第三章 第二話 接近注意!レッサーデーモンの波動攻撃
今回のワード解説
気になるワードだけ読むぐらいで構いません。
必要がないと思えば、飛ばして本編に進んでください。
ホバリング飛行……空中で停止飛行をすること。
塵旋風……つむじ風のこと
蝸牛……内耳にあり聴覚を司る感覚器官である蝸牛管が納まっている、側頭骨の空洞のこと。
神経索……液体で満たされた中空の構造であり、神経組織の背側管。中枢神経系の重要な構造である。
側頭葉……、大脳葉のひとつで、言語、記憶、聴覚に関わっている。側頭葉は脳の側面、外側溝の下に存在する。ヒトの脳をボクシンググローブで表すなら、側頭葉はグローブの親指にあたる。
聴覚皮質……聴覚野は脳において最も強く組織化された音処理のユニットである。この皮質領域は聴覚、及びヒトにおける言語、音楽の処理の神経的な要所となっている。聴覚野は一次、二次、三次聴覚野の3領域に分けられる。
間脳……多くの神経核が集合した灰白質のかたまりであり、大きくは視床、視床上部、腹側視床、視床下部の四つの領域に分かれる。
視床下部……間脳に位置し、自立機能の調節を行う総合中枢である。体温調整、摂食行動、睡眠・覚醒、ストレス応答、生殖行動など非情に多岐にわたる行動調節をしている。
オーバーワーク……能力、体力以上に働くこと。過重な労働。
自律神経……内蔵や血管などの意識とは無関係に働いている、器官を制御している神経を指す。自律神経には交感神経と副交感神経がある
交感神経……交感作用を媒介する神経という意味で、副交感神経とともに自律神経系を構成し,脊髄から出ておもに平滑筋や腺細胞を支配する遠心性神経のこと。
副交感神経……交感神経とともに自律神経系を構成する末梢神経で、脳から出るものと脊髄の仙髄から出るものとがある。
ノルアドレナリン……激しい感情や強い肉体作業などで人体がストレスを感じたときに、交感神経の情報伝達物質として放出されたり、副賢髄質からホルモンとして放出される物質のこと。
戦闘開始から十分が経過。
ほとんどのスカルナイトを撃破したころ、一番あってはほしくないことが現実として起きてしまう。
ついに骸達の動きが機敏になり、一人の戦士と対峙している感覚を覚える。
攻撃に関してもギリギリまで引き寄せ、危険範囲に差しかかると回避するようになった。
もう少しで当てられるところで外れてしまうのは、精神的にくるものがある。
何とか足止めをしつつ、隙ができたところで攻撃を当てたい。
しかし、敵はスカルナイトであるが、本当の敵はこいつらを操っているネクロマンサー。
俺たちでは居場所を特定することはできないが、敵側からすれば丸見えなのだ。
隙をついた一撃を放とうとしても、手に取るように知られた環境の中では、成功率は一気に下がってしまう。
現状では、命中率は四十パーセント以下といったところ。
このままこの作戦を実行し続けたとしても、当たらなければむだ撃ちに終わってしまう。
そうなれば精神力を削るだけになってしまい、損するだけ。
これ以上はやって得られるものは少ない。
ならば、ここは一度相手を変えたほうが賢明だ。
「カレン、一時戦略を変える。他の敵を狙うぞ」
カレンに呼びかけ、俺はスカルナイトから標的を変える。
骸たちは強敵になり過ぎた。
今できるスカルナイトの攻略法としては、直接ネクロマンサーを倒すしかない。
いったいどいつだ?
