第二十四章 第九話 墓参り
今回のワード解説
海馬……大脳辺縁系の一部である、海馬体の一部。特徴的な層構造を持ち、脳の記憶や空間学習能力に関わる脳の器官。
周波数……工学、特に電気工学・電波工学や音響工学などにおいて、波動や振動が、単位時間当たりに繰り返される回数のことである。
「デーヴィット、いい加減に墓地に案内してもいいか」
俺たちのスキンシップを傍観していたモードレッドが、そろそろ出発していいかと尋ねてきた。
「ああ、すまない。案内頼むよ」
俺は彼女の一歩後ろを歩き、ついて行く。
先ほどの一件で、カレンは不機嫌なままだ。
おそらく、俺が何を言っても聞く耳はもたないだろう。
謝りたくとも、彼女が怒ってしまった理由に思い当たらない。
理由が分からないのに誤っては、返って余計に怒らせることになるだろう。
モードレッドの後ろを歩いていたが、俺は歩く歩幅を狭くしてスピードを落とし、タマモの隣を歩く。
「なぁ、どうしてカレンが怒ったのか、タマモは心辺りあるか?」
一番まともに答えてくれそうなタマモに、どうしてカレンは怒ったのかを尋ねる。
「はぁー。デーヴィットさんは頭はいいのに、あることに関しては鈍感なのですね」
ため息交じりにタマモは答える。
彼女の言葉を聞いて、俺は脳の記憶を司る海馬から、少し昔の記憶が引き出され、思い出す。
確か父さんとの決闘が終わり、セプテム大陸に向かう許可をもらったあの頃、カレンが同じことを言っていた。
そういえば、結局誰からも答えは教えてもらえず、真相は闇に葬り去られた。
ここは彼女に聞いて、あのときの答えを知るチャンスだ。
「なぁ、良ければ答えを教えてくれないか?前にも同じことをカレンに言われて、答えが見つかっていないんだ。他の皆に聞いても解答を教えてくれないんだよ」
「でしょうね。答えを教えては、デーヴィットさんのためにはならないですもの。ちゃんと考えて自力で答えを見つけてください」
答えを教えてくれないかとお願いするも、タマモも皆と同じで教えてはくれなかった。
再び難問と向き合わなければならなくなる。
本当に答えが見つかるのか不安で一杯になると、どうやら墓地についたようだ。
柵の向こう側には、数多くの墓石が並んである。
モードレッドが扉を開け、彼女に続いて俺も墓場内に入る。
三日前の惨劇があったばかりだからだろう。
墓地には多くの人が集まり、死者を弔っていた。
「女王陛下だ」
城下町の住民の一人がモードレッドの姿に気づき、脇にずれると身体を屈めて頭を下げる。
「ここは死者の魂を弔う場だ。楽にしていい」
民に向けてかしこまらなくていいと彼女は言うが、声をかけられた彼らは、下げた頭を上げようとはしなかった。
チラリと見ると、緊張によるものなのだろうか、若干身体が震えているように感じられる。
お参り中の人たちを通りすぎ、俺は後方に顔を向ける。
すると、住民たちは急いで帰り支度を始めた。
まるで一刻も早く、この場から立ち去ろうとしているかのようだ。
「メフィストフェレスの魔法にかかっていたとは言え、俺は多くの民を斬った。あいつらには恐怖の対象として映っているんだろうよ」
住民たちの行動パターンが読めているのか、モードレッドは背後を振り返ることなく、ポツリと言葉を漏らす。
きっと今のようなことが、この三日間に何度もあったのだろう。
「親父から正式に王の座を譲り受けたとは言え、俺が王の実の娘だと言うことは、民の殆どが知らない。あいつらには俺が王を裏切り、殺してこの国を支配したと思っているだろうよ」
「モードレッド」
俺は彼女の名を口にする。
しかしその次の言葉が出てこない。
何て声をかけてやればいいのか、この場の雰囲気に適した励ましのセリフが思いつかなかった。
「別に気にしてはいないさ。こうなることはあらかじめに分かっていた。俺にはガウェインもギネヴィアもいる。それにデーヴィット、お前もだ。少しでも俺のことを理解してくれる人がいる。それだけで今は十分だ。これからは民の信頼回復に努めるさ」
少しでも暗い雰囲気を、やわらげようとしているのだろう。
彼女は俺に笑みを向けてくる。
「さぁ、着いたぞ。ここが母上と親父の眠っている墓だ」
他よりも小さい墓石の前に来ると、ここに彼女の両親が眠っていることを教えてもらう。
石碑の近くには、萎びたコスモスが置かれてある。
以前に来たときに、モードレッドが置いたものなのだろうか。
正直以外だった。
王が眠る墓なのだから、もっと大きく立派なのを想像していた。
「他よりも小さいが、親父が眠るにはちょうどいい。ここなら小さすぎて逃げ場がないだろうし、さんざん母上に謝らせることができる」
モードレッドが一歩前に出ると、萎びたコスモスを取り、代わりに先ほど摘んだ同じ花を墓石の前に置く。
「ねぇ、この世界の墓参りってどんな風にするの?お線香だったり、合掌をしたりするの?」
この世界についてあまり詳しくないエミが、小声で俺に尋ねてくる。
「国によって違いがあるが、確かガリア国の祈る方法は、両手を胸の前で合わせても、膝をついても問題はなかったはず。心の中で亡くなった人に対して天国に無事に行けるように祈りながら、右手で額・胸・左肩・右肩の順に十字を切り、胸の前で手を合わせる」
