第二十八章 第五話 路地裏で難癖つける男たち
今回のワード解説
読む必要がない人は、とばして本文のほうを読んでください。
本文を読んで、これって何だったかな?と思ったときにでも確認していただければと思っています。
セロトニン……生理活性アミンの一。生体内でトリプトファンから合成され,脳・脾臓・胃腸・血清中に多く含まれる。脳の神経伝達などに作用するとともに,精神を安定させる作用もある。
ドーパミン……中枢神経系に存在する神経伝達物質で、アドレナリン、ノルアドレナリンの前駆体でもある。運動調節、ホルモン調節、快の感情、意欲、学習などに関わる。
プロムナードターン……タンゴの基本ステップのひとつ。
リバースターン…… 社交ダンス や 競技ダンス で左回りで踊られるステップ。. ワルツ 、 ヴェニーズワルツ 、 スローフォックストロット 、 クイックステップ のベーシックステップとして規定されている。
俺はカレンと一緒に、カルデラ城から出た。
「はー。口出しをすることができなかったとは言え、どうしてこうなってしまったのよ」
隣を歩きながら、義妹は溜息を吐く。
「仕方がないだろう。話しの流れで王様が言い出したのだから、どうにか頑張って優勝しないと」
「私が言っているのはそのことじゃないわよ。アームレスリング大会の後のことを言っているの!優勝したら正式にアナスタシアの恋人になるのよ。それじゃあ本末転倒じゃない」
確かにカレンの言うとおりだ。
アナスタシアのお見合いの話をなかったことにするためとは言え、優勝してしまったら、正式につき合うことになってしまう。
その後、何か理由をつけて別れたとしても、俺に対しての風当りが悪くなる。
彼女はそのことを心配しているのだろう。
「へぇー、カレンの中では、俺が優勝するって信じているんだ」
「な、なな、何を言っているのよ!私は万が一のことを考えて言っただけなんだから!」
義妹は顔を真っ赤にして抗議してきた。
少しイジワルをし過ぎてしまっただろうか。
「はは、ごめん、ごめん。冗談だ。まぁ、万が一にも俺が優勝したら、そのときは悪役になるさ」
「人がいいのも大概にしたほうがいいわよ」
俺の言葉に、カレンは呆れた様子を見せる。
門を潜ると、まだ気を失っている門番が倒れていた。
まだそのままにされていたんだなぁと思いつつも、俺は彼らを素通りする。
城下町に戻ってくると、俺たちは別行動をすることになったレイラたちを探す。
「多分、皆はある程度固まって行動しているだろうから、俺たちも一緒に探そうか」
「そうね。まだこの町のことについて詳しくはないから、固まって行動していたほうがいいかもしれないわ」
義妹と一緒になって街中を歩く。
どうやら、今俺たちが歩いている場所は商店街のようだ。
人通りが多い。
首を左右に振りながら辺りを見渡していると、店から肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。
俺は思わず匂いの漂ってきた店を見る。
すると、店主と思われるケモ度二の猫型のケモノと目があった。
「そこのお兄さんおひとつどうです?焼きたてで美味しいですよ」
店の人から買わないかと勧められ、俺はカレンと顔を合わせる。
その瞬間、俺のお腹が空腹を知らせる。
「レイラたちの情報を訊くついでに買ってみようか」
「そうね。私もちょうどお腹が空いてきたところだし」
俺たちは店に近づき、売ってある商品を見る。
炭火焼をされていたのは小さい鳥の丸焼きだった。
「鳥の丸焼き!」
俺は思わず言葉を洩らす。
「そうです。うちは鶉の丸焼きを売っている店です。買ってくださるのであれば焼きたてを提供しますが」
鶉は食べたことがないが、知識の本で知識としては知っている。
卵も肉も食べられ、どちらも美味らしい。
おそらく今回を逃せば、次はいつ食べることができるかわからないだろう。
「わかりました。では、ふたつください」
「毎度あり!では少々お待ちください」
店主が網の上に肉塊と化した鳥を置き、炭からでる炎の火力を上げて生肉に火を通していく。
香ばしい匂いが俺の鼻腔を刺激してきた。
口内で唾液が分泌され、俺は唾を飲み込む。
肉が焼かれると、匂いやジュジュッという音などが食欲をそそらせる。
人間が視覚から入った情報や嗅覚でとらえた匂い、聴覚で聞き入れた音などが脳に送られると、脳内に快楽物質であるドーパミンやセロトニンが発生する。
そして胃の動きが活発になり、唾液の量が極端に増えてしまうのだ。
焼けた肉に店主がタレを塗り、アルミニウムの紙に包んで俺たちに渡してきた。
「ふたつで二千ギルになります」
