第二十九章 第二話 仲間たちへの聞い込み
翌日、部屋の外から俺を呼ぶ声が聞こえ、目を覚ました。
「デーヴィッドさん、デーヴィッドさん。起きていますか?」
この声はアナだ。
彼女が起こしに来るといことは、そんなに寝過ごしてしまったのだろうか。
両の瞼を擦り、上体を起こすと眠気眼のままベッドから降りて扉に近づく。
「ふあーあ」
欠伸が出ると、俺は誰もいないことがわかっていながら、右手で口を隠した。
「おはよう。何か用か?」
扉を開けて廊下にいるアナに朝の挨拶をする。
「おはようございます。朝の早い時間帯にお伺いしてすみません。早くデーヴィッドさんに、お知らせしたほうがいいかと思いまして」
朝の挨拶とともに、アナはどのような理由で部屋を訪れたのかを言う。
そして首を左右に振って周囲を見渡した。
「できれば立ち話をしたくないので、部屋に入れてもらえませんか?」
「別にいいけど」
目覚めてそんなに時間が経っていなかった俺は、あんまりものごとを深く考えないで彼女のお願いを聞く。
「そこの椅子に座ってくれ」
アナを部屋に招き入れると、俺はベッドに座り、彼女にも椅子に座るように言う。
しかし、お姫様は椅子に座らなかった。
「どうした?椅子に座りたくないのか」
「すみません。できればお隣でお話したいので、ベッドに座っても」
「まぁ、いいけど」
話をするだけなのに、距離なんて関係あるのだろうか?
そんなことを考える中、アナの要望に応える。
「ありがとうございます。では失礼して」
彼女は俺の隣に座った。
だが、座った場所が近すぎる。
肩同士が触れ、彼女は俺の手の上に自身の手を重ねてきた。
俺は変な緊張感に包まれ、鼓動が激しくなる。
「なぁ、話しってなんだ?」
妙に彼女を意識してしまっている自分に気づく。
俺は気を逸らそうとして、用事を話すように促す。
「もう、ムードが全然ないですね。一応婚約者なんですよ」
婚約者であることをアナが主張してくる。
確かにこの大陸にいる間は、彼女の婚約者と言うことになってはいるが、今はアナの実家である城の中だ。
恋人ごっこをする必要はない。
それは彼女も分かっているはずだ。
けれど、恋人ぽいことをしたいと思っていると言うことは、もしかしたら俺たちの関係性を知らない人物が近くにいるのだろうか。
「なぁ、もしかして俺たちの本当の関係性を知らない人が近くにいるのか?」
念のために小声で彼女に耳打ちをする。
「ふにゃーあぁ」
その瞬間、アナは奇妙な声を上げた。
「ど、どうした!いきなり変な声を出して」
「それはこっちのセリフです!いきなり耳元で囁かないでくださいよ。わたし、耳は弱いのですから」
アナがケモ耳を抑え、顔を赤らめて俺に訴える。
「ごめん、知らなかった」
知らなかったとは言え、彼女の嫌がることをしてしまった。
俺は素直に謝罪する。
「もう、今回だけですよ。話を戻しますが、さすがデーヴィッドさんです。まさしくそのとおり。わたしたちの関係を知っている人は、お父様とお母さま、それにカレンさんたちです。ですが、わたしたちの関係を怪しんでいるものがいて、中々納得してもらえないのですよ」
「なるほどな。そこで俺に相談しに来たと」
「はい」
「その人物はどんなやつだ?」
「この城に住み込みで働いています。おそらく、わたしの後を追って今ごろ扉の前で盗み聞きを企んでいるかもしれないです」
「わかった」
俺はゆっくりとベッドから立つと、なるべく足音を立てないように気をつけつつ、扉に近づく。
そしてドアノブに手をかけ、回すと勢いよく扉を開けた。
目の前にはメイド姿のケモノがおり、勢いよく開いた扉に驚いたのだろう。
彼女は床に尻餅をついていた。
「あーやっぱり尾行していたのですね」
後方から、アナのため息交じりの声が聞こえてくる。
「いたた」
メイド服のケモノは、ケモ度二のウサギ型だ。
彼女は床にぶつけた尻を擦っている。
「大丈夫か?……うごっ!」
俺は彼女に手を差し伸べる。
だが、その手を握ってもらうことはなく、逆に腹を蹴られた。
「誰があんたの手なんか握るものですか。女を侍らすような男のクズの手を握ってしまえば、妊娠してしまいます」
「デーヴィッドさん大丈夫ですか。フラン!何をするんですか。デーヴィッドさんに謝ってください」
