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第二十二章 第七話 ランスロットの奇跡(前編)

 今回はランスロット中心の物語になっています。


 なので三人称で書かせてもらっています。


 今回のワード解説


 読む必要がない人は飛ばして本文のほうを呼んでください。


ハーフグリップ……刀身のリカッソの部分を握ること。


プフルーク……意味は「すき」のこと。 剣を腰あたりで横に寝かせ、 剣先を相手に向けて身構えるもの。鋤を持っている様子に似ている。


ブレード……剣身のこと。


ポンメル……柄頭。金属の塊で、ブレードをねじ止めするナットであり、またバランスを調節する大切な部分である。また、接近戦ではここで殴ることもある。彫刻や宝石で飾っている場合も多い。


アルバ―……愚者を意味する構え。


キヨン……十字鍔。シンプルな棒鍔から指環のついたもの、華麗な曲線のレイピア、フックのあるもの、護拳のあるサーベルの剣など多彩であるが、それぞれのデザインは装飾もさることながら実用性があってのこと。キヨンは拳をまもるのはもちろん、接近して殴る際にも使う。キヨンをどのように扱うかは西洋剣術の大きな要素といってよい。


エッジ……剣の刃のこと。


シャイテルハウ……カウンター突きへとつなげる技。


シールハウ……相手が正眼に構えて動かない時に、敵の刃に添える様にスッと入り込んで突いたり、相手が突いてきたらくるりといなして裏刃で斬ったり、また、横からくる敵の斬撃を防ぐ壁になる技。


ソフト……バインド時に押されている状態。


ストロング……剣の根元でバインドしていること。


正眼……剣の構え方の一。剣の先を相手の目の位置に向けて中段に構えること。


ツヴェルヒハウ……頭上で水平に剣を動かす。


バインド……剣の刃同士が触れたこと。日本剣術の鍔迫り合いに近いイメージ。


迷走神経……12対ある脳神経の一つであり、第X脳神経とも呼ばれる。副交感神経の代表的な神経 。複雑な走行を示し、 頸部と胸部内臓 、さらには腹部内臓にまで分布する。脳神経中最大の分布領域を持ち、主として副交感神経繊維からなるが、 交感神経とも拮抗し、 声帯 、心臓 、胃腸 、消化腺の運動、分泌 を支配する。多数に枝分れしてきわめて複雑な経路を示すのでこの名がある 。延髄 における迷走神経の起始部。迷走神経背側核、 疑核 、 孤束核を含む。迷走神経は脳神経の中で唯一 腹部にまで到達する神経である。


「はぁー!」


 別働隊として動いていたランスロットは、ジルと共にガリア国の兵士を相手にしていた。


 そんな中、デーヴィットの声が空気の振動により耳に伝わる。


 彼はこの場から離れた場所で戦っている。


 普通に考えれば声が届くのは不可能だ。


 しかし聞こえた以上は魔法によるものなのだろう。


 デーヴィットはガリア国の兵士をなるべく殺さずに、気を失わせて無力化するように言ってきた。


『たく、甘いにもほどがある。貴様もそう思うだろう?ランスロット』


 目の前にいる敵兵を斬り倒すと、一羽のリピートバードがこちらにやって来て彼に声をかける。


「レックスか。確かにあいつは優しすぎる。生き残るには時には非情になる必要もある。だけど、あれがデーヴィットなのだ。優しさがあいつの美徳となっている。精霊を想い、消滅させないという強い信念を持っているところにレイラ様は惹かれている」


『優しさで世界を救うことができるのであれば、この世界に魔物など生まれていない』


「それは同感だ。だけど、レイラ様はあの男を信じている。ならば彼女が信じているものを俺も信じる」


 ランスロットは一人の敵兵に突っ込むと剣を横にさせて柄頭のポンメルを敵の脇腹に叩きつける。


『まったく、どいつもこいつもあの男に毒されすぎだ。あいつを失いたくなければ、余計な優しさなど捨てるべきだというのに』


「大丈夫ですよ。デーヴィット殿にはレイラ様や頼りになるお仲間がたくさんいらっしゃいます。信じることも大事ですよ。それにしても以外ですね。あなたは彼を嫌っていると思っていたのですが?」


