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第二十六章 第七話 スプラッシュスクイッド再び

 今日のワード解説


 読む必要がない人は、とばして本文のほうを読んでください。


 本文を読んで、これって何だったかな?と思ったときにでも確認していただければと思っています。


回頭……もともと船舶用語で、「船首の向きを変えること。 変針」という意味


海馬……大脳辺縁系の一部である、海馬体の一部。特徴的な層構造を持ち、脳の記憶や空間学習能力に関わる脳の器官。


甲板部……甲板員の人が働く部署。航海中は、ワッチ体制(4時間当直・3交代を1日2回繰り返し)となる。

停泊中は、原則的に朝8時から17時までの勤務となります。停泊期間の業務は、主に船体保守・点検・整備作業を行います。時に船長もサビ打ち・塗装作業等を行う事もある。


ブローチング現象……船尾が後方から受けた大波により持ち上がり、 船首が傾いて操船不能になる状態。 この状態になると、転覆の危険性が高まる。

 海の中から現れた巨大な触手に、俺は驚かされる。


 触手は白い色をしており、吸盤には鋭利な棘がついている。


 あの触手には見覚えがあった。


 セプテム大陸に向っていたときに、海で出くわしたイカの魔物、スプラッシュスクイッドの触手だ。


 再びあの巨大化した魔物が襲ってきた。


 今度こそあいつが海の魔物の統率者で間違いないはず。


 巨大な触手は船の手すりを掴むと船を揺らし始める。


 震度の高い地震に遭っているかのように足場がぐらぐらし、立っていることができない。


 俺はその場で尻餅をついてしまった。


 このままでは、船は海の中に引き吊り込まれるかもしれない。


 どうにかしてやつを止めないといけない。


(まじな)いを用いて我が契約せしジャック・オー・ランタンに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。バイヤー…………」


 だが、揺れが酷いせいで詠唱を唱えても途中で噛んでしまい、正確に発音することができないでいる。


 くそう。どうして人間はいちいち呪文の詠唱をしなければいけない。


 無詠唱で魔法が使える魔物が羨ましい。


 対抗策を考えていると、近くで爆発音が聞こえる。


 すると、船を掴んでいた触手は手すりから離れた。


 そして海の中に戻っていく。


 いったい何が起きた。


「デーヴィット大丈夫かい? 」


 突然のできごとに困惑していると、船内に通じる扉が開かれた。


 中から前髪を作らない長い黒髪に、褐色の肌の女性が甲板に出てくる。


「ライリー!俺は無事だ」


「そうか。それは良かった。今、乗組員の人が大砲で触手を撃退している」


 ライリーが砲撃をしていることを告げる。


 今の爆発音は、砲弾がスプラッシュスクイッドの触手に触れた際に生じた音だったようだ。


「ライリーの姉御、次はどうしますか」


 聞こえた声は小さかったが、船内から甲板部の人と思われる声が聞こえてきた。


「そのまま持ち場についていな!合図を送るまで待機だ!」


 船内に向けてライリーは声を張り上げる。


 いつの間にかこのアリシア号が武装されていたようだ。


 大砲さえあれば、どうにかなるかもしれない。


『大変です。デーヴィット、カレンさんとエミさんの精霊がとても疲れております。このままでは』


 脳内にウンディーネの声が響いた。


「カレン、エミ、呪文は使うな!精霊が疲労困憊している!このままでは魔法事態が使えなくなるぞ!」


 精霊が消滅の危機に陥っていることを知り、俺は二人に呪文を使わないように指示を出す。


「だけど、まだ魔物は残っているわよ」


 エミがきつそうな表情を浮かべながら、俺に言ってくる。


 彼女の気持ちは分かる。


 だけど精霊たちを消滅させる訳にはいかない。


「ライリー頼めるか」


「言われなくとも分かっている。(まじな)いを用いて我が契約せし知られざる生命の精霊に命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。スピードスター」


