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第二十七章 第六話 アリスのお役立ち作戦 後編

 前回の続きなので、三人称で書かせてもらっています。


 今日のワード解説


 読む必要がない人は飛ばして本文のほうを読んでください。


 本文を読んで、これって何だったかな?と思ったときにでも確認していただければと思っています。


暗順応……明るいところから暗い部屋に入ると,初めは物が見えにくいが次第によく見えるようになる。これは暗闇に入ると眼の網膜の光に対する感度が時間とともに増加するためで,この自動調節現象を暗順応という。


杆状体……脊椎動物の目の網膜にある、棒状の突起をもつ視細胞。弱い光に鋭敏に反応する視紅 (しこう) を含み、光の明暗を感知する。


視細胞……光受容細胞の一種であり、動物が物を見るとき、光シグナルを神経情報へと変換する働きを担っている。脊椎動物の網膜においては、視細胞はもっとも外側にシート状に並んで層を形成している。


錐状体……網膜の視細胞の一。円錐状の突起をもつ細胞。昼行性の動物に特に多く、色彩を感じる物質を含む。

 まだ朝日が昇り始めたころの早朝、アリスは自身に覆いかぶさっている布団を剥ぐと上体を起こす。


「色々と考えごとをしていたせいで、ほとんど眠っていないのです」


 昨日デーヴィットたちが話していた群山のことや、刺激茸のことを考えていると、彼女の目は冴えてしまい、中々眠ることができなかったのだ。


 少し眠い気がするが、このまま眠ってしまえば、昨夜考えていた作戦がムダになる。


 アリスは少しでも眠気を追い払おうと、自身の手で色白の頬を軽く抓る。


 気休め程度ではあるが、これで少しは眠気が吹っ飛ぶだろう。


 布団から出ると、アリスは寝巻からいつも着ているローブに着替え、部屋を出て行こうとする。


「あれ?アリスちゃんどこに行くの?」


 背後からエミの声が聞こえ、ビックリしたアリスはゆっくりと振り返る。


 物音を立ててしまったのか、彼女は目を覚ましていた。


 エミは布団の中に入ったまま、半目の状態でアルビノの少女を見ている。


 まだ完全に目が覚めてはいないようだ。


 これなら、適当なことを言っても疑ったりはしないだろう。


「トイレに行ってくるのです。すぐに戻ってくるのです」


「そう。わかったわ」


 アリスの言葉を信じたようで、エミは欠伸をして開いた口を手で隠しながら、再び瞼を閉じる。


 どうやら二度寝をするようだ。


 アリスは驚きで心臓の鼓動が激しくなっている中、ホッと息を吐く。


 今度はなるべく物音を立てずに扉を開け、ゆっくりと廊下を歩く。


 階段を降りて一階の様子を窺う。


 まだ早朝のお陰で、一階にも宿泊客や女将の姿は見当たらない。


 急いで玄関に向かい、扉のドアノブに手をかけて回す。


 扉には鍵がかかってあったが、内側から開けることができる。


 アリスは扉の鍵を開けて外に出た。


 まだ太陽は上ったばかりで陽光は強くはない。


 なので、肌が荒れる心配をする必要はないが、アリスはフードを頭に被る。


 自分が気づかないところで、誰かが見ているかもしれないからだ。


 むしろこの恰好が逆目立つ可能性もあるかもしれないが、幼いアリスはそこまで考えなかった。


 村の出入口の近くに来ると、三頭の馬が視界に入る。


 昨日、村の中に入る前に、村の外にある木に括りつけていたデーヴィットたちの馬だ。


「おはようなのです」


 三頭の馬に、アルビノの少女は元気よく朝の挨拶をする。


 そのまま馬たちを通り過ぎようとすると、アリスは背中を掴まれ、前に進めないことに気づく。


 後ろを振り向くと、馬の一頭がアリスのローブを口で甘噛みしており、彼女を取り押さえていた。


「何をするのです!邪魔をしないでほしいのです」


 アリスが強い口調で言うと、彼女を取り押さえていた馬は口を離し、首を曲げて背中のほうを見る。


「もしかして乗れと言っているのです?」


 馬は無言で首を縦に振る。


「ありがとうなのです。……わ、わわ」


 優しい馬にお礼を言うと、もう一頭の馬がアリスの首付近のローブを甘噛みして彼女を持ち上る。


 そしてそのまま馬の背中に乗せた。


 その光景は、まるでアームで景品を持ち上げたクレーンゲームのようだ。


 木に括りつけられている手綱をアリスが外すと、彼女を乗せた馬は歩き出す。


「あっち、あっちに行ってほしいのです」


 馬の背中を叩き、向かってほしい方角を指で示す。


 すると馬は彼女の指示に従い、ゆっくりと方向転換をしてアリスの進みたい場所へ歩いて行く。


 一時間ほど経った頃、アリスはようやく目的の群山の入り口に辿り着く。


「この先は足場が悪くなるのです。お馬さんは大丈夫なのです?」


 山道なので、ほとんどが獣道となる。


 心配したアリスは尋ねると、馬は首を縦に振って山道を歩き出した。


 草が生い茂り、地面には小石が転がっている中、馬は山道を歩く。


 背中に乗っているアリスは首を左右に振りながら刺激茸を探す。


 噂の範囲ということは、あったとしたとしても山の奥深くの場所、入り口付近にはあるはずがない。


 しかし、アリスはもしかしたら運よく近くにあるかもしれないと思い、ひたすら周囲を見渡す。


 山の中に入って一時間ほどが経った。


 そろそろ目が覚めたデーヴィットたちが、アリスがいないことに気づいているころだろう。


 馬の背中に乗っているアルビノの少女のお腹が、空腹を知らせる音色を奏でる。


「お腹が空いたのです。朝ごはんを何も食べないで出て来てしまったから、仕方がないのです」


 ポツリと言葉を洩らすと、頭に何かが落ちてきた。


 いったい何が落ちたのです?


