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第二十三章 第一話 エドワード伯爵再び

 今回はエミが中心になっています。


 そのため三人称で書かせてもらっています。


 今回のワード解説


 読む必要がない人は飛ばして本文のほうを呼んでください。


インペリアル……横に伸びるひげが、上唇からの口髭だけでなく、ほおひげ(髯)も合わさって、尖端が上向きに湾曲したもの。


海馬……大脳辺縁系の一部である、海馬体の一部。特徴的な層構造を持ち、脳の記憶や空間学習能力に関わる脳の器官。


ツーブロック……ヘアデザインを表す名称のひとつ。おもに、トップが長め、トップ以下(サイドやえり足)が短めにカットされた髪型を指しています。


マゾヒズム……相手から精神的、肉体的苦痛を与えられることによって性的満足を得る異常性欲。


迷走神経……12対ある脳神経の一つであり、第X脳神経とも呼ばれる。副交感神経の代表的な神経 。複雑な走行を示し、 頸部と胸部内臓 、さらには腹部内臓にまで分布する。脳神経中最大の分布領域を持ち、主として副交感神経繊維からなるが、 交感神経とも拮抗し、 声帯 、心臓 、胃腸 、消化腺の運動、分泌 を支配する。多数に枝分れしてきわめて複雑な経路を示すのでこの名がある 。延髄 における迷走神経の起始部。迷走神経背側核、 疑核 、 孤束核を含む。迷走神経は脳神経の中で唯一 腹部にまで到達する神経である。

「ハァ、ハァ、ハァ」


 戦場を駆けながら、エミは次第に呼吸が荒くなっていくのを感じた。


 レイラと別れてからは、ここまでずっと走っていた。


 そろそろ体力の限界が近づいている。


 隣を見ると、金髪のミディアムヘアーの女の子も息苦しそうな表情をしていた。


 カレンも自分と同じで、長距離を走るほど体力があるほうではない。


「デ、デーヴィット。先に進んで。あたしは少し休憩してからいくから」


「私もこれ以上は走れない」


 先頭を走っている茶髪のマッシュヘアーの男に、エミは声をかける。


 すると、隣を走っていたカレンもここに留まることを言う。


「でも、こんなところで休憩できないぞ。敵陣のど真ん中なんだから」


 一旦休憩をして体力の回復に努めることを伝えると、デーヴィットは身体を休めるのは難しいと言ってきた。


 確かに今は、ガリア国の兵士が集中している場所を走っている。


 休憩している暇はないかもしれない。


 だけど本当に体力的にも限界に近づいて来ていた。


「デーヴィットは先に行ってな。あたいも残って二人の護衛をする。あたいはまだ体力的に余裕があるから、カレンたちを守るぐらいはできる」


 デーヴィットの隣を走っていた褐色肌の女性が、エミたちの護衛に入ることを告げる。


「わかった。ライリーなら一人でも、二人を守ることができるだろう。悪いが俺は先に進ませてもらう」


「了解した。エミ、カレン。足を止めな!あたいが守ってやるから、その間に休憩しな!」


 ライリーが止まるように言うと、エミはゆっくりと走る速度を緩めながら止まる。


 両ひざに手を置き、荒くなった呼吸を整える。


 敵本陣のほうを見ると、デーヴィットはどんどん先に進み、彼の姿がみるみる小さくなっていく。


 足を止めた彼女らを倒そうと、複数の兵士が槍や剣といった武器を構えながら接近してくる。


「エミたちに近づくんじゃないよ。(まじな)いを用いて我が契約せし知られざる生命の精霊に命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。スピードスター」


