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第二十六章 第三話 フォーカスとの再会

今回のワード解説


海馬……大脳辺縁系の一部である、海馬体の一部。特徴的な層構造を持ち、脳の記憶や空間学習能力に関わる脳の器官。


クラシカルストレート……女性の髪形の一種。王道のモテ髪型の定番のストレートロング。

ふわっとパーマを当てたほうが垢ぬけるような気もするが、あえてストレートを押し通すことで新鮮で清楚な感じがとっても好印象の髪型である。


指球……前足、後ろ足の指の根元に存在する、小さ目な5つの肉球。



 馬車を走らせていると、波止場が見えてくる。


 晴れて気温が高いからか、海よりも陸の気圧が低いようで、こちらに向って海風が吹いてきた。


 風が俺に当たると気持ちよさを覚える。


「気持ちのよい風であるな」


 助手席に座っているレイラがポツリと言葉を洩らし、俺は前方に注意しつつ彼女を見る。


 クラシカルストレートの赤い髪は海風に靡き、彼女は右手で髪を耳にかける。


 その姿はとても美しく、つい見惚れてしまう。


「デーヴィットさん。あれがこれから乗る船ですか?」


 馬車を併走していたアナスタシアが、前方に指球(しきゅう)を指す。


 前に向き直すと、視界には母さんがモデルとなった船首の船が映り出された。


「ああ、あれだ。もうついているみたいだから、少し急ごう」


 握っている手綱を少し強めに上下に動かし、馬に速度を上げるように指示を出す。


「あ、待ってくださいよ」


 馬車の速度を上げると、先に行かれるのが嫌だったのか、彼女も馬を早く走らせる。


 波止場にはフォーカスさんの操縦するアリシア号以外にも船が止まっていた。


 船乗りたちが積荷を運んでいる姿や、漁を終えて戻って来た漁師らしき人が、網から魚を取り出している光景が辺りに繰り広げられている。


 皆に馬車から降りてもらい、俺も御者席から降りる。


 そして手綱を引っ張って馬を誘導した。


 通行人の邪魔にならないように気をつけつつ、アリシア号に近づく。


 すると急に眩しさを感じ、俺は思わず目を瞑ってしまう。


 薄目で見てみると、前方にはスキンヘッドの頭に、揉み上げと顎髭がつながっているジャンボジュニアと呼ばれる髭を生やしている老人の男性が立っていた。


 彼の頭は太陽光が反射している。


 この眩しさは彼が原因のようだ。


 動かないでいると、彼のほうからこちらにやって来る。


 太陽光の反射する角度が変わったようで、眩しさが軽減され、普通に目を開けることができた。


「お久しぶりです。デーヴィット王子」


「お久しぶりです、フォーカスさん」


 彼が皺のある手を差しだしてきたので、俺も同じように手を出す。


 そして、互いに握手を交わした。


「お、王子!」


 俺たちが握手をしていると、アナスタシアが大声を上げる。


 彼女の声にビックリして振り返ると、アナスタシアは驚いた表情をしていた。


「あれ?言っていなかったけ?俺がオルレアンの王子ってことを」


「全然言っていない。初耳だよ!どおりで、女王陛下に対して馴れ馴れしい口の利き方をするなぁって思っていたけど、王子様だったなんて!…………これはラッキー。都合のいい相手を彼氏役に選べた」