 ライリーが呪文を唱えると、足の筋肉の収縮速度をより早くした走りで、次から次へと魔物たちを切っていく。


「余も魔力が尽きるまでは戦えるぞ!ミニチュアファイヤーアロー」


 レイラも魔王である利点を生かし、魔力がなくなるまで敵を倒している。


 戦闘はレイラたちに任せて、二人は精霊の回復に努めろ」


「わかったわ」


「悔しいけど、あとのことは二人に任せるしかないわね」


 カレンとエミが船内に避難するのを見届けると、俺は思考を巡らせる。


 まだ完全にはスプラッシュスクイッドを倒してはいない。


 あいつをどうにかしないと、じわじわとこちらの体力、精神力が削られるだけだ。


「デーヴィット、大砲の設置場所は客室、食堂、食料庫の真下にある。客室から一番、二番、三番の砲台だ」


 剣を振りながら、ライリーが砲台の設置場所と、番号を伝える。


 つまりは、敵の出現場所を俺が把握し、船内に伝えろというわけだ。


 だけど、カレンの契約しているハルモニウムは、先ほどの戦いで疲労している。


 エコイングボイスは使えない。


 俺の地声で伝えなければ。


 そんなことを考えていると、水飛沫が上がった音が聞こえた。


 船から離れた場所に、スプラッシュスクイッドが顔を出す。


 あの位置なら、飛距離を考えても当たるはず。


「二番、砲撃しろ」


 船内に声をかけるが、返事も砲撃もされる様子がない。


 戦闘でさんざん声を張り上げたり、呪文を唱えたりした。


 そのせいで、強く声が出せないでいる。


「二番!砲撃準備!」


 俺の言葉を聞いたライリーが、代わりに声を張り上げてくれた。


「了解しました姉御!」


 船内から甲板部の人の声が聞こえてくる。


「よく狙って撃つんだよ!発射!海の藻屑となりな!」


 ライリーの出した合図と共に、大砲から砲弾が発射される。


 爆発する球体は、狙いどおりにスプラッシュスクイッドにヒット。


 爆発すると爆煙が敵の身体を覆いつくす。


 煙が晴れると、巨大なイカの姿は消えていた。


 爆破によりダメージを受け、海の中に沈んだのだろうか。


 それならいい。


 俺は甲板を見渡すと歯を食い縛る。


 海の魔物たちが撤退をする素振りを見せない。


 まだ統率者は倒れていないことを差している。


「ライリー、スプラッシュスクイッドはまだ倒してはいない。油断できない状況だ」


「了解した。野郎共!イカの化け物はまだ倒していない!油断するんじゃないよ!ヘマしたら百叩きだからね!」


「イエス、マム!」


 スプラッシュスクイッドを倒していないことをライリーに伝えると、彼女は声を張り上げて狙撃手たちに注意を促す。


 海に注意を払っていると、海面から二本の触手が飛び出た。


「一番、三番砲撃」


「一番、三番砲撃だよ!狙いは触手だ!的は小さいが絶対に当てるんだよ!」


 一番と三番に砲撃するように言うと、先ほどと同じようにライリーが声を上げる。


 その瞬間に砲弾が撃ち込まれると、二本の触手にヒット。


 爆煙が広がり、再び敵の姿が見えなくなる。


「今度こそやったか」


 思わず口から洩れた瞬間、脳の記憶を司る海馬から、西の洞窟でエミが言った言葉を思い出す。


『それ、フラグってやつよ。デーヴィッドが一番気をつけなさい』


 エミによればフラグと言い、敵を倒した瞬間に喜びを表す言葉を発してしまうと、倒した敵が復活してしまうことがよくあるらしい。


