第二十五章 第六話 宿屋と炊き出しと誰かの視線
「ねぇ、これから野営地に戻るの?」
変わり果てた城下町の歩道を歩いていると、カレンが赤い瞳のある可愛らしい目で俺を見ながら聞いてきた。
色々と濃い一日であったからか、思っていたのよりも時間の進みが早かったようで、空はオレンジ色に染まりつつある。
「そうだな。今から帰っても夜になるから、宿屋を探してみるか。開店しているかどうかわからないけど、一応行ってみよう」
「もし見つからなかったらどうする?」
宿屋を探して一泊することを告げると、エミが薄い水色のウエーブのかかっているセミロングを触りながら、もし閉店していたらどうするかを聞いてきた。
「そのときは馬車の中で野宿をするしかないな。宿屋を探し回れば、その分時間帯が遅くなるし、歩き疲れる。そうなれば俺は運転したくない」
「ええー」
「そんなの嫌なのです」
「街中なのにお風呂に入れないのは嫌よ」
冗談のつもりで言ったのだが、カレンとアリスとエミは本気にしたようで、野宿はしたくないと言い出す。
「アハハハ。冗談だって、そのときにはモードレッドに頼んで部屋を用意してもらう」
笑いながらジョークであることを告げると、三人は俺のことを睨んでくる。
少しイジワルをしてしまっただろうか。
歩道を歩きながら、俺たちは宿屋を探す。
城下町の宿屋にはカリバーンがあるのは知っている。
だけどあそこは高級な宿屋であり、一泊だけで一人一万ギルも取られるようなところだ。
できることならあそこの宿屋だけは遠慮したい。
城下町の宿屋を探すと、複数の宿泊施設を見つけることができた。
だが、この町に人災が起きたせいで、家を失くした住民たちが泊まっており、空いている部屋がないとのことだ。
宿屋が満室の度に、別の宿泊施設を紹介してもらうが、どこも同じだった。
とうとう一番泊まりたくなかったカリバーンに向かうことになる。
今の俺たちは七人パーティー、つまり宿泊料金は七万ギルかかることになる。
かなり痛い出費だ。
金額のことを考えればこのまま城のほうに向かい、モードレッドに頭を下げて城に泊めてもらうのが一番なのだが、一度別れの挨拶をしてしまった。
泊めてもらいたいと言う理由だけで、城にとんぼ返りをするのは気恥ずかしい。
俺の変なプライドのせいでカリバーンに泊まることになったとしても、それは自業自得。
必要経費として割り切るしかないだろう。
街中を歩き、城下町で一番大きな宿屋、カリバーンに入る。
「いらっしゃいませ。何名様ですか」
フロントに向かうと、受付嬢が人数を聞いてくる
「七名です。男一人、女六人です。一泊お願いします」
人数を受付嬢に伝え、人数分の宿泊料金を支払おうとして、リュックのチャックを開ける。
すると、まだ金額を支払ってもいないのに、受付嬢は部屋の鍵を差し出した。
俺は不思議に思いながらも、泊まる意思を示しているから先に鍵を渡しているのだろうと思い、そのままリュックの中に手を入れる。
そして中に入っている瓶から一万ギル札を七枚取り出し、トレーの上に置いた。
「あ、お客様、ただいまキャンペーン中なので、宿泊料金は無料になっています」
「え?」
予想外の言葉に、俺の身体は動きを止める。
あのカリバーンが、宿泊料金が無料だと!
