第二十五章 第一話 エミお姉ちゃん嫌い
今回のワード解説
読む必要がない人は、とばして本文のほうを読んでください。
本文を読んで、これって何だったかな?と思ったときにでも確認していただければと思っています。
海馬……大脳辺縁系の一部である、海馬体の一部。特徴的な層構造を持ち、脳の記憶や空間学習能力に関わる脳の器官。
感覚麻痺……感覚麻痺と呼ぶときの感覚とは、主に体性感覚のことを指します。体性感覚は、皮膚で触れた感じ(表在感覚)や関節などの身体が動いた感じ(深部感覚)などがあります。
中間反抗期……子どもが親に依存した状態から、自分で考え行動していこうという意志の表れです。 早いと低学年頃から始まる子もいますが、一般的には中学年頃にその特徴が顕著に出てくることが多いです。
メラニン色素……肌や髪の毛、瞳などの色を構成している色素です。黒や褐色のユーメラニン(真メラニン)と黄赤色のフェオメラニンの2種類がありますが、一般的にはメラニン色素というとユーメラニンを指します。人の肌や髪などの色はメラニン色素の量によって変わり、量が多いほど肌は褐色寄りになり、毛髪は黒くなる性質を持ちます。
「うわー。たくさんの行商人の馬車が並んでいるのです」
助手席に座っているアリスが、城下町への入国検査待ちをしている馬車を見て、指を差しながら声を上げた。
今日はモードレッドたちが話していた、行商人たちが物資を届けに来てくれる日だ。
届けられた物資の中に、獣人に変装できるアイテムがあればいいのだが。
検査待ちをしている最後尾に並び、順番が来るのを待つ。
隣に座っているアルビノの少女に顔を向けると、彼女は足をバタバタさせながら身体を左右に揺らしていた。
退屈をしているのだろう。
何か話をしなければならない。
俺は話題を考えていると、あることを思い出す。
それがとても気になり、アリスに聞いてみることにする。
「なぁ、アリス?」
「何ですか?デーヴィットお兄ちゃん」
「エミと喧嘩でもしたのか?最近彼女と一緒にいるところを見ていないのだけど」
アリスはエミのことが大好きだ。
常に一緒にいるイメージが強かったが、最近はタマモと一緒にいることが多い。
彼女がエミの傍にいなくなったと感じたのは、レックスとの戦いの後からだ。
エトナ火山の地下通路で何かあったのだろうかと、度々気になっていた。
「わたし、エミお姉ちゃんのこと嫌いです」
助手席に座っているアリスは、白い肌の頬を膨らませながら、赤い瞳で俺を見る。
彼女からエミに対して嫌いと言う言葉を聞いたのは初めてだ。
よほどのことがあったのだろう。
「どうして嫌いになったんだ?良かったら聞かせてくれないか?」
できることなら話してほしいとお願いすると、アルビノの少女は頬を膨らませたまま両の腕を組む。
「エミお姉ちゃん、わたしがわからなかったのです。わたしとそっくりになったマネットライムのほうをわたしと決めつけて、魔法で攻撃してきたのです。あんなに一緒だったのに、気づいてもらえないなんて悲しいのです」
レックスの策略に嵌り、離れ離れになっていた間のことを、アリスは語ってくれる。
『フン、俺の生み出したマネットライム改二は最高傑作だ。何せ、相手の記憶を読み取り、自分のものにする。どんな些細な記憶でも鮮明に核に刻むことで、本者以上に本者に成れるのだからな』
馬車の屋根で羽を休めていたレックスが、俺たちの会話に入ってくる。
マネットライム改二の話題がでたことで、俺はレックスとの戦いで感じた疑問があったことを思い出す。
そういえば、メフィストフェレスがレックスの配下ではないことにショックを受けて忘れていたが、今ならちょうど聞き出せるだろう。
「なぁ、マネットライム改二が、人からの記憶を読み取る際には、一人だけと言う制限があるだろう?だったらどうしてたくさんのマネットライムが、俺たちの姿を真似ることができたんだ?」
『そんなことか。簡単なことだ。俺の生み出したマネットライムは、人の脳に侵入する要領で、仲間のマネットライムの核に侵入して情報を得るんだ。人間のやわな脳とは違い、マネットライムの核は、複数侵入されたとしても負荷により壊れたりはしないからな』
「なんだ。タネが分かってしまえば本当にたいしたことないな」
『何だと!俺の努力がたいしたことがないと言うのか!マネットライムは革命的な魔物だ!理想のマネットライムを生み出すのに、どれだけかかったか。その努力を知らないで表面だけ見てものごとを言うな!』
