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第二十五章 第五話 力を取り戻したレックス

 今回のワード解説


海馬……大脳辺縁系の一部である、海馬体の一部。特徴的な層構造を持ち、脳の記憶や空間学習能力に関わる脳の器官。


塵旋風……つむじ風のこと。


ヒッグス粒子……「神の子」とも呼ばれ、宇宙が誕生して間もない頃、他の素粒子に質量を与えたとされる粒子。

 予想すらしていなかったできごとがあったが、なんとか必要なものは買い揃えることができた。


 男の商人たちは倒れた男を医務室に運び、今は玉座の間にいない。


 アナスタシアだけは居ずらくなったのか、城から出て行った。


 俺は優先的に商人たちから買い物をさせてくれたモードレッドに礼を言う。


「モードレッド、今日はありがとう。お陰でいい買い物ができた」


「別にいいさ。お前には世話になったからな」


 言葉を交わしていると、記憶を司る海馬から、酒場でのできごとが引き出され、ふっと思い出す。


「そうだ」


 リュックの中に入れている瓶から十万ギルを取り出すと、彼女に見せる。


「これ、あのときモードレッドが置いて行った酒代。結局あのあとは俺たちも飲まなかったから返すよ」


「律儀なやつだな。そんなものパクればいいじゃないか」


「そんなことができるかよ。使わなかったのなら返すべきだ」


 金を女王陛下に返そうとするが、彼女は受け取ろうとはしない。


「それはくれてやるつもりでやったんだ。返さなくていい」


「いや、そういうわけにはいかないだろう」


 モードレッドの気持ちは嬉しいが、はいそうですかと言ってすぐに引き下がりたくはない。


「あーもう、面倒くさいやつだな。なら、そいつはこれからの旅の旅費にしてくれ、俺からの餞別(せんべつ)だ」


 出した手を引っ込めないでいると、女王陛下は金髪の頭を掻き毟る。


 そして妥協案を出してきた。


 確かに餞別としてもらうのであれば、俺にも遺恨はなくなる。


「わかった。餞別ということであれば、遠慮しないで受け取るよ。ありがとう」


 彼女にお礼をいい、俺は十万ギルを仕舞う。


「そうだ。悪いがこいつを、万屋(よろずや)の商人と会ったときにでも届けてくれないか。あの女、慌てていたから落としていきやがってよ」


 モードレッドは俺に短剣を渡してきた。


 この武器は、アナスタシアが販売していた商品の中にはなかった物だ。


 非売品なのか、一般的に販売されているような短剣とは、どこか違うような気がする。


 ダメだと分かっているが、俺は好奇心を抑えることができずに鞘を抜いた。


「これはミスリルで作られた短剣」


 ミスリルは金と同等か、それ以上に入手困難な金属だ。


 銀に似た輝きを持ち、銅のように打ち伸ばすことができ、磨けばガラスのように光る。


 銀色に光るが、いつまでも曇る事が無いと述べられているのだ。


 ドワーフによって鍛えられると鋼よりも強く、軽くなるという。


 よく見ると、刀身にはキツネの顔をモデルにしたようなエンブレムが彫られてある。


「そのエンブレムは確か、カルデラ王国のエンブレムだな。禁書庫で見たことがある」


「カルデラ王国?」


 聞きなれない国の名前に、俺は首を傾げる。


「ああ、獣人……いや、ケモノ族だったな。その祖先が、オケアノス大陸に避難したっていう話は覚えているよな?」


「ああ」


「新しい生活拠点を得たケモノ族の先祖が、自分たちの国を作った。それがカルデラ王国だ」


「つまり、アナスタシアはそのカルデラ王国の関係者ということか?」


「俺もセプテム大陸以外の国のことは詳しくは分からない。だけど、白髪交じりの男が何かを思い出そうとしたときのあの慌てようから考えれば、すくなくとも何かあると思ってもいいのかもしれないな」