いったい何を考えている。
これは何かの罠か?キャンペーンと言っていたが、宿泊料金を無料にさせ、無理やり何かのサービスを使わせて金を取る気なのだろうか。
俺が中々鍵を受け取らないでいると、受付嬢が営業スマイルで説明してきた。
「城下町では色々とあったではないですか?オーナーが困ったときはお互い様ということで、宿泊料金は無料にしているのですよ。ですが、あくまで宿泊料金だけなので、気をつけてください。他のオプションは有料ですので」
受付嬢の説明に俺は今度こそ納得する。
これだけ大きな宿を経営している人は、金の亡者という偏見があったのだが、どうやら俺の思い込みのようだった。
「ありがとうございます」
受付嬢にお礼を言い、三部屋分の鍵を受け取り、この場から離れようとする。
「あ、お客様、鳥の放し飼いは困りますので、お連れの鳥はこの籠の中に入れてください」
受付嬢はレックスに気づいたようで、俺に鳥籠を差し出す。
前回は気づかれないように上手く隠していたのだが、今回はレイラが抱えている。
さすがにバレバレだったようだ。
「あ、ありがとうございます」
もう一度お礼を言い、鳥籠を開けて中にレックスを入れる。
籠はあまり大きくはなく、どうにか彼が入る大きさだった。
目が覚めれば色々と文句を言ってきそうだが、これもリピートバードなんかに乗り移ってしまった定めとして、受け入れてもらうしかない。
レイラがレックスに説教をすると言っていたが、俺の部屋に連れて行こう。
今回渡してもらった鍵は三百番代、前回と同じ三階に俺たちの泊まる部屋がある。
「宿泊する部屋割りは前回と同じでいいよな」
「余はデーヴィットと同じ部屋がいいのだが、どうせ言い合になることは目に見えておる。ここはそなたの言うとおりにするとしよう」
皆異論はないようで、言い合いになることなくスムーズに部屋割りは決まる。
泊まる場所が見つかり、ほっと一安心をすると、どこからか空腹を知らせる音色が聞こえてきた。
「アハハハ、あたい腹減っちまったよ。部屋に荷物を置いたら何か食いに行かねぇかぁ?」
どうやらお腹の音が鳴ったのはライリーのようで、彼女は笑いながら食事をしに行くことを提案してくる。
前にも思ったことなのだが、女性なのだからもう少し恥じらいを持ってもらいたいと思う。
だが、彼女の性格を考えればライリーには難しいかもしれない。
頭の中で、恥じらうライリーの姿を想像してみる。
失礼だと思いつつも、何だか似合わないような気がしてきた。
ライリーは今のままで十分だ。
「よし、それじゃあ荷物を置いて一階のロビーに集合ということで」
俺たちは荷物を置きに三階に向かう。
廊下を歩いていると、そういえば前回はランスロットもいたことを思い出す。
彼の発言のせいで、ドライアドがBLの妄想を口にした。
そのせいで、嫌でも彼女の言葉が脳内に響いていたのを覚えている。
俺は自分の泊まる部屋の前に行くと、鍵を開けて中に入った。
数日前の惨劇の影響があまりなかったのか、それともスタッフの努力の結果なのかは分からない。
部屋の中は以前に泊まったときと同じで、綺麗に掃除がいきとどいている。
この部屋だけ時間が巻き戻ったかのように感じられた。
テーブルの上にレックスの入った籠を置き、彼の様子を見てみる。
まだ意識が戻っていないようで、目を閉じたまま微動だにしていなかった。
精神力を使い果たして眠ってしまった彼は、目を覚ますと空腹になっているはずだ。
もし、お土産に持って帰れるものがあれば、何か買っていってやろう。
俺は部屋を出ると一階のロビーに向かう。
どうやら今回は俺が一番早かったようで、女性陣たちの姿は見当たらない。
「うん?」
入口のほうから誰かの視線を感じ、俺は外を見る。
しかし、外に通行人はいない。
念のために扉を開けて外の様子を見る。
人影が見えることもなく、虫の鳴き声が聞こえるだけだった。
気のせいだったのだろうか?
今日はツッコミを入れたり、驚いたりして色々と体力を消耗した。
疲れてありもしない視線を脳が感じたと錯覚してしまったのだろう。
「お待たせしました。デーヴィットさん」
後方からタマモの声が聞こえ、俺は振り返る。
背後には俺の仲間たちが立っており、全員が揃っていた。
「皆来たな。それじゃあ食事ができる場所を探そうか」
「さっき他の宿泊客に聞いたのだけど、どこのお店もすぐに営業再開できる感じではないらしいわ」
「マジか」
カレンが食事のできる店がないことを告げると、俺は悩む。
食事ができないとなると、カリバーンで食事をするしかない。
しかし、ここの料理は他の食堂よりも割高の金額になっている。
宿泊費が無料となったとは言え、それなりの出費をすることになるだろう。
だけど、皆がアイテムボックスの中に入っている保存食で我慢してくれるだろうか。
「ねぇ、デーヴィット、デーヴィットたら!」
思考を巡らせていると、義妹が俺の腕を掴み、左右に揺らしていた。
「ねぇ、私の話をちゃんと聞いているの?」
「聞いているって、食事ができる店がないって話だろう」
「はぁー、やっぱり私の話を聞いていなかったじゃない」
やれやれと言いたげに、カレンは溜息を吐く。
