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第二十三章 第五話 血塗られた堕天使の暗示

 今回のワード解説


 読む必要がない人は飛ばして本文のほうを呼んでください。


 本文を読んで、これって何だったかな?と思ったときにでも確認していただければと思っています。


アデノシン神経系……アデノシンの神経。アデノシンとは、神経伝達物質ではないものの、中枢神経系でもニューロンやグリア細胞から細胞外へと遊離して、神経系の活動を調節する物質の1つである事が知られている。


GABA神経系……GABAの神経系。脳内でGABAは「抑制系」の神経伝達物質として働いている。GABAは正反対の働きをしている。脳内の神経伝達物質は、興奮系と抑制系がほどよいバランスをとっていることが大切である。興奮系が適度に分泌されると気分が良く、元気ややる気にあふれ、集中力やほどよい緊張感がある。


視床下部……間脳に位置し、自立機能の調節を行う総合中枢である。体温調整、摂食行動、睡眠・覚醒、ストレス応答、生殖行動など非情に多岐にわたる行動調節をしている。


シャウト効果……大きな声を出すことで筋出力が高まる現象


受容体……生物の体にあって、外界や体内からの何らかの刺激を受け取り、情報(感覚)として利用できるように変換する仕組みを持った構造のこと。レセプターまたはリセプターともいう。


塵旋風……つむじ風のこと。


体幹……脊椎動物のからだを大きく区分すると体幹と体肢とになるが,体幹とはからだの中軸部で,これをさらに頭部,頸部,胸部,腹部,尾部に分ける。体肢は体幹から出る2対の枝で,前肢(ヒトでは上肢)と後肢(ヒトでは下肢)とからなる。


脳脊髄液……脳室系とクモ膜下腔を満たす、リンパ液のように無色透明な液体である。弱 アルカリ性であり、細胞成分はほとんど含まれない。略して 髄液 とも呼ばれる。脳室系の 脈絡叢 から産生される廃液であって、脳の水分含有量を緩衝したり、形を保つ役に立っている。一般には脳漿 のうしょう)として知られる。脳脊髄液を産生する脈絡叢は、 側脳室 、 第三脳室 、 第四脳室のいずれにも分布する。第三脳室、第四脳室の脈絡叢が発達しているのでそのふたつから産生されるのが多い。


脳膜……脳の表面をおおう膜で,外から内に向って硬膜,クモ膜,軟膜の3層から成っている。


ヒスタミン覚醒系……肥満細胞のほか、好塩基球やECL細胞がヒスタミン産生細胞として知られているが、普段は細胞内の顆粒に貯蔵されており、細胞表面の抗体に抗原が結合するなどの外部刺激により細胞外へ一過的に放出される。また、マクロファージ等の細胞ではHDCにより産生されたヒスタミンを顆粒に貯蔵せず、持続的に放出することが知られている。


ブラインド……「盲目の」「目の見えない」また「見ない」などの意を表す。


プロスタグランジンⅮ2……一般的なアレルギー炎症であるⅠ型アレルギーにおけるコンダクター細胞として知られているマスト細胞が分泌する主要なプロスタノイドであり,喘息発作時やアトピー性皮膚炎での炎症部位。


迷走神経……12対ある脳神経の一つであり、第X脳神経とも呼ばれる。副交感神経の代表的な神経 。複雑な走行を示し、 頸部と胸部内臓 、さらには腹部内臓にまで分布する。脳神経中最大の分布領域を持ち、主として副交感神経繊維からなるが、 交感神経とも拮抗し、 声帯 、心臓 、胃腸 、消化腺の運動、分泌 を支配する。多数に枝分れしてきわめて複雑な経路を示すのでこの名がある 。延髄 における迷走神経の起始部。迷走神経背側核、 疑核 、 孤束核を含む。迷走神経は脳神経の中で唯一 腹部にまで到達する神経である。