 そのことを思い出すと、目の前に巨大なイカが海面から姿を見せた。


 いつの間にかこの船に最接近をしたようだ。


 俺が無意識に呟いてしまったせいで変な力が働き、敵を復活させてしまったのかもしれない。


「全砲弾発射!」


 意表を突かれて言葉が出ないでいると、代わりにライリーが狙撃手に指示を出してくれた。


 すべての大砲から砲弾が発射され、至近距離で爆発する。


 すると、発生した風圧により船が押し出され、スプラッシュスクイッドから再び距離を離した。


 爆風により、海の魔物たちは吹き飛ばされて、海の中に投げ飛ばされる。


 俺も例外ではなかった。


 風圧で俺の身体は宙に飛び、そのまま船の外に投げ飛ばされる。


 身体が宙に浮いた瞬間、脳の記憶を司る海馬から、カムラン平原でレイラの配下の魔物と戦った記憶が蘇る。


 高所から落下して死にそうになった光景がフラッシュバックされた。


 あの頃の嫌な記憶が蘇り、俺の身体は身を竦んでしまう。


 咄嗟に魔法を唱え、海に落下するのを防ぐこともできない。


 海は雨や戦闘の影響で波が荒い。


 中に落ちれば助かる見込みは低いだろう。


 視界の端に、船の手すりにしがみついたライリーが、俺に向けて手を差し伸ばそうとしている姿が映る。


 高所恐怖症でなければ、そのまま手を伸ばして彼女に助けてもらうことができただろう。


 俺は両の瞼を閉じる。


 このまま俺は死ぬのだろうか。


 ああ、どうせ死ぬのなら、DTを卒業してから死にたかった。


「デーヴィット!」


 レイラの声が聞こえ、俺は閉じた目を開けた。


 視界に映ったのは、船から身を投げ出したレイラだった。


「バカ!何でお前まで飛び降りる」


 咄嗟にそんな言葉が出てしまった。


 もう、俺は助からない。


 海の中に入れば荒ぶった波の中で海水を飲み込み、そのまま体内の酸素がなくなって酸欠になって死ぬだろう。


「余は諦めぬ!」


 レイラが思いっきり右手を伸ばすと、俺の左手首を掴んだ。


 そして左手は俺の腰に回し、そのまま抱きしめられる。


 水面に触れる寸前で俺の身体はレイラごと浮かんだ。


 時々忘れてしまうが、彼女は浮遊術を使える。


 荒ぶった海の中に飛び降りても、そのまま浮上することができたのだ。


「まったく、心配をかけるではない。でも、間に合って本当によかった」


「ありがとう、レイラ」


 彼女にお礼を言うと、俺の身体は甲板の上に立つ。


「デーヴィットが落ちたときはヒヤヒヤしたが、レイラがいて本当によかったよ」


 安堵の表情を浮かべたライリーが俺たちのところに来る。


「心配させて悪かった。とにかく今はこの海域から離脱したほうがいい」


「だけどこの大雨の中、海も荒れている状態では、まともに船を動かすことはできないと思うがねぇ」


「俺に考えがある。上手く行けば船を動かせられるはずだ」


 俺に作戦があることを告げると、甲板にカレンとエミがやってきた。


「時間を置いたから、少しぐらいならまた呪文を使えると思うわ」


「ちょうどいいタイミングで来てくれた。カレン、俺にエコイングボイスをかけてくれ」


「わ、わかったわ。ちょっと待って」


 待つように言うと、カレンは軽く深呼吸をする。


「よし。(まじな)いを用いて我が契約せしハルモニウムに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。エコイングボイス」


