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第二十三章 第二話 狙われた本陣

 今回はタマモ中心になっています。


 そのため、三人称で書かせてもらっています。


 今回のワード解説


 読む必要がない人は飛ばして本文のほうを呼んでください。


 本文を読んで、これって何だったかな?と思ったときにでも確認していただければと思っています。


可燃性液体……それ自身が燃焼する液体で、ガソリン、灯油、軽油、アルコール、塗料、各種化粧品といった身近な石油製品類から多くの化学物質まで幅広く存在する。


杆状体……脊椎動物の目の網膜にある、棒状の突起をもつ視細胞。弱い光に鋭敏に反応する視紅 (しこう) を含み、光の明暗を感知する。


汗腺……皮膚にある汗を分泌する腺である。汗腺には主に次の2種が存在する 。


弦道……引き分ける時の理想の軌道のこと。


視細胞……光受容細胞の一種であり、動物が物を見るとき、光シグナルを神経情報へと変換する働きを担っている。脊椎動物の網膜においては、視細胞はもっとも外側にシート状に並んで層を形成している。


錐状体……網膜の視細胞の一。円錐状の突起をもつ細胞。昼行性の動物に特に多く、色彩を感じる物質を含む。


前膊(ぜんはく)……前腕(ぜんわん)の旧称。


丹田……おへその約三センチ下にある内丹術で気を集めて煉ることにより霊薬の内丹を作り出すための体内の部位。


本弭(もとはず)……弓の下端の、弦輪のかかるとがった部分。


矢束…… (「やづか」とも。「つか」は握った時の、人差指から小指までの長さ) 矢の長さ。矢は「束」を基本としてその長さを計るところからいう。


揚力……流体(液体や気体)中を移動する物体もしくは流れにさらされた物体にはたらく力のうち、物体の進行方向や流れが物体に向かう方向に対して垂直に働く力であり、流体力の成分である。

物体と流体に相対速度があるときに発生する力(動的揚力)のみを指し、物体が静止していてもはたらく力である浮力(静的揚力)は含まない。



「ねぇ、タマちゃん。今、大きな音がしなかったですか?」


 白い髪に赤い瞳の女の子が、タマモの膝の上に頭をのせて目の前の人物に声をかける。


「そうですね。聞こえました。どうやら始まったようですね」


 アルビノの少女の頭を優しく撫でながら、タマモは安らぎを感じさせるような表情で、アリスの問いに答える。


「アリスさんは怖いですか」


「正直に言うと怖いです。大人の事情というのはよく分からないのですが、どうして皆で仲良くすることができないのです?」


「本当にその通りですよね。同じ種族同士なのですから、お互いに協力して仲良くすればいいですのに」


 アリスの頭を撫でていると、彼女は急に身を竦める。


「また音がしたのです」


「大丈夫ですよ。ワタクシ達にはデーヴィットさんがついています。彼の他にもカレンさんやライリーさん。それにエミさんやレイラさんたちもいます。そのうち聞こえなくなりますから」


