第二十二章 第一話 モードレッドの過去
今回のワード解説
賢人議会……王の決定に介入できる職場。王の暴走を止めるブレーキ役。
鼓舞……大いに励まし気持ちを奮いたたせること。勢いづけること。
「撤退だ!お前らチンタラ歩いているんじゃねぇ!走りやがれ!」
部下達を鼓舞しながら、モードレッドは後方を見る。
オルレアン軍の兵士が追撃をしてくる様子もない。
何かの罠だと警戒しているのだろうか?
それなら好都合、あの前哨戦は本格的な戦争に入るまでのただの確認なのだから。
そう自身に言い聞かせながらも、彼女は歯を食い縛る。
これは奇襲を失敗したときの言い訳だ。
成功したときはそのまま自分たちで壊滅させ、失敗したときは戦力を図るだけに留めるという当初の作戦ではあったが、モードレッドは勝つつもりでこの戦いに赴いた。
「モードレッド」
自身の名を呼ぶ声が聞こえ、モードレッドは声がしたほうに顔を向ける。
癖毛の茶髪の男が、白馬に乗ってこちらにやってきた。
「ガウェイン、これはどういうことだ。俺たちの予想では、奇襲を成功させてオルレアン軍を殲滅できたはずだろう」
作戦の失敗にイラついたモードレッドが、ガウェインを睨みつける。
「そのはずだったのですが、敵の戦力を見誤っていたようです。モードレッドの軍が正面から攻め、私の軍が背後から攻める手筈になっていたのですが、白銀の鎧を着た男に邪魔をされました。あの強さは私の力を上回っているかもしれません。それよりもモードレッドのほうも意外でした。あなたなら、単騎でも敵の本拠地に乗り込めていそうでしたのに」
「ああ、邪魔されたよ。そのせいで思うように進軍できなかった。俺の第一陣はたった一人の男に戦闘不能のされた」
「たった一人に!いったい誰だったのですか!」
モードレッドの軍は精鋭部隊、一人一人が熟練した兵士で構成されている。
それがたった一人の人間に負けたと聞き、ガウェインは驚愕して声を上げた。
「オルレアンの……王子」
「オルレアンの王子は噂で聞いたことがあります。赤ん坊のころに行方不明になっていたらしいのですが、二ヶ月ほど前に発見されたらしいですね。さすが王の血を引くだけはありますね」
ガウェインの言葉を聞き、モードレッドは表情を曇らせる。
そして思った。
どうして自分はデーヴィットの名前を出さなかった。
オルレアンの王子ではなく、彼の名を言えば次の戦場で出くわしても同様させることはないのに。
今からでも遅くはない。
言うんだ。
デーヴィットがオルレアンの王子だということを。
「ガウェイン」
「何ですか?」
「実は、オルレアンの王子のことだが…………いや、何でもない」
途中まで言いかけて、モードレッドははぐらかす。
なぜか言わないほうがいい。
そのほうが自分にとって好都合のような気がして、言うに言えなくなった。
「確かに、あなたと境遇が似ていますね」
途中まで言いかけて止めた内容を、ガウェインは勘違いしているようで、予想していなかったことを口にした。
彼はモードレッドの生まれながらの境遇を知っている。
幼い頃に本人から聞いていたのだ。
モードレッド、ガウェイン、ギネヴィア、そしてランスロットは幼い頃からの幼馴染である。
「ちっとも似ていねぇよ。あいつは国王夫妻に認められ、俺は認めてもらえていない。天と地ほど差がある」
顔を俯かせながら、モードレッドはポツリと言葉を漏らす。
急いで撤退をしていると、ガウェインたちはガリア国に戻ってくることができた。
「私は勝手に出陣したことがバレないように、直ぐに職務に戻ります。モードレッドはどうしますか?」
「悪い、俺は寄るところがある」
ガウェインに別れを告げると、モードレッドはある場所に向かう。
歩道を歩くと道端で綺麗に咲いていたコスモスの花を見つけ、モードレッドは一輪だけ摘むと再び歩き出す。
目的地に辿り着き、扉を開けるとそこにはたくさんの石碑があった。
石碑の前には花が飾られていたり、お参りをしている人の姿が見られた。
彼女が訪れたのは墓地だ。
モードレッドはとある墓石の前に立つと目を瞑り、十字を切ってを祈りを捧げる。
この墓石に眠っているのは彼女の母親だ。
モードレッドが成人する前に、病気で亡くなった。
「母上、昨日も親父に言ったがダメだった。何を話しても知らない、自分には子どもはいないの一点張りだった。母上の名を出しても一緒だった。だけどいつかは必ず認めさせる」
モードレッドは先ほど見つけたコスモスの花を墓石に置く。
「コスモス、母上が好きだっただろう。綺麗に咲いていたから持ってきた」
墓石の前で、彼女は笑顔を向けた。
とても可愛らしい笑みで、知らない人が見れば天使のように映っていただろう。