 アナスタシアが首を横に振って、教えていなかったことを言う。


 そしてその後に何かを呟いていたようだけど、俺には聞き取ることができなかった。


 何を呟いたのかは気にしないようにしていると、タマモがアナスタシアを見て、何が言いたげな表情をしていた。


 彼女はエルフだ。


 人間とは違い、小さい音を聞き取ることができる。


 きっとアナスタシアの言葉が聞こえてしまったのだろう。


「おや?鎧の人とローブの男性が見当たらないのですが?」


「彼らは訳あって、別行動をしています」


「そうでしたか。わかりました。では船にお乗りください。もう少しで出航準備が整いますので」


「わかりました。ありがとうございます」


 アリシア号に乗り、甲板から船の中に入る。


 馬車を船内に入れることができなかったので、甲板に置いたままになる。


 だが、スプラッシュスクイッドのときのように、海の魔物が襲ってこない限りは問題ないだろう。


 甲板に二台の馬車止め、俺たちは船内に入る。


 船の中に入ると、この船で起きたできごとが、脳の記憶を司る海馬から引き出される。


 そういえば、この船でも色々とあったよな。


 ライリーがエミの大事な饅頭を食べ、俺は怒った彼女を止めようとした。


 そのとき、不意の事故でエミの胸を揉んでしまい、半殺しにされたのだ。


 それに俺の説明を、誰が一番分かりやすく説明ができるかで、エルフの長寿の秘密を解説したときの記憶もある。


 そのときも、俺の性癖を暴露しなければならなくなった。


 その他にも、スプラッシュスクイッドに捕まって、服ごと俺の肉体を抉られたこともあった。


 あれ?俺ってこの船での楽しい思い出ってなくねぇ?どちらかと言うと、酷い目にあった記憶のほうが多いのだが。


 今度は少しでもいいことが起きればいいなぁと思いつつ、客室に向かう。


「ハンモック!噂は聞いたことがありましたが、こんな感じなのですね」


 客室にあるハンモックを見て、アナスタシアは目を輝かせる。


「ハンモックを見たのは初めてなのか?」


「はい。実家では、常にベッドだったので!『ハンモックなど、庶民の寝具だ。わたしたちには似合わない』とお父様はおっしゃっており、一度も使ったことがありません」


 途中から父親のモノマネをしたのか、セリフの部分は声が低かった。


 カルデラ王国の紋章入りの短剣を持っていることや、彼女の父親のセリフから考えても、アナスタシアは王族の関係者だ。


 しかも、それなりに身分が高いところのご令嬢のはず。


 家出中に万屋(よろずや)をやっていたことを考えると、彼女の実家は名の知れた(しょう)()なのかもしれない。


「そう言えば、アナスタシアは家出をしていたじゃないか。商人をやって生計を立てていたみたいだけど、あれは実家から持ち出したものなのか?」


「いえ、家出をしたときは数日分の着替えと、身を隠すためのローブとお面、それにお金ぐらいです。でも、見つからないように遠くに逃げるためには収入源も必要なので、取敢えず馬車と色々な品を安く買って、商人として生活していました」


 彼女の話しを聞き、本当にすごい行動力だと思った。


 アナスタシアは家を捨てる覚悟で家出をした。


 それだけお見合いの話が嫌だったのだろう。


「なぁ、アナスタシア?」


「アナと呼んでください。デーヴィットさんはわたしの恋人ということになっていますので。わたしの親しい人はそう呼んでいるのですよ」


『アナって何だか卑猥な響きよね。この愛称を考えた人って変態だったんじゃないかしら』


 俺の脳内にドライアドの声が響く。


 それはお前の頭の中が、桃色ピンクだからそんな風に思ってしまうんだ!


 声に出したい衝動をグッと堪え、俺は心の中の叫びに留める。


「それじゃあ、アナと呼ばせてもらうよ」


「はい」


「でさ、できればアナの実家のことについて教えてくれないか?恋人役になってお見合いをなかったことにするのは協力するけど、君の実家のことを知らなければ、何も対策を練ることができない。最悪の場合は、アドリブが上手く行かずにバレてしまう可能性だってある」