 知られざる生命の精霊の力で、ライリーが足の強化を行う。


 人が走る際に、足の筋肉は収縮している。


 片足で跳ねるような動作をする場合、足にかかる負荷は三十パーセン程度しかない。


 だが、精霊の力で脳のリミッターを外し、強制的に筋肉の収縮速度をより早くしてあげれば、人は時速五十六から六十四キロほど走ることができるのだ。


 人間が走ることができる限界の速度で、ライリーが敵の兵士を倒してくれているのだろう。


 こちらに近づく前に、まるで転んだかのように敵兵たちは次々と倒れていく。


 エミはライリーの動きを目で捉えようとしたが、自分の動体視力では彼女の動きに追いつけないことに気づく。


「どうなっていやがる。近づく前に仲間たちがやられているぞ」


 何が起きたのか理解できていないようで、敵兵に動揺が広がっている。


 突然倒れゆく仲間たちを見て恐怖を覚えたのか、ガリア国の兵はエミたちに近づこうとはせずに、包囲をするに留めている。


 これなら安心して体力の回復に専念することができそうだ。


「ええい、何をやっている。お前たちどうしてあの女どもを捕らえようとはしない」


 深呼吸をして呼吸を整えていると、敵兵たちの後ろから怒鳴り声が聞こえてきた。


 声を荒げた人物が兵士を押しのけてこちらにやってくる。


 口髭を横長に伸ばし、左右を上に上げ、顎の中央部分の髭だけを伸ばすインペリアルと呼ばれる髭をしており、茶髪のツーブロックの髪型で恰幅のよい体格をしている。


 エミはその人物を見るなり、歯を食い縛り、男を睨みつけた。


「伯爵!」


 エルフの拉致監禁事件を思い出し、エミは声を荒げる。


「俺のことを知っているようだが、どこかで会ったか?」


 男は顎に手を置き、首を傾げる。


 彼の態度を見て、エミは認識阻害の魔法を前回かけていたことを思い出す。


 認識阻害の魔法であるインピード・レコグニションは、脳の中にある海馬に、一時的に血流障害を起こしたように錯覚させる。


 これによって、ダメージを受けた脳は記憶を上手い具合に引っ張り出すことができなくなり、ほんの僅かな違いを見分けることができなくなる。


 そして、後遺症として一部の記憶を失うこともあるのだが、彼はその症状が現れているようで、エミのことを覚えていないようだ。


 自分たちのことを覚えていない。


 それならそれで好都合、あのときの逆恨みをされたらたまったものじゃない。


「俺のことを知っているとか、そんな細かいところはどうでもいい。兵士どもはなぜか臆病風に吹かれているようだが、俺は違う。さぁさぁ、尋常に…………ぐふっう」


 伯爵が一歩踏み出した瞬間、高速で動いていたライリーが彼を攻撃したようで、男は地面に転がると仰向けで倒れる。


「何だ今のは!」


 上体を起こした伯爵は、驚いた表情を見せながらこちらを見る。


「俺たちも分かりません。急に黒髪の女が消えたと思ったら近づけなくなったのです」


 転がった先にいた兵士が彼に説明する。


「女が消えた瞬間近づけなくなった?バカか貴様らは!普通に考えて魔法に決まっているだろうが!」


 伯爵が兵士たちに叱責している。


 彼は変態だが、バカではないようだ。


 落ちぶれ貴族とは言え、さすが伯爵と言ったところだろうか。


「そんなもの根性で乗り切れ!今までの訓練はお遊びか!俺が手本を見せて……うごっ!」


 立ち上がった伯爵がこちらに近づく。


