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第二十二章 第五話 始まった戦争

 今回のワード解説


クラスター……数えられる程度の複数の原子・分子が集まってできる集合体。個数一〇~一〇〇のものはマイクロクラスターと呼ばれ,特殊な原子のふるまいが見られる。


塵旋風……つむじ風のこと。


相転移……ある系の相が別の相へ変わることを指す。しばしば 相変態とも呼ばれる。熱力学または 統計力学において、相はある特徴を持った系の安定な状態の集合として定義される。


ヒッグス粒子……「神の子」とも呼ばれ、宇宙が誕生して間もない頃、他の素粒子に質量を与えたとされる粒子。


ポンメル……柄頭。金属の塊で、ブレードをねじ止めするナットであり、またバランスを調節する大切な部分である。また、接近戦ではここで殴ることもある。彫刻や宝石で飾っている場合も多い。

 翌日、俺は多くのオルレアンの兵士たちの前に立った。


 俺の隣には父さんが立っており、今から戦前の士気を上げるために鼓舞激励を行う。


「オルレアンの民よ。こたびは国を守るために遠くまで遠征してくれた。王として感謝している。遂にガリア国が本日こちらに向かい、戦を行う。多くの仲間が血を流し、命を失うだろう。だがけして負けはしない。ワタシたちにはデーヴィットがついている」


 父さんが俺の背中を軽く叩く。


 何か一言って士気を上げろと訴えているのだろう。


 俺は一歩前に出ると、兵士たちに向けて語りかける。


「この戦いは誤解により生まれた。だけどそれはガリア国の背後に魔王の配下が身を潜め、影から操っていたからだ。戦いが避けられない以上は素早く終わらせ、犠牲者を少なくしなければならない。だが安心しろ、お前たちには俺がついている。二人の魔王を倒し、配下に加えた俺がついている。この戦は絶対に勝つ!戦って死ぬなんて甘ったれたことを言うな!絶対に生きて故郷の土を踏むぞ!」