 彼女の話しを聞きながら、俺は刀身を鞘に納める。


「わかった。もし、落としたことに気づいたのなら、この辺を探しているかもしれないし、見かけたときは返しておくよ」


「ああ、もしこの城に戻ってきたときには、デーヴィットが持っていると言っておく」


 アナスタシアの短剣をリュックに仕舞うと、俺はモードレッドに視線を向ける。


「それじゃあ、俺たちはそろそろ帰るよ」


「ああ、旅の無事を祈っているぜ」


 女王陛下に別れを告げ、俺たちは玉座の間を出た。


『ようやく終わったか。買い物だけでどれだけ俺を待たせれば気が済む』


 城を出ると一羽のリピードバードが俺たちの前に現れ、俺の頭の上に着地をすると何度も嘴でつつく。


「イテテ、レックス止めろ」


『止めろと言われて止めるバカがいるかよ。ほれ、もっと苦しめ』


「いい加減にするのだレックス!それ以上デーヴィットを虐めるのであれば、余が許さぬぞ」


 中々つつく攻撃を止めてくれないレックスを見かねて、レイラが止めるように言ってくる。


『いくらレイラの頼みであっても、こればかりは聞けん。デーヴィットよ、これに懲りたら二度と俺様に上から目線でものごとを言うなよ』


「何が上から目線でものごとを言うなだよ。鳥のお前の攻撃なんか地味に痛いだけで、全然脅威ではないぞ」


『ふん、今のうちにせいぜいほざくがいい。すぐに考えを改めることになる』


 頭からレックスが離れると、翼を羽ばたかせて旋回しながら、彼は俺の前に移動する。


 そしてホバリング飛行をしながら、こちらを見ていた。


『見よ!そして恐れおののけ!これが魔王として復活するための第一歩!具現化せよ、ウエポンカーニバル!』


 レックスが技名を叫ぶ。


 ウエポンカーニバルは、レックスが人間だった頃、神により授かった恩恵(ギフト)、オーバーイメージで生み出した技だ。


 己の想像する武器を具現化するものであり、その原理は武器を構成するのに必要な物質を集め、質量を持たせることのできるヒッグス粒子を纏わせることで、武器を顕現させることができる。


 彼の回りには、創造物が複数展開されていた。


「まさか!レックスが技を出せられるようになったのか」


『これも貴様らが知らないところで訓練をしていた結果だ。やつを貫け!ウエポン――』


「あ、ちょうどほしかったのよ。ありがとうレックス」


 彼が技を出せられるようになって俺は驚いていると、後方にいた金髪のミディアムヘアーの女の子が、突然レックスにお礼を言う。


 そして鳥に近づくと、彼が生み出した創造物をひとつひとつ摘まんで回収した。


「ちょうど切らしていてどうしようかと思っていたのよ。あんた気が利くじゃない。でもまだ足りないからもっと出して」


『俺の爪楊枝(つまようじ)と串を返せ!』


 レックスがウエポンカーニバルにより生み出した創造物を返却するようにカレンに求める。


 そう、死ぬ前に使えていた技を鳥の姿でも出せたことに対して驚いていたのだが、彼が具現化させたものは武器ではなく、日用品だった。


 まぁ、爪楊枝と串も、刺されば痛いから一応武器としても使えなくないのだが。


『返せ!』


「嫌よ!ケモノ族対策で沢山お金を使ったのだから、少しでも節約しないといけないわよ。だからもっと出してよ」


『俺の技は雑貨屋ではないぞ!』


「いいから出しなさいよ!」


『断る』


 二人が言い争っていると、カレンは小さく息を吐く。


 どうやら諦めてくれたのだろうか。


「ねぇ、レックス?どうして動物って目が二つあるのか知っている?」


『な、まさか!』


「さすが元魔王ね。察しがいいわ」


『なんてことを考えやがる。俺は逃げさせてもらう』


 両翼を羽ばたかせ、レックスはこの場から立ち去ろうとする。


「逃がすものですか!(まじな)いを用いて我が契約せしナズナに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ダストデビル」