 しかし、一歩踏み出すと彼は再び地面に倒れた。


「何の!根性だ……ぐへっ」


 起き上がり、男はまた一歩足を前に出す。


 その瞬間、地面に倒れるがすぐに立ち上がった。


「根性だ。底力だ」


「おいおい。なんだよあのオッサンは?何度ぶちのめしても立ち上がって気味が悪い」


 走りながらの攻撃を止めたのか、それとも魔法の効果がなくなったのかはわからないが、ライリーがエミの隣に立つと両腕を擦っていた。


 本当に気色悪がっているようで、彼女の腕は鳥肌が立っている。


「エルフを捉えて監禁していた男よ。町から逃亡していたのは分かっていたけれど、まさかガリア国にいたなんて」


「あの男が例の伯爵ねぇ、見た目は変態ぽくないが、行動が変人だ。何度もあたいの攻撃をくらいにくるなんて」


「そこの女!突然現れたと思ったら、俺のことをディスりやがって!誰がドMだ!」


 そんなことは言っていないだろうと、エミは心の中で叫ぶも、あながち間違ってはいない表現だと思う。


 根性だ、底力だと言っておきながら何度も攻撃を受けにくるのは、マゾヒズムとも捉えられる。


「とにかく、このままやられっぱなしというわけにはいかない」


 伯爵は軍服のポケットから何かを取り出す。


 それは全体的に黒色で、射出口があり、指をかけて引っ張るトリガーがあった。


 拳銃だ。


 彼は構えると銃口をこちらに向けてくる 。


 この世界の兵士が使っている遠距離の武器は弓だ。


 拳銃なんてものは使わない。


 しかし、この世界に存在しているということは、転移者がこの世界に持ち込んだ代物なのだろう。


「ギャハハハ見て驚け!こいつは魔道具だ。弓よりも早く弾を発射させることができる。どうだこの黒ピカリのボディー。素晴らしいではないか。メッフィー賢人議会もいいものをくれた」


 どうやらあれば、メフィストフェレスから譲り受けたもののようだ。


 拳銃を見てエミは焦る。


 銃弾が発射された場合、避けることはまず不可能。


 銃声音が聞こえたかと思えば、発射された弾は既に標的に当たっているのだ。


 伯爵の銃の腕前はどの程度のものなのだろうか。


 素人だった場合、拳銃から銃弾が発射される際に反動で軌道が逸れる。


 まず当てるのが難しい。


 だけどある程度銃を扱った経験があるのであれば、反動によるズレを計算して標的に当てることも難しくない。


「こいつを食らいやがれ!」


(まじな)いを用いて我が契約せしハルモニウムに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。パァプ」


 伯爵が構えた瞬間、カレンが魔法を発動させた。


 音による空気の振動で対象物の強度を上回ったようで、男の足下の地面が砕けると砂煙を巻き上げる。


 突然足下が砕けたことで、彼は転倒をすると拳銃を手放した。


 だが、伯爵の手にはないと言っても、彼が手を伸ばせば届く場所に落ちていた。


「ぺっぺ、砂が口に入った。気持ち悪い。よくも格好つけたシーンで攻撃できたなおい!」


 伯爵がカレンを睨みつけると、地面に落ちている拳銃に手を伸ばした。


 そうはさせない。


(まじな)いを用いて我が契約せし知られざる負の生命の精霊に命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ショック」