「おおー!」


「デーヴィッド王子!」


「オルレアンは永遠だ!」


 俺の鼓舞が多くの兵士の心を震わせてのか、彼らは雄叫びを上げて自らも士気を上げている。


 兵士がやる気に満ちている姿を確認すると、俺は王子としてのひとつの役目を終える。


 そしてここから離れると、仲間たちのところに向かった。


 すると、俺の前に一羽の鳥がやってきて、いきなり嘴で俺の頭をつつく。


「痛い。何をするんだ」


『何が配下に加えただ。俺様は貴様の配下になった覚えはないぞ!』


 さっきの鼓舞激励の内容が気に入らなかったのか、レックスが不満を言ってきた。


「悪かったって、でもああでも言わないと兵士たちの士気が上がらないじゃないか」


『フン、まぁ、上に立つ者としてはなかなかの鼓舞であったと言っておこう』


「デーヴィット」


 金髪でミディアムヘアーのカレンが声をかける。


「俺たちも兵士たちと一緒に前線に向かう。アリスは父さんと一緒に本陣に居てくれ」


「アリスも一緒に行くのです!」


 ローブを纏い、フードで直射日光を遮っている彼女にここに居てもらうようにお願いをすると、アリスは自分も同行したいと言い出す。


 本当は心配だから、ついて来てもらいたい。


 だけど戦場に出れば多くの人が勝利のために互いを殺し合う。


 そんな残酷なことが展開される光景を、アリスには見せたくはない。


「でしたら、ワタクシがアリスさんと残りましょう。あまり強い魔法は持ってはいませんが、弓と矢を貸していただければアリスさんをお守りするぐらいはできます」


 タマモがアリスと一緒に残ることを告げる。


 彼女はエルフだ。


 エルフは耳が大きく、先端がとがっているために、遠くの音を拾いやすい構造になっている。


 足音を聞き分けて、敵か味方かを判断することができるので、遠くから弓を放つことも可能だ。


『あらあら、ワタシでは役不足と言いたいのかしら、植物だけではなく、魅了の力に目覚めてくれれば、何人来ようと跪かせることができるのに』


 タマモが契約しているドライアドの声が頭に響く。


「なら、あたしも」


 タマモがアリスの護衛に志願すると、薄い水色のウエーブのかかったミディアムヘアーのエミが、自分もアリスの護衛につくと言いだす。


「あなたはダメです。ワタクシと違い、あなたは大きな戦力です。皆さんの助けになります」


「タマモの言うとおりだ。エミの魔法は、多くの血を流すことなく無力化させることができる。お前の力が必要だ」


 俺がエミの力が必要であることを彼女に告げると、エミは俺とアリスを交互み見る。


 数秒の間、彼女の中で葛藤があったのかもしれないが、エミは小さく溜息をつくと、タマモに顔を向けた。


「わかったわよ。だけど、何があってもアリスちゃんを守ってよね」


「わかっております。この命に代えても彼女をお守りしますわ」


 話が一段落すると、俺は黒髪に褐色の肌の女性に視線を向ける。


「ライリー、ちょっといいか?お願いしたことがあるのだが」


 俺はあらゆる最悪の事態に陥ることを考え、その中でも一番ヤバイ未来にならないように対策を考えた。


 その未来を回避するためには彼女の力が必要だ。


「何だい?言ってみな」


 俺はライリーにやってもらいたいことを伝える。


「わかったよ。やってみる」


「伝令!伝令!ガリア国の兵が現れた!」


 警備にあたっていた兵士がガリア兵を目撃したようで、伝令役を受け持った兵士が野営地を走り回っている。


 敵が現れたことを知った俺たちは無言で頷き、タマモとアリスを残して走る。


 第一陣に加わり、敵勢力を見た。


 ガリア国のエンブレムの旗以外にも、太陽の旗に湖から女性が顔を出している姿の旗が掲げられていた。


 ガリア国内での各勢力なのだろう。


 モードレッドがいないことを考えるのあれば、ひとつはガウェイン率いる第二騎士団、そしてもう一つが第一騎士団の旗だと考えられる。


 敵軍が合図を出したのか、ガリア兵が一斉にこちらに向って走ってきた。


 俺は考える。


 魔物相手ならともかく、人間相手に魔法は強力すぎる。


 どうにか命は取らずに無力化を図らなければ。


(まじな)いを用いて我が契約せしウンディーネとフラウに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。シャクルアイス」


 空気中の酸素と水素が磁石のように引き合い、電気的な力によって水素結合を起こす。


 これにより水分子間がつながり、水分子のクラスターが形成され、水の塊が出現。


 複数に別れると、蛇のようにガリア兵に向けて飛び出し、敵の足首に巻きつく。


 すると今度は巻きついた水に限定して気温が下がり、水分子が運動するための熱エネルギーが極端に低くなると、水分子は動きを止めてお互いに結合して氷へと変化した。


 分子同士の間にできた隙間の分だけ体積が増えたからだろう。


 氷の拘束具はガリア兵の足に密着し、高速をされた敵は動けなくなる。


「ライリー今だ!」


「任された!」


 前髪を作らない長い黒髪の女性に指示を出すと、彼女は飛び出して剣を抜き、柄頭であるポンメルを敵に当てていく。


 突然凍り出した足に気を取られていたからか、ライリーは敵の兵士から反撃を受けることなく次々と気を失わせていく。


「サンキューライリー」


「これぐらいお安い御用さ」


『つまらぬ……つまらぬ、つまらぬ、つまらぬ!何だそのぬるい戦いは!』


 ライリーと協力して敵を無力化させていくと、急にレックスが怒鳴り散らす。


『どうした!俺と戦ったときはそんなぬるい戦いはしなかったであろう!どうして本気を出さない!』


「本気って、何を言っているんだよ。そんなことをしたら殺してしまうだろう」


『貴様はバカか!これはごっこ遊びではないのだぞ。生き残るために本気で殺し合う。強者が勝って、弱者が死ぬ。それが戦争だろうが!』


 本気で魔法を放てば相手は死ぬ。


 そのことを主張するとレックは更に声を荒げた。


 彼が言っていることはわかる。


 だけど同じ人間同士だ。


 しかも、メフィストフェレスの策略に嵌り、戦争をするしか選択肢を選べれなかった被害者だ。


 悪いのはあの魔物、それなのにいくら戦争と言っても被害者を殺すようなことはしたくない。


「うあああぁぁぁぁぁ」


 悲鳴が聞こえてそちらに顔を向けると、オルレアンの兵が突風に飛ばされ、空中に舞い上がる。


 その瞬間、氷柱のような氷の塊が現れ、味方の身体を串刺しにしていく。


 その光景を見て、俺は目を大きく見開く。


『あっちの精霊使いのほうが分かっているではないか。戦争というものは勝てば官軍、負ければ賊軍。正義が勝つのではなく、勝者が正義なのだ。相手の事情なんか関係ない。所詮は他人なのだからな』


 レックスの言葉を聞き、俺は歯を食い縛る。


 彼が言っていることはわかる。


 戦争においてそれが正しいということも。


 だけど、可能な限り被害を最小限にしたいんだ。


『自惚れるなよ、お前は神ではなく、人間という下等生物だ。救える命にも限度がある。桶の中に入った水を手で救っても、全部を手中に収められないのと同じだ。選別して見極めろ!出なければ本当に守りたい者を守れぬ。もし、俺の言っていることが理解できないようなボンクラに成り下がったのなら、好きにするがいい。そして後悔し、己を呪うのだ』


 それだけ言うと、レックスはどこかに飛び去っていく。


 彼の言葉には強い重みがあった。


 まるで一度経験しているかのような。


 俺は多くの人を救いたい。


 それは俺の甘えなのか。


「今回ばかりはレックスに賛成である」


 風が吹き、赤いクラシカルストレートの髪を靡かせながら、レイラは言う。


「あやつが言ったとおりだ。一人が救える命などたかが知れている。だけどな、それは一人の場合だ。皆で協力をして桶の中に入った水を手で救えば、取り残されている水は少なくなる。デーヴィットは一人ではない。余たちもおるのだ。皆を信じろ」


