第二十五章 第四話 エミのケモノ講座
今回のワード解説
ボールドヘッド……基本的に自然と髪が抜けたために髪が無い頭を指すが、完全に抜け切らなくても用いられる。
お面が外れた女性は、俺が獣人族と口に出した瞬間、慌ててお面を取ろうとする。
すると、頭を覆っていたフードが頭部から外れ、頭全体を曝け出した。
人間に近い容姿だが少し毛深く、頭にはキツネの耳がついており、それが作り物ではないと主張するかのように、ぴくぴくと動いていた。
黒い瞳を持つ彼女の目と視線が合う。
「あわわ!」
獣人族の女性は、素顔を晒してしまったことに気づき、慌ててフードを深く被りなおす。
そして落ちたお面を拾って顔につけた。
「ごめんなさい」
俺を押し倒してしまったことについてなのか、それとも素顔を晒してしまったことについてなのかはわからない。
彼女は突然謝り出すと俺の身体から退く。
上体を起こして立ち上がると、水色のウエーブのかかっているセミロングの女性が俺のところに来る。
「ねぇ、デーヴィット、あれがあなたの言っていた獣人族なの?」
「そうだ。エミは初めて見ると思うが、今の獣人族はだいたいあんな感じだ」
「そう……」
お面の女性が獣人族だと説明すると、何故かエミは顔を俯かせて身体をプルプルと震えさせる。
「寒いのか?」
「そんな訳がないでしょうバカ!」
彼女の反応を見て、もしかして寒気を感じたのだろうかと思ったが、どうやらそうではないようだ。
エミは俺を罵倒すると獣人族の女性を指差す。
「あれのどこが獣人なのよ。どこからどう見てもケモノじゃない!」
エミは声を上げるが、彼女の言葉の意味を理解することができずに、俺は首を傾げる。
「何を言っているんだ?獣はキツネや猪のように、四足歩行の生き物を指す言葉じゃないか」
「そうだけど、確かにそうなのだけど、あたしが言っているのはケモノであって、獣ではないの!」
間違ってはいないけど納得していないと言いたげに、彼女は地団駄を踏む。
「言葉のニュアンスが違うのよ。選定の杖と剪定の杖ぐらい違うの!これでわかる!」
どうにか理解してもらいたいのか、エミは必死に身振り手振りで説明をしてくる。
一応彼女の説明で、何となくは納得した。
選定の杖は、彼女がこっちの世界に来る際に、神から授かった杖だ。
選ばれた使用者の魔力を上げると言われている。
盗賊に奪われ、レックスが持っていたが、メフィストフェレスの乱入により回収し損ねている。
もしかしたら今も、エトナ火山の地下闘技場に落ちているかもしれない。
そして剪定の杖は、レックスがエミにあげたものだ。
ハサミがついている変わった形の杖。
この二つは、言葉は同じだが、能力も形状もまったく異なる。
俺は理解したことを彼女に伝えるために、無言で何度も頷く。
「いい、あたしの世界では獣人はフィクションの存在だけに、扱い方を厳しくしている人がいるの!ケモノには五段階あって、ケモ度があがる度に獣に近くなるのよ。あの女性は少し毛深い程度のケモ度二!つまり獣人ではなくてケモノ扱いをするべきなのよ!これ以上彼女を獣人扱いするようなら、あたしが許さないからね!あまりオタクを嘗めないでよ!」
彼女なりの強いこだわりがあるのか、エミは早口で言葉を捲し立てる。
剣幕に押されていると、彼女はまだ不服のようで、更にケモノのことについてより深く理解するための、ケモノ講座が勝手に開催される。
「いーい!ケモ度一は普通の人族がコスプレをするように、動物の耳と尻尾があるだけなのよ。ケモ度二はさっきも言ったみたいに、彼女のように少し毛深くなった感じのケモノを指すわ。そしてケモ度三になると、毛皮があるから服がなくても問題がない。このケモド三があなたの言う獣人なの!ケモ度の差が一しかないけど、この境目は一から十まで小分けしてもいいぐらいに大きな差があると言っても過言ではないから、今後は気をつけるように」
「わかった。今後は気をつけるよ」
苦笑いを浮かべ、俺は彼女からはなれようと踵を返す。
すると肩を掴まれた。
「どこに行こうとするのよ、まだあたしの話は終わっていないわ。これからケモ度四と五の説明があるのだから」
俺は顔を引きつる。
どうやらエミからは逃げられないようだ。
