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第三十章 第八話 世界最古の魔王

 溶けない氷の謎を解明した俺は、声を上げる。


 インサイボウアイスゴーレムの身体を構成しているのは、氷なんかではない。


 アイスキューブだ。


 知識の本(ノウレッジブックス)には、アイスキューブのことも書かれてある。


 アイスキューブは、飲み物の味を薄めずに冷やすために開発されたもの。


 内部の蒸留水を外部の冷気で冷やすことで、一度凍らせて長時間飲み物を冷やした状態にできる。


 その名のとおり、氷のように冷たいキューブだ。


 溶けない氷という売り文句で販売されているという。


 そして素材にも種類があり、素材によってアイスキューブの用途や冷却具合が変わってくる。


 ステンレス、樹脂、天然石があるが、触った感触からしてステンレスで間違いない。


 ステンレス製のアイスキューブは、冷えるスピードが速い。


 熱伝導率が低いので温度が上がり難く、長時間冷えた状態をキープすることができる。


 そしてステンレスで作られているのであれば、耐熱性を持っている。


 レイラの炎が効かないわけだ。


 更にステンレスの中でも耐熱性に高いのは、フェライト系だ。


 八百度の熱に耐えると言われている。


 おそらくフェライトの素材が使われているだろう。


 種が明かさればこっちのものだ。


 より熱量の高い攻撃をすればいい。


 だけど危険性も伴う。


 一歩間違えれば仲間たちの命も奪うことになるだろうし、この森全体を火の海に変えることにもなりかねない。


『おいおい、ひよっているのか? 今まで仲間や自然を破壊する可能性があった場面でも、なんとかしてきたじゃないか。恐れるんじゃないよ。オレを信じ、自分を信じろよ』


 脳内に精霊の声が響く。


 この声はジャック・オー・ランタンだ。


 確かに今までも似たような場面はあった。


 だけどその度に自分の力を信じて乗り越えてきた。


 奇跡は偶然に起きるものではない。


 自ら行動し、その結果起きるべくして起きるのだ。


「ライリー。今から俺が、特大の魔法をインサイボウアイスゴーレムに撃つ。コントロールを失った場合は、この島全体に被害を与える。皆に逃げるように伝えてくれ」


「まぁ、それは構わないが、カレンたちが素直に言うことを聞くかねぇ? デーヴィッドだけにむちゃはさせないと言いそうなのだが」


 確かに皆なら、そんな風に言いそうだ。


 これまでも似たようなことが何度もあった。


「これはお願いではなく命令だ! 俺の命令に背いたやつは、パーティーから追放する!」


 俺は声音を強めてライリーに訴える。


「わかったよ。皆にはそう伝えておく。だけど、約束を守る代わりにあんたもあたいと約束をしてくれ。危険だと思ったら真っ先に逃げるんだよ。デーヴィッドが死んでは、あたいがあんたの旅について行った意味がなくなるからねぇ」


 藍色の瞳で、ライリーは俺の目を見る。


「わかった。約束しよう」


「それでこそデーヴィッドだ。レイラ! 今の話は聞こえていただろう! あたいが肉体を強化しても三人を運ぶのは少しキツイ。誰か一人を運んでくれないかい?」


 上空で今も戦っているレイラに、ライリーは声音を強めて自身の声を届ける。


「本音を言えば、余もデーヴィッドと戦いたいところではある。だが、一緒にいられなくなるのは嫌であるからな。了解した。ならばカレンを運ぼう」


 ライリーとレイラが魔物から離れる。


 レイラが離れたことで、インサイボウアイスゴーレムの標的は俺に変わった。


 なるべく最小限の動きで敵の攻撃を躱し、呪文を唱える。


(まじな)いを用いて我が契約せしジャック・オー・ランタンに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよボルケーノ」


