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第二十四章 第五話 暴走馬車

今回のワード解説


御者……馬などの使役動物を動力とする馬車やキャリッジなどを乗り物の専用座席から操作する作業者(運転手)である。


体幹……脊椎動物のからだを大きく区分すると体幹と体肢とになるが,体幹とはからだの中軸部で,これをさらに頭部,頸部,胸部,腹部,尾部に分ける。体肢は体幹から出る2対の枝で,前肢(ヒトでは上肢)と後肢(ヒトでは下肢)とからなる。

 作戦に使うレイラ用のケモ耳カチューシャを、ガリア国の城下町で買うことになり、俺は彼女に腕を引っ張られながら馬車が止まっている場所に向かう。


 俺たちの後ろを、カレンたち女性陣がついて来る。


「どうして、皆までついてくるのだ。これは余とデーヴィットのデートであるぞ」


 デート気分に浸っていた様子のレイラは、カレンたちに気づくと、どうしてついてくるのかを尋ねる。


「作戦に使うケモ耳カチューシャが必要なのは、レイラだけではないわよ。私たちもデーヴィットに選んでもらうわ」


「少しは空気を読むべきだと余は思うのだが」


 ついて来る理由をカレンが言うと、俺の隣を歩いているレイラが頬を膨らませる。


「これだけは譲れぬ」


 馬車の前に辿り着くと、レイラは俺の腕を離し、助手席に乗り込む。


「しまった。そういえば馬車にはまだ敷物がなかったんだったわ」


 助手席を取られたカレンは、自身の額に右手を置いてがっかりした表情をする。


「レイラ、本当に助手席の役目を果たせるの?ただ乗り心地がいい場所を選んだわけじゃないわよね」


「あ、当たり前……であろう。余が……そ、そんな考えなし……なわけがないではないか」


 カレンに問われたレイラは、言葉を噛みながらも否定する。


 しかし、彼女の額からは冷や汗と思われる液体が流れ、目は泳いでいた。


「そう。ならいいわ。助手席は譲ってあげる」


「思っていたのよりも引き際がよいではないか。聞き分けがよすぎて、少し不気味な感じはするが」


「不気味は余計よ。私はただ、本当に助手をする気があるのかをチェックするだけだから」


 ニコッと笑顔を向けると、カレンは馬車の後ろに向かう。


 そのまま荷台のほうに乗り込むのかと思ったが、義妹はそのまま回り込んで御者席に座った。


「カレン、これはどういうつもりだ」


 突然御者席に座ったカレンを見て、レイラが問い質す。


「見てわかるでしょう。今回は私が馬車を操作するわ。デーヴィットが私に教えてくれたみたいに、みっちり叩き込んであげるから」


「それでは余の計画が台無しではないか。デーヴィットも何か言ってやってくれ。馬車の操作をしたことがない者の運転など、安心して乗ることができないぞ」


 確かにレイラの言うことにも一理ある。


 カレンは俺の隣で基本操作を学んだだけで、実践したことがない。


 本当なら、俺が助手席に座ってしっかりとチェックをするべきだろう。


 だけど、この機会に荷台に乗ってみるのも有りだ。


 実際に座ってみることで、床の硬さや座り心地の悪さを体験し、改善点を見つけるためにはもってこいのタイミングだ。


 改善すべきところが分かれば、ただ敷物を敷くだけではなく、他に必要なものが見えてくるはず。


「今回はカレンに御者を任せる。できる範囲で構わないから、一度チャレンジしてみてくれ。どうしようもいかなくなったときには、俺が変わるから」


「大丈夫よ。今回はデーヴィットの出番はないから」


 義妹に運転を任せることにすると、俺は踵を返して荷台のほうに向かう。


「デーヴィット、どうして余の願いを聞いてくれぬ。これでは余の、ラブラブ馬車ライフ計画が実行できぬではないか」


 後方からレイラの嘆く声が聞こえるが、俺は彼女の声を無視してそのまま馬車に乗り込む。


 カレンの運転する様子を窺うために、御者席側に取りつけてある窓の近くに移動して、胡坐をかいて座る。


 俺に続き、エミ、ライリー、アリス、タマモが乗り込む。


「お尻が痛くなるので、わたしはデーヴィットお兄ちゃんの上に座るのです」


 アリスが俺に尋ねもしないで、胡坐の上に座る。


 彼女が座ったことで、窓からカレンの様子を見ることができなくなった。


 だけど、このまま引き剥がすのが可哀そうに思えた俺は、アリスに退いてもらえるようにお願いすることなく、我慢する道を選んだ。


「全員座った?出発してもいいかしら?」