 カレンが俺に反響魔法をかける。


 魔法の影響を受けた俺は、船内の扉を開けた。


 そして大きく息を吸い込み、なるべく遠くにまで聞こえるように大きめの声を出す。


「船内にいる甲板部の人に告げる。今直ぐにマストに上り、帆を張ってくれ」


 俺の口から出た声が音波となって船の壁に衝突し、振動した壁が再び音波を発生させている。


 それにより俺の言葉が反響し、何度も繰り返された。


 しばらくすると、甲板部の人だけではなく、フォーカスさんもここにやってきた。


「デーヴィット王子、それはどういうことですか?」


 アリシア号の船長であるフォーカスさんが、困惑した表情で俺に尋ねる。


「またスプラッシュスクイッドが襲ってくるかもしれない。だからこの海域から離脱し、オケアノス大陸を目指す」


「ですが、風も強いです。万が一マストが壊れれば、この船は難破してしまいます」


「わかっている。風に関してはどうにかする。フォーカスさんは俺を信じて舵をとってくれ」


 俺は真剣な表情で説明すると、船長は瞼を閉じる。


「わかりました。デーヴィット王子を信じましょう。デーヴィット王子のご命令だ。すぐに作業に取りかかれ」


 フォーカスさんが力強い声で甲板部の人に指示を出すと、彼らは急いでマストに上り、帆を広げる。


「ワシは操舵室におります」


 そう告げると、フォーカスさんは踵を返し、船内に戻ろうとする。


「待ってください。海の状況を伝えますので、部屋の扉は開けといてください」


「了解しました」


 振り向くことなく彼が返事をすると、そのまま操舵室に向っていく。


「デーヴィット王子作業が終わりました」


 マストの上から甲板部の人が、準備ができたことを言う。


 彼らが船内に戻ったのを確認し、俺は海を見る。


 そこであることに気づく。


 しまった。


 俺が波の様子を見ていたら、船内に声を届けることができない。


 それに、荒れた波の上を進むのは非常に危険なこと。


 一秒の遅れが命に関わる。


「タマモ、起きて大丈夫なの!」


 作戦の穴に気づき、歯を食い縛っているとタマモが来たとエミが言う。


 振り向くと、ハンモックで横になっていたはずのタマモが甲板にいた。


「本当に大丈夫なの?何だか目が虚ろよ」


 カレンの呼びかけにタマモは反応を示さないでいると、彼女は俺のところに向ってくる。


『話しは聞いたわ。デーヴィットが考えていることも分かる。ワタシが代わりに船の様子を見てあなたに教えるわ。脳に直接語れば、言葉よりも早く伝わる。あなたの作戦に支障はないはずよ』


 俺の脳にドライアドの声が響く。


 金髪のエルフが虚ろな目をしているのも、彼女がタマモの肉体を支配しているからなのだろう。


「わかった。ここはドライアドに任せる」


 俺は船内の扉の前にいるカレンたちのところに向かう。


「タマモは大丈夫だ。カレンはストロングウインドウで風を操作してくれ」


「わかったわ」


「デーヴィット、あたしたちは?」


「エミたちは船内で待機をしていてくれ。もしかしたら強い揺れが起きるかもしれないから、何かに捕まっていて」


「わかった」


 エミたちが船内に入ったのを確認し、俺はカレンにアイコンタクトで魔法を発動させる合図を送る。


(まじな)いを用いて我が契約せしナズナに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ストロングウインドウ」


 船周辺の空気の密度が重くなり、進行方向の空気の密度が軽くなる。


 すると、気圧に差が生まれ、気圧の高いほうから低いほうへ空気が押し出されて動いたことにより、強い風が吹き出す。


 風の影響を受けた船は前進を再開した。


 荒れた海で船を動かさないほうがいい理由は、ブローチング現象が起きるかもしれないからだ。


 船が荒れた海面で、船行中に斜め追い波を受けている状態で、波の下り斜面で回頭しかけたとき、コースに戻そうとして舵を一杯にとっても、より大きな波の力により、操縦不能となる。


 回頭を続けながら傾斜し、滑るように流され、時には転覆することもあるのだ。


『船速が波の速度よりも十分に早いわ。波を追い越している』


 頭の中にドライアドの声が響き、直ぐに操舵室にいるフォーカスさんに指示を出す。


「前にある波の谷に船首ガソリン突っ込むと危険なので、速力の増加は波の上り斜面で行ってください。船体が波の頂上を越える少し前から減速し、船首が前の波の谷へ突っ込むような状態になるのを避けてください」


 魔法の効果により、俺の声は壁に反射して何度も繰り返される。


 俺の言葉が届いたようで、船は荒波の影響を最小限に留めて突き進む。


 目指すは危険海域の離脱とオケアノス大陸だ。


 今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。


 誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。


 今回の話で第二十六章は終わりです。


 明日は二十六章の内容を纏めたあらすじを投稿する予定です。

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