第二十七章 第二話 ケモノ族の村
目的地の途中にある村に寄るべく、俺たちは海岸を抜けると森の中を歩く。
自然豊かな場所のようで、鳥の囀り声が聞こえてくる。
「あ、リスさんなのです!」
「本当ですね。木の実を持っておられます」
木の枝の上にリスがいたらしく、アリスが指を差す。
タマモも見つけたようだが、俺には見つけることができない。
立ち止まるわけにはいかず、俺はリスの姿を捉えることができないままその場を通り過ぎる。
「ところどころで水溜まりがあるから、気をつけて歩けよ」
この前の嵐の影響で、雨雲がこの大陸にも来ていたのだろう。
地面の一部には水溜まりができ、乾いていない土は歩くと泥濘、靴の跡が残る。
なるべく乾いている道を歩くように気をつけつつ、先導するアナの後ろをついていく。
「最初の村まではどのぐらいかかるのだい?」
「そうですね。たぶんですがお昼すぎぐらいにはつくのではないでしょうか」
ライリーがアナに尋ねると、彼女は昼すぎぐらいにはつくだろうと教えてくれた。
森の中を歩き続けると、複数の建物が視界に入る。
ようやく村と思われる場所に来ることができた。
村の入り口が見えてくると、なぜかアナはローブのフードを被り出した。
「アナ?どうしてフードなんか被るんだ?」
彼女の行動が気になった俺は、つい訊いてみる。
「わたし、家出しているじゃないですか。自分の足で帰る前に、誰かに見つかって連れ戻される訳にはいかないのです」
フードを被る理由をアナが話してくれると俺は納得する。
連れ戻されるのと、自分の足で帰るとでは、同じ帰省であっても意味合いが異なる。
「そういうわけで始めますよ」
アナが俺の左腕に自身の右腕を絡ませてきた。
その瞬間、俺の背後から鋭い視線を感じ、後方を見る。
ライリーとアリスを除いた女性陣が、俺に鋭い眼差しを向けてきた。
「わ、わかっているよな。これはあくまでも演技の一環だということを」
「そんなことは言われなくとも分かっているって」
顔をニヤつかせながらライリーは言ってくるが、彼女は絶対にこの状況を楽しんでいやがる。
「どうしてタマちゃんたちは怖い顔をしているのです?」
レイラたちの表情を見て、アリスは怖くなったのか、ライリーの後ろに隠れた。
「ごめんね、アリスちゃん。別に怖い顔をしていたわけではないのよ」
「ふん。エミお姉ちゃんには聞いていないですよ」
怖がるアリスを見て、エミは慌てて怖い顔はしていないと言う。
だが、彼女には訊いていなかったようで、少女はそっぽを向いた。
二人のやり取りを見て、早く何とかして仲直りをさせる方法を考えなければと思う。
村の入り口付近にある木に馬の手綱を括りつけ、俺たちは村の中に入った。
「アナはこの村には来たことがあるのか?」
「そうですね。この村は家出をした際に、一度だけ立ち寄ったことがあるだけです。確か、この先に広場があったはず」
進行方向を指差しながらアナは言う。
彼女の記憶は正しかったようで、広場が見えてきた。
広場にはふたつの看板が置かれ、何か張り紙がされてあった。
興味を持った俺は近づき、書かれてある内容に目を通す。
「なになに、第二十七回アームレスリング大会。優勝賞金は十万ギル。開催場所はカルデラ王国の城」
「へー、アームレスリングの大会なんてものがあるのかい。それは腕試しにはちょうどいいねぇ」
アームレスリングと聞き、ライリーは興味を示す。
確かにライリーなら、いいところまで進みそうだ。
「開催される日は一週間後か。徒歩ではむりだけど、馬車を手に入れたら間に合いそうだな」
「デーヴィットがアナの件をやっている間に出てみたら?優勝することができたらお金が入るし、馬車の出費を取り戻せるかもしれない」
ライリーに出場するように、カレンは勧める。
「あたいの腕がどこまでケモノ族に通用するのかを確かめたいと思っているが、デーヴィットは許可を出してくれるかい」
「許可も何も、ライリーが出たいのなら好きにしていい」
「さすがはデーヴィットだよ。アハハ」
笑いながら、ライリーは俺の右肩を何度も叩く。
彼女は手加減というものを知らないので、叩かれた右肩が痛い。
「こっちにはアナスタシアお姉ちゃんが載っているのです」
色白の指で、アリスはもう一つの看板に指差しをすると、アナが載っていると言う。
もう一つの看板を見てみると、アナの容姿が描かれてあった。
「探し人、この顔にピンときたら――」
看板に張られてある紙を口に出して読み上げようとすると、いきなりアナが紙を引きはがす。
そして誰にも読まれないようにビリビリに破いた。
「デーヴィットさん。全部は読んでいないですよね」
凄い剣幕でアナは俺に顔を近づけてきた。