普通に考えるならば、自分の手を汚すことなく手にかけようとする者の性格は、おそらく陰湿である可能性が高い。
ならば、術者は安全な場所に隠れているはずだ。
戦場を見渡す。
周囲は平原、地面には雑草が生え、細長い木が立っている。
だが、姿を隠せるほどの大きな岩もなく、あの木も隠れるには適していない。
もしかして裏を衝いて戦っている戦士の一人として振舞っているのか。
しかし、戦場を走り回っていてもそれらしき人物は見当たらない。
「くそう。どこにいやがる」
「ハハハ、思っていたよりもやるではないか。面白い。もっと楽しませろ」
頭上からランスロットの声が聞こえる。
いつの間にかワイバーンに乗って、空中から高みの見物をしていたようだ。
地上からではワイバーンしか見えない。
けれど声のする方向からして、翼竜の背に乗っているのだろう。
「あのやろう。空中から見下ろしやがって」
ワイバーンを睨みつけると、俺はあることに気づいた。
空中からなら、この戦場を見渡すことができる。
それにホバーリング飛行をしているワイバーンの背にいたのなら、地上からでは見えることはない。
安全な場所で戦況を見るのであれば、翼竜の背なら姿を隠すのに適している。
どうして地上にいる魔物ばかりに意識が集中していたのか。
それはランスロットが合図を出した際に、ワイバーンから飛び降りた魔物の数が多かったからだ。
あれだけの量が一度に降りてくれば、まだ残っている可能性を自ら消してしまう。
だけど、これもあくまで仮定の話だ。
実際にこの目で確かめない限りは真実を知ることができない。
「呪いを用いて我が契約せしケツァルコアトルに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ダストデビル」
自身の真下に塵旋風を生み出し、風の渦に身を任せながら上昇する。
勢いよく飛ばされ、ワイバーンよりも高い位置に到着した。
俺は素早く翼竜たちに目を通す。
あれだ。
ランスロットが乗っているワイバーンの後ろにいる翼竜の背に、ゴブリンらしき魔物の姿が確認された。
ランスロットも上空に移動した俺に気づいている様子であった。
けれど邪魔をしないところを見ると、ことの顛末を見据えているようだ。
何を考えているのか理解できないが、チャンスは今しかない。
「呪いを用いて我が契約せしジャック・オー・ランタンに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ファイヤーアロー」
ネクロマンサーと思われる敵に向け、一本の炎の矢を放つ。
敵に気づかれないように撃ちだした矢は弧を描き、そのまま落下。
急に熱量を感じ違和感を覚えたのだろう。
ゴブリンは顔を上げると、驚いた様子でワイバーンの背を何度も叩く。
魔物の言葉は理解できないが、この場から離れるように命令しているのかもしれない。
だが、ワイバーンはそこから動こうとする気配をみせなかった。
翼竜は口から炎を出し、火に耐性をもっている。
あれぐらいでは自身に被害が出ないと判断しているからだろう。
命令を聞かないところをみると、ワイバーンの主人はあのネクロマンサーらしき魔物ではないようだ。
地上から離れている空中では、逃げる手段はほとんどない。
ワイバーンの背から飛び降りようとも、ネクロマンサーの職に就いているゴブリンは、人並みの身体つきだ。
落下すれば奇跡が起きない限り命の保証はない。
戸惑い、行動に移れなかった敵はとうとう炎の矢で身を焼かれ、ワイバーンの背で倒れた。
その姿を確認すると、俺の身体はそのまま重力に引っ張られ、仰向けの状態のまま大地へと落下して行く。
空中へ移動するところまでは考えていたが、そのあとについては何も考えてはいなかった。
詰めが甘かった。
何とかこの状況を打破する術を考える。
けれど死が迫っている状況下ではいい方法が思いつかない。
このままでは、重力加速による力により、強い衝撃を受けた俺の身体の臓器は破裂してしまうだろう。
「呪いを用いて我が契約せしハルモニウムに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。パァプ!デーヴィッド耳を塞いで」
地面との距離が近づく中、カレンが詠唱を唱える声が聞こえ、指示どおりに両の耳を手で塞ぐ。
すると大地にぶつかる直前で、俺は地面に反発されるかのように吹き飛ばされ、そのまま大地を転がる。
一瞬何が起きたのか分からなかったが、彼女が契約している精霊と現象名を考えると、音の力で吹き飛ばされたのだろう。
共鳴ではなく、音による空気の振動だけで物を壊すことは、空気の振動が対象物の強度を上回ればできる。
この性質を利用し、カレンは音の力だけで大地に穴を開けた。
その衝撃で身体が吹き飛ばされたに違いない。
「大丈夫……ではないわよね。流石に無傷では済まないし」
「まぁ、地面との衝撃で死んでいたかもしれない。それを考えればこれぐらいの擦り傷で済んで助かったよ。ありがとう。それでスカルナイトはどうなった?」
「あの骸は急に動かなくなったわよ」
「そうか。成功したんだな」
カレンの言葉を聞き、少しだけ安堵する。
これでスカルナイトは戦力外になった。
あとは他の魔物だけだが油断はできない。
他にも強力な敵がいるのだ。
「スカルナイトを攻略したか。だが次はどうだ。第二陣出撃」
上空からランスロットの声が聞こえてくる。
すると、今度は唯一動くことのなかったレッサーデーモンが、翼を羽ばたかせながらゆっくりと接近してきた。
一難去ってまた一難、ようやくひとつの脅威を取り除いたらこれだ。
レッサーデーモンは精神攻撃が得意だ。
相手の心を乱し、動きを鈍くさせたところで火力のある呪文で相手を倒す。