「モードレッド!」


 俺は剣の刃先を向けてきた金髪ポニーテールの女性の名を、声に出して叫ぶ。


「俺の名を知っているってことは俺の部下か?それともガウェインの部下か?どっちにしろ、ガリア国の人間は一人として生かしておくわけにはいかない」


 彼女の声を聞いて俺は歯を食い縛る。


 モードレッドは俺のことを認識していない。


 おそらくメフィストフェレスの魔法にかかり、ガリア国の住民に見えているようだ。


 これではいくら彼女の名を叫んだところで、俺だと気づいてはくれないだろう。


 モードレッドを攻撃するしかない。


 少なくとも彼女は俺を殺す気でいる。


 不本意であっても、自分たちの身を守るために防衛しなければ。


「モードレッドの気を失わせる」


「了解。なら、あたしに任せて!(まじな)いを用いて我が契約せし知られざる負の生命の精霊に命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ドーズ」


 エミがモードレッドに向けて睡眠魔法を唱える。


 脳脊髄液の中に、プロスタグランジンD2を増やされ、脳膜にある受容体によって検知されると、アデノシン神経系を経由して、脳の睡眠を司る視床下部に伝わる。


 これにより、視床下部にあるGABA神経系が活発になり、ヒスタミン覚醒系を強制的に抑制されたモードレッドは前方に倒れそうになった。


 彼女の魔法が効いた。


 これなら眠っている間にモードレッドを拘束すれば、これ以上の被害は出ない。


 そう思っていたが、倒れかかったモードレッドは右足を前に出して踏ん張ると、自信の頬に平手打ちをした。


「睡眠魔法かよ。精霊使いか。だけどこの程度の威力なら俺は眠らないぜ」


「やっぱり、睡眠専門の精霊であるサンドマンの力を使っていないから、深い眠りを促すことができないか」


 エミがポツリと言葉を漏らす。


 彼女の契約している精霊は、知られざる負の生命の精霊。


 その能力は相手の肉体に悪影響を与えるデバフが主だ。


 様々なことに応用が利くが、専門の精霊に比べれば威力が劣る部分もある。


 西の洞窟でエミが言っていたが、彼女の睡眠魔法は転寝(うたたね)程度の威力しかない。


 対象者が強い精神力を持っていれば眠気を吹っ飛ばすし、神経質な人間であれば物音を立てただけで目を覚ましてしまう。


「それらな!(まじな)いを用いて我が契約せし知られざる負の生命の精霊に命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ショック」


