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第三章 第四話 カムラン平原の戦い決着

 今回のワード解説


 別に読む必要がない人は、飛ばして本文のほうを呼んでください。


プラセボ効果……実際には効果がないものであっても信じることで何かしらの改善が得られる心理効果


塵旋風……つむじ風のこと。


ⅮT……童貞のこと。


鼻腔……鼻のあなの中。鼻孔から咽頭(いんとう)までの、空気の通路。内面は粘膜で覆われ、嗅覚器がある。吸気を暖め、またちりなどを防ぐ。


脳内神経伝達物質……神経伝達物質とは、脳内で神経細胞から次の神経細胞へと情報を伝達するための物質です。これは別名「脳内物質」と呼ばれることもあり、すでに数100種類が見つかっています。それらの脳内物質の中でも特に“精神活動”の面で重要視されているのはドーパミン・ノルアドレナリン・セロトニンの3つ。


脳回路……脳の中のネットワークのようなもの。脳の機能は神経細胞のネットワーク(神経回路)により担われており、神経回路は胎生期に遺伝的プログラムにより大まかに形成されたのち、主に出生後に使われながら再編され、成熟した回路になっていく。赤ちゃんの驚異的な成長スピードはこの回路再編機構のなせるわざであり、また回路再編が適切に進まないことが自閉症などの発達障害の一因となることも示唆されている。


「物凄いスピードで魔物を倒している。あの人本当に人間なの?」


「カレン、気を緩めるな。安心していいのは、この勝負に決着がついたときだけだ!」


 カレンを叱責し、俺は油断しないように忠告をする。


 確かにライリーが新たな力に目覚めてくれたお陰で少しは戦況がよくなった。


  だけど、この戦いは最初から問題が山積みなのだ。


 寧ろ、ここまで耐えているのは奇跡のようなもの。


「フハハハハ、いいぞ。いいぞ。それでこそあの人が見込んだ男とその仲間だ。あの絶望的な状況からここまでよく耐えた。褒めようではないか。だが、レッサーデーモンを攻略したところでこちらにはまだワイバーンがいる」


 上空からランスロットの声が聞こえる。


 そう、いくらカレンと協力してレッサーデーモンを倒しても、まだ控えにはワイバーンがいるのだ。


  戦力から考えても勝ち目のない戦いだ。


 それでも最後まで諦める訳にはいかない。


「カレン、精神力を回復させる霊薬を」


「分かったわ」


 カレンにお願いし、アイテムボックスから霊薬を取ってもらう。


 だが、彼女は焦ったようで、霊薬以外にも先ほど採取したばかりの幻惑草を落としてしまっていた。


 こんなときに何をやっているんだよ。


 そう思っていたが、それを見た瞬間に俺の脳裏に光を感じる策が思い浮かんだ。


 もし、これが上手くいけばこの状況を逆転させ、勝利を掴み取ることができる。


 もちろん失敗する可能性だって十分考えられるが、それでも大半の魔物を倒すことになるだろう。


 どちらに転ぼうとも、こちら側が有利になる展開しか見えない。


 カレンから精神力を回復させる霊薬の入った瓶を受け取り、蓋を開けて中の液体を一気に飲み干す。


 飲み終えた直後、元気が漲ってきた。


 この霊薬にはカフェインや糖分が配合されており、それらは即効性をもっている。


 カフェインには中枢神経を興奮させる効果や、覚醒作用によって眠気を覚まして集中させる効果がある。


 そして糖分に含まれるブドウ糖は、脳を動かすのに必要不可欠な成分だ。


 血糖値が下がって脳へブドウ糖が供給されなくなると、体の機能が低下して集中力や記憶力が低下してしまう。


 だが、この状態のときに脳の唯一のエネルギー源である糖分を摂取すれば、脳が活性化して集中力や記憶力を高めることができる。


 しかし、いくらこの二つの成分に即効性があっても、そんなにすぐに効果が出る訳ではない。


 瞬時に効果を発揮させたものの正体は、プラセボ効果と呼ばれる現象だ。


 プラセボ効果とは、薬だと思い込むことによって何らかの効果や改善が期待できることをいう。


 精神力を回復させる霊薬というネーミングに加え、製造する際には知られざる生命の精霊の力を使い、誘発的にプラセボ効果を高めるようになっている。


「よし、これであともう少しは現象を生み出せられる。カレン、幻惑草をあるだけ渡してくれ。それと俺の言うタイミングでしばらくは息を止めろ」


「何か思いついたのね。分かったわ」


 地面に落ちている幻惑草を拾い、カレンからも受け取ると空中に放り投げる。


(まじな)いを用いて我が契約せしウンディーネに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ウォーターカッター」