『何を言う。俺は今もデーヴィットのことは嫌いだ。だが、あいつを最後に殺すのは俺だ。俺が魔王として復活する手段を見つける前に死なれては困るというだけの話だ』


「そういうことにしておきましょう」


「ジル軍師、喚くことしかできない鳥を相手にしている暇はない。俺たちは殺さずに無力化をしなければいけないが、敵は本気で俺たちを殺しにくる」


 戦闘中に手を休めて会話を始めたジルに、ランスロットは注意を促す。


「おっと、これは申し訳ありません。ですがご安心を、この程度の雑兵であれば捉えるのは容易」


 ジルがランスロットの隣に立つと、彼は一度瞼を閉じて再び大きく見開く。


 すると敵兵の影が動き、敵の身体に巻きついて動きを封じる。


「この辺りの敵は私が相手をします。ランスロット卿は別の部隊の相手を」


「わかった。ここは任せる」


 ジルにお礼を言い、ランスロットは影で拘束された兵士の間を抜けて先に進む。


「オルレアン軍の将らしき敵が来たぞ!」


「あいつを殺せば出世間違いなしだ!」


 他の兵士とは違う恰好だったからか、どうやらガリア国の兵士は、彼をオルレアン軍の将軍と勘違いをしたようだ。


 出世欲に駆られた敵兵たちが一斉にこちらに向かい、剣を振り上げる。


 ランスロットは足を止め、腰を落とす。


 敵が剣の間合いに入った瞬間、剣を横にして刃であるエッジを立て、剣身であるブレードで叩きつけるように横に振る。


 ブレードに触れた敵の兵士は衝撃によりバランスを崩し、その場で尻餅をつく。


「命が欲しければ尻尾を巻いて逃げろ。手元が狂えば殺してしまうことにもなりかねない」


「ふざけるな!おい、陣形を組むぞ。手柄を独り占めしている場合ではない。皆で協力して倒すぞ!」


 後続にいた一人の敵兵が仲間に声をかけると、敵の兵士たちはランスロットを取り囲む。


「これなら逃げ道はない!死ね!」


 敵兵たちは呼吸を合わせて一斉に軽く跳躍すると、剣を上段に構えて振り下ろす。


「力を合わせて強敵に挑むのは素晴らしいが、パターンが単純だ。よくある陣形は簡単に対処することができる。


 再びランスロットは腰を落とし、重心を下半身に持っていく。


 そして身体を捻って勢いよく回転させると、全ての兵士の腹部にブレードを当てる。


 鎧を着ていればダメージは軽減されていたかもしれない。


 しかし彼らは鎧を着ておらず、平服だった。


 刃であるエッジでなくとも、刀身のブレードは鉄だ。


 鉄が腹部に勢いよく当たれば、最悪の場合はまともに呼吸ができないだろう。


 攻撃を受けたすべての兵士が、腹部を抑えながら地面に倒れる。


 上手くエッジではなくブレードに当てることができているが、最新の注意を払わないといけない。


 手元が狂えば刃先が敵兵士に触れ、あたりどころが悪ければ動脈を斬り、出血多量で死なせることになる。


 今持っているのがロングソードではなく、ツーハンデットソードであったのなら、精神的疲労は軽減できたであろうとランスロットは思った。


 ツーハンデットソードは、巨大な両手剣の武器だ。


 この武器を使うには、技術よりも体力が必要となってくる。


 エッジは鋭くなく、斬るというよりもぶつけて骨を砕くような使い方をする。


 そのため、デーヴィットの指示を受けた状況下では、適している武器だ。


