第二十四章 第七話 獣人族の裏の歴史
今回のワード解説
杆状体……脊椎動物の目の網膜にある、棒状の突起をもつ視細胞。弱い光に鋭敏に反応する視紅 (しこう) を含み、光の明暗を感知する。
視細胞……光受容細胞の一種であり、動物が物を見るとき、光シグナルを神経情報へと変換する働きを担っている。脊椎動物の網膜においては、視細胞はもっとも外側にシート状に並んで層を形成している。
錐状体……網膜の視細胞の一。円錐状の突起をもつ細胞。昼行性の動物に特に多く、色彩を感じる物質を含む。
禁書庫へと繋がる階段の奥は、明かりを灯す燭台もなく、暗い闇が広がっていた。
「奥は暗いが、直ぐに目が慣れる。足下だけは気をつけておいてくれ」
そう説明すると、モードレッドは一段ずつ階段を降りて行く。
彼女のあとを追い、俺も足を踏み外さないように、ゆっくりと階段に足を置いて降りる。
最初は暗く、足元を確認するので精一杯だったが、次第に目の視細胞である錐状体が杆状体に切り替わり、薄暗くはあるが普通に歩くことができた。
階段を降りきると、目の前には大きな扉がある。
「この扉の中が禁書庫だ」
この奥の部屋が禁書庫だとモードレッドが説明すると、扉を開いて中に入った。
彼女に続いて俺も禁書庫に入室する。
禁書庫は書庫とは違い、二部屋分ぐらいの広さだ。
そして持ち出しを禁止するためか、どの本にも鎖がつけてあり、禁書庫から出せないようになっている。
地下の部屋ということで、誇りっぽさを感じてしまうかと思っていたが、部屋の中は綺麗に掃除がいきとどいているようで、清潔感があった。
「地下とは思えないぐらいに綺麗ね。ガリア国の王しか、この部屋の存在を知らないってことは、モードレッドのお父さんが掃除していたのかしら」
エミが右手人差し指を頬に当てながら首を傾げる。
「俺も詳しいことはわからないが、どうやら生活魔法というものが、結界のようにこの部屋に張り巡らされているらしい。そのお陰で綺麗なんだとよ」
どうして地下空間の部屋が綺麗なのか、モードレッドが説明する。
そもそも、部屋を汚くさせているほこりは、洋服の線維の欠片や、細かく砕けた砂の欠片が集まってできる。
肉眼では見えない欠片は、風が吹けば簡単に飛ぶほど軽く、常に空気中に蔓延しているが、星の引力に引きつけられて下に落ちる。
その結果、欠片どうしが集まり、肉眼でも見ることのできる埃となるのだ。
普段は封印されている地下空間の禁書庫内であれば、外の世界とは完全にシャットアウトされて埃が溜まらない。
しかし、人が出入りをすれば、身につけている衣服から繊維の欠片が外れ、靴についている砂粒も床に落ちる。
そういったものが禁書庫内に取り残されるのであるが、おそらくこの空間に張られてある生活魔法というのは、人の出入りを感知し、部屋を出るタイミングで禁書庫内の空気の密度を重くさせ、書庫の空気の密度を軽くさせる。
そうすることで気圧に差が生まれ、気圧の高いほうから低いほうへ空気が押し出されて動いたことにより、微風が発生。
金書庫内にある目に見えない欠片が空中に舞い上げられ、書庫のほうへと押し出されているのだろう。
「急にどうしたの?部屋の中に入るなり、難しい顔をして」
自分なりに金書庫に張られてある生活魔法の原理を考えていると、カレンが声をかけてきた。
無意識ではあったが、俺は腕を組んで顔を俯かせていた。
自分の世界に入り込んでいたことに気づき、俺は首を左右に振る。
「すまない。少し考え事をしていた」
「しっかりしてよ。デーヴィットのことだから、生活魔法と聞いて魔法のことを考えていたのでしょうけど、一度考えごとをすると周囲がみえなくなるのは悪い癖だから」
図星を指され、俺は苦笑いを浮かべる。
さすが俺の妹だ。
よく俺のことを見ている。
「この本だ」
モードレッドが鎖につながれたままの一冊の本を持ってくる。
彼女はテーブルの上に本を置くが、薄暗くてよく文字が見えない。
「やっぱり明かりは必要だな。呪いを用いて我が契約せしジャック・オー・ランタンに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ファイヤーボール」
空中に直径三十センチほどの火球を生み出すと、それを天井に移動させて周囲を明るくさせる。
完全に周囲が明るくなったわけではないが、これで全員が本を見ることができるようになった。
モードレッドが本を開き、ページを捲っていく。
彼女が持ってきた本は、かなり昔の物だ。
現代の文字では書かれてはいない。
しかし、文字は古いが新品のように本は綺麗だった。
紙は変色しておらず、ボロボロになってはいない。
これも生活魔法の影響によるものなのだろうか。
「ここだ。ここに書かれてある内容だ」
ガントレットに覆われている指で、モードレッドは文章の一部を指す。
「ここだって言われても読めないわよ。どこの国の文字なの?」
カレンが本に書かれてある文字を見て、読めないことを告げる。
彼女が通っていたラプラス学園では、古文の授業はない。
なので、昔の文字が読めない。
俺の場合は魔学者だった頃に、魔法の研究をはかどらせるために、個人で学んでいたので一応読むことができる。
「俺が読むよ。えーと、なになに…………!」