 アリスはフードの上に手を持って行くと、頭の上に落ちたものを取って確認する。


 それは赤い色をしている木の実だった。


「この木の実は見覚えがあるのです。昔、お母さんが教えてくれたので知っているのです」


 彼女の頭に落ちた木の実はナワシロイチゴだ。


 小さい粒がついているのが特徴で、キイチゴの仲間だ。


 初夏に日当たりのよい傾斜地に生えていることが多く、苗代の時期に実をつけるので、この名前がついた。


 果実は甘酸っぱいので生食も可能だが、ジャムなどにするとより美味しい。


 日当たりがいいところに生えるはずなのに、どうして森の中から落ちてきたのだろうか。


 アリスは見上げると、その理由に気づいた。


 木の枝に、複数のリスがナワシロイチゴを抱えていた。


 その中に一匹だけ木の実を持っていないリスがいる。


 きっとあのリスが落としたものなのだろう。


 返してあげたい気持ちはあるが、跨っている馬はどんどん先に進んでいく。


 申し訳ない気持ちになる中、アリスはナワシロイチゴを口に含む。


「うーん美味しいのです。懐かしい味がするのです」


 口の中に果実の甘酸っぱい味が広がり、アリスは目を閉じて両手で頬を抑える。


 雀の涙程度ではあったが、彼女のお腹は少しだけ満たされた。


 森の深いところまで進むと、この辺の木はかなり枝を伸ばしているようで、隣り合う木の枝同士が重なり合っていた。


 そのため、空から降り注ぐ太陽光があまり届かず、日当たりが悪い。


 これなら、フードを被る必要もないだろう。


 アリスは頭に被っているフードを外し、白い髪を晒す。


「お馬さん。刺激茸がどこにあるか知らないです?」


 跨っている馬に語りかけるが、馬は返事をすることなく、ひたすら森の中を歩く。


 しばらく日当たりの悪い森の中を歩いていると、前方に洞窟が見えた。


 最初は遠かったので、洞窟の入り口は小さく見えていたが、近づく度にどんどん大きくなっていく。


 洞窟の前に来ると、本当の大きさがわかった。


 高さは二メートルほどある。


 横幅は一メートルぐらいあり、人間二人がギリギリ横に並んで歩けるぐらいだった。


 穴の奥は暗く、先が見えない。


 キノコはじめじめしているところに生えるものだ。


 もしかしたら、この中にあるかもしれない。


「お馬さん。この先に行ってみましょうなのです」


 洞口の中に入るように言うと、馬は彼女の指示に従って洞穴の中に入って行く。


 最初は暗く、何も見えなかったが、目の視細胞である錐状体が杆状体に切り替わったことで、次第に洞窟内の様子が見えるようになってきた。


 薄暗い中、アリスは周囲を見渡す。


 地面には小さい石や硬い地面があったが、植物などは生えておらず、キノコの陰も形も見えない。


「ここの洞窟には何もないようなのです」


 ポツリと言葉を洩らすと、進行方向から羽音のようなものが聞こえてきた。


「この先に何かいるみたいです。お馬さん、ゆっくりお願いします」


 馬にゆっくりと歩くように伝えると、視界の先に光が洩れていることに気づく。


 もしかしたら洞窟の出口に辿り着いたのかもしれない。


 次第に光が強くなっていくが、あの光は出口を差しているものではなかった。


 まだ洞窟は続いているが、広い場所に出たのだ。


 アリスは顔を上げると光の正体に気づく。


 この広い空間には天井がなく、光を遮る木もなかった。