 魔法を発動させると、地面が揺れる。


 別にインサイボウアイスゴーレムが歩き、その振動で地響きが起きたわけではない。


 地面の下で何かが動き、その振動が地表に伝わっている。


 揺れが始まって数秒後、巨大な魔物の足下の地面からマグマが吹きだした。


 精神を集中させ、精霊と自分の力を信じてマグマをコントロールする。


 灼熱の炎を浴びた魔物は、苦しんでいる様子を見せて藻掻いていた。


 その拍子に右手に乗せていたセミラミスを振り払ってしまったようで、こちらに飛んでくる。


 彼女も予想外だったのだろう。


 飛ばされた瞬間に浮遊術を使うことなく、地面に向って落下してくる。


 俺はマグマのコントロールを意識しながら、落ちてくる彼女をキャッチした。


「デーヴィッド」


「大丈夫か? セミラミス」


「ええーい、放せ! わらわに触るな!」


 俺の腕の中で、セプテム大陸の魔王は暴れる。


 このままでは彼女の腕に殴られ、集中力が削がれるかもしれない。


 言うとおりに下ろすと、セミラミスはマグマを受けている魔物のほうを見る。


「インサイボウアイスゴーレムが溶けているだと! そんなバカな! 溶けない氷のはずだぞ!」


 目の前の光景が信じられないのだろう。


 セミラミスは驚愕していた。


「確かにインサイボウアイスゴーレムの肉体は溶けにくい。レイラも魔物の名前とお前が言った言葉に惑わされていた。だけど俺には通じない」


 セミラミスはゆっくりと振り返る。


 拳を握りながら、唇と同じ青い瞳で俺を睨む。


「あの魔物の肉体は氷なんかではない。耐熱性に優れたアイスキューブだ。その素材となっているのはステンレスのフェライトと呼ばれるもの。この金属は耐熱に優れ、八百度までの高温に耐えることができる。これが溶けない氷の正体だ」


 溶けない氷の正体と、どうして炎系の魔法が通用しなかったのかを語ると、セミラミスは歯を食い縛る。


「炎系の魔法は、基本的には八百度までの高温を出すことができない。だからどんな炎も効かなかった。タネが分かればあとは簡単。熱量を上げた魔法を使えばいい。俺は魔法で地中の奥深くにあるマグマを呼び寄せた。マグマは場所によっても異なるが、平均温度は千度。フェライトの耐熱を越える」


 俺はマグマの熱で姿を変えつつある魔物を指差す。


「お前は溶けていると言っていたが、厳密には違う。あれは溶けているのではなく腐食してボロボロになっている。ステンレスが五百から九百度くらいに加熱されることにより、クロムが炭化してクロム不足になることで、粒間腐食が生じたのだ。フェライトは耐熱に優れている反面、腐食に弱いという弱点もある」


 インサイボウアイスゴーレムが腐食により鉄くずになると、俺はマグマを地面の中に戻した。


「さぁ、お前の切り札を倒したぞ。まだ抗うっていうのなら相手になってやる」


 まだ戦うのであれば、相手になるとセミラミスに言う。


 ニ、三秒ほど時間が経過すると、彼女は首を横に振った。


「切り札を失ったわらわの負けだ。インサイボウアイスゴーレムを生み出した段階で、わらわの体力は殆ど残されてはいなかった」


 抵抗の意思はないと俺に伝えているのだろう。


 彼女は後ろに倒れると、視線を俺に向ける。


「さぁ、殺すがいい。わらわはこれまで何人もの人間を葬り去った。その報いを受けるときが来たのだろう」


 セミラミスは両の瞼を閉じる。


 これから起きるであろう死を、受け入れようとしているのだろう。


 そんな彼女を見て、俺は溜息を吐いた。


「お前、勘違いをしているぞ。どうして俺がお前を殺さないといけない」


 俺の言葉が意外だったのか、セミラミスは閉じていた瞼を開け、上体を起こす。


「貴様、何を言っているのか分かっているのか! 先ほどの戦いで頭でも打ったのか! 普通に考えれば魔王であるわらわは、無条件で殺すべき相手であろう!」


「わかっているさ。確かに一般的考えれば、魔王というのは人間にとって脅威の存在だ。だけど、俺にはお前を殺す理由がない。この大陸に来たのも、母さんのことを聞くためだ」


「わらわは、貴様を拘束し、レイラを含めた仲間を殺そうとしたのだぞ! それでも殺さないと言うのか」


「殺さない」


 即答すると、セミラミスは目を大きく見開く。


「確かに仲間たちは攻撃されたが、大きなケガをすることはなかった。それにライリーの回復魔法で、少しのケガなら直ぐに治る。怨みを買い、殺そうとするほどのものではない」