 窓が開かれ、御者席に座ったカレンが声をかけてくる。


「いいぞ、ゆっくりでいいから馬を歩かせてくれ」


 荷台を見渡し、全員が座っているのを確認した俺は、出発していいことを告げる。


 ゆっくりと馬が動き出したようで、俺の身体に振動が伝わってくる。


 これぐらいなら平気だが、まだ全然スピードが出ていない。


「ゆっくりではないか。そんなスピードでは日が暮れてしまうぞ」


「分かっているわよ。それよりもちゃんと私の操作を見ているの?」


 カレンが窓を閉じ忘れたようで、二人の声が聞こえてくる。


 大丈夫だろうか。


 最近はマシになってきてはいるが、彼女たちは犬猿の仲だ。


 上手いこと仲良くしてくれればいいのだが。


 一抹の不安を抱えるも、俺は事の顛末を見守る。


「こうやって、こうよ」


「手を動かすだけでは分からぬ。もっとわかりやすく具体的に言ってはくれぬか」


「だから何度も言っているじゃない!あんた真面目に話を聞く気があるの?」


「あるに決まっておろう。相手がカレンだから乗り気ではないだけだ」


「似たようなものじゃない!」


 しばらく様子を窺っていると、二人は言い合いを始める。


 嫌な予感が的中した。


 どうにか静めないと大変なことになりそうだ。


「カレン!」


「だから、こうやるのよ!」


「ヒヒーン」


 義妹に声をかけた瞬間、彼女が声を荒げる。


 すると、馬車を引っ張る馬までもが鳴きだし、急にスピードが上がった。


 おそらく、カレンが感情を抑えることができずに、手綱を強く上下に動かしてしまったのだろう。


 紐から伝わる振動をキャッチした馬が、速度を上げるようにという、御者からの指示だと勘違いをしたのだろう。


 そのせいで急速にスピードが上がった。


「あたたたた」


 何度も強い振動が尻に伝わり、俺の尻が強く打ちつけられる。


 これはヤバイ。


 確かに早く敷物を買わなければ、尻に痣ができそうだ。


「カレン!早く馬を止めろ!」


「わ、分かっているわよ。そ、速度を落とすにはどうするんだったけ?」


 突然のトラブルで彼女は頭が混乱しているようだ。


 戸惑っているようで、一向に速度を下げる素振りが見られない。


 このままではまずい。


 早く何とかしなければ、最悪全員が馬車から投げ飛ばされることになる。


「アリス、俺が馬車を止めるから、ライリーの傍にいてくれ」


「わかったのです」


 俺の上に座っていたアリスが退いてライリーのところに向かうと、俺は立ち上がる。


 強い揺れだ。


 まるで強い地震が起きている地盤の上にいるようだ。


 立っていることができずに、俺は這いつくばって馬車の出入口に向かう。


 身体に力を入れて立ち上がり、馬車の外に落とされないように体幹を意識する。


 上手くバランスを取って転倒しないようにすると、俺は馬車の屋根に捕まり、腕に力を入れる。


 懸垂(けんすい)の要領で身体を持ち上げ、足を屋根の上にかけると、そのまま身を乗り出して屋根に乗る。


 馬車とはまた違う状況に俺は身を置く。


 身体に伝わる振動のほかにも、俺の周辺の空気の密度が軽く、進行方向の空気の密度が重いせいで気圧に差が生まれている。


 それにより、気圧の高いほうから低いほうへ空気が押し出されて動いたことにより、こちらに向けて風が吹き出しているのだ。


 振動と風、この二つが俺の進行の妨げとなっている。


 だけどここで歩みを止める訳にはいかない。


 視線に先に大きな岩があるのが見えた。


 このままでは馬が岩に激突し、馬車は大破してしまう。


 俺は自身を奮い立たせ、馬車から振り落とされないように一歩ずつ着実に足を踏み出す。


 馬車の先端部分に辿り着くと、馬に飛び乗る。


 岩はもう近い。


 早く停止しなければ。


「間に合え!」


 手綱を握り、俺は思いっきり引っ張った。


「ヒヒーン」


 手綱が引っ張られたことで、二頭の馬は足に急ブレーキをかける。


 砂埃が舞い上がり、砂塵を吸ってしまった俺は呼吸が苦しくなって(むせ)てしまう。


「ゲホゲホ」


 舞い上がった砂が収まると、咳き込みながら俺は進行方向に顔を向ける。


 視界に入る光景に鳥肌が立った。


 目の前には大きな岩があり、あと一秒でも手綱を引っ張るのが遅ければ、衝突していただろう。


 心臓が激しく動いているのが分かった。


「皆大丈夫か!」


 首を振り向かせ、俺は後方を見る。


