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第二十六章 第四話 アナによる災難

今回のワード解説


海馬……大脳辺縁系の一部である、海馬体の一部。特徴的な層構造を持ち、脳の記憶や空間学習能力に関わる脳の器官。


甲板部……甲板員の人が働く部署。航海中は、ワッチ体制(4時間当直・3交代を1日2回繰り返し)となる。

停泊中は、原則的に朝8時から17時までの勤務となります。停泊期間の業務は、主に船体保守・点検・整備作業を行います。時に船長もサビ打ち・塗装作業等を行う事もある。


 オケアノス大陸に向けて出航してから一日が経過した。


「何だか雲行きが怪しくなってきたなぁ」


 甲板の手すりを掴みながら、俺は進行方向の雲を見て呟く。


 この船の真上は青空が広がっているが、進む先の雲は厚く、暗い色をしていた。


「デーヴィット、ここにいたのか」


 声をかけられ振り返る。


 俺に声をかけたのは、前髪を作らない長い黒髪に褐色の肌の女性だ。


「ライリー、何か用か?」


「フォーカスの爺さんからの伝言だ。これから天候が悪くなる。もしかしたら嵐になるかもしれないから、船内にいてくれだとさ」


「わかった。でも馬車はどうする?」


 俺は甲板の上に置いている馬車に視線を向ける。


「とりあえずは、馬と荷台の中にある荷物だけは船内に入れるらしい。馬車本体はさすがに入らないから、ここに置いていくしかないねぇ」


「わかった。俺は荷台にある荷物を出しておくから、ライリーはカレンにアイテムボックスを持って来るように言ってくれ」


「了解した」


 ライリーが船内に戻って行く。


 俺は馬車に向かい、荷台の中に入れてある荷物を出す。


「デーヴィット、持って来たわよ」


 荷台から荷物を下ろす作業をしていると、低身長のミディアムヘアーの女の子が、バスケットを持って俺のところに来た。


 思っていたのよりも早く来てくれたので、運よく彼女が通りかかったのだろう。


「ありがとう。蓋を開けてくれないか?アイテムボックスの中に入れるだけの大きさの物は、全部入れるから」


「わかったわ」


 荷台の中に入れておいた荷物を、アイテムボックスの中に収納していく。


 カレンも手伝ってくれたお陰で、予想よりも早く作業を終えることができた。


「ねぇ、アナスタシアの馬車はどうする?」


 義妹がケモノ族の女性が所有している馬車のことを尋ねてきた。


「勝手に触るわけにはいかないだろう。その内荷物を取り来るだろうし、来ないのなら荷物は全部船内にもち込んだのだろう」


「でも、私は見ていたわよ。彼女、馬車の荷物を持たないで、手ぶらで船内に入っていったわ」


 昨日、アリシア号に乗船したときのことをカレンが言う。


 もし、彼女の言っていたとおりだとしたら、中にはまだアナの荷物が残っていることになる。


 あまり気が進まないが、俺はケモノ族の女性の所有物である、馬車の中を確認する。


 荷台には、彼女の商品だと思われる物が残されたままになっていた。


「カレンの言ったとおりだな。悪いがアナを呼んで来てくれないか?さすがにこのままにしておく訳にはいかない」


「わかった。呼んでくる。アイテムボックスは持って行ってもいいの?」


「さすがにあの量を運ぶのは骨が折れる。アナがいいのなら、一旦アイテムボックスの中に収納しておくから、そのままにしておいてくれ」


「わかった。それじゃあ呼んでくるね」


 カレンの後ろ姿を見送ると、俺の頭の上に何かが落ちた。


 上空に顔を向けると、いつの間にか暗い色の雲が真上に来ていた。


「雨か。まだぽつぽつと降っているだけのようだけど、そのうち本降りになるかもしれない。急いで荷物の整理をしたほうがいいだろうな」


 荷物を甲板の上に下ろすだけでもやっていたほうがいいだろう。


 そう判断した俺は、アナの馬車の荷台に乗り込み、積荷を下ろしていく。


 箱を持ち上げると、一枚の紙のようなものが落ちた。


 一旦箱を下ろし、落としたものを拾う。


 裏面を表に変えてみると、紙には三人のケモノ族が映っていた。


 それを見た瞬間、俺の脳内では記憶を司る海馬から、ドンレミの街での記憶が蘇った。


『お客様の照明写真を撮らせていただきました。これはチェキという魔道具でして、レンズを通して移ったものを瞬時に描き、排出することができます』


 恋活・婚活センターで、受付の女性が話していたことを思い出す。


 これはあのときの証明写真と同じだ。


 写真を見てみると、キツネと猫を()して二で割ったような容姿のケモノ族の男性が幼い幼女を抱き、男の隣には犬型のケモノ族の女性が立っている。


 幼女をよく見てみると、アナにそっくりだった。


 これは彼女が幼い頃に取られたものなのだろう。


 ということは、この二人がアナのご両親。


 写真の背景にはお城と思われる城壁が映っている。


 やっぱり彼女は、カルデラ王国との強いつながりがあるとみて間違いない。


「あー!何勝手に荷台に入っているんですか!」


 背後からアナの声が聞こえ、俺は振り返る。


「いや、俺は雨が強くならないうちに荷物を下ろそうかと」


 荷台に乗っていた理由を話すと、アナが荷台に乗ってくる。


 そして俺の持っていた写真を奪った。


「しかも一番見られたくないものを見ているじゃないですか!デーヴィットさん、この写真を見て、何か気づいたりしましたか!」


