかけるのは止めたほうがいいな。デーヴィッドが虐められるようなことになれば、余はその会社を消し炭にしてしまうかもしれない」


 魔王レイラは腕を組み、真剣に何かを考えている様子だ。


 さっきから話が見えない。


 会話の内容が噛み合っているようで、噛み合っていないような気がする。


「おい、いいかげんにはっきりしろ。さっきから話が逸れているような気がする。お前は何が言いたい」


「だからさっきから言っているではないか! まぁ、よい。デーヴィッドが気づかないのであればストレートに答えようではないか」


 そう言うと彼女は真顔でこちらを見た。


「デーヴィッド、そなたが好きだ。余の伴侶として側にいてくれ」


「はい?」


 予想の斜め上を行く言葉を聞かされ、俺は状況が呑み込めずに間抜けな声を出す。


「はいだと! まさかそなたが了承してくれるとは正直思わなかったぞ! まさか両想いだったとは」


「い、いや違う! 今の返事は了承ではなく、理解ができずに聞き返しただけだ!」


 咄嗟に否定してしまったことがショックだったのだろう。


 レイラはその場で固まったかのように動かなくなり、何も話さなくなった。


 気まずい沈黙が俺に襲いかかる。


 何だか知らないが気まずい雰囲気になってしまった。


 この状況は色々とまずい。


「ひとつ聞きたい。どうして俺に好意を持った」


 例え相手が倒す目的の人物であろうと、直接好きだと言ってもらったことは初めてだ。


 好意を伝えられ、嫌な気分になる訳がない。


「確かに魔王が人間風情を好きになることなどありえない。余も最初はそう思っていた。デーヴィッドの見た目は甘くみて上の下、厳しく判断したら中ぐらいだろう。顔のパーツはどこも突出している部分もないが、清潔さを感じさせ、誰に対しても生理的不快感を与えてはいない身だしなみだ」


 彼女の言葉に俺は苦笑いを浮かべる。


 男は顔や胸などの表面を見る傾向にたいして、女性は髪形や服装、爪を切っているのかなどの清潔感があるのか、内面を観察して異性をみる。


 彼女が外見の中に隠された中身を最初に言ったのは、この傾向からくるものなのだろう。


「初めてデーヴィッドを見たときは、そなたが魔学の実験で魔法の研究をしていたときだった。当時余は空中散歩を楽しんでいたが、偶然にもデーヴィッドが視界に入って、何となく見ていた」


 魔学者だったころ、新たな魔法の開発は危険が伴うので外で行われていた。


 時々誰からの視線があったような気がしていたのだが、あれがレイラからのものだったのか。


「人間がまた自分かってな欲望のために精霊を犠牲にしている。最悪の場合はいつでも殺せるように準備をしながら、当時の余はそなたを見ていた」


 レイラの言葉を聞き、背筋が寒くなるのを感じる。


 魔法の開発は危険が伴うが、知らない間に二重の意味で、死と隣り合わせの状態だったようだ。


「だが、そなたは余の予想をいい意味で裏切った。精霊を消滅させることなく、ある程度むりがくると実験を中止させ、精霊を休ませたうえで『今日もありがとう』と精霊に向けてそなたは言っていた」


 改めてレイラから当時の話をされると恥ずかしさを覚える。


 自分の記憶としては忘れていたが、常に協力してくれた精霊に対して、感謝をすることを忘れないようにしていた。


「そなたには見ることも聞くこともできないだろうが、感謝の言葉を述べられた精霊たちは笑顔で『こちらこそ気遣ってくれてありがとう』と笑顔で返していた。そんな姿を見せつけられた余は不快に思った。どうして人間と精霊があれほど仲よくできると」


 レイラに聞かされ、俺は驚きながらもうれしさを感じた。


 自分には精霊の姿も声も聞こえない。


 だけどいつも当たり前に繰り返していたことで、いつの間にか信頼関係が構築されていたみたいだ。


「不快感が拭えないまま、余はその場から離れて城に帰ったが、そなたのことが頭から離れず、ふとした時に思い出しては、そなたのことばかり考えていた。そしていつの間にか空中から観察する日々が続いた」


 彼女の気持ちも分かる。


 俺もモモさんが好きだったとき、気がつくと彼女のことを考えては、今ごろ何をしているのだろうと考えていた時期もあった。


「観察して余はそなたの人間性の高さをしり、惹かれていった。そしてついに余は、デーヴィッドが好きだと言うことに気づいてしまったのだ。そのあとは大変だった。ベッドに横になっては枕を抱きしめてゴロゴロと悶えていたし、顔を思い出す度に頬が熱くなって鼓動が高鳴って行くのを感じた」


 頭の中で、レイラがベッドの上でローリングしている姿を思い浮かべてみる。


 その光景が可愛らしく、つい笑みが零れてしまった。


 なんだ。


 魔王とはいえ、中身は人間の女の子と変わらないじゃないか。


 一時は職を失った怒りで倒すことを考えたけど、争うだけむだな気がしてくる。


「ある時、デーヴィッドが振られて傷心状態にあると聞いて、余はチャンスだと思った。傷ついた心を癒せば、そなたが余にメロメロになるのではとな。だけど、余とそなたは魔王と人間、そう簡単に接点がなければ接触する機会もない。なので、魔物の襲撃という名目でデーヴィッドとコンタクトを図った」