別に悪気があって言った訳ではないのだが、どうやら彼を怒らせたらしい。
「いや、努力に関しては何も言っていないだろう。お前の言うとおり、マネットライムは凄い魔物だ。お陰で苦戦させられたよ」
取敢えずマネットライムのことを褒め、レックスの怒りを収めてもらう。
だけど、本当にマネットライムは凄い魔物だ。
マネットライム改二は、三本の針を使い神経に侵入。
そして海馬から記憶を引き出す前に目を覚まさせないように、一時的に神経を麻痺させる液体を注ぎ、意図的に障がいを発生させて感覚麻痺を引き起こす。
その間に海馬から記憶のコピーを行い、その情報を核に送る。
そして得た情報を元に、自ら細胞を作りだしてメラニン色素で、ジェル状の身体を人間同様の色に染め上げる。
更に声帯を作って声を出すことを可能にした。
このような知識なしでは生み出せないような魔物は、エミと同じ世界からやってきた元転移者の彼だったからこそ、成せたのだろう。
レックスは馬車の屋根から降りたようで、俺の前に来る。
そして一度アリスに目を向け、今度は俺の後ろにある窓に、視線を向けたように見えた。
『よくよく考えれば、お前はよくこれだけの女を引き連れていられるな』
「引き連れているって言うけど、俺はむりについて来てもらっているわけではない。自然とこれまで出会った何人かが、俺の旅に同行してくれたんだよ。まぁ、これも縁っていうやつなのかな」
『お前の仲間はいいやつばかりだが、これだけは言っておこう。女は計算高く、狡猾なやつもいる。これから出会う相手が必ずしも、厚意によるものだと思わないほうがいい』
どういう風の吹き回しなのか、珍しくレックスが俺に助言してきた。
横からの視線を感じ、チラリとアリスを見る。
すると彼女は頬を膨らませ、赤い瞳で俺を見ていた。
「デーヴィットお兄ちゃん、アリスをほっといて鳥さんとばかりお話しないでくださいなのです」
レックスが話に割り込んできたお陰ですっかり忘れていた。
さすがに謝らないといけない。
「アリスごめんね。あの鳥さんが話に混ざってきたから、つい話し込んでしまった」
『誰が鳥さんだ!』
名前ではなく、鳥という一括りで呼ばれたのが嫌だったのだろう。
レックスが声を荒げる。
「だって鳥じゃないか」
「そうなのです。鳥さんに鳥さんと言って何が悪いのですか」
俺とアリスが、見た目どおりの呼称で呼んで何が悪いのかを問うと、レックスは口を噤む。
正論を言われて言い返す言葉が出ないようだ。
『もうよい、今はお前たちと関わりたくない気分になった』
さすがに少し虐めすぎただろうか。
レックスは再び翼を羽ばたかせ、荷台の屋根の上に止まりなおす。
「イジワルをしすぎたでしょうか。鳥さん落ち込んじゃいましたのです」
レックスの態度を見て、アリスは申し訳なさそうに表情を曇らせる。
本当に彼女は優しいと思った。
きっと除け者にされた仕返しに、少しイジワルをしたつもりだったのかもしれない。
だけど実際にやってみて、傷つくレックスを目の当たりにすると、良心が痛んでしまったのだと思う。
俺は彼女の被っているフードの上に手を置くと、優しい手つきで頭を撫でる。
「大丈夫、アリスが心配することなんてないよ。彼だって、自分にも非があったって思っているかもしれない。ねぇ、鳥さん」
『その名で呼ぶな!』
彼女に元気を出してほしかった俺は、レックスの嫌がる呼び名で彼に声をかけた。
すると予想どうりに、レックスは元気よく声を荒げる。
「ほら、全然落ち込んでいないだろう」
「本当なのです。よかったのです」
レックスは怒りで声を大にして叫んだのだが、アリスにはそれが元気アピールだというふうに映ったようだ。
安心した表情を浮かべている。
視線を前に戻すと、前の馬車がゆっくりと動いたので、開いた距離の分だけ馬を歩かせる。
「さっきの話だけど、エミも悪気があってアリスに魔法をかけたんじゃないんだよ。見分けがつかなかったのは、エミの観察力不足かもしれない。だけど逆に考えてみて?もし、エミが本当に見分けがついていたとしたら、それだけアリスのことが大事だからこそ、アリスの恰好をしたマネットライムを許せなかったんだよ。だから彼女は魔法を使った」
「それは分かるのです。でも、できることならわたしのことを分かってほしかったのです」
小さな声で、アリスはポツリと呟く。
過ぎたことを悔やんでも意味がない。
そう言って励ますのは、ものごとを理解できる大人相手だ。
子どもに言ったところで理解できない。
