第三章 第三話ライリーの劣等感
今回の話は主人公ではなく、ライリーがメインになっています。
そのため、一人称から三人称に変わっていますので、もしかしたら違和感があるかもしれません。
今回のワード解説。
読む必要がないと思った方は飛ばして本文のほうを読んでください。
自律神経……内蔵や血管などの意識とは無関係に働いている、器官を制御している神経を指す。自律神経には交感神経と副交感神経がある
交感神経……交感作用を媒介する神経という意味で、副交感神経とともに自律神経系を構成し,脊髄から出ておもに平滑筋や腺細胞を支配する遠心性神経のこと。
副交感神経……交感神経とともに自律神経系を構成する末梢神経で、脳から出るものと脊髄の仙髄から出るものとがある。
ノルアドレナリン……激しい感情や強い肉体作業などで人体がストレスを感じたときに、交感神経の情報伝達物質として放出されたり、副賢髄質からホルモンとして放出される物質のこと。
丹田……内丹術で気を集めて煉ることにより霊薬の内丹を作り出すための体内の部位。おへその約三センチ下にある。
横隔膜……胸腔と腹腔との境をつくる膜状筋で,腰椎部,肋骨部,胸骨部の3部から成る。それぞれの部から出る筋束は,全体として円蓋のように胸腔に向って盛上がっており,その中央部は腱膜から成る。
「ハァーア」
襲いかかるゴブリンの一撃を躱し、ライリーはその隙に反撃に出ると剣を振り下ろす。
彼女の一太刀はゴブリンの肉体を斬り裂き、鮮血を噴き出させた。
「たく、いくら倒してもきりがないじゃないか」
額から流れ出る汗を拭い、周囲を見る。
途中から倒した数を数えるのを止めていたが、それでもかなり倒した。
だが、それでもまだまだ敵が減ったように感じられない。
「最初は次々に倒していく無双感覚で楽しかったが、いいかげんに疲れてきたよ。そろそろデーヴィッドが終わらせてくれないものかね」
魔物との戦闘にうんざりしてきたころ、再び魔物が接近してくる。
今度はオーガだ。
「こいつを喰らいな」
ライリーは跳躍して剣を上段に構え、勢いよく振り下ろす。
だが、その一撃はオーガの太い腕に斬り口を作る程度に終わってしまう。
「ちっ、効果切れかい。それじゃあもう一度いくか。呪いを用いて我が契約せし知られざる生命の精霊に命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。エンハンスドボディー」
精霊の力で肉体を強化させ、再び攻撃に転じる。
今度は姿勢を低くした状態で敵の懐に入り、鋭い一撃を放つ。
オーガの腹部から勢いよく鮮血が噴き出し、仰向けの状態で地面に倒れた。
「いやー来ないで!」
カレンの叫び声が聞こえ、ライリーは彼女の声がしたほうに顔を向ける。
三体のゴブリンに追いかけられながら、カレンがこっちに来ていた。
「何をやっているんだい。そんな敵、魔法で倒せれるだろう」
あきれ声を出しつつ、ライリーは彼女に言葉をかける。
「今の私は魔法が使えないのよ。お願いだから何とかして!」
「まったく、世話が焼けるねぇ。そのままこっちに引きつけな。あたいがミンチにしてやるよ」
カレンが横を通り過ぎると、ライリーは踊るようなステップで剣を横に振り、三体のゴブリンに斬りつける。
ミンチとまではいかなかったが、やつ等の腕や足、顔や腹などを切断すると肉塊は地面に転がる。
「これでよし。それで魔法が使えないとはどういうことだい?あたいに教えてくれよ」
ライリーが質問をするとカレンは手短に状況を説明してくれた。
「なるほど、弱体化の音波かい。それは厄介だ。あたいもそれを受けたら肉体強化ができなくなる。そうなればこの数を捌くのはむりになるねぇ」
「永続ではないと思うから、私の精神が安定したら戦闘に復帰するわ。だからそれまで頑張って」
「仕方がない。カレンはあたいの後ろにいな。その代わり何かあったときはサポートを頼むよ」
「分かったわ」
剣を構え、ライリーはこの状況が少しでも好転しそうな展開を考える。
自身が契約しているのは知られざる生命の精霊、その力は肉体といった生命に関する現象を生み出す。
つまり肉体強化や自然回復の促進など、細胞や脳に直接語りかけることで身体に変化を生じさせる。
だけど性格のせいか、回復系などの繊細なことには向いておらず、治癒系の現象を生み出すことができない。
けれど、もしそれらが可能になれば、自分は更に成長することができるだろう。
やってみる価値はある。
実戦する前から諦めてしまっては、その場から踏みとどまったままだ。
やる気は起きた。
だが、やる気だけではどうしようもない。
自分の頭の中で描いていることが現実に起きれば、この状況を覆すはず。
しかし肝心の方法が思いつかない。
契約している精霊にどのように指示を出せばいい?
