第二十九章 第三話 行方不明の王様
今回のワード解説
指球……前足、後ろ足の指の根元に存在する、小さ目な5つの肉球。
仲間たちに協力を得ることができ、俺は部屋を出る。
すると、観葉植物に隠れてこちらを見ているフランの姿が見えた。
まだあそこで俺のことを見張っていたのか。
俺は彼女がどのような行動をとるのか調べるために、遠回りをして部屋に戻ることにした。
廊下を歩きながら、背後から聞こえる足音に気をつける。
視線の先に、別の観葉植物が置かれているのが見えた。
俺はそのまま歩き、植木鉢に入っている植物を通過する。
しばらくして振り返ると、観葉植物の後ろに隠れたようで、長い耳がはみ出ていた。
やっぱり俺の後を追っている。
そんなに俺がボロを出すところが見たいのだろうか?
再び歩き始めると、こちらに向ってケモ度二のウサギ型のメイドが歩いて来た。
彼女は俺を見ると、歩くスピードを速める。
何か俺に用なのだろうか。
そう思ったが、彼女は俺を通り過ぎる。
「フラン、こんなところで何遊んでいるのですか!仕事は既に始まっているのですよ」
「お母さん。これには訳が」
「どんな訳があろうと、仕事をさぼる正当な理由にはなりません。いいから来なさい」
背後で揉める声が聞こえる。
俺は振り返ると、先ほど擦れ違ったメイドがフランの着ているメイド服の襟ぐりを掴んでいた。
「さぁ、行きますわよ」
フランは母親に引きずられながらこちらにやってきた。
彼女を見ると、醜態を晒してしまっていることに恥ずかしさを覚えているのか、頬を赤らめ、目尻に涙を溜めながら俺を睨んでいた。
フランの尾行から逃れた俺は、部屋に戻ることにする。
「デーヴィッドさん。ちょうどよかったです」
扉のドアノブを握ったタイミングで、アナが俺に声をかけてこちらにやってきた。
彼女の顔色は今朝とは違い、少し暗い表情になっていた。
「どうした。何かあったのか?」
何があったのかを尋ねる。
するとアナは、黒い瞳で俺を見てきた。
「お父様が行方不明になりました」
「何だって!」
王様が行方不明になったと聞き、俺は思わず声を上げてしまった。
「デーヴィッドさん、声が大きいです。このことは城の中でもごく一部のケモノしか知りません」
アナは一本の指球を上げて自身の口元に持って行くと、声音を弱めるように訴えてきた。
「ああ、すまん。だけど何でいきなりそうなったんだ?」
どうして彼女の父親が行方不明になったのか、俺はアナに尋ねた。
「この大陸の北にある島は、冥府の島と呼ばれています。島にはジュラの森というものがありまして、そこに入った者は生きて森から出られないと言われています。お父様が昨夜、兵士と一緒にジュラの森に向かったのですが、約束の時間になっても、誰一人として戻ってくることはありませんでした」
どうして危険だと分かっている場所に向ったのだと言いたくなったが、王様の行動に心当たりがあったので、俺は口に出すのを止める。
俺は魔王セミラミスの情報提供をお願いしていた。
おそらく、その場所がセミラミスと関係があると判断して調査に向ったのだろう。
「わかった。すぐに向おう。アナには悪いが、アリスの相手をしてくれないか?」
「わかりました。道中お気をつけてください」
俺はアナと一緒にカレンたちの部屋に向かい、少し強めにドアをノックする。
「俺だ。緊急事態が起きた。開けてくれ」
「何が起きたって言うんだい?」
扉を開けたのは、前髪を作らない長い髪の褐色の肌の女性だった。
「ライリー、ここでは話せない。中に入れてくれないか」
「わかった。上がりな」
部屋の中に入れてもらい、俺は仲間たちに王様が行方不明になったことを言う。
「アリスはアナと一緒にいてくれ」
「えー、アリスもデーヴィットお兄ちゃんたちと一緒に行きたいのです」
お留守番と聞かされ、アリスはついて行きたいと言い出す。
「アリスちゃん。これは別に仲間外れにしているわけではないのよ。危険だから連れて行きたくても連れて行けないの」
エミがアリスの前に行くと、身体を屈めて少女と目線を合わせる。
「デーヴィッドが言っていることはわかるでしょう」
「はいなのです。迷惑をかける訳にはいかないのです」
アルビノの少女は顔を俯かせ、渋々と言った感じで了承してくれた。
「大丈夫よ。すぐに戻ってくるから」
彼女に少しでも安心してもらいたいからだろう。
エミがアリスの白い髪に触れると、優しい手つきで頭を撫でる。