 エミが素早く失神魔法を唱える。


「ギャアアアァァァァ」


 魔法が発動した瞬間、伯爵は悲鳴を上げた。


 肉体に耐えきれないほどの激痛を与え、迷走神経を活性化させて血管を広げる。


 そして心臓に戻る血流量が減少して心拍数が低下したことにより、失神を促したのだ。


 あともう少しで拳銃に手が届くというところで、彼は再び地面に顔を埋めた。


 今度こそ行動不能にできただろうか。


 今すぐにでも拳銃を回収したいが、彼の傍にはガリア国の兵士がいる。


 近づくことができない。


 またライリーに頼んで、敵兵を倒してもらわないと。


 そう考えていたときだ。


 伯爵の指が動いたかと思うと、彼は拳銃を握って素早く立ち上がる。


 そして銃口をこちらに向けて構えた。


 今から魔法を詠唱しても間に合わない。


 誰を狙っているのかはわからないが、とにかくこの位置から離れなければ。


「カレン、ライリーここから離れて!」


 仲間の二人に逃げるように促す。


 その瞬間、カレンが突然地面に倒れた。


「まずは一人目」


 伯爵はニヤリと口角を上げた。


 カレンがやられた。


 すぐに銃弾が当たった箇所を確認しなければ。


 幸いにもここにはライリーがいる。


 即死ではない限り、カレンの命を助けることができる。


 エミはすぐに金髪の女の子に視線を向けた。


 しかし、不思議なことに彼女の身体からは血が流れていない。


 銃弾が外れたのか?だけど、それならばどうして彼女はいきなり倒れる。


「痛い!よくもやってくれたわね。おでこに痣ができたらどうしてくれるのよ!」


 涙目になりながら、カレンは上体を起こして立ち上がると、伯爵に文句を言う。


 彼女の言葉を聞く限り、弾は当たっていたようだ。


 だけどどうして彼女は血を流していない?


 エミが不思議に思っていると、カレンの足下に小さいオレンジ色の球体が落ちていることに気づく。


「これって」


 オレンジ色の球体をエミは拾う。


 直径六ミリほどの大きさだ。


「BB弾?」


 彼女が拾ったものは、サバゲ―などで使われる遊戯用の弾だ。


 つまり、伯爵が持っているあの拳銃は本物ではなくエアガンということになる。


「どうして死んでいない!メッフィー賢人議会からは、頭や胸に当たれば即死だと言っていたぞ」


 弾が当たったのにも関わらず、起きて文句を言うカレンの姿に驚き、伯爵は声を荒げる。


 さすがにBB弾で失明することはあっても、死ぬことはない。


「あんたのその拳銃、オモチャよ。いくら撃っても死なないわ」


 遊び道具であることをエミが告げると、伯爵は拳銃を足下に投げつける。


 その瞬間、伯爵はいきなり股間を抑えると蹲り出した。


 突然の行動に分けが分からないが、おそらく彼が地面に投げつけた際に、落ちどころが悪くてエアガンが暴発。


 発射された銃弾の軌道の先が、伯爵の股間になっており、運悪く直撃をしたのだろう。


 そう考えると、エミは笑いを堪えるのに必死だった。


「おのれ……よくも……やってくれたな」


 伯爵は荒い呼吸をしながら、涙目の状態でエミたちを睨む。


「俺を倒したからと言って、いい気になるなよ。この戦は俺たちの勝ちだ」


「情けない恰好で粋がっていても説得力がないねぇ」


「俺たちは……敵を引きつける……ための囮だ。今ごろ……工作部隊が……お前たちの本陣に……火計を仕かける……ころだぜ」


 彼の言葉を聞き、エミは味方本陣のほうを見る。


 空高く煙が上がっているのが見えた。


「どうやら……成功……した……みたい……だな。俺は……ここら辺で……休ませてもらう」


 何度も攻撃を食らい、これまでのダメージが蓄積された状態で自滅をしたからだろう。


 伯爵は俯せで倒れると白目をむいていた。


「エミ、ライリーどうするのよ」


 カレンがどうするべきかを尋ねてくる。


 エミは考えた。


 本陣の方角に煙が上がっているというだけで、本陣が火計に遭っている確証はない。


 だけど敵の策略に嵌っている可能性は否定できない。


 こんなときにデーヴィットならどうする。


 彼ならどう判断する?


「あたしとカレンはこのまま敵本陣を目指してデーヴィットと合流、ライリーは俊足魔法で本陣が火計に遭っているかを確認してきて。もし敵の策略に嵌っていた場合は、王様とタマモ、それにアリスちゃんを安全な場所まで誘導をお願い」


「了解した。なら、一っ走りしてくるよ。(まじな)いを用いて我が契約せし知られざる生命の精霊に命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。スピードスター」


 足の収縮速度を早くしたライリーが走りだすと、瞬く間に遠くに離れていく。


 彼女の後ろ姿を見送ったエミは、カレンと協力して敵本陣までの道を作り、走っていった。


 今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。


 誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。


 明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。

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