「フン、アナちゃんの頼みでも、それだけは聞けないですよ。惜しかったです。狙いが逸れていなければ、股間に命中していたのに」
彼女の言葉に俺は苦笑いを浮かべながらも、冷や汗を掻いた。
彼女の一撃は凄かった。
もし、狙いが逸れずに命中してしたのなら、今ごろ俺は苦悶の表情を浮かべながら、藻掻き苦しんでいただろう。
フランと呼ばれたケモノは、右手で下瞼を下げて舌を出すと、この場から離れていく。
「ごめんなさいデーヴィッドさん。彼女の代わりにわたしが謝ります」
蹴られたお腹を押さえていると、アナが頭を下げてきた。
「大丈夫だ。これぐらいなら戦闘で慣れている。それよりも、彼女が俺たちの関係を怪しんでいる人物で合っているか?」
「はい」
彼女が返事をすると、俺は思考を巡らせる。
問題なのは、どうしてあの子が俺たちの関係を怪しんでいるかだ。
俺たちのことは極秘事項であり、知っている人物はほんの一部しかいない。
「なぁ、アナを疑っているように聞こえてしまうだろうけど、ひとつ訊いてもいいか?」
周囲に聞こえないように小声でアナに話しかける。
「はい。何でしょう?」
「俺が王様と謁見してから、今までの記憶を思い出してほしい。何か彼女に気取られるような行動をした覚えはあるか?」
俺の質問に、アナは右手の指球を一本伸ばして顎に乗せ、何か心当りがないかを思い出そうとする。
「一応細心の注意を払っていたので、それはないと思います。だけど、もし無意識で何かをやっていたとしたら、可能性はあるかと」
アナは首を横に振り、記憶にある中では身に覚えがないという。
無意識の話もしたが、それは俺にも言えることだ。
なので、その件に関しては今はおいとこう。
「わかった。とりあえずはカレンたちにも話を聞こう」
女性陣の部屋は、俺の部屋から右に真直ぐに進み、突き当りにある。
ここから距離があるためか、先ほど騒いでもあの部屋から様子を見にきた人はいない。
まだ寝ているのだろう。
それなら今から声をかけても返事はないはず。
一端部屋に戻って時間を置いてから、彼女たちの行動について訊いてみるとしよう。
そう判断すると、どこからか視線を感じた。
俺はそちらに顔を向けると、廊下の角から顔を出しているフランの顔が見えた。
視線が合うと、彼女は顔を引っ込める。
どうやら見張られているようだ。
「アナ、俺は一端部屋に戻る」
「わかりました。では、また後程お伺いしますね」
その場でアナと別れ、俺は部屋に戻るとベッドに腰を下ろす。
彼女の狙いはおそらく俺だろう。
ならば、俺が細心の注意を払えばいい。
あとでカレンたちにも事情を話し、協力してもらう必要があるが、正直不安のほうが強い。
素直に協力してもらえるとは思えないからだ。
得にレイラは、フランに危害を加える可能性もでてくる。
上手くいく方法を考えていると、いつの間にか一時間が経過していた。
そろそろ部屋を尋ねてもいいころ合いだろう。
ベッドから降りると、俺は部屋から出る。
念のために扉を開けると、再び視線を感じた。
視線を感じた左側をみると、前回と同じ場所にフランが隠れている。
そして目が合うと、同じように顔を引っ込めた。
「まさか、一時間も俺を見張っていたなんてことはないよな」
少しだけ怖くなったが、俺は気を取り直して女性陣たちが泊まっている部屋に向かう。
「俺だ。デーヴィッドだ。皆起きているか?」
扉を二度ノックし、部屋の中にいると思われる仲間に声をかける。
しばらくすると扉が開かれ、キツネのケモ耳カチューシャを嵌めた長い金髪のエルフが顔を出す。
「デーヴィッドさんおはようございます。何か御用ですか?」
「タマモおはよう。皆に話しがあるんだ。中に入っても構わないか?」
「わかりました。少しの間だけ待っていてもらってもよろしいでしょうか?」
「わかった」
廊下で待機しているようい言われ、扉が閉まる。
きっと彼女たちは着替えている最中なのかもしれない。
さすがにジッと扉の前で待っているわけにはいかない。
扉の横の壁に背中を預け、女性陣の準備が整うのを待つ。
廊下に置かれてある観葉植物から視線を感じ、俺は植木鉢に入った植物を見る。
完全に隠れることができずに、長い尻尾やメイド服がはみ出ていた。
まだ俺のことを見ているようだが、今は休憩時間中なのだろうか。
メイドの一日は忙しいはず。