 骨折させれば相手を殺すことなく無力化させることができる。


 しかしないものねだりはできない。


 今は己の技術力を信じるしかないのだ。


「さぁ、次の相手はどいつだ?負ける覚悟のある者だけが来い」


「あの男の相手は私がします。皆さんは下がってください」


 ガリア国の兵士たちの間を通り、一人の男がこちらにやってくる。


 茶髪の癖毛の男だ。


 彼は鞘から剣を抜くと、刃先をランスロットに向ける。


「一日ぶりと言ったところでしょうか?私のことは覚えてくれていますか?」


「第二騎士団団長のガウェインであろう」


 ランスロットが男の名を言うと、彼は一瞬だけ驚いた表情を見せる。


 そしてニヤリと口角を上げた。


「私のことをご存知でしたか。なら、名乗る必要はありませんね」


「ああ、昨日の続きといこうではないか。前回はいきなり逃げられて、不完全燃焼だったからな」


「昨日は申し訳ありません。勝負を途中で投げ出すなど、武人として恥ずべき行為。しかし今日は時間があります。心行くまで斬り合いましょう」


 ランスロットは距離を取りつつ構える。


 剣を正眼にさせ、腕を右に寄せて左足を前にする。


 対してガウェインは、左足を下げて右足を前に出し、腕を左に下ろして切っ先を正面下に下げた。


「プフルークですか。本当にそれでいいのですか?構えを見れば、あなたがどのような攻撃に移るのかが分かってしまいますよ」


「その言葉、そのまま貴様に返す。貴様の構えはアルバ―。一見ノーガードに見えるが、切っ先は地面に下ろして剣を垂直に立て、左手はポンメルの上に重ねることで、右手を軸に左手でポンメルを押し下げると、てこの応用で剣先は持ち上げるよりも早く上を向かせることができるな」


「さすがです。私の構えを見て、やろうとしたことを見抜くとは」


「お互いに手の内は読めている。この意味がわかるな」


「ええ、先にミスを犯したほうが負けということですよね」


 ランスロットは構えたまま左足を前に、右足を後ろにして肩幅を開き、左足のつま先はガウェインに対して真っ直ぐに向け、右足はそれに対して四十五度開く。


 上体は頭上に紐がついて持ち上げられるイメージで真っ直ぐに立て、膝は軽く曲げる。


 重心は足の裏全体に体重をかけた。


 左足を前に出し、続いて右足を動かして交差させて歩き、彼との距離を縮める。


 剣の間合いにお互いが入る。


 しかし、どちらからも先手を打とうとはしなかった。


 両者ともカウンターを警戒しているのだ。


 ブフルークからの突きに対するカウンターはシールハウ。


 そして、アルバ―から突き上げに対するシャイテルハウといったカウンターを行うことができる。


 相手の攻撃手段が分かっている以上、その対策も万全なのだ。


 ランスロットは普段あまり感じない緊張を覚え、鼓動が激しくなる。


 少しでも気を抜けば、一瞬で勝負が決まるかもしれない。


 だからと言って、このまま動かないわけにはいかない。


 互いに睨み合っていると、一匹のモンシロチョウがこの場現れ、ランスロットのガントレットに止まる。


 その瞬間、ガウェインが剣の切っ先を地面に下ろして剣を垂直に立て、左手はポンメルの上に重ね、右手を軸に左手で柄頭のポンメルを押し下げることで、てこの応用で剣先を早く上を向かせて突き上げた。