 アナが凄い剣幕で顔を近づけて来る。


 鼻が触れそうになるほどの距離で、俺は鼓動が激しくなるのを感じる。


「いや、何も気づいていないよ。それにしてもそれって何なの?絵にしては変わっているね。そんなに鮮やかに描くことのできる絵具ってあったんだ」


 なるべく平静を装い、俺はとぼける。


「気づいていないのならいいです。荷物の整理はわたしがしますので」


 どうやら俺の演技は、彼女を騙すことができたようだ。


 アナはホッとした表情を見せる。


「わかった。荷物を運ぶのはどうする?アナさえ良ければ、一時的にアイテムボックスの中に入れておくけど」


「そうですね……わかりました。ある程度はわたしが運びますが、お願いする分だけ預かっていてもらってもいいですか?」


 アナは、右手を頬に沿え、右肘に左手を置いて考えるポーズを取った。


 そして一部だけアイテムボックスの中に入れておくようにお願いをする。


 荷台の中身を彼女一人で仕分け、アイテムボックスに収納するものだけを受け取る。


 少し時間はかかったが、どうにか分別することができた。


 作業が終わるころ、雨脚が強くなり始める。


 急いで馬の手綱を引いて船内に入ろうとすると、甲板部の人達が扉を開けて外に出る。


「デーヴィッド王子、すみません。前を通ります」


 彼らは俺の前を通ると、二本のマストに上り、帆を畳む作業を始める。


「おい、急げ!思ったよりも雲の動きが早いぞ!」


「誰かこっちを手伝ってくれ。俺は背が小さいから手が届かないんだ」


 甲板部の人たちが忙しく働く中、俺は馬を船内に連れて行く。


 アナと一緒に三頭の馬を船内の邪魔にならない場所に誘導し、柱に手綱を括りつける。


「これでよし。餌の時間になったら、また来るから、大人しくしているんだぞ」


 馬たちに声をかけると、俺の顔に水滴のようなものが複数かかった。


 横を見ると、アナが濡れた頭を左右にふり、雨を飛び散らしていた。


「あーなー!」


「あはは…………ごめんなさい」


 俺は彼女を睨むと、アナは苦笑いを浮かべる。


 俺が睨み続けていると彼女は頭を下げて謝った。


「たく、ちゃんと周囲を見てくれよ」


 ケモノ族でも、動物に似た行動をするんだなぁと思いつつも、俺は自身の恰好を見る。


 雨でずぶ濡れとなり、雫が床を濡らしている。


 早く身体を拭いて着替えたほうがいいだろう。


「風を引かない内に体を拭いて着替えたほうがいいな」


 アイテムボックスの中に手を突っ込み、タオルを二つ取り出す。


「はい、これで濡れたところを拭いてくれ」


「ありがとうございます」


 片方をアナに渡し、俺も濡れた頭を拭く。


 さすがに彼女が目の前にいる中、服を脱いで上半身を晒すわけにはいかない。


 服の内側にタオルを持っていき、服を着たまま濡れたからだを拭く。


「デーヴィットさん。アイテムボックスの中に入れてもらっているバッグがありますよね。それを取ってもらえますか?」


 ある程度身体を拭き終わると、アナが預けたバックを取るように言ってきた。


「黒いバッグだったよな?」


「そうです。お願いします」


 再びアイテムボックスの中に腕を突っ込み、彼女が求めているものを取り出す。


 黒のバッグはチャックが少し開いており、幅が一センチほどのピンク色の布がはみ出ていた。


 飛び出ている布が何なのか気になったが、俺はバッグをアナに渡す。


「はい。これで良いよな」


「ありがとうございます」


 バッグの取っ手を握り、彼女は自分の場所に引き寄せる。


 すると、はみ出ていた布は俺の服に引っかかったようで、バッグから出てきた。


 俺は飛び出した布を見る。


 それはピンク色の生地にレースのついた少し大人っぽさを感じさせるブラだった。


 どうやら、留め金の部分が俺の服に引っかかってしまったようだ。


 嫌な予感がした俺は、アナに視線を向ける。


 その瞬間、俺は石化魔法を食らったかのように、動けなくなった。


 アナが両の手から鋭い爪を出していたのだ。


「お、落ち着いて話をしようじゃないか。こうなった責任の一端は君にもある。しっかりチャックが閉まっているのを確認して、アイテムボックスの中に入れておれば、このようなことにはならなかった」


「問答無用!乙女に恥を抱えた罪は重いのですからねぇ」


「ギャー!」


 羞恥で顔を真っ赤にしたアナが、伸ばした爪で俺の顔を乱れるように何度も引っかく。


 俺は叫び声を上げながら床に倒れた。


 本当に、この船での思い出はこんなことばかりだ。


 今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。


 誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。


 ブックマーク登録してくださったかたありがとうございます。


 二日連続でブックマーク登録してもらえたので、何日間連続でブックマークがもらえるのかチャレンジが発生しました!


 前回は二日連続で終わりましたが、今回はどうなるのでしょうか?


 その答えは明日明かされます。


 と言う訳で、今日のあとがきはここまで。


 明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。

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