しかも厄介なことに、やつの精神に訴えた攻撃は、当たればほぼ百パーセント心身に異常をきたす。
あいつを相手にする場合は、かなりの距離を取ったうえで遠くからの攻撃を行わないといけない。
「まったく、次から次へといいかげんにしてよね。呪いを用いて我が契約せしハルモニウムに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ……」
詠唱を行いながらカレンがレッサーデーモンに近づく。
彼女はやつの特徴を知らないようだ。
このままでは大変なことになる。
「待て、早まるな!」
何とか踏みとどまってもらおうと声をかける。
だが、彼女が動きを止めるよりも先に、レッサーデーモンの軍団が行動にでた。
口を大きく開けると胸を張りながらたくさんの息を吸い、吐き出した際にできた空気の音を音波として出してきた。
「パップ!」
その直後、カレンがハルモニウムに実現させる現象命を告げる。
しかし彼女の言葉どおりのことがこの世界で起こることはなかった。
間に合わなかった。
おそらく今の彼女は精神が不安定な状態に陥っている。
言霊に乗せて現実に現象を生み出すには、精霊の生命力以外にも術者の精神力が代償になる。
精神が安定していないときは、精霊とのつながりも不安定だ。
そんな中、詠唱を行ってもただの言葉遊びになってしまう。
「ハハハ、どうだ。精霊とのつながりが危うい状況では、まともに現象を生み出すこともできないだろう」
「どうして、ハルモニウム。どうして何も起きないのよ」
「カレン離れろ、今のお前では現象を生み出すことができない。ライリーの傍にいてくれ」
カレンに伝えると、彼女は悔しそうに歯噛みしながら戻ってくる。
「いったい何が起きたの?」
「声をだすとき、吸った空気がのどを通ったことで声帯に触れ、舌の形や唇の形、顎の開き具合や鼻から通る空気などが組み合わさってできた空気の音を、人は声と認識する」
「声の原理なんかどうでもいいわよ。私が聞きたいのはどうして呪文が使えないのかよ」
一応原理を知っていたほうが、今からする説明を理解しやすいかと思ったから教えたのだが、今のカレンはそんな余裕がないようだ。
「耳に入った音は鼓膜を振動させ、その震えが耳内の蝸牛に伝わり、ここで神経索に伝達されると、最終的に脳の側頭葉にある聴覚皮質で音として認識される。このとき、音の信号は色々なパスや中継点に分かれて伝わり、視覚情報や、過去の音の記憶、言語野、知識野などにある情報と相互作用しながら、聴覚皮質で結合され、音のイメージの形成や言語の認識が行われる」
「それと今の私の状態がどんな関係をしているのよ」
「あわてるな。それを今から説明するから」
焦っているカレンを宥めつつ、続きを語る。
「言語の認識が行われる際、レッサーデーモンの放った波長を、人は嫌な音と判断してしまう。その結果を脳が伝達し、間脳の一部である視床下部がダメージを受け、緊張や不安などの心理的ストレッサーを過剰に受けることになる。そうなってしまうと、視床下部がオーバーワークの状態となり、全身へ上手く指令を送れなくなってしまう。その影響により、自律神経である交感神経と副交感神経のバランスが乱れ、ノルアドレナリンが分泌。それにより一時的に手の震えや動悸、めまいや硬直などの症状を発症させ、精神が不安定な状態へと陥る」
「つまりは敵の音波を聞いたせいで脳がダメージを受けて、ホルモンバランスが崩れたせいで精神的な不安を感じているのね」
「そういうことだ」
「ごめん、あとはお願い」
カレンが離れて行くなか、俺は気合を入れなおす。
冷静に状況を判断すれば絶体絶命の環境だ。
戦力差は歴然、どう考えてもこの状態を覆すなど夢物語にしかない。
だけどきっと何かあるはずだ。
行動に出ればそれがきっかけとなって奇跡が生まれるかもしれない。
考えろ、自分の武器は知識の本に書かれている知識だ。
それらを活用すればきっと突破口が見つかるはず。
本の内容を思い出しつつ、この局面を打破する術を考える。
レッサーデーモンだけは何とかしなければ。
一時的とはいえ、カレンのように精神が不安定の状態にされれば、自分も戦力外になってしまう。
それでは元々薄い勝ち目が更に低下することになる。
それだけは絶対に避けなければならない。
「呪いを用いて我が契約せしジャック・オー・ランタンに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ファイヤーアロー」
とにかく接近するレッサーデーモンを倒さなければ。
そう思い、俺は複数の炎の矢を放つ。
しかし、その攻撃は無力化された。
敵に直撃する寸前で炎のエレメント階級のゴブリンが飛び出し、盾になったのだ。
続いて水や雷、氷や土の属性の攻撃を試みるも、全ての呪文はエレメント階級の魔物に防がれる。
いくら属性をもっているからといって、こちらの攻撃に瞬時に対応できるほどの知力を、低級の魔物たちはもち合わせていない。
おそらくランスロットが空中から指示を出しているに違いない。
ゆっくりと距離を縮められ、俺は後退するしか道がなくなった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
誤字脱字がありましたら是非教えてください!
また明日投稿予定です!
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なので、面白くなっていることが間違いなしです。
興味を持たれたかたは、画面の一番下にある、作者マイページを押してもらうと、私の投稿作品が表示されておりますので、そこから読んでいただければと思っております。