「ちょっと待てよ。俺と接触するため?そんなことのために村を襲ったのかよ!」


 彼女の言葉を聞き、拳を握りしめながら声音を強める。


 そんなことのために俺の故郷が襲われ、多くの罪なき人々が傷ついた。


「何でそんなことをした! そんなことをしなくても、俺と接触する機会なんていくらでもあっただろう!」


「だって、ジル軍師に相談したらこの方法が魔王らしい接触方法だと教えられた。しかも、たった一回の接触で、デーヴィッドは余のことが頭から離れられないと言っていたのだ。結果的にはそなたは、こうして余のところに来てくれたではないか」


 確かに結果だけ見れば、俺は魔王軍の軍師の掌で躍らされたにすぎない。


 だけど、やっていいことと悪いことだってちゃんとあるのだ。


「それで俺の心がお前に向くと思ったのか。そのせいで俺は大好きな村から追放されて、苦労して手に入れた夢の職業を失ってしまったのだぞ!」


「だから、その詫びとしてこの城に住むことを赦すし、次の就職先が見つかるための手助けをすると言っているではないか。これでも慰謝料が足りないというのであれば、言い値分の金を用意する」


「だから、金の問題ではないって言っているんだ! 一度失った信用はすぐには回復しない。さっきの話を聞いて少しは考えを改めようかと思ったが、ろくに人間の心を知らないで、金や保証で解決しようだなんてふざけるのにもいいかげんにしないか!」


「いや、そんなつもりで言ってはいない」


 さっきから声音を強めて言う俺に怖気づいているのだろうか。


 レイラの表情は曇り、声も弱々しさを感じる。


「やっぱり魔物の王だな。人間のことを全く知らないで、自分のやりたいように振舞っている身勝手な存在じゃないか」


「おい、いくら余の見初めた男であっても、言っていいことと悪いことがある。余が人間のことを何も知らない?身勝手に振る舞っている?何も知らないのはそなたではないか。魔物というだけで表面を見て、中身を見ようとはしない。ひとつ訊くが、魔物がどうやってこの世に生を持って生まれるのか知っているか」


 突然雲行きが怪しくなり、俺は気を引き締める。


 どうやら彼女を怒らせるような発言をしてしまったようだ。


 だけど先に俺を怒らせたのは相手のほう。


 知識の本(ノウレッジブックス)を用いても、魔物の誕生については記されていない。


 山勘で答えて外してしまっては、間違いなく罵倒されるだろう。


 それならば、正直に答えたほうが心のダメージは少ないはず。


「いや、知らない」


「では話してやろう。少し長くなるかもしれないが、かまわないよな」


 レイラの問いに俺は頷く。


「余は元々人間であった。だがある日、余は死んでしまい、死後の魂の形が変化して精霊となった」


 彼女が元は人間であったという発言に驚いたが、人間が精霊になるという話は有名だ。


 人間が特定の条件を満たしたうえで死ぬと精霊になる。


 例えば、サラマンダーは情熱的な女性がなると言われており、真面目ぶって淑女ぶりたがる女性は、死後に醜い女の姿をしたノームに落ちる。


 そしてウンディーネの場合は、心の優しい女性がなると言われているのだ。


 人間が精霊になることは有名であるために驚きはしない。


 だけど、どうして精霊だった彼女が魔物になってしまったんだ。


 心の疑問に答えるかのように、レイラは話しを進める。


「余はある人間と契約を交わした。だが、その相手は運が悪いことに(まじな)いではなく、(のろ)いによって余を支配したのだ。人間は愚かだ。暮らしをよりよくすることを名目に、いかにして効率よく強力な現象を生み出すのかを考えたうえで、(のろ)いという契約方法を開発してしまった。意志を押し殺され、契約者の思いのまま蹂躙された余は、生命力が枯渇するまで絞り出され、最終的には消滅してしまったのだ。当時の契約者が最後に言った言葉を今でも覚えている。あいつは『もう消滅してしまったのか。使えない道具だ』と余に向けて吐き捨てたのだ」


 彼女の言葉を聞いた瞬間、俺の胸が痛み出す。


 この感覚は、ロードレスの町で物取りに襲われた際に、精霊が消滅したときに感じた痛みと同等のものだ。


 なぜ俺はこのような体質をもっている。


 どうして精霊の消滅を目の当たりにしたときや、話しを聞いただけで痛みを感じてしまうのだ。


「本当にそなたは他の人間とは違うな。精霊の痛みを共感することができている。見えてはいないだろが、契約している精霊たちが心配そうにしているぞ」


 きっと彼女が精霊の声が聞こえたり、見えたりするのも元が精霊だったからなのだろう。


 なら、なんで俺は痛みを感じることができる?


 己の出生と何か関係があるのか?


「話を戻そう。余は消滅後、人間に対しての強い憎しみや怒りを感じずにはいられなかった。それが原因なのだろう。残留思念だけがその場に残り、それが形となってこの身体となった。余は人間共に復讐を誓い、滅ぼすために力をつけた。その結果ロード階級まで上り詰め、精霊の残留思念を集めて同士を生み出す技術を得た」


 レイラは右手を上げると、周囲に霧状の黒い渦のようなものが見え、それが球体に変わると今度は形を形成していく。


 今の言葉を証明するかのように、霧はゴブリンとなり、こちらを睨みつけていた。


 最後まで読んでいただきありがとうございます!


 誤字脱字や文章的に可笑しな部分などがありましたら教えてください。


 また明日投稿予定です。

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