第二十三章 第六話 アルテラ王の説得、そこに水を差す者
今回のワード解説
クラスター……数えられる程度の複数の原子・分子が集まってできる集合体。個数一〇~一〇〇のものはマイクロクラスターと呼ばれ,特殊な原子のふるまいが見られる。
ヒッグス粒子……「神の子」とも呼ばれ、宇宙が誕生して間もない頃、他の素粒子に質量を与えたとされる粒子。
「あれはアルテラ王、どうしてこんなところに」
金髪の髪をポニーテールに纏めている女性の前に、ガリア国の王が現れた。
彼は護衛をつけておらず、一人でこの場に訪れていた。
俺は建物の窓を通して二人の様子を窺う。
「話を聞いて駆けつけたのだが、本当のようだな。魔物に心を支配されているらしいが、お前はそんなに軟弱な精神を持ってはいないはずであろう!どうして抗わない!どうして民たちを斬る!」
アルテラ王が、力強く声を張り上げて彼女に問う。
「国王か。そんなの決まっているだろう。母上がそれを望んでいるからだ」
認識関係の魔法が解けたのか、それとも彼だけを認識できるのかはわからないが、王を目前にして、モードレッドは彼をアルテラだと認識しているようだ。
「母上……モルガンか。だが、彼女は既に死んでいる」
「ああ、俺が子どもの頃に亡くなったさ。だけど、俺の前に亡霊として現れた。母上は本音を話してくれた。自分たちを救わなかった国も、王も、民も、すべてが憎いと。母上はこの国が亡ぶことを望んでいる。ならば、子である俺が母上の望みを叶えるべきだ。それが亡くなった母上への供養になる」
アルテラ王は面食らった様子で無言となり、反論する言葉を出さない。
「とくに国王、俺はお前を許さない。己の欲求を満たすためだけに母上とまぐわい、その責任を取らずに逃げているお前を、俺は許さない」
「お前の言うとおりだ。若気のいたりとはいえ、私は過ちを犯した。お前たち親子には辛い思いをさせた。だけどそれには理由がある」
やっとの思いで言葉を出せたのだろう。
アルテラ王の言葉は弱々しく、覇気を感じさせないものになっていた。
「何理由だ!それはただの言い訳にしかすぎない!自分の過ちを認め、ただ手を差し伸ばすだけでよかったのに、お前はそれをしなかった!そのせいで、俺や母上がどれだけ惨めな生活を送ってきたと思っている!」
「お前には分からないのだ。この国を治めるというものがどれだけ大変なものなのかを、様々な案件を抱え、他国との交流に魔物の討伐など、やるべきことが多い。重要なことを最優先にしなければならなかった」
「もういい!それ以上お前の言葉を聞きたくない!」
モードレッドは声を張り上げて彼の言葉を遮る。
感情が高ぶっているのか、目から涙を流していた。
「これ以上、お前の顔を見たくない。あの世で母上に言い訳でも言い続けていろ!」
金髪のポニーテールの女性が剣を構える。
このままでは国王が殺されてしまう。
そう判断した俺は、窓を開けて呪文を詠唱する。
「呪いを用いて我が契約せしウンディーネとフラウに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。アイシクル」
空気中の酸素と水素が結合し、水分子のクラスターによって水が出現すると、三角錐を形成。
その後、水の気温が下がり、熱エネルギーが極端に低くなったことで氷へと変化、氷柱を作り上げるとモードレッドの足下に向けて一気に解き放つ。
氷柱が弾丸のように突き進み、女性に接近すると、それに気づいた彼女は後方に跳躍して躱す。
「そんなところに隠れていやがったのか。精霊使い」
モードレッドは、まだ俺の認識をはっきりしていないようだ。
どうやら彼女にかけられている状態異常は、アルテラ王だけを認識できるものらしい。
「そなたはオルレアンの王子、デーヴィットか。無事でなによりだ」
アルテラ王が俺を見て、安心したような表情をする。
俺と彼とは敵同士、交渉も失敗したはずなのに、どうしてあのような顔を見せる?