金額を教えてもらい、俺は代金を支払う。
「毎度あり。鶉は軟骨なので、焼きたての場合は骨ごと食べることができます。ですが、覚めると固くなって食べづらくなるので、お早目にお召し上がりください。骨が歯の隙間に入ってしまうと、仮に取れたとしても数日間は痛いので、骨を食べるときはお気をつけください」
「ありがとうございます」
注意事項を教えてもらった店主に礼を言い、俺は初めて鶉の肉を食べる。
焼きたての肉はとても柔らかく、簡単に嚙み千切ることができた。
口の中で咀嚼する度に、肉から肉汁が出て来て口の中に広がっていく。
骨も柔らかく、背骨の部分もバリバリと噛み砕くことができた。
骨付き肉を食べているはずなのに、食べ終わった頃にはその痕跡すら残っていない。
本に書かれてあったとおりに美味しい。
これはレイラたちも喜ぶだろう。
「おじさんすみません。お土産用にもください」
「毎度あり」
美味しい食べ物に感動した俺は、人数分の鶉の肉を買う。
店を後にした俺たちは、再びレイラたちを探す。
商店街のいたるところに、明日開催されるアームレスリング大会の張り紙がしてあった。
「デーヴィッド勝算はあるの?流石にケモノ族が相手だったとしても、一回戦敗退は恥かしいから止めてほしいのだけど」
明日の大会のことを心配しているのか、カレンは勝つ見込みがあるのかを尋ねてきた。
「アームレスリングは、筋肉バカが絶対に勝つとは限らない競技だ。番狂わせを見せてやる。まぁ、優勝できるかはやって見ないと分からないけどな」
「そこは嘘でも自身満々で言ってほしいところね。義妹として、義兄が負けるところなんて見たくないもの」
二人で会話をしていると、裏路地のほうで言い合いをしている声が耳に入った。
「いてーよ、いてーよ」
「こいつの腕が折れているって、言っているだろうが」
「治療費を払いやがれ」
「治療費って、ぶつかってきたのはあなたたちのほうじゃない」
どこの国でもこんなしょうもない絡み方をするやつがいるんだなぁと思いつつも、俺はそちらに向っていく。
別に正義感からくるものではない。
騒ぎ出す声の中に、聞き覚えのある声が混じっていたからだ。
建物の陰から裏路地のほうを見ると、三人のケモノにエミたちが絡まれていた。
「皆ここにいたんだ。探していたよ」
俺とカレンは彼女たちに近づき、声をかける。
「あ、デーヴィッド」
「何だ?テメェ」
話に割って入るなり、ケモ度三の猪型のケモノが、俺を睨みつけてくる。
「何があったのか、話してもらってもいいか?」
「あのケモノがアリスちゃんにぶつかってきたのよ。そしたら急に腕が折れたなんて言って。しかも、ぶつかったのは足のほうなのよ」
「何だ。コントに付き合わされていたのか」
「誰がコントだ!」
「嘗めた口を利くと痛い目に遭わせるぞ」
猪型とジャガー型のケモノは、俺の言葉に怒りを覚えたようだ。
俺に向って腕を振り上げ、声を荒げる。
「スロー、クイック、クイック、クイック、スロー」
ケモノたちが一撃を放つよりも早く、俺はステップを口に出しながら身体を動かす。
右足を少し斜め上方に出し、その足を軸に半回転して相手の拳を避ける。
そして今度は、左の足を軸に半回転してケモノたちの背後に回った。
裏路地で幅が狭いため、俺はプロムナードターンで相手の攻撃を躱すことにしたのだ。
ケモノの背後を取った俺は、猪型のケモノが突き出してはいないほうの左腕を掴み、後ろに回す。
「イテテテ」
猪型のケモノは腕の筋肉が固いようで、後ろに回しただけで痛いと言い出した。
「この野郎!」
腕を折られたと言い、唯一暴力をふるっていなかったケモ度三のゴリラ型のケモノが声を荒げた。
背後にいるせいで何をしようとしているのかがわからないが、おそらく俺を殴りに来ているはずだ。
「そうはさせるかよ。ワン、ツー、スリー」
俺は猪型のケモノの腕を握ったまま、今度はリバースターンを行う。
ワンで左足を前に出して前進し、ツーで左足を軸に半回転。
その後、右足を後退させてスリーで両足をつける。
これにより、イノシシとゴリラは互いに向き合った状態だ。
このまま勢いを余らせて、ゴリラにイノシシを殴ってもらう。
そう考えていたのだが、俺の予想は外れた。
突然仲間を向けられたことで、ゴリラは怯んでしまったようだ。
やつは足を滑らせ、そのまま倒れてきた。
このままでは、押し倒されて下敷きになるかもしれない。
俺は咄嗟にイノシシの腕を放し、後方に跳躍する。
予想どおり、ゴリラはイノシシを押し倒した。
「おい、大丈夫か!」
ジャガー型のケモノが倒れた二人に声をかけるが、彼は固まったかのように動かなくなった。
倒れた二人を見て、俺も顔を引き攣らせる。