 空気中の水分が集まり、知覚できる量にまで拡大すると今度は水の塊が加圧により、直径一ミリほどの厚さに形状を変え、幻惑草に向けて発射する。


 水圧により、粉末状になるまで幻惑草に当てると、俺は次の行動に出る。


(まじな)いを用いて我が契約せしケツァルコアトルに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ダストデビル」


 温められた地表から上昇気流が生まれ、それに向かって強風が吹いて交わり、渦巻き状に回転が強まった塵旋風が発生する。


 渦巻き状の風は粉状になった幻惑草を飲み込むと、上空から周囲へと撒き散らす。


「カレン、ライリー! しばらくの間息を止めろ!」


 二人に警告したあと、俺もすぐに口を閉じ、ことの顛末を見守る。


 しばらくすると魔物たちの行動に異変が起きた。


 何を血迷ったのか、仲間同士で争いだしたのだ。


 ホバーリング飛行を行っていたワイバーンにも届いたようで、翼竜たちはその場でジッとすることなく旋回を始める。


「お前たち! 一体何をしている!」


 空中からランスロットの驚きと戸惑いの声が聞こえるが、言動に可笑しな部分がなく、正常な反応を示している。


 流石はジェネラル級の魔物、いくら幻惑草のもつ毒素が体内に入っても効果が薄いようだ。


「よし、上手くいった。敵は仲間同士で争い合っている」


 毒性のある粉末状の幻惑草を鼻腔から吸引し、鼻の粘膜から吸収して血液に混じると、摂取した成分が脳に送り込まれることになる。


すると脳は、負荷によって脳内神経伝達物質の過剰分泌で生じた脳回路の異常が発生。


 脳回路上を制御、抑制されない情報が駆け巡るという暴走状態に陥った脳は、情報のつながりが統合できなくなって混乱してしまうのだ。


 フィルターのかからないあらゆる刺激情報が直接脳に入力されることになるから、過去の記憶などが無秩序に呼び起こされることになる。


 その結果、自分とは違う何者かが脳に入り込んだような感覚に陥り、恐怖や多幸感に基づく幻覚を脳自身が作り出した。


 その結果、魔物たちは同士討ちを始めた。


 あとはお互いが傷つけ合い、自滅するのを待つのみ。


 幻覚を見ながらも襲ってくる敵は当然いるが、それでも少数だ。


 体力、精神力が減少している今の状態でも対処はできる。


 降りかかる火の粉だけを振り払い、この場が収まるのを待つ。


 体感で十分ぐらいは経っただろうか。


 あれだけいた魔物が死体となって地面に倒れ、この場の地面に立っている魔物は一体もいない。


「あれだけの魔物が全滅するなんてデーヴィッド、あんた一体どんな魔法を使ったんだい?」


 予想のできなかった展開に驚き、呆然としていたのかもしれない。


 遅れてライリーがこちらに合流してきた。


 俺はどうして敵が同士討ちを始めたのかを説明した。


「難しいことはよくわからないが、流石デーヴィッドと言ったところじゃないか」


「いや、運があっただけだ。偶然にも沢山の幻惑草を持っていたからこそできたことだ」


「でも、例え小さな力だったとしても、工夫次第では敵を全滅させる強大な力になるってことじゃない。やっぱりデーヴィッドの知識量には頭が下がるわね。お陰で命拾いをしたわ」