「オルレアンの……王子……デーヴィット」
ガリア国の王が俺の名を言うと、モードレッドは右手を額に置き、ポツリと言葉を漏らす。
もしかしたら今の一言で、魔法が解けようとしているのかもしれない。
俺たちのことが認識できれば、攻撃を止めてくれる可能性がでてくる。
「そうだ。オルレアンの王子も憎むべき相手だ。俺と似たような境遇でありながらも、再開した両親に王の子だと認められて簡単に王族になりやがって」
都合のいいほうに考えていると、彼女は青い瞳で睨んでくる。
そう簡単にはいかないか。
「まずはオルレアンの王子であるテメ―から殺してやる!」
モードレッドがこちらに向って走ってくる。
俺は建物の内側にいるが、だからと言って安心ではない。
彼女は自己暗示で岩を両断する力を得ている。
木製の建物など、簡単に壊させるだろう。
先手を取られたが、高速で呪文を唱えればまだ間に合う。
「呪いを用いて我が契約せしノームとウィル・オー・ウィスプに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ウエポンカーニバル!」
武器の作成に必要な物質を集め、質量を持たせることのできるヒッグス粒子を纏わせることで、本物と同様の武器を生み出す。
どうにか間に合った。
あとはこれでモードレッドの動きを封じるだけ。
俺の前に四本の鎖を出現させると、彼女を拘束するために飛ばす。
四本の鎖は剣を振ろうとする相手の肢体に絡みつこうとする。
「こんなので俺が怯むとでも思っているのかよ」
鎖が彼女の腕や足にからもうとした瞬間、モードレッドは跳躍して躱す。
標的を捉え損ねた鎖は、重力に引っ張られて地面に落ちると消えた。
回避されてしまったが、それも計算の内だ。
空中では身動きが取れない。
躱す手段は限られている。
「第二射装填!」
俺の前方に五本のダガーを展開させる。
窓越しの戦いになるため、窓の大きさに収まるサイズの武器しか生み出すことができない。
「行け!」
射出の合図を出すと、五本のダガーはモードレッドに向けて放たれる。
「そんな小さい武器で俺を倒そうとは、笑わせてくれる」
距離を詰めて来るダガーを目の前にして、彼女は回避する素振りをみせない。
五本のダガーはすべて鎧にヒットしたが、弾かれてしまう。
やはり、小さい武器では威力が小さすぎるか。
「もらった!」
地面に着地した瞬間、モードレッドは剣を上段に構え、今にも振り下ろしそうになる。
「デーヴィット離れて!」
後方からカレンが叫ぶが、回避には間に合わない。
後方に飛ぶ動作に移るまえに剣が振り下ろされて、建物ごと斬られる。
絶体絶命の状態に晒されるが、俺は恐怖など感じなかった。
何せ、俺の策は成功している。
俺自身も、彼女を捉えるための囮なのだ。
瞬きをした瞬間、再び俺の視界に映ったのは、鎖で両の腕を拘束されたモードレッドの姿だ。
「危ない、危ない。あと一秒でも剣を振り下ろされるのが早かったら、俺は今ごろ血塗れになっていたかもしれないな」
高い戦闘力と観察力を持つモードレッドには、普通に拘束をしようとしても捕まえることができないと思っていた。
そこで、躱されることを前提にして、拘束する策を考えた。
彼女の肢体を捕らえようとして失敗したあとに、俺はノームとウィル・オー・ウィスプに指示を出して、ヒッグス粒子と鎖の物質を分解させて、形状を維持できなくさせた。
そうしなければ、彼女は鎖を警戒して先に拘束具を破壊しようとする。
そうさせないための処置だ。
しかし、彼女は手配書を見ただけで俺と関わりがあると判断したときのように、直感で着地地点を怪しまれる可能性がある。
そこで、俺は地面から注意を逸らさせるために、威力の弱いダガーを飛ばして、俺に注視するようにさせた。
これにより、モードレッドが完全に俺にばかり注意が向いたことで、拘束することができたのだ。
「くそう。ほどけねぇ」