 直射日光により、温められた地表面から上昇気流が発生し、周囲から強風が吹きこむ。


 すると渦巻き状に回転が強まった塵旋風が発生し、レックスの身体を吞み込んだ。


 鳥は上空に投げ飛ばされ、その反動で上手く翼を羽ばたかせることができないのか、レックスは重力に引っ張られてそのまま落下した。


 だが、彼の身体が地面に接触するよりも早く、カレンが鳥をキャッチすると片手で掴み直す。


『放せ!だ、誰か助けてくれ』


 彼女の手から逃れようとしているのか、レックスは叫び声を上げるが、誰も助ける気がないようで、俺たちは傍観者としてことの顛末を見守る。


「目がひとつぐらい潰れても、別に死ぬわけではないわ。大丈夫、痛いのは最初だけ、気がつくと痛みが快感に変わるかもしれないわよ」


『そんな訳があるか!わ、わかった。言うことを聞く。望みのものを出すから、それだけは勘弁してくれ!距離感が掴めなくなって飛べなくなる!』


 義妹の脅しに負けたようで、レックスは泣き叫ぶと彼女に懇願した。


「もう、最初から言うことを聞かないのが悪いじゃない」


 カレンは握っていたレックスを手放すと、彼は翼を羽ばたかせながら少しだけ距離を置く。


『はぁー、はぁー、なんて女だ。これだから人間という下等生物の女は嫌いなんだ』


「つべこべ言わないで早く出しなさいよ」


『分かっている。くそう。もっと強くなってギャフンと言わせてやるからな!ウエポンカーニバル』


 レックスが叫ぶと彼を中心に爪楊枝と串が出現し、それをカレンが摘まんで回収していく。


「鳥だからなのかしらね。私たちと戦ったときよりも、具現化をさせられる数が少ないわ」


『俺様はもうダメだ』


 義妹が最後の一本を回収すると、レックスは精神力が尽きたようで地面に倒れた。


「ねぇ、デーヴィットならもっとたくさん出せるでしょう。あんたもやってよ」


 まだ足りていなかったのか、カレンは笑顔を俺に向けると、レックスと同じことをさせようとしてくる。


「あのなぁ、倒れたレックスを見てわかると思うが、ウエポンカーニバルは相当精神力が削られるんだぞ。俺もたいして変わらないって」


「でも、精神力を回復させる霊薬を使えば何も問題ないじゃない」


「霊薬一本分がいくらするかカレンも知っているだろう。効率が悪いし、逆に金がかかってしまう。どうせ一日に何本も消費するわけではないから、精神力が回復次第、そこに倒れている日用品製造マシーンに頼みなさい」


「はーい」


 俺の説明に納得がいったようで、カレンは素直に諦めてくれた。


 これからは伝達係に加え、日用品を生産させられることになるだろうが、旅に犠牲はつきものだ。


 彼には諦めてもらうしかない。


「まったく、デーヴィットにちょっかいを出すからこうなるのだ」


 地面に倒れているリピードバードに憐れんでいると、レイラが俺の横を通り過ぎ、レックスのもとに向かう。


 そして身体を屈めると、鳥の身体を抱えた。


「この男は余が持っておく。目が覚め次第、デーヴィットにちょっかいを出さないようにきつく言っておくのでな。安心するのだ」


 レイラが笑み浮かべながら安心するように言ってくる。


 レックスはレイラのことが好きだ。


 俺に突っかかってくるのも、おそらく嫉妬によるものだろう。


 好きな相手にきつく注意をされれば、さすがのレックスであっても、少しは大人しくなってくれるかもしれない。


 そんなことを願いつつ、俺は城下町に向けて歩き出す。


 今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。


 誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。


 明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。

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