そもそも、子どもは思いどおりにならないと機嫌を悪くする。
これも成長をする上で必要なことなのだが、年齢から考えるに、アリスは中間反抗期に入ったのかもしれない。
大好きだったエミに気づいてもらえず、それに加えて魔法をかけられたのだ。
彼女からしたら、裏切られたような感覚になっているのかもしれない。
早いところ仲直りをしてほしい。
そう思っていると、脳の記憶を司る海馬が、ドンレミの街での思い出を引き出したようで思い出す。
俺とエミの関係がギクシャクしていたとき、アリスは俺とエミにローマンカモミールを探させた。
二人で共同して探しものをすることによって、仲直りをさせようと彼女は考えた。
今のアリスはあのときの俺と同じ感じになっている。
ということは、今度は俺が知恵を絞って、二人に仲直りをさせるきっかけを作らなければならない。
何かいいアイディアがないかを考えていると、次々と列が進み、いつの間にか俺たちの番になった。
「何だお前たちか。女王陛下から聞いている。顔パスだからさっさといけ」
入国検査担当の兵士が、俺の顔を見るなりフレンドリーな口調で通っていいことを告げる。
確かあの人は、最初にガリア国に侵入した再に、俺の連れている女性たちを見て、ハーレム扱いをしてきたあの男だ。
「所詮、モテる男は金持ちなのかよ。あーあ、俺も早く出世して美女を侍らせたいぜ」
止めていた馬を歩かせようとして手綱を握ると、検査の兵士が愚痴を零す。
彼の言葉を聞いた俺は苦笑いを浮かべた。
検問所を抜けてガリア国の城下町に入ると、俺は馬車を預けて城を目指す。
歩道を歩いていると、何台もの馬車が俺たちの横を抜け、城のほうに向って行く。
どうやらあの馬車たちは城に向っているようだ。
ということは、獣人族の目を惑わすアイテムが見つかったのだろうか。
少しだけ期待をしながら城下町を歩く。
前回訪れてからまだ二日しか経っていないからか、城下町の様子はさほど変わってはいない。
変わったところと言えば、住民の表情がよくなっていることぐらいだ。
皆現実を受け止めて、少しずつ前を歩き出そうとしているのが伝わってきた。
『俺は城下をうろついている。終わったら教えてくれ』
城が近づくと、レックスは城には入らないと言い出し、どこかに飛び去って行く。
まぁ、あいつがいてもうるさいだけだ。
いないならいないで、話しを進めやすくなるだろう。
そんなことを思いつつも、俺は城につながる階段を上り、城門の門番をしている兵士たちに近づく。
どうやら城の兵士たちにも俺たちが来ることを伝えていたようで、門番の兵士は俺の顔を見るなり左右に別れると、扉を開けてくれる。
「デーヴィット王子、来られたのですね。ちょうどお迎えに向おうと思っていたところです」
城の中に入ると茶髪で癖毛の男が、こちらに向かいながら声をかけてくる。
「ガウェイン。城のほうに何台かの馬車が向かっていくのが見えたけど、何か良さそうな品が見つかったのか?」
俺の問いに第二騎士団長は首を左右に振る。
「まだ何とも言えません。玉座の間に商人たちをお連れして、品物をこれから見せてもらうところなので」
「わかった。それじゃあ俺も見せてもらおうかな」
「了解しました。では、私について来てください」
ガウェインが歩き出し、俺は彼についていく。
階段を上り、前回案内してもらった場所と同じところに連れて来てもらった。
扉の前に立ち、ガウェインはノックする。
「ガウェインです。デーヴィット王子を連れてまいりました」
「早かったな。ちょうど今から商品を見せてもらうところだ。入ってこい」
扉越しに女王陛下の声が聞こえてくる。
扉が開かれ、玉座の間が視界に入ると、俺は目を大きく見開く。
「あれがデーヴィット王子ですか。噂は聞いておりますぞ。この国を滅ぼそうとしていた魔物を退治してくださり、感謝します」
茶髪のツーブロックの男が、俺に感謝の言葉を述べる。
彼を見た瞬間、俺は歯を食い縛った。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
ブックマーク登録してくださった方ありがとうございます。
今日で三日連続で登録してもらい、記録を更新しました。
本当にありがとうございます。
四日連続になるとは思いませんが、登録して読みたいと思ってもらえるように今後も頑張っていきます。
明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。