 カレンが笑みを向けてくる。


 このまま和やかなムードのまま終わってくれればよかったのだが、そのようなハッピーエンドにはけしてならない。


「まさか俺の部下を全滅させるとは思わなかったぞ」


 空中浮遊をしていたランスロットがゆっくりと舞い降りて来た。


 奴はワイバーンの背に乗ってはいたが、初めてあったときは空中に浮遊していた。


 飛行能力があるのであれば、翼竜から振り落とされても地面に落下することはない。


 再度ランスロットの登場により、この場が凍りつくような冷たさを感じる。


 俺は右手を後方に下げると、その動作に勘づいたカレンが、アイテムボックスから精神力を回復させる霊薬を取り出して渡してくれた。


 受け取ると瓶の蓋を開け、中の液体を飲み干す。


 これで精神力は回復した。


 だけどこの霊薬は一日に何度も服用するのは危険な飲み物でもある。


 この世にメリットとデメリットがあるように、あの液体には副作用が存在する。


 霊薬には、精神力を回復させるために必要成分を、常温で長く保存するために保存剤が添加されているのだ。


 しかし、保存剤は人間の体内に入ると腸内細菌に悪影響が出るので、身体の負担となる。


 最悪の場合、下痢の症状が出てしまう。


 その他にも吐き気やイライラなどの症状もでることもあるが、一番厄介なのがカフェインによる中毒だ。


 とある魔学者が研究のために、精神力を回復させる霊薬を何本も飲み、その後体調不良を訴えては、吐いて寝込むを繰り返したそうだ。


 その後魔学者は、カフェイン中毒により死亡したという実例もある。


 緊張で鼓動が高鳴る中、俺はいつ仕かけるのかを考えた。


 ランスロットは強敵だ。


 一瞬の隙でもこちらが作ってしまえば、帯刀している剣で斬り裂かれるのが目に見える。


 なら、隙を作らないように意識を集中して相手が油断するのを待つしかない。


「絶体絶命の窮地におりながら、最後まで諦めない姿勢。知識と工夫で乗り越える知力も、もち合わせている。それに大切なものを守るために、自身の身体を犠牲にするガッツも称賛に値する。何より、あれだけの力を行使しておきながら犠牲となった精霊はゼロ。合格だ!」


「はぁー?」


 予想のできなかった言葉に、俺は思わず気の抜けた言葉を洩らした。


「貴様を魔王様の住む居城に招待する。俺は反対したのだが、魔王様がどうしてもデーヴィッドと謁見したいと言ったのでな。貴様が魔王様にふさわしい相手なのか再度確認させてもらった」


 再びランスロットは空中に浮遊すると俺たちに背を向けた。


「魔王様は霊長山にいる。覚悟が決まったのなら訪れるがよい。だがあまり待たせないことだな」


 最後に捨て台詞を残すと、ランスロットは霊長山のある方角に飛んでいく。


 奴の背を視界にとらえながら、俺は握り拳を作ると震え出した。


「デーヴィッド怖いの?」


「仕方がないだろうよ。何せ相手はロード階級の魔物だよ。あれが正常な反応ってもんだ」


 そんな姿を見て、カレンとライリーが声をかける。


「霊薬一本むだにした! いったいいくらすると思っているんだよ、金返せ!」


 顔を上げ、俺は霊長山の方角を向いて大声を出す。


 大きな声を出してすっきりすると、振り向いて二人を見る。


「どうした? 二人して変な顔をして」


「どうしたって、それはこっちのセリフよ! 何が金返せよ。デーヴィッドが震えているのを見て心配して損したじゃない」


「ハハハ、流石はデーヴィッド。頼もしいじゃないか。その調子で魔王も倒そう」


 カレンは急に怒り出し、逆にライリーは高らかに笑う。


 二人に一体何が起きたんだ?