「ケモ度四は一応二足歩行をするけど、骨格が人じゃないのよ。マスコット型やチビケモと呼ばれ、多くの人に愛されるケモノよ。ケモ度四になると妖精や精霊が動物の形になったなんて言われるわね。そしてケモ度五がヨツケモとも呼ばれる野山を駆け巡る系のケモノ。ここまでくるともう獣ね。一口にケモノと言っても、その分類は幅広いから今後は覚えておくといいわ」
「お、おう」
「抜き打ちでテストに出すからね!」
「何だよテストって」
苦笑いを浮かべていると、話しが終わるタイミングを窺っていたのか、長い金髪に大きな耳を持つエルフの女性、タマモが俺たちのところにやってくる。
そして彼女はエミの手を握った。
「エミさん、ワタクシ感動しました。獣人族にそこまで熱い想いを秘めているなんて。やはり、あのとき感じた親近感は気のせいではなかったようですね。同士に巡り合えたことを心から嬉しく思います」
「いや、あたしは単にケモノ度が二なのに、それを獣人と言うのが妙に納得いかなかっただけで、別にタマモほど熱い想いは秘めていないから」
「そう謙遜なさらずに、ワタクシには分かります。あなたからケモナーとしてのケモオーラを感じますので」
「ケモオーラって何!初耳なんですけど!」
エミがケモノに関して熱く語ったことで、タマモの心を揺るがしたようだ。
かなり興奮しているようで、彼女は思ったことをそのまま口に出している。
彼女は獣人族、いや、ケモノに憧れを抱いている。
そのことを彼女は隠しているのだが、おそらく今ので、察してしまったかもしれない。
あとで知らないふりをしてもらえるように、カレンたちには言っておかなければならない。
「とにかく、本者の獣人族を見て思ったのだけど、いくらケモ度が二のケモノでも、やっぱり顔とかの毛深さがないと絶対に変装だってばれるじゃない。その辺の対策はどうするのよ」
問題点を見つけたエミが俺に尋ねてくる。
もちろんその対策は考えてある。
「そこはエミに頑張ってもらって、獣人……ケモノ族に認識阻害の魔法をかけてもらおうかと……」
「今の本気で言っているのだったら、マジで石化してもらうわよ」
「すみません、調子に乗りました!」
俺はすぐにふざけていたことを彼女に謝罪する。
「本当のことを言うと、ケモノ族にも遺伝子に差があって、獣の遺伝子が強い人はケモ度が三の獣人、人の遺伝子が強いとケモ度二ぐらいの見た目で皆バラバラなんだよ。そして稀にほとんど人の姿で生まれ、耳と尻尾のみ獣というケモノ族もいるから、俺たちはケモ度一の集団ってことにしようかと」
「なんだ。そうならそうと早く言ってよ」
「ごめん、ごめん。あまりにもエミの剣幕が凄かったから、言うタイミングを逃して」
エミに謝ると、俺は獣人族改め、ケモノ族の女性のところに向かう。
「あ、あのう。何か御用でしょうか」
女性は声を裏返させ、怯えたかのように身体を震えさせる。
お面が外れてケモノ族であることがバレてから、彼女の態度が変わった。
きっと彼女が種族を隠していた理由と関係があるのだろう。
俺はケモノ族の女性と目を合わせる。
「すみません。もう一度商品を見せてもらってもいいですか?」
なるべく怖がらせないように細心の注意を払いつつ、俺は笑顔で商品を見せてもらえるように彼女に言う。
「は、はい?」
俺の態度が予想と違ったのか、ケモノ族の女性は呆気に取られている様子だ。
「あ、あのう。差し支えなければ、どうして変装をしてまで獣人族に会いに行くのか教えてもらってもよろしいでしょうか?」
ケモノ族の一人として、俺たちの行動が気になるのだろう。
女性は俺たちの目的を訊いてくる。
彼女に話したところで、別に障がいになることはない。
それに正直に話せば、もしかしたら協力してくれるかもしれない。
僅かな希望にかけ、俺はケモノ族の女性に目的を話す。
「俺たちがケモノ族に会いたいのは、オケアノス大陸にいるという魔王の情報を得たいからだ。一応あなたたちの種族の歴史は知っている。人族に関してはあまり好ましくは思わないだろう?だからケモノ族に配慮して変装をすることにしたんだ」
「そうだったのですね。すみません変なことを訊いてしまって。ぜひ、もう一度見てください」
女性は謝ると、自分の持ち場に戻る。
俺は彼女のところに向かい、販売している商品をもう一度見直すことにした。
並べられている品物を見るが、やはり変わったものはない。
適当に商品を見ながら、もう一度ケモノ族の人に声をかける。
「すみません、答えたくなければ別に言う必要はないのですが、どうしてお面やローブで全身を隠しているのですか?」