 小さい女の子を安心させようと、タマモは柔らかい声音でアリスに語りかける。


 彼女を安心させようと強がっているが、タマモの鼓動は常に早鐘を打っていた。


 エルフである彼女は、人間よりも遠くの音を聞き取ることができる。


 そして聞こえてくる音の大きさも違う。


 悲鳴を上げる兵士、勇猛果敢に雄叫びを上げる兵士、呪文を詠唱する女性の声などが彼女には聞こえていた。


 遠くの声が聞こえると言うのは便利だが、ときには聞きたくない声が耳に入ってくることもある。


 本当は両の耳を塞ぎたい。


 だけどアリスがいる以上はそのようなことはできない。


 自分が恐怖で怯えるような姿を見せれば、彼女も怖がってしまう。


 今自分にできることは、アリスの傍にいて安心させることだ。


 そのようなことを考えていると、とある声が聞こえてきた。


「アリスさんごめんなさい。少しの間だけ外にいますね」


「どうしたのですか?」


 心配そうにアリスはタマモを見つめる。


「ちょっと、おトイレに行ってきます。すぐに戻って来ますので、ここで待っていてください」


「わかったのです。でも、なるべく早く戻って来てほしいのです」


 タマモの膝から頭を上げると、アリスは床に座り直す。


「ええ、約束します。すぐに戻って来ますわ」


 少女と約束を交わし、彼女は隣に置いている弓と矢の束が入っている籠を握る。


「護身用に持っていきますね。このテントには誰も近づけさせませんので」


 アリスに笑顔を向けると、タマモはテントから出て行く。


 太陽の陽射しが降り注ぎ、眩しさを感じた彼女は目を細めた。


 テントの中と外では明るさが違う。


 目の奥にある網膜を構成している視細胞が、杆状体から錐状体に切り替わったことで、一時的に眩しいと感じるのだ。


 数秒で目が慣れるとタマモは奥のほうを見る。


 こちらに向ってオルレアン軍の恰好をした五人の兵士が、辺りを見渡しながらこちらに歩いてきた。


 タマモは彼らを弓で射抜くことを決めた。


 小声で話しているようであったが、遠くの声を聞き取ることのできる彼女には筒抜けだった。


「うまくいったな。誰も俺たちがガリア国の兵士だと思っていないぜ」


「早く隠していた壺を持って来い」


「待ってくれよ。くそう、ジャンケンで負けたせいでとんだ重労働だぜ」


「早く伯爵様の策を成功させようぜ。俺は早く敵本陣が燃えるところを見てみたい」


 彼らはガリア国の兵士が変装している姿であり、本陣を燃やすことを話している。


 ほとんどのオルレアン軍は戦場に赴き、本陣の守りをしている兵士は少ない。


 このまま火計が成功するようなことになれば、本陣が陥落してしまう。


 そうなれば、オルレアン軍は敗北することになる。


 この事実を知っているのは自分だけ、だけどこのことを王に知らせに行く時間はない。


 自分しか本陣を守ることができない。


 タマモは両方の足先を標的の中心に合わせ、一直線に八の字に開く。


 角度は六十度ぐらいを意識し、両足先の間隔は自分で矢を引くことのできる矢の長さである矢束ぐらいにする。


 腰を足踏みの上に安定させて左右の肩を沈め、脊柱と首の後ろにある(こう)を真直ぐに伸ばし、全体のバランスの中心を腰の中央に置く。


 この時に、弓の下にある弦をかける部位の本弭(もとはず)は左膝頭に置き、右手は右の腰付近におさめる。 


 胴造りの動作とおへその約三センチ下にある丹田などの配置によって全身の呼吸を整え、縦は天まで真っ直ぐに伸びているイメージ、そして横へは左右に柔軟に動けるような柔らかいけど隙のない自然体の構えを作る。