 先手を取られたランスロットは、カウンターを試みる。


 突き上げてくる剣を横に逃げつつ、剣を振り下ろす。


 相手の両腕で作った三角形の中を狙い、振り下ろした際に手首を下げてひじを上に上げて張る。


 切っ先を相手に向けて腕を伸ばすことで、間合いを保ち、相手が攻撃をためらっている隙に攻撃的有利な体制にもち込むのが狙いだ。


 いくら熟練の剣士であっても、ランスロットの狙い通りにガウェインは、一瞬だけ突き上げからの連撃をためらってしまった。


 その隙を衝いて、ランスロットは右足を下げて左足を追従させて後方にさがる。


 シャイテルハウを放ってどうにかカウンターに成功したが、この技は連続性がない。


 次の業につなげにくい以上は、一度構えを変えて攻撃に転じるべきだ。


 左足を前に出し、切っ先を相手に向け、右の頬の横で雄牛の角の如く構えた。


 そして十字鍔のキヨンを自分の顔より前に出して顔面を守り、右手の親指は下に向けて腕をクロスさせる。


 ランスロットはオクスの構えを取るとガウェインに向けて走り、距離詰める。


「オクスの対策もできております」


 雄牛のようにランスロットが突っ走ると、ガウェインは握っている剣と姿勢を真直ぐにし、足は左を前にして肩幅を開く。


 そして身体は横に踏み込んで逃げ、剣を扇状に左右に動かし、身体の全面を防御してきた。


 このままでは剣を叩き落され、得物を失った瞬間に裏刃を使って首の右側を上から狙われる。


 しかし、この状況の中、ランスロットはニヤリと笑みを浮かべる。


 彼はそのまま頭上で剣を水平に動かし、ツヴェルヒハウを行う。


 ツヴェルヒハウは上からの攻撃に対しての防御であるが、同時に水平斬りの攻撃でもある。


 次の攻撃に供えつつ、攻撃に転じる。


 互いの剣が触れバインドとなった。


 ランスロットは、ガウェインよりも早く状況把握を試みる。


 バインドは判断の遅い者が不利となるからだ。


 剣の振れている場所は根元付近であるため、ストロング。


 そして相手の剣が上に重なっているのでソフト。


 ストロングソフトの状態だ。


 こちらがソフトの場合は、いなしてカウンターに転じる必要がある。


「もらいましたよ!」


 自分がやるべきことを把握した瞬間、ガウェインが腕に力を入れ、強引に押し込もうとしてきた。


 彼は剣身であるブレードでランスロットの持つ剣のエッジを受け止めていたが、手首を捻るように動かして刃同士を接触させる。


 上手く力が入らない。


 態勢が悪そうだ。


 ランスロットは右に飛び、態勢を立て直そうとする。


 しかし、ガウェインは離された距離を詰め、アルバ―の構えをすると、右手を軸に左手で柄頭のポンメルを押し下げ、ランスロットの首を狙ってきた。


 後方に跳躍して攻撃を躱そうとすると、刃が兜に触れてしまった。


 幸いにも顔面にまで到達しなかったが、耐久力を失った兜は割れて地面に落ちる。


「な!これは……どういう……ことなのですか…………答えてください!ランスロット!」


 兜を失い、素顔を晒してしまったランスロットを見て、ガウェインは驚きの表情をしながら叫ぶ。


「素顔を晒すつもりはなかったのだが、見られてしまった以上は隠しごとをするのは止めよう。俺は記憶喪失でなければお前の知るランスロットではない。レイラ様により生み出された魔物。貴様の知る本者は既に死んでいる。俺は本者をモデルとして生み出されたのだ」


 ランスロットの口から語られる事実が予想外だったのだろう。


 ガウェインは目を大きく見開いたまま身体を振るわせていた。


「どうした?俺が魔物であることがわかり、恐れをなしたか」


「恐れ?そんな訳がないでしょう。これは友を失い、死してなお弄んでいる魔族への怒りです。あなたを殺し、亡き友の仇を討つ!」


 怒りに燃えるガウェインは、素早く腕を動かして上段に構えると一気に振り下ろす。


 その一撃を、ランスロットは剣のハーフグリップで受け止め、グリップを離して剣先を持ち、そのままキヨンで彼の剣を絡めて引き落とし、ガウェインの顎をポンメルで下から突き上げる。


 ポンメルは彼の顎に直撃し、バランスを崩したガウェインはそのまま地面に倒れる。


「隙だらけだったぞ。感情に支配されすぎだ。俺の正体を知る前のほうが強かった」


 顎を抑えながらガウェインは上体を起こそうとした。


 怒りというのは、ときとして執念にもなる。


 ここで戦闘不能にしておくべきだろう。


 ランスロットはガウェインの胴に拳を叩き込んだ。


 彼の重い一撃は彼の鎧を砕き、肉体に触れる。


 耐えきれない痛みにより、迷走神経が刺激されたようで、ガウェインは白目をむいて気を失う。


 今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。


 誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。


 明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。

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