 これが女心と秋の空というものなのだろうか。


 そんなことを考えつつも、俺は二人の間を抜けて街へと歩いて行く。


「今日は疲れた。早く戻って宿で休もうぜ」


 二人に笑みを向け、気丈に振る舞う。


 疲れをみせないように早歩きで歩き、早く宿のベッドで横になることだけを考えた。


 本当はこんなのは空元気に過ぎない。


 実際は今にも恐怖に押し潰されそうな感じだ。


 あの震えは本物、二人に不安を与えないために咄嗟に思いついた嘘を演じていたにすぎない。


 魔王討伐はこの旅の最終目標。


 いずれは達成するつもりであった。


 しかし時期が早すぎる。


 今回の件で分かったことだ。


 今の俺では魔王を倒すことは難しい。


 何せあのランスロットを無傷のまま返してしまったのだ。


 他の魔物たちを相手にしていた事実はあるが、それでは言い訳にしかならない。


 あの魔物の大群を一人で相手をしつつ、ランスロットを倒すことができなければ、おそらく魔王と渡り合えることはできないだろう。


 それほどロード階級の魔物は桁違いなのだ。


 噂では、個体単体で大国を滅ぼすことができるほどの力をもっていると言われている。


 招待されたからには向かわなければならない。


 おそらく猶予は残されてはいないだろう。


 霊長山には向かわず、他の場所に寄り道をした場合、今回のように居場所を特定して襲ってくるかもしれないのだ。


 また、故郷のように罪のない人々が魔物に苦しめられる姿はみたくない。


 様々なことを考えていると、いつの間にか宿屋の前に来ていたことに俺は気づく。


 扉を開けるとそのまま借りた部屋に向かい、ベッドに横になって頭からかけ布団を被る。


 今の俺はきっと惨めな姿になっているだろう。


 こんな姿は誰にも見せたくはない。


 魔王との戦いのことを考えると弱気なことを考えてしまう。


 魔王城にはどんな魔物がいるのか。


 ランスロットのような強い階級もちの魔物がいるのか。


 それらを相手にした際、最終的に勝てる称賛を見出すことができるのか。


 だけどやるしかない。


 俺には選択肢がなく、敷かれたレールの上を進むしかないのだ。


 扉が開かれた音が聞こえた。


 きっと二人が帰ってきたのだろう。


 彼女たちには疲れて眠ってしまったと思わせるために、寝息を立てているかのように装う。


「デーヴィッド眠っているようね」


「そらそうだろう。あれだけの魔物を相手にしたうえに、精神力を回復させる霊薬を二本飲んだ。色々な意味で身体にガタがきているはずさ」


「ねぇ、ライリーはどう思う? デーヴィッドは魔王を倒せると思う?」


「どうだろうね。こればかりはそのときにならないと分からないが、デーヴィッドなら何とかしてくれるはずさ」


「あら、ずいぶんとデーヴィッドのことを信じているのね」


「当り前さ、あいつはどんな困難が訪れようと、最後は乗り越えてしまう。例えどんなに高い壁があってもね。あんただって同じ気持ちだろう」


「そうね。信じているわよ。それに彼一人にだけ背負わせたりはしないわ。今回のように三人で力を合わせればきっと何とかなる。とにかく今は前向きに考えるべきよ。気持ちで負けていたら、本当に勝機を失うような気がするわ」


 二人の会話が聞こえてくる。


 確かにカレンの言うとおりだ。


 未来がどうなっているのかは、そのときが訪れない限り誰にも分からない。


 なら、心配するだけ損だ。


 今俺ができることはどうやって最悪の状況を回避するのか。


 そうならないために必要なものはなんなのかを考えることだ。


「ありがとうカレン」


 二人に聞こえないように小声で呟き、俺は眠ることにする。


 疲れた身体ではいい考えが思い浮かばない。


 とにかく今は睡眠をとって、失った体力を取り戻さなければ。


 そう心に決めると両の瞼を閉じ眠りにつく。

 最後まで読んでいただきありがとうございます!


 誤字脱字や文章的に可笑しい部分などがありましたら是非教えてください。


 また明日投稿予定なので、楽しみに待っていただけたら幸いです。


最新作

『Sランク昇進をきっかけにパーティーから追放された俺は、実は無能を演じて陰でチームをサポートしていた。~弱体化したチームリーダーの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る~』が連載開始!


 この作品は、今回の反省を活かして執筆しております。


 なので、面白くなっていることが間違いなしです。


 興味を持たれたかたは、画面の一番下にある、作者マイページを押してもらうと、私の投稿作品が表示されておりますので、そこから読んでいただければと思っております。

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