ゴリラとイノシシの唇が触れ合っていたのだ。
『BLキタコレ!』
『ケモ度三同士だと、イメージがし難いですね。どうしてケモ度二ではないのか、そこが悔やまれます』
俺の脳内にドライアドとウンディーネの声が響くが、俺は心の中でツッコミを入れる余裕がなかった。
事故とは言え、あまりにもエグイ光景だった。
「退きやがれ!うぉーえー」
「うぉーえー」
ゴリラとイノシシは気持ち悪そうにしながら唾を吐く。
「よくもやってくれたな」
ゴリラとイノシシのケモノが立ち上がり、俺を睨みつける。
「もう一回互いに唇を重ねたいって言うのなら殴りかかってこいよ」
右手を前に出し、掌を上にして指を二度曲げる。
「くそう、覚えていろよ」
ガラの悪いケモノたちは俺に向って言葉を吐き捨てると、一目散にこの場から離れていった。
俺は踵を返して振り返る。
「どうにか魔法を使わないで済んでよかったよ」
「ありがとう。助かったわ」
エミがお礼を言ってくる。
「でも意外だったな。皆が集まっているのだから、協力して追い払うこともできただろうに」
「デーヴィッドと一緒よ。あまり目立たないほうがいいと思ったから、なるべく話し合いで解決しようとしていたのよ」
「ぐー」
エミが説明をしていると、どこからか空腹を知らせる音が聞こえてくる。
「ライリー、またなの」
お腹の音が周囲に聞こえた瞬間、エミが長い黒髪の褐色の女性に視線を向ける。
「今回はあたいではないって」
統計的にライリーのお腹がなることが多い。
だから彼女が疑われることが多いのだが、今回は違うようだ。
「すみません、今のはワタクシです」
空腹を知らせる音色を奏でて、恥ずかしいと思っているのだろう。
タマモが頬を朱に染め、遠慮気味に右手を上げた。
「ちょうどよかった。そこのお店で鶉の肉を買ってきたんだよ」
『鶉だと!よこせ!今すぐ俺に食わせろ!』
鶉の肉を買ったことを教えた瞬間、レックスが話に食いつき、渡すように要求してきた。
俺は焼き立ての鶉を仲間たちにあげる。
『上手い!何もかもが懐かしすぎる』
鶉の肉を啄みながら、レックスは歓喜の声をあげた。
「懐かしいって前に食べたことがあるのか?」
『この世界に来る前、ガキのころに食べていた。俺の祖父母は熊本の阿蘇に住んでいてよ。親の里帰りのときに、一件しかない鶉の肉が食べられる店に連れて行ってもらっていた』
レックスがこの世界に来る前のことを話していたが、地名を言われてもピンと来なかった。
だけど食べられる店が少なく、貴重であることは伝わってくる。
皆が食べ終わったころ、俺は城でのできごとを話す。
王様からアームレスリング大会に出るように言われたこと。
優勝すれば、アナとの交際を認められることを伝える。
「ハー。アナスタシア、なんてことを言ってくれたのよ。それじゃあどっちに転ぼうと、デーヴィッドが損するだけじゃない」
話を聞いたエミが、額に右手を置く。
そして小さく息を吐くと言葉を洩らした。
「まぁ、なるようになるさ。結果がどうなろうと、俺が大会に出ることには変わらないからな」
「アハハ、明日が楽しみだねぇ。結果次第でデーヴィッドの運命が変わってくる」
ライリーがいつもの調子で笑ってきた。
「もし、互いに順調に勝ち進んだのなら、当たるかもしれないねぇ。デーヴィッドとの勝負、楽しみにしているよ」
ライリーが俺に手を差し伸べる。
彼女の手を握ると、ライリーから闘気が伝わってきた。
彼女は強敵となるだろう。
俺は大会が不安であり、楽しみでもあった。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
ブックマーク登録してくださったかたありがとうございます。
本当にありがたいです。
これからも楽しんでいただける作品作りを心掛けていきます。
今回の物語に登場した鶉の肉ですが、あなたは食べたことがありますか?
物語上で、店員さんが言った注意事項は覚えているでしょうか?
骨が軟骨であるために、焼きたては骨まで食べられると言う話です。
子どものころに私は食べたことがあるのですが、男は骨ごと食うべきという、謎の先入観で骨も食べていました。
その結果、骨が歯の間に挟まり、骨が取れたあとも数日間は痛かったです。
今回はその実体験をネタにしてみました。
ですが、本当に美味しいので、機会がかるかたは是非食べてみてください。
おすすめです。
鶉の肉の話をしていたら、久しぶりに食べたくなってきましたね!
あのお店はまだあるのでしょうか?
というわけで、今日のあとがきはここまで!
物語の続きは明日投稿する予定なので、楽しみにしていただければ幸いです。