 弓というものは、ただしい構えをして気息を整えなければ、矢は狙ったものには当たらないのだ。


 弓と弦との間に射手の顔があるように構え、親指を弦にかけて薬指で親指を押さえて中指と人差し指を添える。


 右手の前膊(ぜんはく)と弦が九十度になり、手首が曲がっていないことを確認。


 弓を構えたまま静かに両手の手と同じ高さに打ち起こし、四十五度角度をつける。


 両手の拳にはほぼ水平にして矢は体と平行に運び、矢先が上を向かないように、標的の中心に向って水平に保つ。


 そして左右均等に引き分けていく。


 弦道と呼ばれる弦を通る道は額から一、二拳の間のところで、左手の拳は標的の中心に向い推し進める。


 右手の拳は自分で引くことのできる矢の長さである矢束を、肩先目一杯の場所まで引く。


 そして頬に矢があたるように口のあたりで引き、弦は軽く胸にあててこの状態で縦横十文字の形を作り上げる。


 両目を開いたまま、左の目尻と右の目頭の視力を使い、左拳と弓の左側を標的の中心として見通す。


 この矢を失敗させてはならない。


 一発でも外せば、敵に気づかれて奇襲が失敗することになる。


 タマモは緊張感に包まれながらも、なるべく余計なことは考えないようにする。


 放たれる矢は射手の心を映し出す鏡だ。


 迷いや不安、弱気なんかの感情が介入すれば、僅かな手振れでもターゲットに当てることができない。


 失敗を恐れるな。


 矢を放ってしまえば結果がどうなろうと、それは自分自身の責任になる。


 心を落ち着かせ、彼女は自然の流れに身を任せて弓から矢を放つ。


「ギャアー!」


 放たれた矢が一人の敵兵の額に命中して倒れる。


「敵か!」


「いったいどこから!」


 オルレアンの兵士に成りすましたガリア国の兵士が、動揺している声が聞こえた。


 ここからは距離がある。


 そう簡単には見つからない。


 立ち位置を維持したまま、タマモは第二射を装填する。


 もう一度同じように弓を引き、矢を放つ。


 今度の第二射も、一人の敵兵の胸に命中。


 悲鳴を上げながら倒れ、立ち上がる様子を見せない。


 狙い通りに心臓を突き刺したようだ。


 今のところは百発百中、これも正しい姿勢で心を落ち着かせて矢を放った結果だ。


 残る敵は三人。


 降り注ぐ太陽光から身体が発汗しているのか、極度の緊張によるものかはわからない。


 彼女の手は汗腺から汗が噴き出ていた。


 汗により弓を握る手が滑る。


 だけど汗を拭けば態勢を崩すことになる。


 もう一度姿勢を正す必要があるが、その数秒の間に戦況が変わってしまうだろう。


 逃げられるかもしれないし、死ぬ覚悟でこちらに特攻してくるかもしれない。


 オルレアン兵に成りすましているガリア兵は、どこから来たのか分からない攻撃に動揺している。


 やるなら今しかない。


 タマモは態勢を変えることなく再度矢を放つ。


 三本目、四本目がヒットし、敵兵は倒れる。


 残り一人、あと一射で敵軍の策を破ることができる。


 鼓動が激しくなる中、彼女は弓に矢を装填した。


「どうせ死ぬなら策を成功させてからだ」


 最後の一人となった敵兵が壺の蓋を開ける。


 彼らが持っていた壺。


 何か嫌な予感がする。


 あれをどうにかしなければ。


 構えた弓の狙いを男から壺に変える。


『標的を見誤るな!』


 突然怒鳴り声が聞こえ、タマモは声がしたほうに顔を向ける。


 そこには一羽のリピートバードの姿が見えた。


「レックスさん。それはどういうことですか?」


 彼に声をかけた瞬間、タマモは手汗により握っていた矢を滑らせてしまった。


 手から離れた矢はまっすぐに飛び、壺に命中してしまう。


 矢があたった箇所から壺にヒビが入り、そして割れると中に入っていたオレンジ色の液体が周囲にとび散る。


 突然の乱入者に手元が狂ってしまったが、予定通りに壺に当てることができた。


 あの液体はなんなのだろうか?油とも違う。


『壺が割れてしまった。おい、何をやってる。早くあの男を殺せ!』


「言われなくとも分かっております」


 早く敵兵を倒すように促され、タマモはもう一度弓を張る。


 失敗しないように狙いを定め、心を落ち着かせた。


『何をノロノロとやっている!早く撃たぬか!』


 横からレックスがせかせる。


 彼は弓の使い方というものを知らないようだ。


 急いで矢を放ったところで、狙いが外れるのは目に見えている。


 横から口出しをする鳥に対して、タマモは苛立ちを覚えた。


(のろ)いを用いて我が契約せしサラマンダーに命じる。その力の全てを使い果たすまで絞り出し、言霊により我の発するものを実現せよファイヤー……」


 火計の工作員は精霊使いだったようで、残った一人が呪文の詠唱を始めた。


 このままではまずい。


 この矢を外すわけにはいかない。


 タマモは凄まじいプレッシャーの中で弓を放つ。


「ギャアァァァア」