声に出して読む前に、一度文章に目を通してみる。
俺は書かれてある内容に驚き、思わず声を上げそうになった。
この本には、野営地でタマモたちに話した獣人族たちの歴史について書かれてあった。
しかし、俺の知る歴史よりも詳しく書かれてあり、驚愕する。
「ねぇ、読めるのなら早く教えなさいよ。何て書いてあるのよ」
声に出して読むのを躊躇っていると、エミが早く読んで聞かせるように促す。
彼女にせかされ、俺は一度深呼吸をすると、本文を読む。
「この本は、ガリア国の何代も前の王が書き残した手記だ。ここにはこう書かれてある。八月三日。今日、ブラド伯爵が興味深い話を持ちかけた。奴隷と獣を交配させるとどんな生き物が誕生するのかというものだった。私は非常に興味を注がれている。もちろん彼に強力をしようと思う。法律の一部を改訂し、奴隷を持つ貴族には、奴隷と獣を交配させる権利と、情報の提供を求めることにする」
一文を読み終えると、話しの内容を理解することができないアリスと、一度読んで内容を知っているモードレッド以外は顔が青ざめていた。
「八月四日、本日私の一存で法律を改訂させた。数日の内に、セプテム大陸内の貴族にこのことが伝わり、多くの奴隷を使った人体実験が行われるだろう。非情に楽しみだ。早く研究結果が知りたい」
俺は本に書かれてある内容を、嘘偽りなく読み上げる。
日にちが過ぎていく度に、読んでいて気分が悪くなり、本を叩きつけたい衝動に駆られる。
手記を読んでいると、話しは翌年に変わった。
「七月二十三日、獣の子を孕んだ奴隷が出産を行ったという報告を受けた。生まれた子は、身体は獣、顔が人間というおぞましい姿だったという。これからもっと多くの出産報告がくるだろう。非情に楽しみだ」
ページを捲り、別の日にちを読み上げる。
「八月十三日、どうやらベビーラッシュが起きたようだ。一気に三十件の報告があった。どれも中途半端で生まれてきたらしい。所詮は奴隷と獣の子、こんなものなのだろう。つまらない結果になったが、いい暇つぶしにはなった」
そこまで読み上げると、俺は本をテーブルの上に置く。
「すまないが、これ以上は読みたくない」
さんざん頭のイカレタ王の手記を読み上げ、俺の精神は擦り減っていた。
「もう十分です。それ以上はワタクシも聞きたくはありません」
手記を読み続けるのを諦めると、タマモは弱々しい声で続きを聞きたくないと言う。
彼女は獣人族に憧れている。
その祖先が実際にどのように誕生したのかを聞かされ、ショックを受けたのだろう。
ガリア国の何代も前の王が、興味本意で獣人族を誕生させた。
そして途中までしか読んでいないが、結果だけを知って、いい暇つぶしだと書き残しているのだ。
命を弄ばれたように感じてしまい、ショックは大きいだろう。
「過去のできごととは言え、本当にムカつくねぇ。当時に戻れるのなら、あたいが一発ぶん殴ってやりたい」
ライリーが丸めた右手を、開いている左手にぶつける。
「そのあとの続きを簡潔に語るのであれば、人体実験に飽きた王が法律を再び改訂させ、これ以上半端な生き物を作らないように言った。そして、醜い生き物を抹殺するように命令を出した。そこでこの手記は終わっている」
手記に書かれてあるその後の内容を、モードレッドが簡単に説明すると、彼女は本を閉じて本棚に戻す。
そして別の本を取り出し、テーブルの上に置く。
「こいつにはイカレタ王の息子が残した手記だ。こっちには、父親の暴君ぶりに嫌気がさし、獣人族を人が住んでいないオケアノス大陸まで導いたと書いてある。中途半端な姿で誕生した獣人族の祖先は、互いに交配して子孫を残し、少しずつ姿を変えていったと書かれてある。何代も世代を重ねることによって、今の姿になったのだろうな」
暴君の息子が書いたとされる手記の内容を簡単に説明すると、モードレッドは再び手記を棚に戻す。
「これはあくまでも俺の推測にしかすぎないのだが、メフィストフェレスを使い、国を壊滅させようとしたことや、親父を殺してあの女が『目的は果たした』といった言葉から考えても、獣人族との何かしらの関わりがあると思うんだ」
彼女が推測を語るも、俺は可能性の一つとしては十分考えられると思った。
「ありがとう。とても参考になった」
「俺とお前の仲だからな。これぐらいはお安いごようだ」
一瞬だけモードレッドが笑みを浮かべると、彼女はすぐに真剣な表情に戻し、青い瞳の目で俺を見る。
「俺はこの国の復興に尽力しなければならない。親父の仇を討ってくれ」
「分かっている。魔王とはいえ、人々の命を奪った彼女を許しはしない。必ず倒して、アルテラ王の無念を晴らさせてやる」
アルテラ王の仇を討つことを告げると、俺は三日間もの間眠っていたことを思い出す。
そういえば、俺はあの戦いの後に魔法の副作用で深い眠りに陥った。
そのせいで、彼女の父親の葬式に出られなかった。
「なぁ、アルテラ王の墓に案内してもらっていいか。俺は三日も眠っていたから、別れの挨拶ができていなかった」
「そうか。それは親父も喜ぶだろう。着いて来てくれ、案内する」
彼女に案内してもらい、俺たちは禁書庫から出る。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。