考える中、次々とゴブリンやオーガが襲いかかり、その度に斬り倒す。
今使っている剣もそろそろ限界に近いかもしれない。
何せ今まで何十体という敵を葬ってきたのだ。
刀身は魔物の血液や油を吸い、切れ味が悪くなってきている。
剣士であろうと武器がなければただの人間。
そうなる前に次の得物の確保が必要だ。
最悪の場合、沈黙しているスカルナイトの使用していた剣を拝借することになるだろう。
そんなことになる前に、頭の中で思い浮かぶ現象を、知られざる生命の精霊に伝える方法を早く考えなければ。
「クソッこうなるんだったら子どものころから少しは勉強しとけばよかった」
子どものころは勉強なんて楽しくない。
どうして強制的に学ばされなければならない。
なんて思っていた。
だけど大人になって知識がどれだけ必要で、とても大切なことなのかを思い知らされる。
「デーヴィッドなら、こんなことでもすぐに解決する方法を思いつくのだろうねぇ。何せ、知識の本はあいつ自身の能力により生まれたものなのだから」
小声でポツリと洩らしながら、カレンに近づけさせないように接近してくる敵を斬り倒す。
そんな中、自身の呼吸と腕を振り下ろすタイミングがずれてしまい、思うように力を入れることができなかった。
そのせいで斬り口は浅く、わずかにダメージを与えるだけに留まってしまう。
「しまった!」
思わず声を上げる。
その一瞬が隙を生んでしまった。
チャンスとばかりにオーガの太く逞しい腕が、ライリーの顔面に向け放たれる。
「なんてな。あたいがオーガ相手に後れを取るわけがないだろう」
切断し損ねた敵の腕から刃を抜くと、彼女は素早く身を屈める。
攻撃を躱した瞬間、ライリーは剣のブレードをオーガの脛に叩きつけた。
弁慶の泣き所という言葉があるが、オーガにも有効のようだ。
敵は座りだし、ブレードが当った部分を手で押さえている。
彼女は今のうち後方に跳躍して態勢を立て直す。
「呼吸が乱れていることに気がつかないぐらいに考え過ぎていたようだね。だけど同じ過ちは繰り返さないよ」
前方を注意しつつ、一度呼吸を整えるために深呼吸を行う。
お腹から五センチ下にある丹田に力を入れ、そこを意識しながらゆっくり長い呼吸をする。
すると、少しだけリラックスすることができた。
思ったよりも落ち着かせることができる。
これならいけるのではないか。
「カレン、一度深呼吸をしてみろ。もしかしたら敵の術が解けるかもしれない」
「分かったわ。やってみる」
ライリーの指示にしたがい、カレンは大きく息を吸い、そして時間をかけて吐き出す。
「ダメ、少しは効果があるのかも知れないけど。まだ不安を感じてしまうわ」
どうやら失敗してしまったようだ。
通常の症状ならこれで落ち着くのだが、やはり魔物の攻撃による精神汚染は、普通のやり方では意味がないようだ。
「やっぱり意図的な現象には、同じ方法でしか解消することができないようだねぇ。深呼吸をするとき、体内に何が起きているのかが分かれば、カレンを元の状態に戻すことができるっていうのに」
「体内に何が起きているのかが分かればいいのね。私に任せて」
「もしかして知っているのかい?」
ライリーの質問にカレンは首を横に振る。
「分からない。だけど、デーヴィッドに聞けば分かることじゃない。今からあいつのところに向かうわ」
「それではまた魔物に追われてデーヴィッドの邪魔をすることになるじゃないか。仕方がない。あたいの傍を離れるんじゃないよ。今からデーヴィッドのもとに向かう」
額を殴ったオーガを倒しつつ、デーヴィッドに駆け寄る。
どうやら彼は後退してきているようで、お互いが合流するには時間がかからなかった。
「デーヴィッド聞きたいことがあるがちょっといいかい?」
「ライリー! まさかライリーの居るところまで戻って来てしまったのか」
「いや、あたいのほうから近づいたのもある。ところでどうして深呼吸をするとリラックスができるんだい」
「今はそんなことを答えている場合じゃないだろう」
「お願い教えてデーヴィッド、それが分かればライリーがこの状況を変えられるかもしれないって言っているの」
カレンの言葉にデーヴィッドは一瞬驚いたような表情を見せる。
それもそうだろう。
何せ自分は、これまで勉学に励むようなことはしてこなかった。
何かしら策があると言われれば驚くのもむりはない。
「分かった。教えよう。カレンが精神不安定に陥ったのは、意図的に体内からノルアドレナリンを分泌させられたからだ。そのせいで交感神経が興奮し、優位に立つことで自律神経が乱れた。ならばその乱れを正し、元の状態へと戻せばいい。それには副交感神経を優位にする必要がある。」
デーヴィッドが最初にどのようなことが体内に起きているのかを説明し、続いてその解決方法を伝える。