 彼女の言葉が心に染みわたる。


 確かにレックスの言うことは正しい。


 だけど正論だけではどうしようもない感情というものがある。


 できれば多くの血を流したくないという想いは、皆同じのはず。


 ならばそれができるように仲間に協力を乞う。


「カレン、俺に声を反響させる魔法をかけてくれ」


「でも、周囲に壁がないわよ。遮蔽物がなければ音はどこまでも逃げ続けるわ」


「わかっている。俺に考えがある。その件に関しては何も問題はない」


「わかった。デーヴィットを信じる」


 俺は一呼吸を置くと、呪文の詠唱を始める。


(まじな)いを用いて我が契約せしウィル・オー・ウィスプとフラウに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ライトウォールⅩゼロ、Yゼロ、Z十、R五百」


 呪文を唱えて精霊たちにアルファベッドと数字で目的地を伝える。


 すると、光で作られた壁が出現し、俺たちを覆う。


 自身が立っている位置を原点とし、左右をX、前後をY、上下をZと定義させ、原点から一メートル先を一と定義し、Rで半径を伝える。


 精霊たちに伝えた座標にウィル・オー・ウィスプが空気中の光子を集め、フラウが気温を下げることにより相転移が起き、光子に空気中にあるヒッグス粒子を纏わりつかせる。


 これにより光に質量が生まれ、直径一キロメートルの光のドームを生み出した。


 もちろんただ覆っているだけでは酸素がなくなり、酸欠で自分もろとも死んでしまう。


 なので、天井には穴を開け、空気の通り道を作った。


 これで壁の内部は外と遮断され、音が跳ね返る。


「カレン、頼んだ」


「わかったわ。(まじな)いを用いて我が契約せしハルモニウムに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。エコイングボイス」


 カレンが俺に魔法をかける。


 俺は大きく息を吸い込み、なるべく遠くにまで聞こえるように大きめの声を出す。


「オルレアンの兵たちよ。この声が聞こえているか。俺は甘く、そして弱い。魔物相手なら何も考えないで敵を倒すが、相手が人であるとどうしても踏み込めない。これは戦争だ。戦場においてこんなことを言うのは、可笑しいというのは百も承知だが、敵国の兵を殺さずに無力化をしてほしい。誰だって血を流したいとは思わないはずだ。頼む」


 俺の口から出た声が音波となって光の壁に衝突しているようで、振動した壁が再び音波を発生させている。


 それにより俺の言葉が反響し、何度も繰り返された。


「王子の願い聞き入れました。俺はやりますよ!」


「おおー!ガリア国の兵なんざ殺す価値もない」


 俺の想いに賛同した兵士たちが雄叫びを開けながら敵兵を殴り、気を失わせていく。


 これなら一人でも多くの人を殺さずにすむはずだ。


 上手く成功したことに安堵すると、俺は作り出した光の壁を消す。


「デーヴィット!避けるのだ!」


 回避に移るようにレイラが言うと、強い風を感じる。


 気圧の差が生じているほうに顔を向けると、こちらに向けて大きめの塵旋風が接近しているのが視界に映った。


 速度が速く、多くの味方兵士が呑み込まれて空中に放り投げられる。


 巻き込まれる前に俺は横に跳躍し、風を回避した。


 すると勢いが衰えた塵旋風は消え去り、周囲には巻き込んだと思われる木の葉や兵士の所有物と思われる物が散乱していた。


「あはは、占いどおりね。まさかこんなに早く見つかるなんてついているわ」


 塵旋風の後を追うように、一人の女性がこちらにやってくる。


 緑色の髪は、モテの王道と呼ばれるロングストレート。


 睫毛が長く、左目の目頭に泣きボクロがある。


 あの女性はランスロットの婚約者であるギネヴィアだ。


 今のダストデビルは彼女の魔法により生み出したものなのか。


 今の威力から見て、彼女は相当な力を持っていることがわかる。


 俺は構えた。


 ギネヴィアの実力がまだ測れていない以上は、不意に攻撃を仕かけるわけにはいかない。


 彼女はどんどん近づいてくる。


 攻撃をしようにも、魔法の詠唱時間がある限り不意を衝かれることはない。


 呪文の詠唱を唱えることなく、ただ接近するだけ。


 あっけに取られていると、俺は呪文の詠唱を行うタイミングを失い、ただ呆然と立ち尽くす。


 彼女が俺の横を通り過ぎた。


 まるで眼中にないかのように。


「見つけたわよ。女狐!あなたを倒し、ランスロットを解放させる」


 振り返ると、ギネヴィアはレイラを指差していた。


 ギネヴィアは、ランスロットが彼女の知る人物ではないことを知らない。


 本気でレイラを倒して奪い返そうとしている。


「デーヴィット、こやつはどうやら余をご指名のようだ。そなたは先に進み、敵本陣を目指せ」


 レイラが先に進むように言ってくる。


 ギネヴィアのことを考えれば、ここで決着をつけさせたほうがいいだろう。


「わかった。任せた」


 ギネヴィアの相手をレイラに任せ、俺は他の仲間たちを引き連れて先に進む。


 今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。


 誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。


 明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。

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