誰も血塗られた堕天使だとは思うまい。
幼い頃は、今とは別人だった。
自分のことを私と呼び、活発ではあったが女の子らしかった。
彼女が変わったのは、物心がついたころだ。
モードレッドは自分のことを俺と呼び、男のように振舞いだした。
そうなったのは、彼女の母親が原因だ。
モードレッドの母親の名はモルガン。
彼女は生活が貧しく、娼婦として生計を立てていた。
どんなに卑しくとも生きていることが大事。
飢えで苦しみながら死ぬようなことにはなりたくない。
そのような信念のもとに、モルガンは娼婦の道を歩いていた。
そんなある日、お忍びで町に来ていた貴族の男とまぐわい、お礼としてたくさんの紙幣を受け取った。
その男がモードレッドの父親である。
子どもを授かったことを知ったモルガンは、直ぐに男を探した。
一日中城下を歩き回り、ようやく男を発見するも、彼の正体がこの国の王子だと言うことを知り、彼女はチャンスだと考えた。
王家の血を引く子どもを授かった。
このことを伝えれば自分を正室に迎え入れてくれるかもしれない。
この貧しい生活からも解放される。
そう思ったモルガンは、王子が再び城下を訪れたときに彼と接触を図った。
話しを聞いてもらう機会を得たモルガンは、モードレッドを授かったことを王子に告げる。
しかし、彼は認めたがらなかった。
他の男との間にできた子どもだと言い、事実を受け入れようとはしない。
他の男と身体を重ねる際には、避妊具を使っていた。
確かにあれは、完全に防ぐことができない。
けれど王子のときは避妊具を使っていなかった。
可能性的には彼のほうが高い。
そのことを告げるが、それでも男は認めなかった。
王族と関係を持つために、妄言を吐いていると言い出し、王子は逃げるようにしてモルガンから離れていく。
それからは彼がモルガンの前に姿を見せることはなかった。
モルガンはモードレッドを産むことを決める。
確かに彼の言っていることにも一理ある。
ならば、身籠った子どもを産み落とし、容姿を確認すればいいだけ。
子どもを産む費用を賄うために、彼女は母子共に命の別状はない程度の栄養だけを摂取し、倹約に励んだ。
すべては王子を認めさせるために。
鈴虫の鳴く満月の夜、モルガンは陣痛の痛みに耐え、モードレッドを産んだ。
清潔なタオルに包まれた我が子を見る。
サラサラの金髪に整った顔立ちの可愛らしい容姿だった。
産声を上げているお陰で瞳の色はわからないが、おそらく父親と同じ青緑色をしているはず。
出産してから四ヶ月が経った。
輪郭がはっきりしており、瞳の色も髪の艶も王子と一緒だった。
これなら彼も認めるしかないだろう。
モルガンは早速城へと赴き、城の兵士に告げて王子と謁見する。
しかし、またしても王子は認めなかった。
彼女はどうすれば王子が子どもを認めてくれるのかを考えた。
そして何度もトライしてみるが、その度に門前払いをされ、時間だけが過ぎていく。
その間にもモードレッドはすくすく育つ。
モードレッドが物心をつくころには、モルガンが子どもへ向ける愛情は悲しみへと変わって行った。
認めてもらえないのは、きっとモードレッドが女だから。
ならば男のように育てればいい。
一人称を俺と言わせ、言動や振る舞いを荒っぽくさせる。
娼婦の仕事を辞め、できるだけの努力を行い、精一杯教育に励んだ。
しかし、それでも王子は認めない。
その度にモルガンは悲しみに包まれ、涙を流す。
それからも、モルガンの教育は激しくなった。
思い通りにモードレッドが動かないときには体罰を与えた。
日々モードレッドの痣が増えていく。
しかし彼女は母親を憎まなかった。
モードレッドはモルガンが大好きだった。
父親がいない環境で、女一人で育ててくれた母親を尊敬していた。
できないのは自分のせい。
自分がもっと努力をしなければならない。
そう言い聞かせながら生活をしていた。
そんなある日、モルガンは高熱を出して倒れた。
精神的ストレスから身体が弱り、そこにウイルスが侵入してしまったのだ。
ストレスと栄養不足から免疫力を失い、モルガンは病原菌に身体を蝕まれた。
モルガンのヘソクリがあったので、本来であれば薬を買うことができた。
だが、そのことを幼いモードレッドは知らない。
貧乏でお金がないと思い込んだモードレッドは、薬を買うことができず、彼女は日に日に弱る母親を見守ることしかできなかった。
彼女は「もっと頑張るから、もっと母上の理想とする男になるから。だから元気になって」と言い続ける。
しかし、治療薬を投与することもできず、自分の免疫力では撃退することができないモルガンはウイルスに負け、この世を去った。