 再びエミが魔法を唱える。


 迷走神経を活性化させられたことでモードレッドの血管が広がり、そして心臓に戻る血流量が減少して心拍数が低下することで失神を促す。


 今度の魔法はそれなりにダメージを与えたようで、彼女は膝をついて苦しそうな表情を見せる。


 だが、それでもモードレッドを気絶させるにはいたっていない。


「いい攻撃をするじゃないか。精霊使いとの戦闘経験は少ないが、必ずお前たちを倒してやる」


 剣を杖代わりにして立ち上がると、彼女は俺たちを睨みつける。


「俺は早い。何者にもその速さは捉えることができずに、瞬く間に相手に食らいつく」


 突然モードレッドが独り言を呟きだす。


 呪文の詠唱ではないことはわかりきっているが、何か違和感を覚える。


 呪文ではないのに、魔法を放つ前準備のような気がしてならない。


「モードレッドは何かをする気だ。気をつけろ」


 二人に注意を促しながらも、俺も金髪ポニーテールの女性を注視する。


「俺は早い。俺は早い。俺は早い!」


 同じ言葉を三度繰り返すと、モードレッドが地を蹴ってこちらに接近してきた。


 しかし、その速度は速い。


 まるで陸上選手が、短距離を全速疾走しているかのようだ。


 動体視力のいい俺は、彼女の動きを捉えている。


 だが、カレンとエミはそれほどよくはなかったはずだ。


 モードレッドは剣を上段に構え、エミを見ている。


 標的は彼女だ。


 睡眠魔法と失神魔法を受け、最優先で排除しなければならない相手だと判断したのだろう。


「エミ、危ない!」


 叫んだところで当然彼女は回避する余裕がない。


 俺は咄嗟にエミに抱き着き、そのまま地を蹴って横に飛び移る。


 身体を反転させ、俺は背中を地面に向けると、エミのクッション代わりになる。


 背中を地面にぶつけて痛みを感じるが、これも俺が選んだ選択肢の結果だ。


「エミ、大丈夫か」


「う、うん。ありがとう」


 俺たちは立ち上がり、モードレッドを見る。


 予想どおりに、彼女はエミが立っていた場所に剣を振り下ろしていた。


「チッ、躱されたか。俺の強化した足の速度についてこられるとはな」


「どういうことなの?呪文を唱えていないのに、鎧を着たうえであんなに早く走るなんて」


 カレンが驚きの声を漏らす。


 確かに普通では考えられない。


 いくら彼女が強いからと言っても、あの速度は異常に感じられる。


 だけど、俺にはどうして彼女があそこまで早く走ることができたか、その仮設を立てることができた。


 人間の身体は、百パーセントの力を発揮できないように脳がリミッターをかけている。


 もし、人が真の力を使って全力で動けば、肉体が持たずに最終的には細胞が壊れ、肉塊になってしまうからだ。


 だが、人は思い込みなどで一時的にリミッターを解除することができる。


 自分はまだ早く走ることができると脳に思い込ませることで、プラセボ効果が発揮される。


 それにより制御する力を弱め、足の筋肉の収縮速度が速くなったことで、早い走りをすることができた。


 だけど、それは魔法とは異なる手段で、肉体を強化している。


 だからからか、俊足魔法のスピードスターよりも遅い。


 けれどそれでも驚かされる速度だ。


 彼女のスピードに対抗するには、まずは距離を開けなければならない。


(まじな)いを用いて我が契約せしケツァルコアトルに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ダストデビル」