鎖の拘束から逃れようと、彼女は必死に振りほどこうとする。
だが、絡まった鎖は固く結ばれ、簡単には脱出できない。
「よくやってくれた。デーヴィット王子」
「アルテラ王、どうしてここに?」
「城下が大変なことになっているのに、駆けつけない王などいない」
自ら危険な場所に赴いた理由を語ると、アルテラ王はモードレッドを見る。
「モードレッド、お前が私を恨むのは構わない。だけど、これだけは言っておかなければならない。お前の母親、モルガンはけしてこの国や民を恨んだりはしない」
「この期に及んでまだそんなことを言うか!母上がこの国を恨まない?そんな訳があるか!母上は恨んでいる。直接俺に言ったんだ。この国を亡ぼせと!自分たちに手を差し伸ばさなかった国も、王も、民も嫌いだと」
「そうか、モルガンはお前にそんなことを言ったのだな。これで確信した。お前が見たと言う彼女の亡霊はモルガンではない。それだけは断言できる」
モードレッドの言葉に、アルテラ王は悲しい表情を見せる。
そして彼女に同情しているかのような眼差しを向けていた。
「そんな目で俺を見るな!」
不快に感じる視線を向けられ、モードレッドは叫ぶ。
「すまないが、モードレッドを頼む」
俺に視線を向けると、アルテラ王は彼女から離れる。
そして路上の先を見た。
「お前の目的が分かった以上は、これ以上好き勝手にはさせない。出て来い!メッフィー賢人議会」
アルテラ王が叫ぶと、彼の発言を聞いて俺は何がなんだかわからなくなった。
今の言葉を聞く限り、ガリア国の王はメフィストフェレスの操り人形にはなっていない。
だけど、俺が交渉し、話し合いにもち込んだときには、メフィストフェレスの言うことを信じているような言い方をしていた。
この変わり身の早さは何なのだ。
「おやおや?これはいったいどういうことなのですか?私の魔法の効果が切れているわけがないのに、どうしてそんな反抗的な態度が取れるのですか?可笑しいですね、これは可笑しい。アルテラ王、いったい何をしたのですか?」
彼の呼び声に答えるかのように、顔に星が描かれている白い肌の道化師が、建物の影から姿を現した。
「私はこの国に代々伝わる精霊の雫と呼ばれる首飾りを常につけている。この首飾りは、身につけている者をあらゆる災いから守ってくれる力がある」
「なるほど、その奇妙なアイテムのせいで私の魔法が効いていなかったのですね」
「そうだ。お前が初めて私のところに来たときに、邪悪なものを感じていた。怪しいみためなのに、周囲の者は皆お前を受け入れていた。可笑しいと思った私は、お前の目的を見極めるために、操られているふりをしていた。だが、真相を知ったときには全てが遅かったな。国の民たちがここまで犠牲になるとは思ってもいなかった」
「アハハハハハ。私をここまで騙していたとは驚きです。あなたを侮っていましたよ、アルテラ王。だけど、今の段階で私の作戦は八割がた成功しております。私の魔法にかかって存在しない魔物を探し、人間同士で殺しあってくれました。あとは国王と戦場で戦っているガリア兵を始末するだけ」
メフィストフェレスがパチンと指を鳴らす。
すると彼の前に杖が現れると、先端をアルテラ王に向ける。
空中に浮いた杖は先端が研ぎ澄まされていた。
彼の肉体を貫こうとしている。
それは見ただけで分かった。
「アルテラ王逃げてください」
俺はメフィストフェレスがやろうとしていることを予想し、ガリア国の王に逃げるように促す。
「それではさようなら。あの世でモルガンと再会するといいですよ」
メフィストフェレスが杖を矢のように飛ばす。
「くそう」
アルテラ王が逃げる動作に入るよりも早く、道化の男が杖を放つほうが早い。
俺は一か八か、呪文を唱えることにする。
頼む、間に合ってくれ。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。