「あいたたた。なんとか助かったようね」


「やっぱりカレンではむりがあったではないか。デーヴィットがいなければ、今ごろ岩にぶつかっていたぞ」


「あんたが真面目に説明を聞かないからでしょう」


 御者席と助手席に座っていた二人を見ると、言い合いを始める。


 あれだけのトラブルを起こしておきながら、互いを罵る元気があるとは驚きだ。


「どうやら止まったようですね」


「カレンたちのほうは無事かい?」


「うう、気分が悪いのです」


 馬車の荷台からタマモたちが降りてきた。


「カレンとレイラは無事だ。タマモたちのほうは?」


「ワタクシたちのほうも大きなケガはありません。敢えて言うのであれば、お尻を強く打ったぐらいです」


 大きなケガがないことに、俺は安堵する。


 進行方向に顔を向けると、検問所近くまで来ていたことに気づいた。


 思ったのよりも早い到着だ。


 それだけかなりのスピードが出ていたということになる。


 検問所を抜けても、ガリア国の城下町まではもう少し時間がかかる。


 俺は念のために馬車の点検を始めた。


 簡単な点検を行うと、特に車輪の歪みもなかったので、普通に引っ張れそうな感じだ。


 念のために専門の人に見てもらう必要があるが、今のところは問題ないだろう。


 二頭の馬を見ると、興奮しているようで、周囲を警戒している様子だ。


 こうなってしまうと、落ち着くのを待つしかない。


 俺は蹴飛ばされないように馬の側面に立ち、背中を撫でて落ち着かせる。


 しばらく時間を要したが、どうにか馬を落ち着かせることに成功した俺は、カレンたちのほうを見た。


「大分落ち着いたみたいだから、そろそろ出発できそうだ。今度は俺が運転するよ」


「ごめんデーヴィット」


 皆を危険な目に遭わせてしまい、カレンは落ち込んでいるようだ。


 顔を俯かせ、声に元気が感じられない。


 俺は義妹の前に行くと、彼女の金髪に手を置き、優しく撫でる。


「誰だって失敗はするさ。次に同じことを繰り返さないように気をつけてくれれば、問題ない」


「うん、ありがとう。私、次はちゃんと運転できるように頑張るわ」


 カレンがお礼をいうと、そこにレイラがやってきた。


 彼女はバツが悪そうな顔をしながら、右手で頬を掻いている。


「そのう……なんだ。余も悪かった。せっかくデーヴィットの隣に座れると思ったのに、いきなりカレンが御者席に乗ったから、つい不貞腐れてしまった。こうなってしまった原因は余にある」


「うーうん。レイラのせいじゃないわよ。私に心のゆとりがなかったのがいけないわ」


 この原因を作ったのは自分に非があると主張し、彼女は首を横に振る。


「いや、余が悪い」


「私が悪いの」


 互いが自分のほうが悪いと言い、相手は悪くないと言い張る。


 このままではどちらかが認めない限り、自分を責め続けるだろう。


 どうにかして収拾する方法を考えていると、エミまでもがこちらにやってくる。


「ねぇ、だったらここは間を取ってデーヴィットが悪いってことにしない?」


「なるほど、それは名案……って、何でそうなる!」


 俺は左手を水平にして右手を握ると、ポンと手を叩く。


 そしてすかさずノリツッコミをした。


「確かに、一番の原因はデーヴィットにあるわね」


「うむ。それに関しては余も異論はない。いいことを言うではないか、エミよ」


「でしょう。あたしたちの中で何かが起きれば、全部デーヴィットのせいにすれば、まるく収まるわ」


「どうして、今ので二人は納得するんだよ。どう考えても可笑しいだろう!」


「さぁ、二人が仲直りしたから、あたしたちは馬車の中に戻りましょう」


 エミが踵を返すと、離れた場所にいたタマモたちに声をかける。


 すると、レイラを除いて女性たちは荷台の中に入っていった。


 俺は納得がいかない中、御者席のほうに座る。


 そして隣にレイラが座ったのを確認したのちに、ゆっくりと馬を歩かせた。


 今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。


 誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。


 明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。

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