「あ、ああ。全部読む前にアナが破り捨てたから分からないよ」
正直に答えると、今度はレイラたちに顔を向ける。
「皆さんも読んではいないですよね」
女性陣に尋ねると、彼女たちは無言で頷く。
「良かった。皆さんに読まれていなくて」
よほど俺たちに素性を知られたくなかったのか、アナは胸を撫で下ろす。
「あ、あのう。アナスタシアさん、ひとつ聞いてもいいでしょうか?」
タマモが遠慮気味に右手を上げ、アナに尋ねる。
「はい。何でしょうか?」
「ワタクシたちに、紙の内容を読まれたくないので破いたのですよね?」
「はい。そうですけど?」
首を傾げながら、アナはタマモの質問に答える。
「あちらにも同じものがたくさん張られてあるのですが、全部剥がすおつもりなのですか?」
左側に指を向け、彼女が指を差したほうに俺は顔を向ける。
そこには、看板に張られていた紙と同じものが、壁や柱などに張られてあった。
「フニャー!」
自身の頬に両手を置き、奇妙な声を上げたアナは、全速力でお尋ね者が載っている紙のところに向かう。
どうやら彼女は、この村に張られてあるものすべてを剥がすつもりのようだ。
張り紙を回収するのに奮闘する彼女の姿を見た俺は、思わず苦笑いを浮かべる。
「これは一日中かかりそうね」
カレンがポツリと言葉を漏らす。
「とりあえず、俺たちは昼食が食べられる場所を探すか」
「そうであるな。余もお腹が空いておる」
「アナスタシアお姉ちゃんお昼を食べないのですか?」
「あいつだって腹を空かせばあたいたちのところに戻ってくるだろうよ」
「何か持ち帰れるものを買って、後で彼女に食べさせましょう」
取りえずアナのことをほっとくことにした俺たちは、昼食を食べられる場所を探す。
歩いていると、村に住んでいると思われるケモノ族の背中が見え、背後から声をかけてみる。
「すみません。お訊きしたいことがあるのですが」
「何だ?何が聞きたい」
声をかけた人物が振り返る。
その姿に、俺は驚いて思わず一歩後退してしまう。
全長二メートルはありそうなオオカミのケモノ族だ。
右目に傷があり、全身厚い毛で覆われているところを見ると、ケモ度三のケモノであることがわかる。
声が低いことから、男性なのだろう。
「どうした?何か聞きたいことがあって聞いたのだろうが」
「あ、いえ。俺たち昼食を食べられる場所を探しているのだけど、いい店を知らないか?」
「何だ?この村の獣人じゃねぇのか。それならこの道を真直ぐに進めば『うどん・そば』と書かれてある看板がある。そこに向かうがいい」
「あ、ありがとう」
オオカミのケモノ族に礼を言うと、彼はアリスに視線を向けてきた。
「ひっ」
目が合ってしまったようで、彼女はライリーの陰に隠れる。
すると、オオカミのケモノは、腰にしているウエストポーチのチャックを開け、中から何かを取り出す。
そして取り出したものが見えない状態のまま、彼は腰を屈めると、アリスに手を差しだした。
男は手の向きを逆にさせ、閉じた手を開く。
彼の手の平には、包み紙に包まれた飴玉があった。
状況が呑み込めないのか、アリスはキョトンとしている。
「お嬢ちゃん飴舐めるかい?」
「あ、ありがとうなのです」
手の平にある飴玉を、彼女は恐る恐る手を伸ばして摘まみ取った。
アリスが受け取ると、彼はニコッと笑みを向ける。
「連れのお嬢ちゃんを怖がらせて悪かったな。俺はもう行くよ」
そう言って、オオカミのケモノは近くの建物の中に入っていく。
あそこが彼の家なのだろうか。
「美味しいのです」
どうやら先ほどもらった飴玉をアリスは舐めたようだ。
「アリスさん。ご飯の前にお菓子を食べてはいけませんよ」
「アリスちゃん。今からご飯を食べに行くのに、飴を舐めてはいけないじゃない」
貰った飴を口に含んだことに対して、タマモとエミが注意を促す。
「大丈夫……なのです。残った……ときには……噛み砕く……のです」
口をもごもごさせながら、アリスは舐めきれなかったときには噛み砕くと言う。
二人は同時に溜息を吐いた。
きっと、そういう意味で注意をしたわけではないのだろう。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
今日の投稿で、二百日連続投稿の実績を解除しました!
まさかここまで毎日物語を投稿し続けれるとは思ってもおらず、自分自身驚いています。
これも毎日私の作品を読んでくださっているあなたがいるお陰です!
本当にありがとうございます。
次は7ヵ月間連続投稿を目指します。
明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。