「アリス、さっきは俺の言いかたが悪かった。お留守番ではない。この城に残って、アナを守ってあげてくれ。これは君にしかできないとても重要なことだ」
彼女にしかできないといったからだろう。
アリスは顔を綻ばせると、右手を自身の胸に持って行く。
「わかったのです。アナスタシアお姉ちゃんは、わたしが守ってあげるのです」
「よし、話しが纏まったところで、その島とやらに向おうではないか」
レイラがクラシカルストレートの赤い髪を払う。
俺たちは無言で頷き、部屋を出た。
廊下を歩いて階段を下り、一階の扉から城の外に出る。
馬車は城の庭に置かせてもらっている。
庭のほうに向かうと、三頭の馬がつながれている大きな馬車が視界に映った。
だが、それだけではない。
馬車の前にメイド服を着たケモ度二のウサギ型のケモノが立っていた。
「遅いですよ!私をどれだけ待たせるつもりなのですか」
「フラン!どうしてここにいるんだ」
「アナスタシア姫様の命令です。お前たちを冥府の島に案内するように仰せつかりましたので」
彼女は組んでいた腕を離す。
「それは助かる。ありがとう」
フランに礼を言うと、プイっと顔を横に向けられる。
「本当のことを言うと、お前のような男のクズの世話などしたくはないのですが、アナスタシア姫様の命令なので、仕方なく道案内をするのです。私はあなたと慣れ合うつもりはありませんので。まぁ、堂々と観察できるという点では好都合ですが」
慣れ合うつもりはないとフランは言うと、彼女は助手席に座る。
「皆も座ってくれ。すぐに出発する」
馬車の中に入るように言うと、俺は運転席に乗った。
「あなたはただ私の指示に従えばいいだけです。何も話しかけないでください」
声をかけるなと言われ、取敢えずは彼女の言うことを聞くことにする。
今は一大事だ。
くだらないことで、トラブルを産みたくはない。
手綱を握り、上下に動かす。
出発の合図を振動で受け取った三頭の馬は、ゆっくりと歩き出す。
そして次第に最大速度まで上げていった。
だが、この馬車は通常であれば四頭で引っ張らなければならない。
けれど馬の数が足りずに三頭だけでむりに引っ張っている。
馬の数が足りない分、最大速度を出していてもスピードは速くは感じられない。
「何をチンタラ運転しているのですか!それでは島に着くころには日が暮れてしまいますよ」
助手席からフランが文句を言ってくる。
彼女の気持ちもわかる。
俺だって急ぎたい。
けれど、これが今出せる最大速度なのだ。
「聞いているのですか!」
話を聞いているのかを尋ねられ、俺は無言で頷く。
彼女が話しかけるなと言った以上は、俺は言葉を発することができない。
「おい、無視するな!蹴飛ばしますよ」
別に無視をしたつもりではないが、俺のジェスチャーは彼女には伝わらなかったようだ。
彼女のことは詳しくは分からないが、おそらく本気で蹴飛ばしてきそうな気がする。
運転中にそんなことをされる訳にはいかないので、俺は彼女との約束を破る。
「別に無視をしていたわけではない。だってフランが話しかけるなと言ったからそれを守っていただけだ」
彼女との約束を守っていたことを告げ、俺は横目で助手席に座っているケモノを見る。
フランは信じられないものを見るかのように、目を丸くしていた。
「何律儀に守っているのですか!状況を見てものごとを判断することができないのですか!今はそんな状態ではないでしょうが!その頭には脳みそがないのですか」
正直に話していたのにも関わらず、フランは悪態をついてきた。
「はいはい、それは悪かったな。この馬車は元々四頭で走るものだ。だけど三頭しかいないから、このスピードが最大なんだよ」
彼女の態度にイラつきを覚えるも、一応謝る。
そしてスピードが遅い理由を話した。
「何でそんな無茶をするのですか!馬が可哀そうでしょうが」
いちいち文句を言わないと気が済まないのだろうか?だけど口調は荒々しいが、彼女の言葉は馬を気遣っていることがわかる。
「それは俺も悪いと思っている。だけど、馬を用意する時間がなかったんだ」
「それはただのいい訳にしかすぎません!時間がないのではなく、作らないのが悪いのです!」
正論を言われ、俺は口を噤む。
確かに彼女の言うことは間違ってはいない。
馬を用意できなかったのは俺の落ち度だ。
俺は彼女の悪態に耐えながらも、馬を走らせる。
ようやく冥府の島が見えてきた頃には、夕日が沈み始めていた。
隣の島には橋がかけられており、それを渡って隣の島に移動する。