油を売っていなければいいのだが。
なぜか彼女のことを心配している自分に気づき、俺は首を左右に振る。
いったい俺は何を考えている。
彼女がサボって後で怒られても、俺には関係のないことだ。
今朝のことを思い出せ、俺は何もしていないのに、彼女に急所を蹴られそうになったんだ。
そんなことを考えていると、扉が開かれてタマモが廊下に出てきた。
「準備ができましたので入ってください」
タマモに入るように促され、部屋の中に入る。
彼女たちが使っている部屋は、俺が使わせてもらっている部屋とほとんど変わらない。
違いがあるとすれば、俺の部屋より広いことと、キングサイズのベッドの数ぐらいだ。
「デーヴィッド、おはようなのだ」
ヒョウ柄のケモ耳カチューシャを、赤いクラシカルストレートの髪に嵌めたレイラが挨拶をしてきた。
「おはようレイラ」
「それで、私たちに用があるみたいだけど何かあったの?」
犬の垂れ耳カチューシャを、金髪ミディアムヘアーの髪に嵌めたカレンが要件を尋ねる。
「ああ、実はな――」
俺は今朝のできごとを話し、仲間に疑われるような行動をしていないかを尋ねた。
けれど皆は首を横に振り、身に覚えがないという。
「そうか。なら、どこで俺とアナの関係を怪しんだのだろう」
右手の親指に顎に乗せ、俺は考える。
しかし皆に心辺りがない以上は、いくら考えても中々思いつかなかった。
「仕方がない。王様とは話をつけてあるし、この大陸にいる間だけでも皆に協力をしてもらいたい」
「つまり、私たちが親しくしすぎない態度でデーヴィッドに接してほしいというわけね」
さすが俺の義妹だ。
今の一言で、俺が何を言いたいのかを理解してくれた。
「そうだ。お願いできるか?」
「まぁ、この大陸にいるぐらいなら、別に構わないけど」
「親しくしすぎないと言われましても、ワタクシはある程度は一線を引いていたかと思いますが」
「あたいは別に構わないよ。デーヴィッドがそうしろと言うのであれば、それに従うさ」
皆にお願いをすると、エミ、タマモ、ライリーがそれぞれの言いかたで協力してくれると言った。
「余は嫌である。百歩譲ってエミたちのためだったとしよう。ライバルであり、仲間である彼女たちのためであれば、余は我慢する。だが、アナスタシアは同じ時を過ごしたとはいえ、仲間ではない。どうしてそのような者のために、余が遠慮をしなければならぬのだ」
予想していたことだが、やっぱりレイラは反対してくる。
どうやって彼女を納得させようか。
「ねぇ、レイラ。さっき仲間のためなら我慢するって言ったわよね」
考えていると、カレンがレイラに先ほどのセリフを指摘してきた。
「うむ。言ったがそれがどうしたというのだ」
「デーヴィッドは仲間ではないの?」
突然この義妹は何を言いだす?と最初は思っていたが、彼女が何を言いたいのか俺は瞬時に理解した。
これは彼女の罠だ。
ある言葉をレイラが言った時点で、魔王は言いくるめられる。
「何を寝ぼけたことを言っておる!デーヴィッドは仲間であり、余の未来の夫であるぞ」
レイラは右手を胸に当て、仲間だと主張してくれる。
しかし、その言葉が罠の発動条件だ。
「でしょう。デーヴィッドは私たちの仲間。つまり、我慢しなければならない相手よ。だったら、どうするべきかわかっているわよね」
「確かに言ったがそれは――」
「まさか魔王ともあろう者が、言った言葉を覆すようなことはしないわよね。それじゃあ魔王としての威厳がないもの」
「ぐぬぬ」
さすが犬猿の仲というべきか、カレンはレイラの扱い方が分かっている。
「わ、わかったのだ。この大陸にいる間は我慢するとしよう」
レイラは右手で左手の甲を抓っていた。
彼女なりに感情を抑えているのだろう。
義妹のお陰で何とかなったが、上手く皆が協力してくれることになり、俺はホッとする。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的におかしな箇所などがありましたら、教えていたただけると助かります。
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次はいつになるのかわかりませんが、気長に待とうかと思います。
物語の続きは明日投稿する予定です。