「わらわが逆恨みをして、襲いにくるかもしれないぞ! それでもいいのか」


「殺しに来たければ殺しに来るがいいさ。お前の手の内が分かっている以上は、殺される気がしない」


 今の俺は、彼女から殺される気が全然しなかった。


 もし、彼女が俺に逆恨みをして襲ってくるのなら、それは好都合。


 俺が狙われることで、セミラミスが他の人々を襲わなければ、これ以上彼女が罪を重ねることはない。


「わらわに生き恥を晒したまま生きろと言うのか! 下等な人間に命を救われるなんぞあっては……」


 言葉の途中で、セミラミスは口を噤む。


 右手で額を抑えたかと思うと、彼女の目から涙が流れ出す。


「そうだ。どうしてわらわは忘れていた。わらわの命を奪おうとしたのは人間だが、命を救い、この大陸に導いてくれたのも、また人間であったではないか」


 セミラミスは、涙を流したまま両手を胸元に持ってくると指を組んだ。


 彼女の言葉と態度、それにケモノの耳と尻尾があることから推察するに、生前のセミラミスは千六百年前のケモノ族だったのだろう。


 当時のガリア国王の好奇心で誕生し、その後命を狙われた。


 けれど王の息子が助け、この大陸に導いた。


 その記憶を思い出して涙を流したのかもしれない。


 彼女は両手で涙を拭い、ゆっくりと立ち上がる。


 そして青い瞳で俺を見た。


「負けてしまった以上は、貴様の指示に従おう。人間を殺すなと言うのであれば、もう殺さない」


「ダメよ、人間は殺しなさい。なんのために元獣人であるあなたの残留思念を集めて、生み出したと思っているのです」


 突然聞きなれない言葉が耳に入り、俺は顔を上空に向ける。


 その瞬間、驚愕のあまりに目を大きく見開く。


 腰まであるスカイブルーの髪、長い睫毛に赤い瞳のあるほっそりとした体型をした女性だ。


 その姿は母さんに酷似していた。


「世界最古の魔王ゲーティア……様」


 セミラミスが母さんそっくりの女性の名を言う。


「セミラミス、どうしてその男を殺さないのですか?」


 空中に浮遊している母さんそっくりの魔王が、どうして俺を殺さないのかとセミラミスに問う。


「ゲーティア様! わらわは敗北しました。負けた以上は、敗軍の将として従うしかありません」


「それがどうしたと言うのです。あなたはロード階級まで上り詰めた魔王。人間如きに負けるはずがありません。あなたは油断しただけです。今から本気で殺しなさい」


「わらわは本気で戦いました。ですがデーヴィッドのほうが一枚上手でした。実力を出し切った上で負けたのです!」


「そう」


「きゃあああああぁぁぁぁぁぁ」


 ゲーティアと呼ばれた女性が目を細める。


 その瞬間、セミライスが悲鳴を上げて地面に倒れた。


「人間に牙を折られた魔王などいりません。あなたのような魔王など、この世に産まなければよかった。私の犯した過ちです。間違いは正さなければ」


「セミラミス!」


 俺は咄嗟にオケアノスの魔王の名前を呼び、彼女の手を握る。


 身体が熱い。


 熱を与えらえたのか? だけど上空にいる女が、攻撃をしたかのような素振りはなかった。


「もうじきあなたは死ぬでしょう。人間に心を揺さぶられるような弱い魔王は、私の娘ではありません」


「ゲーティア!」


 俺は咄嗟に空中に浮遊している女の名を叫ぶ。


 だけどゲーティアは、俺のことなんか眼中にないかのように無反応だった。


「レイラ、レックスに続き、セミラミスまで敗北するとは思いませんでしたが、これ以上は邪魔をさせませんよ、アリシア。人類の滅亡は私の悲願」


 その言葉を最後に、ゲーティアと呼ばれた女は姿を消す。


 俺はセミラミスに顔を向ける。


「デーヴィッド……わらわは……もうじき……死ぬだろう……最後に、貴様と戦えて……よかった。失っていた……記憶……人間の……中にも……いいやつは……いる」


 死の間際にセミラミスは言葉を残す。


 しかし、俺の顔が見えていないのか、俺がいないほうを向いて言葉を話していた。


「ゲーティア……は……この世界に……最初に誕生した……魔物だ。……この世界に……魔物が現れたのは……彼女が……元凶だ。これ以上……憎しみの……連鎖を……起こさないように……してくれ……た……の……ん……だぞ」


 その言葉を最後に、セミラミスは目を閉じると身体が動かなくなった。


 今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。


 ここまで読んでくださっているあなたにご報告です。


 ついに、私のほうで本編が完結しました!


 なので、私が物語の投稿を忘れることがない限り、この物語はエタることはありません。


 ここまで書けたのは、すべてあなたがいてくれたからだと思っております。


 本当にありがとうございます。


 今回の話で第三十章は終わりますので、明日は第三十章の内容を纏めたあらすじを投稿する予定です。

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