 彼女の実家について知りたいと言うと、アナは右手の指球の一つを伸ばして顎に置く。


「うーん。そうですねぇ、別に教えてもいいとは思うのですが。どうしようかなぁ?」


 俺の問いに悩んでいるようで、彼女は考える素振りを見せる。


「やっぱり今は教えません。何だか面白みがないので」


 悪戯をした子どものようにアナは笑顔を浮かべる。


 彼女が協力的ではないのは、正直痛いところではあるが仕方がない。


 なるべく多くのパターンを考え、あとで脳内シミュレーションをするしかないだろう。


 そんなことを考えていると、後方から足音が聞こえ、俺は振り返る。


 フォーカスさんが俺たちのところにやって来た。


 手には丸められた大きい紙が握られてある。


「デーヴィッド王子、オルレアン大陸までのルートを説明したいのですが、宜しいでしょうか」


「わかりました」


 返事をすると、俺は彼と一緒にテーブルに向かう。


 カレンたちもルートの確認をしたいのか、着いてきた。


 テーブルの上に、フォーカスさんが握っていた紙を広げる。


 彼が持っていたのはこの世界の地図だ。


「船を止めている波止場は、セプテム大陸のここら辺になります」


 セプテム大陸の東側に指を起き、フォーカスさんが現在地を教える。


「そして、この島がこれから向かうオケアノス大陸になります」


 今度は、目的地である複数の島を指差した。


 オケアノスは、大陸という名がついてはいるが、実際は複数の島から成り立っている。


 大昔はひとつの大陸であったが、長い年月を得て今のように別れたと歴史では伝わっている。


 そこに住むケモノ族が神の怒りに触れ、制裁を受けた爪痕なんて言われてはいるが、知識の本(ノウレッジブックス)から得た俺の知識では、別の仮説を立てている。


 オケアノス大陸が複数に別れたのは、大陸移動によるものだ。


 この世界を作っている星には、表面を覆う暑さ百キロメートルほどのプレートと呼ばれる岩板がある。


 陸の下には大陸プレート、海の下には海洋プレートがあり、プレートの下では熱いマグマが対流を起こしている。


 これをマントル対流と呼ぶのだが、一枚、一枚のプレートがマントル対流の上に乗って、少しずつ僅かに動いているのだ。


 プレート同士のつなぎ目のところで、プレートが離れていくと広がる境界が発生する。


 広がる境界が大陸中にあると、陸地に溝ができる。


 その溝が更に広がり、大陸が断裂して今のように複数の島になったと俺は考えているのだ。


「アナの実家のある島はどれだ?」


「ここです。この中央の島です」


「中央の島ということは、カルデラ王国のある場所ですな。となると、途中のルートは島の間を抜ける感じになるでしょう」


 現在地から目的の島までのルートを、フォーカスさんが指でなぞる。


「到着まではどのくらいかかりそうですか?」


「天気にもよりますので一概には言えませんが、約五日と言ったところでしょう。今回は迂回する必要はないので真直ぐ進みます」


 顎の髭を触りながら、およそ五日はかかるのではないかと、フォーカスさんが教えてくれる。


「フォーカス船長!出航の準備が整いました」


 出発の準備が整ったことを知らせる声が聞こえてきた。


 耳に入った声は小さかったので、相当離れた場所から声をかけてきたのだろう。


 甲板に向かうと思っていたが、フォーカスさんはここから動くことなく、大きく息を吸った。


「わかった!直ぐに向かう!」


 彼は本当にご老人なのだろうかと思うほどの大声を上げた。


 あまりにも声が大きかったので、俺は咄嗟に耳を塞ぐ。


 周囲にいた女性たちも耳を塞ぎ、タマモは体を屈めた。


 遠くにいる甲板部の人に伝えないといけないのは分かるが、もう少し声量を小さくしてほしかった。


「タマちゃん大丈夫なのです?」


 屈んでいるタマモを見て、アリスが心配そうに彼女を見る。


 気になった俺もタマモに近づくと、彼女は顔面蒼白となり、とても気分が悪そうにしていた。


「おい、大丈夫か?」


「はい。お恥かしい話なのですが、実はワタクシ、船酔いをしやすい体質でして。さっきまでは我慢できたのですが、おじい様の大きな声を聞いた瞬間、きつくなってしまいまして」


 まだ出航していないが、海の上にある船は波の影響で上下に動いている。


 それにエルフの耳は、遠くの音を聞き取りやすい構造になっている。


 そのため、近くの音には更に敏感だ。


 人間の俺たちですら、耳を塞ぎたくなるような声量だったのだ。


 彼女の耳と脳は俺たち以上にダメージを受けているはず。


 二つの不運が重なれば、あのような状態になってしまうのは仕方がない。


「わかった。タマモはハンモックで休んでいてくれ」


「そうさせてもらいます」


「わたしはタマちゃんが心配なので、傍についているのです」


「アリス、タマモのことは任せた」


「はいなのです!」


 タマモはビシッと敬礼をすると、タマモの手を引いて寝室のほうに連れて行く。


 俺はフォーカスさんの後を追い、甲板に出る。


「皆の共!準備はいいか!」


「準備は万全です!」


「碇を上げろ!帆を張れ!出航だ!」


 フォーカスさんが年を感じさせないほど元気よく乗組員に指示を出す。


 ここが外だからであろう。


 室内にいたときよりも、聞こえてくる声は少しだけ大きい程度だった。


「では、ワシは操縦席におりますので、船旅を楽しんでください」


 船長のフォーカスさんは、俺に軽く頭を下げると船内に入っていく。


 気圧に変化が起きたことで空気の流れが変わったようだ。


 心地よい風が吹き、俺の髪が靡く。


 これから向かうオケアノス大陸で、俺にどんなことが待ち受けているのだろうか。


 楽しみであり、少し不安を感じながらも、俺は船内に戻った。


 今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。


 誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。


 ブックマーク登録してくださったかたありがとうございます。


 これからも気にいってくれる人が少しでも増えるように努力していきます。


 明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。

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