「交感神経が集中している腹部の横隔膜を大きく動かすことで、副交感神経を刺激し、セロトニンと呼ばれる物質を分泌させる。セロトニンは精神を安定させ、心に安らぎを与えることから幸せホルモンと呼ばれているんだ。分泌されたセロトニンが作用することで、心拍数や呼吸数が下がり、落ち着いた状態にさせられるはずだ」
「了解した。早速やってみる」
デーヴィッドから教えを乞い、ライリーは自分の限界を超えるために新な挑戦を試みる。
「呪いを用いて我が契約せし知られざる生命の精霊に命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。スタビライティースピリット」
カレンを意識しながら、ライリーは現象名を告げる。
そしてライリーは知られざる生命の精霊の力で、意図的に深呼吸をした状態と同じことを、カレンの体内に働きかけた。
「ウソ、さっきまでの不安が全然感じられない。これならもう一度戦力になることができるわ」
「やるじゃないかライリー、その力があればレッサーデーモンなんか怖くない」
「だけどなるべくなら直撃は避けてくれよ。ビギナーズラックっていうのかもしれないし、次は成功する補償はないからね」
「分かっている。俺が遠距離から攻撃をする。カレンは地面を攻撃してくれ」
「了解」
デーヴィッドの指示にカレンは頷く。
だが、ライリーはデーヴィッドの言葉の意味が分からなかった。
なぜカレンは敵にではなく、地面を攻撃しなければならない。
カレンの迷いのない頷きは彼を信じているからなのか、それともデーヴィッドの考えを理解しているからなのだろうか。
後者なら正直悔しい。
自分以外の人間が、彼のことを理解しているのだから。
この世に生を受けたときから一緒にいた者と、都合上側にいることができなかった者の差なのかもしれない。
「正直悔しいねぇ、別の星ではあいつの隣にいたのはあたいだったのに」
誰にも聞こえないぐらいの声音で呟き、ライリーは二人の活躍を見守ることにする。
「行くぞ! 呪いを用いて我が契約せしジャック・オー・ランタンに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ファイヤーアロー」
デーヴィッドの詠唱で矢の形を象った炎が複数生まれ、レッサーデーモンに向けて放たれる。
当然先ほどと同じように、レッサーデーモンを守護しようと炎の属性をもったゴブリンが飛び出し、防ごうとした。
「呪いを用いて我が契約せしハルモニウムに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。パァプ!」
その光景を見て今度はカレンが詠唱を行う。
音の力で地面が砕け、その反動で飛び出した大地の塊がゴブリンに直撃。
炎の属性をもつゴブリンはそのまま吹き飛ばされ、地面に転がった。
盾を失ったレッサーデーモンは、防ぐ手段を用いることができずにそのまま炎に身体を焼かれる。
これなら安心して背中を預けることができる。
ライリーは踵を返すと二人に背を向けた。
「あたいはこっち側に残っている敵を相手にするよ。あんたたちが後方から襲撃されるなんてことにはさせない。何かあったら大声で叫びな、すぐに来てやるから。だから二人も気張るんだよ!」
それだけを告げるとライリーは地を蹴り、分断された側の敵を相手にする。
持っていた剣を地面に捨て、動かなくなったスカルナイトから得物を取ると、ライリーは自身の足に意識を向けた。
「呪いを用いて我が契約せし知られざる生命の精霊に命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。スピードスター」
知られざる生命の精霊の力で足の強化を行う。
人が走る際に、足の筋肉は収縮している。
片足で跳ねるような動作をする場合、足にかかる負荷は三十パーセン程度しかない。
つまり、脳が自然とブレーキをかけているのだ。
だが、精霊の力で強制的に筋肉の収縮速度をより早くしてあげれば、人は時速五十六から六十四キロほどで走ることができる。
凄まじい速度で接近するライリーの動きに、ゴブリンやオーガはついてこられないようだ。
得にオーガは体格が大きい代わりに動きが遅いところがある。
いくら強烈な一撃を放っても容易に躱すことが可能だ。
「今のあたいは少しむしゃくしゃしているんだ。ストレス発散につき合ってもらうよ」
最後まで読んでいただきありがとうございます!
誤字脱字や文章的に可笑しな部分などがありましたら、是非教えていただければ嬉しいです。
また明日投稿予定です。
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なので、面白くなっていることが間違いなしです。
興味を持たれたかたは、画面の一番下にある、作者マイページを押してもらうと、私の投稿作品が表示されておりますので、そこから読んでいただければと思っております。