 契約している精霊に向け、言霊の力で現象を生み出す。


 直射日光により、温められた地表面から上昇気流が発生し、周囲から強風が吹きこむ。


 すると渦巻き状に回転が強まった塵旋風が誕生し、モードレッドに向けてつき進む。


「チッ、こいつも精霊使いか」


 モードレッドは後方に跳躍し、塵旋風を躱す。


 後方に下がったことにより、彼女との距離が開いた。


 これなら、もう一度俊足で接近されても、モードレッドが動いた瞬間に呪文を素早く唱えれば間に合う。


「あの男はどうやら動体視力が言いようだ。ならば小細工なしで、力でねじ伏せてやろう。俺は強い。その強さが誰にも負けず、いかなる相手も凌駕する」


 顔を俯かせると、彼女は再び自己暗示による力の解放を試みているようで、ぶつぶつと言葉を漏らす。


「俺は強い。テメ―は死ぬ。俺は強い。テメ―は死ぬ。俺は強いテメ―は死ぬ。俺は強い!」


 俺たちを斬りつけようと、モードレッドは地を蹴って距離を詰めてくる。


 今度は先ほどの俊足の暗示ではなかったようで、走る速度は落ちていた。


 だけど接近されるのはまずい。


 もう一度後方に下がってもらわなければ。


(まじな)いを用いて我が契約せしノームに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ロック」


 目の前の地面が盛り上がると、岩の塊が飛び出して空中に留まる。


「行け!」


 俺の合図に合わせ、岩石は金髪のポニーテールの女性に向けて飛んでいく。


 放った岩は、彼女と同じぐらいの大きさだ。


 当然受け止められることはできないはず。


 後方に跳躍してくれれば何も問題はない。


 もし、左右のどちらかに飛び退いて躱されたとしても、追撃をするまで。


 モードレッドの動きを注視していると、彼女は後方に下がったり、横に飛んで避難したりする素振りをみせていない。


 あの人はいったい何を考えている?あのままでは直撃するぞ。


 考えが読めていないでいると、放った岩に彼女の身体が隠れてしまい、姿を捉えることができなくなった。


「うおおおおおおお」


 岩がブラインドとなり、モードレッドの動きがわからなくなっていると、彼女の雄叫びが聞こえて突然岩にヒビが入る。


 そしてヒビはどんどん広がり、岩はふたつに分かれると地面に落ち、砂埃を上げる。


 割れた岩の後ろから、剣を振り下ろした態勢のまま動きを止めているモードレッドの姿があった。


 彼女は剣を縦一文字に振り下ろし、岩を真二つにしたようだ。


 手に握っている剣は、岩を割ったのに刃毀れをしていない。


 普通に考えれば、大岩を剣で斬るのは難しい。


 だけど、岩でモードレッドの姿が見えなくなった際に、彼女は雄叫びを上げた。


 大きな声を出すことで、息を吐くことになる。


 そのため、自然と肋骨が下に下がり、体幹を安定させるために重要な腹部の圧力が増す。


 この効果によって神経による運動能力の抑制を外し、自分の筋肉の限界に近い力を発揮することができるのだ。


 暗示と声によるシャウト効果で通常よりも筋肉の使い方が変わったことで、岩を両断したと考えられる。


「俺は強い。その強さが誰にも負けず、いかなる相手も凌駕する。俺は強い。テメ―は死ぬ。俺は強い。テメ―は死ぬ。俺は強い。テメ―は死ぬ。俺は強い!」


 再び、モードレッドが神経による運動能力の抑制を外すために、自身に暗示をかけだす。


 岩が簡単に割けるあの威力をみる限り、刃に触れれば骨ごと斬られるのは目に見えている。


 接近させる訳にはいかない。


 遠距離攻撃で彼女の動きを止めなければ。


 方法を考えるが、中々いいアイデアが思い浮かばない。


 焦っている状況下では、冷静になって考えることができないでいる。


 とにかく時間が欲しい。


 そのためには撤退も視野に入れるべきだ。


 迷うな。


 最善の策を取れ。


 今一番にするべきことは何なのかを考えるのだ。


「カレン、音の魔法で地面を割ってくれ」


「わかった。(まじな)いを用いて我が契約せしハルモニウムに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。パァプ」


 地面の強度を上回った空気の振動が送られ、耐えることのできなかった地面の一部が吹き飛ぶ。


 その影響で周囲に砂煙が舞い上がり、モードレッドの姿が隠される。


 こちらが相手を視認できないということは、彼女も同じ状況のはず。


「カレン、エミ、一度態勢を立て直すために建物に避難する。着いて来てくれ」


 巻き上がる砂埃も、長時間は保たない。


 俺は近くの建物に二人を誘導すると、扉のドアノブを握る。


 運よく鍵はかかっていなかったようで、扉を開けて中に入った。


 二人が建物内に入ると、窓から様子を窺う。


 砂煙が消え、建物の外にはモードレッドだけが取り残された。


「逃げやかがったな!隠れていないで出て来い!」


 建物越しに怒鳴り声を上げる彼女の声が聞こえる。


「彼女ってあんなに強かったのね」


「一度戦ったことがあるが、今のモードレッドはあの時以上に強くなっている」


「あたしの魔法もあまり効果は発揮されなかったし、何か別の突破口を考えないといけないわね」


 モードレッドに聞こえないように、俺たちは小声で話し合う。


「彼女を行動不能にさせる方法は、ふたつは考えられる。ひとつはサンダーボルトだ。上手くコントロールをすれば、命を奪わずに麻痺させることができる」


「確かにそれなら、当たりさえすればほぼ間違いなく動けなくさせることができるわね」


「でも、それは現実的ではないわよ」


 最初に出した作戦は、カレンは肯定してくれたが、エミは否定する。


「何でよ」


「だって、サンダーボルトは条件が厳しすぎるもの。多重契約者(エクストラ)であるデーヴィットは条件をクリアすることができるけど、条件が揃わなければ、一から作らないといけない。あのモードレッドがそんな時間を待ってくれるわけがないわ」


 カレンがどうして現実的ではないのかを問うと、エミが否定した理由を語る。


 彼女の言うとおり、雷のような上級魔法は条件が厳しい。


 まず上空に雷雲がなければ使うことができない。


 それでも俺は、ガウェインたちが奇襲を仕かけてきたときに、条件が揃わない中でも強引に条件を整えて落雷を落とした。


 しかし、あのときにかかった時間は短くはない。


 雷による麻痺の誘発は、ボツにしたほうがいいだろう。


「もうひとつはウエポンカーニバルで、モードレッドの足元に鎖を出現させて拘束させる方法だ。雷よりも確実性は落ちるが、手間がかからない」


「そっちのほうが現実的ね」


「前者と後者を選ぶなら、私も後者がいいような気がしてきたわ」


 二人が鎖で拘束するほうが現実的だと言うと、外で物音が聞こえたので、俺は窓を見る。


 そこには長い顎鬚を蓄えている五十代ぐらいの男性が、モードレッドを見つめていた。


 今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。


 誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。


 明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。

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