しかし、モルガンが亡くなったというのに、王子がモードレッドの前に現れることはなかった。
母親が亡くなると、モルガンの願いはモードレッドに引き継がれた。
いつしか父親に、自分があなたの子どもだと認めさせる。
それが彼女にとっての生きる目標となった。
「そろそろ行かないと。母上、またくるからな」
母親の眠る墓石に向って言葉を吐き、モードレッドは墓地を出ていく。
路地裏に入り、人気なないのを確認すると、モードレッドは壁を叩いた。
そして顔を俯かせると感情が高ぶり、目尻から涙を流す。
母親の墓の前では弱い自分を見せる訳にはいかないと思い、堪えていた。
墓参りの最中も、彼女の頭の中にはデーヴィットの顔が思い浮かんで離れなかったのだ。
どうして自分と彼とではここまで差があるのだろうか。
自分たちはどれだけ努力を積み重ねてきても、国王に認めてもらえないのに、あの男はオルレアンの国王夫妻から子どもとして迎え入れてもらえた。
考えれば簡単なことだ。
生まれたときの環境が違う。
デーヴィットは国王夫妻の間で生まれ、自分は王と娼婦の間に生まれた。
認めてもらうための難易度が違う。
自分のほうがずっとハードモードだ。
デーヴィットの身の上話を聞いたとき、倒したい衝動に駆られたのは、同族嫌悪によるものだと思っていた。
けれど、冷静になった今は違う。
自分は彼に嫉妬していたんだ。
彼の境遇が羨ましく、そして妬んでしまった。
だからあんなにも心がかき乱された。
デーヴィットを恨むのはお門違い。
本当にやるべきことは他にある。
「本当に母上に会いに行ってよかったよ。お陰で認めさせるよりも、先に本来やるべきことを思い出した」
「おやおや?泣いておられるのですか?せっかくの綺麗な顔が台無しですよ」
気持ちに整理がつくと前方から声が聞こえ、モードレッドは顔を上げる。
一人の男が近づいてきた。
白い肌の顔には星が描かれ、道化の恰好をしている。
「メッフィー賢人議会」
「どうされたのですか?何かありましたか?」
「テメ―には関係ない!」
泣き顔を見られ、モードレッドは恥かしい想いをしたようで、メフィストフェレスを睨みつけると乱暴に言葉を放つ。
「まぁ、まぁ、そんなに怖い顔をしないでくださいよ。あなたに朗報を持ってきただけなのですから」
「朗報だと?」
「ええ。あなたは国王に、どうやって自分が子どもだと認めさせるのかを日々考えておられますよね。その方法を教えます」
「はっ、何を言いだすかと思えばそれかよ。俺は今まで色々とやってきた。だけどどれを使ってもあの男は認めない。お前に何ができるっていうんだ」
モードレッドは飽きれた。
朗報と言うから、もっと別のことを言いだすかと思っていた。
「まぁ、まぁ、そう言わずに。百聞は一見に如かず。試してみてはいかがでしょう?」
「わかったよ。聞くだけ聞いてやる。だけどつまらないことであればぶん殴るからな」
「そのときはお好きなように。では、私の目を見てください」
なぜ目を見なければならない?
そう思いながらも、モードレッドは言われた通りに彼の目を見た。
その瞬間、モードレッドは頭痛を感じ、頭を抑える。
「メッフィー、テメ―、いったい何をした!」
「何ってあなたの要望に応えただけです。あなたの脳に直接方法を伝授いたしました。ではでは、私はこれで失礼します」
軽く頭を下げると、メフィストフェレスはこの場から離れていく。
頭の中にメフィストフェレスと思われる声が響く。
それは王に認めさせるための手順であった。
こんなことはふざけている。
この方法で認めさせても全然嬉しくない。
だけど、これなら確実に認めてもらえられるだろう。
「認めてもらうんだ。それが俺と母上の悲願なのだから。目的を達成するためには手段など選んでいる場合ではない」
呟くと、モードレッドは自身の頬を殴る。
「俺はいったい何を考えているんだ。こんな方法で認めさせたところで全然嬉しくないじゃないか。メッフィー賢人議会のやろう。今度会ったらただじゃおかないぞ」
モードレッドは再び歩き出し、以前から考えていたプランの実行に向けて行動に出た。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
昨日のアクセス回数が千二百を超えました!
休日だったとはいえ、ここまでアクセス数が伸びたのは初めてでとても驚いています。
普段の平均アクセス数は四百いかないぐらいなので、たくさんアクセスしてくださったことに感謝しています。
もっと多くのかたの読んでもらえれるように今後も頑張っていきます。
明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。