「そうでした。素顔を見られたショックで忘れていましたが、どうかわたしがガリア国にいることは内緒にしてくれませんか?」
彼女は頭を下げると両手を合わせながら、自分がこの国にいることは内密にしてほしいと頼んできた。
俺は別に彼女のことを詳しく知っているわけではない。
だが、女性の恰好を見る限りは、訳ありなのだろうということが予想できる。
「大変失礼なのですが俺はケモノ族、いえ、あなたには獣人族と言ったほうが伝わりますね。獣人族のことは詳しくはないのです。もちろん、あなたが何者なのかも知りません。だから名前を聞かれても反応に困ると思うので、大丈夫ですよ」
「そうでしたか。よかった」
安心したようで、女性はホッと息を吐く。
彼女につられて俺も安堵したような気持ちになった瞬間、いきなりケモノ族の女性が声を上げる。
「って、本当に知らないのですか!このわたし、アナスタシアのことを!」
俺が知らないことが意外だったのか、彼女は自身の胸に右手を置き、自分の名前を言う。
「へぇーアナスタシアって言うのですね」
「しまった!つい自分で名前を晒してしまった!」
アナスタシアと名乗った女性は、酷く驚いてしまったようで、頭に両手を置く。
もしかして天然なところがあるのだろうか。
「アナスタシア?どこかで聞いたことがあるような?」
彼女が自分から名前を暴露すると、大人のオモチャ屋の商人が自身の顎に手を置き、女性の名前に心当たりがあるといいだした。
「ああー!」
すると、アナスタシアはいきなり叫び声を上げ、自分の商品を手に持つ。
そして、彼女の名前から何かを思い出そうとしている男に向けて投げた。
「いたた、いったい何をする」
「あなたが思い出しかけているからじゃないですか。そのまま何も思い出さないでください!」
「くっ、なんて物騒な女子なんだ。だが、この程度で参る俺ではない。毎晩寝技で鍛えたこの身体の頑丈さを見せつけてくれる」
「お願いですからそのまま思考を停止してください」
「フハハハハ、少し痛いがこの程度なら問題ない」
彼の肉体は見た目どおりに頑丈なようだ。
鉄である剣の入っている鞘が頭部に直撃するが、気を失うような素振りが見えない。
「頼みますから気を失ってください」
「気を失わせたいのであれば、俺を絶頂させてみ……ろ」
彼女の投擲をもろともしなかった大人のオモチャ屋の商人だったが、彼はいきなり俯せの状態で床に倒れる。
男が倒れる寸前で何があったのか、俺の目は見逃さなかった。
アナスタシアが拳ぐらいの大きさのゴムボールを投げた。
すると、腕力がなかったようで、ゴムボールは床に一度落ちる。
だが、球体は床に触れた瞬間にバウンドし、男の股間に命中したのだ。
「ふう、やっと大人しくなりました」
彼女は一仕事を終えたような感覚で、額を拭う動作をする。
彼女は男の急所がどれだけ大切なのかを知らないようだ。
床に倒れた白髪の混じっている男性のもとに、他の商人たちが集まる。
「おい、しっかりしろ!」
ホールドヘッドの男が、大人のオモチャ屋の商人を抱き起す。
「どうやら俺は……彼女を嘗めていたようだ。いい……か。どんなに……肉体を鍛えていても……ムスコは……鍛えられない……これを……教訓にして……強く生きろ」
抱き起された男は気を失ったのか、彼は白目をむくと体が動かなくなった。
「大人のオモチャ屋さん!」
カツラの商人は叫び声を上げる。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
ブックマーク登録してくださったかたありがとうございます。
昨日と今日で連続して登録してくださったので、再び何日間、連続登録者数が増えるのかチャレンジが発生!
まぁ、多分二日連続で終わるような気がします。
そう簡単に登録してもらえるようなら、皆苦労はしませんものね。
それと前回のあとがきで書き忘れていたことがあったので、一言だけ書かせてもらいます。
一応最後はどんな感じで終わるのかは、大体決まっているのですが、それまでのストーリーが色々と頭に浮かんでいるので、先は長いかと思います。
長編の物語になりますが、これからも毎日投稿を頑張っていきます。
今後もよろしくお願いします。
明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。