橋を渡りきると、俺は空気が違うことに気づく。
この島だけが、自然の法則に反して淀んでいるのだ。
俺は若干の不気味さとともに、気持ち悪さも覚える。
正直長くはいたくない場所だ。
だけどこれ以上は、馬を進ませる訳にはいかないだろう。
握っている手綱を引っ張り、三頭の馬を止める。
御者席から降りた俺は、馬車の扉を開け、中にいる仲間を見る。
「目的地に着いた。ここから先は歩いて進もう」
歩いて進むことを言うと、女性たちは順番に降りた。
皆この島の空気を感じ取ったようで、しかめっ面をしている。
「何なのこの島、外なのに空気が悪いじゃない」
「アリスちゃんを連れてこなくてよかったわ。子どもにはよくなさそう」
「いえ、ワタクシたちも例外ではないでしょう。早く王様を見つけて、この島から出たいですね」
「そうか?余はなんとも思わないが」
「レイラはあたいたちとは違って魔物だからじゃないのか?」
皆が口々に言う。
どうやらレイラだけは、この場にいても身体に変化が起きていないようだ。
彼女はデスライガーのときも、俺たちと同様に悪臭の物質を吸っていたにも関わらず、平然としていた。
今回も、彼女の独特な体質によるものだろう。
「とにかく進もう。俺たちに異常が起きたときは、戦闘はレイラに頼んだ」
「了解した。任せるのである」
「この島は危険だ。フランはここで待っているほうがいい」
「何を言っているのですか!私をこんなところで一人にさせるなんてどんな神経をしているのですか!ついて行くに決まっているでしょう」
ここにいれば、万が一のことが起きたとしても橋を渡って中央の島に戻ることができる。
そう思って言ったのだが、彼女は一人にされるのが嫌らしい。
「わかった。だけどここから先は未知数だ。守ってあげる保証ができない。最悪の場合は自分の身は自分で守ってくれ」
「はぁー?そこは嘘でも俺が守るぐらい言えないのですか?私はか弱いメイドなのですよ。不安にさせるようなことは言わないでください」
彼女は自分でか弱いと言うが、俺には全然そのようには思えない。
腹部に蹴りを食らったときのあの痛みは、か弱いで済むレベルではなかった。
「はいはい、それはすみませんでしたね」
「まったく、こんな男のどこがいいのだか。アナスタシア姫様は男を見る目がないのです」
「余のデーヴィッドに、魅力がないとは聞き捨てならぬ」
フランのポツリと呟いた言葉が、レイラの耳に入ったようだ。
彼女は俺のことを庇いだした。
「私が言っていることは別に間違っていないと思いますが。こんなに多くの女性に囲まれているのに、アナスタシア姫様にまで手を出すだなんて、男のクズとしか言いようがありません」
「まぁ、そこはそなたの言うとおりである」
おい!そこは認めるのか!
レイラの掌返しに、俺は思わず心の中でツッコミを入れてしまった。
「あたしも色々と言いたいことはあるけど、今はデーヴィッドのことよりも、王様を見つけることが先よ」
言い合いをしている二人を見て、エミがこの島に来た目的を言う。
「エミの言うとおりだ。無駄口を叩かないで、早く王様を見つけよう」
俺たちは最低限の会話に留め、行方不明になった王様を見つけるために、森の中に入った。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
ブックマーク登録してくださったかたありがとうございます。
投稿後、二十四時間以内に登録してくださったかたが三人いるというのは初めてなので、非常にありがたくとても嬉しい気持ちです。
一昨日は登録者がゼロでしたが、これで一気に前進したかと思います。
ラッキーセブンのつく七十人代だからか、七十人を超えたあたりから、登録してくれた人が急増しているような気がします。
このままの勢いが続けばいいのですが。
因みに以前、四十四人の呪いの話を、あとがきに書いていたことは覚えているでしょうか?
登録人数が四十四人と、四の数字が重なった途端、一週間は登録者がゼロという、謎の現象が起きたという話です。
たまたま偶然なのか、それとも数字に隠された意味が力を発揮しているのかは未知数ですが、私的にはこのまま七という数字の恩恵が得られたらいいなと思っています。
偶然ではなく実力だと言えるように、今後も毎日執筆活動を続け、努力をしていきます。
というわけで、今日のあとがきはここまで!
物語の続きは明日投稿する予定です。