どうやら、俺が少し考えごとをしていた間に話題が変わっていたようだ。
「食事ができるお店は閉まっているけど、どうやら炊き出しをしてくれているそうなのよ。複数のお店があるみたいで、私たちが食事をしたところにしようかって話していたのだけど、デーヴィットはどう思う?」
「べつにいいんじゃないか。そこにしよう」
カレンたちが行った店とは、俺がレイラとライリーと一緒に酒場で別行動をしていたときに、食事をしていた店のことなのだろう。
義妹に案内してもらい、夜道を歩く。
しばらくするとたくさんの松明が置かれ、周囲を明るく照らしてある場所に辿り着く。
城下町の住民が列を作り、炊き出しをしてくれている人から食事を受け取っていた。
俺たちも列に並び、食事をもらうことにする。
あまり待ち時間を感じることもなく、列はスムーズに進む。
順番が回ってくると、俺は配給を受け取った。
お盆にはパンに野菜の入ったスープ、そして水が乗せてある。
「ありがとうございます」
炊き出しをしてくれた人に感謝の言葉を述べ、列から離れる。
料理をもらった人は、列に並んでいる人の邪魔にならないように離れた場所で、地べたに座って食べていた。
全員が料理を受け取ると、俺たちも他の人たちと同様に、邪魔にならないところに座って食事をすることにする。
皆でいただきますと言い、夕食を始めた。
野菜の入ったスープはできたばかりのようで湯気が立ち、食べれば身体が温まりそうだ。
一口分スプーンで掬い、少し冷ましてから食べる。
スープには野菜の味が染み込んでおり、食べると暖かい気持ちになった。
「あちち、スープが熱いのです」
「アリスちゃん、熱いから少し冷まさないといけないわよ。あたしがフーフーしてあげようか?」
「わたしはそんなに子どもじゃないのです。スープぐらい自分で冷まして飲むのです」
スープを冷ますのを手伝ってやろうかとエミは言うと、アリスはそっぽを向く。
彼女の態度を見たエミは、表情を曇らせた。
きっと彼女は、仲直りのきっかけを作ろうとして行動に出ている。
だけどアリスはそのことに気づかず、今もへそを曲げているせいで二人の距離は開いたままだ。
早く二人を仲直りさせる方法を考えなくてはいけないな。
「はー、本当に嫌になってしまいますわね」
少し冷めたパンを齧っていると、タマモがいきなり溜息を吐いてきた。
「どうした?急に溜息なんか吐いて」
気になった俺は、彼女に聞いてみる。
「さっきから聞きたくないものが聞こえておりまして」
「聞きたくないものって言うと?」
「城下町の住民が言っているのですよ。自分たちがこうなってしまったのは女王陛下のせいとか、騎士団は事前にわからなかったのかとか、恨み言を言っている声が聞こえまして」
彼女が元気をなくしている理由を聞き、それは辛いと思った。
エルフは人間とは違い、遠くの声を聞くことができる。
エルフの耳はより遠くの音を拾い、危険を察知するために大きくなった。
耳は大きいほど音を集めやすく、エルフの耳は音を集めやすい構造になっている。
厳密にはどのくらいの音の周波数を聞き取ることが可能なのかは、まだわかり切ってはいない。
だが、三百六十から四万二千ヘルツの音が聞こえ、約三キロメートル先の音も拾うことが可能だ。
それだけ遠くの声を聞くことができるということは、ときには聞きたくもない声も耳に入ってしまう。
彼女の気持ちは少し分かるつもりだ。
俺にもときどき、ドライアドが声をかけてくる。
BⅬの話をしてきたときには、聞きたくもないのに勝手に脳内に響いてくるのだ。
それは距離を空けるしか対策のしようがない。
『ねぇ、デーヴィット。今ワタシのことを考えていなかった?』
ドライアドのことを一時的に考えてしまっていると、本人が声をかけてくる。
直感が働いたのか、図星を差された俺は返答に困る。
『何も言わないってことは、やっぱり考えていたんだ?ねぇ、ねぇ、いったい何を考えていたの?もしかしてワタシで厭らしい妄想でもしていた?きゃーエッチ!デーヴィットの頭の中でワタシが穢される!』
彼女の言葉に反応をしないでいると、ドライアドは自分の都合のいいように解釈をしてきた。
だが、俺は徹底して無言を貫く。
彼女の言葉にツッコミを入れては、サムさんの温泉のときのように、俺が奇行に走ったのかと皆に思われてしまうだろう。
『ねぇ、ねぇ、ワタシでどんな妄想をしていたの?』
どうしたものかと考えていると、再び視線を感じる。
そしてこんどは悪寒が走った。
嫌な予感がして視線を感じた方向に顔を向けると、レイラが青色の瞳のある目でこちらをにらんでいた。
『うわーレイラがワタシを思いっきり睨んでいる。少しデーヴィットを虐めすぎたかしら?怖い女に噛みつかれたくはないから、ワタシは黙っておくことにするわね』
その言葉を最後に、ドライアドの声は聞こえなくなる。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
連続ブックマーク登録チャレンジですが、予想通り二日間で終わりました。
と言う訳で、明日も投稿予定なので楽しみにしていただけたら幸いです。