「仏教とキリスト教が入り混じった感じなんだ」
この国でのお祈りのしかたを説明すると、先ほど俺が説明したことと同じ動作を、モードレッドが行う。
それに続き、俺も彼女と同じように心の中で祈りの言葉を呟きながら、胸の前で十字を切る。
どうか、安らかに眠り、天界で輪廻転生をぶじに果たせますように。
心の中で呟くと、モードレッドが振り向く。
「なんだ?もうお祈りは終わったのか?」
意外に早かったので、俺は彼女に尋ねる。
「ああ、一昨日に言いたいことはすべて言ったからな。今更言葉が思いつかねぇよ」
「そうか」
皆のお参りが終わるのを待ってから、俺たちは国王夫妻の墓から離れようとする。
すると気圧が乱れて風が吹き、モードレッドのポニーテールの髪が靡く。
風に乗って花の香りが漂い、鼻腔を擽った。
「あれを見てくださいなのです」
何かに気づいたのか、アリスが上空に指を差す。
俺は顔を上げると、そこにはチョコレートのような茶色を感じる黒い花で作られた冠が、風に乗ってこちらに向っているのが見えた。
最初は遠かったので、花の種類の識別はできなかった。
近づいてくると、モードレッドが供えたものと同じコスモスで作られたものだということがわかる。
コスモスの花冠は、モードレッドの両親の墓の上に落下した。
「いったい誰が作ったのかしら?とても上手に作ってあるわね」
「アリス、頭に乗せてみたいのです」
「ダメですよ、アリスさん。作った方は今ごろ探しているかもしれないですし」
花冠を見たカレンが完成具合を褒め、アリスが頭に被りたいと言い出すと、タマモが注意する。
「面倒くさいが持ち主を探すか。これを作ったやつは、この花冠に対して強い思いが込められていそうだ」
本当に面倒くさそうで、モードレッドは自身の後頭部を掻く。
そして黒いコスモスの花冠を握った彼女は固まったかのように動かなくなった。
いったいどうしたのだろうか。
心配になった俺は、モードレッドの隣に移動すると、彼女の顔を覗き込む。
すると、俺は思わず息を吞んだ。
女王陛下は声を出さずに涙を流していた。
俺に気づいたモードレッドは、ガントレットを外して自分の流した涙を手で拭う。
「悪い、何でもないんだ。こんな土壇場で粋なことをすると思ってよ。だけど遅いんだよ。死んでからじゃあ意味がない」
彼女の言っている意味が分からず、俺は首を傾げる。
「このコスモスの花冠はこのままにしておく」
「このままって、でもこれを作った人は探しているんじゃ」
「いいんだ。あの花冠は元々ここに届けられるものだった」
「悪い、もう少しだけ分かりやすく教えてくれないか。俺の頭では全然理解できない」
悔しかったが、俺は恥を晒してもう少し分かりやすく教えてもらえるように乞う。
「この花冠は、親父であるアルテラ王が母上に送ったものだ。すっかり忘れていたが、今日で、母上が亡くなってちょうど十年目になる。親父のやろう、魔法で花冠を今日届けるようにしていたみたいだ」
「どうしてそれが分かる?」
「俺の脳に直接メッセージが聞こえたんだ。母上に対する親父の想いが長々と聞かされたよ」
「俺も触ってみてもいいか?」
「別に良いが?急にどうした?」
不思議そうな顔をしながら、女王陛下は俺に花冠を手渡す。
俺はコスモスの花で作られた冠を軽く握って見る。
モードレッドの説明を聞き、もしかしたら花冠に触れると聞こえてくるものなのだろうかと思ったが、俺には何も聞こえなかった。
どうやら彼女にしか聞こえないようになっているのだろう。
どんな魔法の効果なのかわからない。
けれど推測するに、ガリア国の王家の者にしか聞こえない周波数の音を発生させ、彼女だけが聞こえるようにしているのだろうと思う。
「どんなメッセージだったのだろうな」
俺は思わずポツリと言葉を漏らす。
「言っておくが、俺は教えねぇからな。親父の言ったセリフをそのまま教えると、俺までこっぱずかしくなる。まぁ言えることがあるとすれば、黒いコスモスの花言葉は『恋の思い出』『移り変わらぬ気持ち』だ」
黒いコスモスの花言葉を聞き、俺は何となくだが、アルテラ王が何を語ったのか、少しだけ予測できた。
確かに俺の想像どおりだったとしたら、言葉にするのは嫌だろう。
「よし、それじゃあ墓の案内も終わったし、俺は城に帰る。行商人が来たときにはリピートバードを使って連絡する。また何かあれば遠慮しないで俺を頼ってくれ」
そう告げると、モードレッドは両親の墓から遠ざかっていく。
「俺たちもそろそろ野営地に戻ろうか」
仲間たちに声をかけ、俺たちも墓場から出て行った。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
ブックマーク登録してくださったかたありがとうございます。
お陰で最初の目標人数である五十人に達することができました。
次は登録人数、百人を目指し、底辺から脱け出せられるように努力していきます。
今回の話で、第二十四章は終わりです。
明日は、第二十四章の内容を纏めたあらすじを投稿する予定です。