 放った弓は敵兵に当たったが、狙い通りの部分ではなかった。


 彼女は胸を狙って撃ったのだが、横から聞こえてくるレックスの声で集中力を失い、狙いが逸れて男の右目に直撃した。


 だが、矢が当ったことで敵の呪文を中途半端にさせたようだ。


 火球は生まれていたが、火種は小さい。


 風でも吹けば消えるだろう。


『まずい!』


 レックスが声を張り上げる。


 いったいどこがまずいのだろうか。


 敵の呪文の詠唱を中断させた。


 火球は生み出されたが小さい。


 いくら炎でも火計には弱すぎる。


『今直ぐに避難をするぞ!』


 リピートバードの彼が逃げるように言ってくる。


 どうしてそのようなことをする必要があるのだろうか。


「何を言っているのですか?一応火計は阻止できたではないですか。残った敵兵も片目を失って逃げて行っていますよ」


『貴様の目にはそのようにしか写らないのか!あれは逃げているのではない!策が成功し、戦略的撤退をしているだけだ!』


「え?」


 タマモは彼の言葉の意味を理解することができずに、キョトンとする。


 その瞬間、液体がばら撒かれた場所から火の手が上がった。


「火球は液体に触れていないのにどうして!」


『壺の中に入っていたのはガソリンだ。ガソリンは、可燃性液体。あのオレンジ色の液体は液体の状態で燃焼するのではなく、液体が蒸発して発生した蒸気が燃焼する。つまり、液表面から発生する蒸気が空気と混合してガスとなり、それに炎が触れたことで引火したのだ』


 どうして液体に触れることなく、炎が燃え広がっているのかをレックスが説明すると、その間にも炎は周辺のテントを飲み込み、勢いを上げていく。


 この光景を見てタマモは歯を食い縛る。


「とにかく避難をしなければ!」


 彼女はテントの中に入ると、アリスが声をかけてきた。


「いきなり大きな音が聞こえたのですが、何が起きたのです?」


「火災が発生しました。早くここから脱出しなければ焼け死んでしまいます。さぁ、こちらへ」


 タマモはアリスの手を握ると外に連れ出す。


 テントの中にいたのはほんの数秒の間であったが、その間に炎の勢いが強さを増し、広範囲に渡って炎の壁ができている。


「早く王様を避難させないと!」


『安心しろ。それは俺がやっておいた。事前にこのことを察知した俺が、最悪の状態を考えて先に避難させている。本陣には俺たちしかいない』


 彼の言葉にタマモは安堵する。


 ならば、あとは自分たちが逃げればいいだけ。


 タマモは周囲を見る。


 見渡す限り、前方は炎に阻まれている。


 他の場所からの脱出経路を探さないと行けない。


「どこかに避難できそうな場所がないか見てもらえますか?」


 レックスにお願いすると、彼は翼を動かして揚力を得ながら上昇をする。


『悪い情報といい情報、どちらを先に聞きたい?』


「悪い情報からお願いします」


『悪い情報は完全に炎に囲まれて逃げ道がない。テントの配置を円形にしていたのが原因だな。そしていい情報はライリーがこちらにやって来ている』


 完全に炎に囲まれていると聞き、タマモは愕然とするが、いい情報で彼が言っていたのが気になる。


 どうしてライリーがこちらに来ていることが、いい情報なのだろうか?


 疑問に思っていると突然前方の炎の壁が裂け、ライリーがこちらにやってきた。


 いったいどうやって炎の一部を消すことができたのだろうか。


『その顔は不思議に思っているな。簡単なことだ。いくら炎でも強風が吹けば消える。風速十メートルの風が吹けば、風圧で消すことができる』


 レックスの説明に、タマモは納得した。


 彼女は凄まじいスピードでこちらにやって来た。


 時速四十キロメートル以上で走れば、風速十メートル以上の風になる。


 だから炎が消えたのだ。


「皆大丈夫かい?」


「ええ、どうにか。王様も先に避難を済ませてあります」


「なら、あとはタマモたちをここから逃がすだけだねぇ、あたいが道を作っている間に避難しな。向こうにランスロットがいるからあいつと合流するのが安全だろうねぇ」


「分かりました。ですが、その口ぶりだと、あなたはここに残るような言いかたですね?」


「あたいはこの火災を消しておく。このままにしておくわけにはいかないからねぇ」


「分かりました。ご武運をお祈りしております」


 タマモはアリスの手を引っ張ると、裂けた炎の間を通ってランスロットとの合流を目指した。


 今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。


 誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。


 明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。

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