 そのために直接太陽光が降り注ぎ、この辺一帯を明るく照らしている。


「わ、わわ。眩しいのです」


 先ほどまで暗い洞窟の中におり、暗順応と呼ばれえる状態になっていたアリスだったが、強い光を感じたことにより、眩しさを感じる。


 咄嗟に彼女はフードを被りなおす。


 目が環境に慣れたころに、アリスはもう一度周囲を見る。


「あの羽音は何だったのです?」


 この広い空間には、先ほど聞こえた羽音の原因のものがいなかった。


 聞き間違えだったのだろうか。


 そう思った彼女だったが、再び先ほど聞こえてきた羽音が耳に入る。


「真上なのです」


 聞こえた音の発信源の場所を特定したアリスは顔を上げた。


 上空には羽音を鳴らしながらゆっくりと下降してくる謎の生き物がいる。


 見た目は虫だ。


 だけどあんなに大きい虫は見たことがない。


 おそらく魔物だろう。


 この場から離れたほうがいい。


 そう思ったアリスは視線を前に戻した。


 その瞬間、彼女は思わず声が出なくなるほど驚く。


 自分たちから五メートルほど離れた場所に、ゆっくりと下降している魔物と同じ生き物がいた。


 上下に二本の角を持つ甲虫だ。


 身体は緑色で赤い目をしている。


 まだこちらに気づいていないようで、横を向いている。


 今なら気づかれないように退き返せるはず。


「お馬さん。すぐに今来た道を引き返してくださいなのです」


 小さい声で来た道に戻るように馬に告げると、馬はゆっくりと周り、魔物に背中を見せる。


 すると運が悪いことに、馬の蹄に小石が当り、静かな洞窟内に石が転がる音が響く。


「まずいのです。お馬さん。早く逃げてください」


 急いでこの場から離脱するように馬に告げると、彼女の指示に従い、馬は急いでこの場から離れる。


 振り落とされないように、アリスは手綱にしがみつく。


 後方から爆発音が聞こえてきた。


 何が起きたのか分からないが、きっと魔物が攻撃をしてきたのだろう。


 気になったアリスは背後を見る。


 先ほどの甲虫が追いかけて来ていた。


「お馬さん急ぐのです」


 急ぐように伝えると、馬は走る速度を上げた。


 しばらくして洞窟を抜け出す。


 馬にしがみついたまま、アリスは頑張って後方を見る。


 どうやら諦めてくれたのか、魔物の姿は見当たらない。


「よかったのです。どうにか振り切ったのです。お馬さんもう大丈夫なのです」


 疾走する馬に声をかけると、馬は徐々にスピードを落とし、ゆっくりと歩き出した。


 ホッとしたアリスは周囲を見る。


 そしてあることに気づいた。


「どうしよう。必死に逃げていたので、道を覚えていないのです」


 どうしてアリスは一人で行動したのか、その理由はデーヴィットに対する申し訳ない気持ちだけではない。


 彼女は一人で森の中に入っても、無事に戻ってくる自身があったからだ。


 彼女は記憶力が高い。


 数年振りに訪れたエルフの森も、些細な違いを見分けて仲間たちを導いた。


 その実績もあり、アリスは一度道を覚えれば帰る自信があったのだ。


 しかし、魔物に追われたことで周りを見る余裕がなく、彼女は洞窟を出てからの道を記憶していなかった。


 体感的には真直ぐに進んでいた。


 なら、そのまま引き返せばいい。


 だけど、現実はそう甘くないだろう。


 アリスは思考を巡らせる。


「こんなとき、デーヴィットお兄ちゃんなら先に進もうとするはずなのです。なので、わたしも引き返してみるのです」


 アリスは頭の中に浮かんでいるマップをつなげるために、来た道を引き返すように馬に指示を出す。


 馬に真直ぐ進むようにお願いしてしばらく進んでみる。


 けれど予想どおりに知らない場所の風景が広がっていくばかりだ。


「やっぱり記憶にない獣道なのです」


 本当に帰れるのだろうか。


 もしかしたら二度と皆と会えなくなるのではないのか。


 そんなことを考えると、アリスの気持ちは次第に沈んでいく。


 悲しい気持ちが心を支配していき、目尻からは涙が流れ出した。


「うえーん」


 彼女はデーヴィットたちと冒険し、少しだけ心が強くなっていたとしても、まだ八歳の少女。


 心細くなれば、泣いてしまうのが普通だ。


「ググググ」


 一人で泣いていると、アリスが跨っている馬が彼女に顔を向け、低い声で優しく鳴いた。


 出産した母馬は仔馬に向けて声をかけるとき、低い声で安心感を与えるようにやさしく鳴く。


 どうやらこの馬も、彼女を励まそうとしているようだ。


「もしかして慰めてくれているのです?」


 彼女が問うと、馬は無言のまま首を縦に振る。


「ありがとうなのです。わたしにはお馬さんがいるのです。独りぼっちではないのです」


 自分は一人ではない。


 そう実感すると、自然と彼女の目から涙が流れなくなっていた。


 アリスは前を向く。


 すると、大きな大木が前方にあることに彼女は気づく。


 とても大きな大木だ。


 この森の神木と言われれば納得しそうなほど大きい。


「あの大きな木に向ってください」


 アリスはお願いすると、馬は大木に向けて歩き出す。


 あの木に登ることができたのなら、もしかしたら村の方角が分かるかもしれない。


 彼女はそう判断した。


 大木に辿り着くと、アリスは木の根元にキノコが生えていることに気づく。


 キノコの傘は大きく、オレンジ色で星のマークがついている。


 アナスタシアが言っていた通りのものだ。


「あったのです!」


 アリスは嬉しくなり、馬から降りると刺激茸を採取した。


「ヒィーン」


 今まで聞いたことのない鳴き方で馬が声を上げる。


 すると、どこからか虫の羽音が聞こえてきた。


「もしかしたら、魔物が来たかもしれないのです」


 洞窟の中にいた魔物が接近しているおそれがあることをと言うと、馬はアリスのローブを加え、彼女を背中に乗せた。


 そのタイミング上下に角を持つ甲虫が彼女の前に現れる。


 魔物は角と角の間に光を集め、アリスに向けて黒い光線を放った。



 今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。


 誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。


 ブックマーク登録してくださったかたありがとうございます。


 サブタイトルの効果があったのか、偶然なのかは神のみぞ知ると言ったところですが、とてもありがたいです。


 一人でも多くの人に気に入っていただけるように、今後も努力していきます。


 明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。

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