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第二十一章 第三話 血塗られた堕天使

 今回のワード解説


トランスジェンダー……生まれた時に割り当てられた性別が自身の性同一性またはジェンダー表現と異なる人々を示す包括的な用語である。性的少数者のひとつとして挙げられる。性同一性は、性自認、ジェンダー・アイデンティティとも呼ばれ、自身のジェンダーをどのように認識しているのかを指す。すなわちトランスジェンダー女性は、女性の性同一性をもち出生時に男性と割り当てられた人で、トランスジェンダー男性は、男性の性同一性をもち出生時に女性と割り当てられた人を指す。性同一性が女性でも男性でもない場合もある。

 酒場に入ってきた女性は金髪の髪をポニーテールにしており、赤いシャツに短パンというラフな格好をしている。


 腰には剣が帯剣されてあることから、ライリーと同じ剣士であることがわかった。


 耳につけてあるイヤリングが天井にある明かりに反射してキラキラとしていた。


「オヤジ、いつものをくれ」


 ポニーテールの女性はカウンター席に座ると、グラスを吹いているマスターに注文をしていた。


「あいよ。いつものね」


 いつものという言葉を使うということは、彼女は常連なのだろう。


「デーヴィットよ。あんまり他の女を見るではない。やきもちを焼いて本当にそなたを燃やしそうであるぞ」


 レイラがサラッととんでもないことを言いだすので、俺は視線を持っているグラスに向ける。


 するとカウンター席のほうが騒がしいことに気づき、再び視線をカウンターに向けた。


「なぁ、いいだろう。俺たちと一緒に飲もうぜ」


「そうそう。悪いようにはしないからさ」


 二人の男が金髪ポニーテールの女性に言い寄っていた。


 酒を飲んでハイになっているようで、声量が大きい。


 女性は男たちを無視して、棚に並べてある酒の瓶を見ているようだ。


「はいよ、あんたがいつも飲んでいる焼酎魔王」


 ある意味度胸があるようで、取り込み中にも関わらず、マスターが女性の前に酒の入ったグラスを置く。


「酒が来たことだし、俺たちのテーブルに行こうぜ」


「そうそう。たっぷり楽しませてやるから」


 二人の男は再度声をかけるも、金髪ポニーテールの人は無視して酒を口に含む。


 カウンター席の様子を見ていた他のテーブル席の客も、迷惑そうにしている。


 このままでは他の客の迷惑だ。


 そもそもお酒は楽しい気持ちになって飲むからこそ美味しく感じる。


 あの二人のせいで俺のヴェルモットの味が落ちたような気がした。


「このままでは酒が不味くなる。ちょっと言ってくるよ」


 俺は立ち上がり、騒がしいカウンター席に向かう。


 テーブルひとつ分の距離まで近づくと、さんざん無視されて苛立ったのか、男の一人が女性の腕を握った。


「おい、いいかげんに……」


 注意をしようと男二人に声をかけたタイミングで、女性は回転イスを回して男のほうを見る。


「お、やっと俺たちと飲む気になったか」


「そうこなくってはな」


「最初に忠告しておこう。俺は男だ」


 金髪の女性がとんでもないことをカミングアウトすると、俺も含めて男たちは一瞬固まる。


「ギャハハハハ、こいつは面白いジョークを言いやがる」


「アハハハハ、腹が痛い。こんなきれいな顔をしている男がいるかよ」


 女性の発言を男たちは冗談だと思い込み、笑い声を上げるが、俺は何となく理解をした。


 きっとあの女性はトランスジェンダーなのだろう。


 身体の性と心の性が一致しない状態で、この世に性を受けた。


 このケースになることは珍しく、理解者は少ない。


 このような人物と出会ってしまった場合は、相手の主張する性を尊重してあげなければならない。


 笑い声を上げる男たちを見て、トランスジェンダーと思われる人は歯を食い縛った。


 きっと悔しいのだろう。


 自分を理解してもらえず、苦しんでいる。


 一刻も早くあの男たちを引き離さなければ。


 そう思った瞬間、トランスジェンダーと思われる人物は、抜剣をすると一人の喉元に刃先を近づける。


「これが最後の忠告だ。俺の機嫌が悪くなる前にさっさと失せろ!」


「お、おい。こいつの耳につけてあるイヤリング、ガリア国の紋章が刻まれているぞ」


「金髪のポニテにガリア国の紋章入りのイヤリング、それに一人称が俺、まさか!」


 喉元に剣を突きつけられた男は顔面蒼白となり、額から冷や汗が流れていた。


血塗られた(ブラッディ)堕天使(フォーリンエンジェル)!きれいで女性らしい容姿とは裏腹に、戦場では身に着けた鎧が敵の血で染まるまで戦い続けるという恐ろしい女!」


「俺たちは相手にしてはいけないやつに声をかけてしまった。逃げろ!殺される!」


 二人の男が支払いをしないで我先へと扉を開けて逃げて行った。


「悪いな、マスター。あいつらの分も俺が払っておく」


「はいよ」


 剣を抜いたのにも関わらす、酒場のマスターはなにごともなかったかのようにグラスを拭いていた。


 しかし、他の客はそういかなかったようで、テーブルの上に酒代を置くと店から出て行く。


「何だよ、見せ物ではないぞ。俺の姿に文句でもあるのか!」


 先ほどの男たちのことがあったからか、血塗られた(ブラッディ)堕天使(フォーリンエンジェル)と呼ばれた人物は、俺が性別に関して文句を言っているように映ったようだ。


「別に文句はないよ。たださっきの男たちがうるさかったから、注意をしようと思っただけだ。たく、あいつらの頭は腐っているんだろうね。本人が男だと言っているのだから男じゃないか」


 溜息を吐きながら、俺は近くにいたことの説明をして、男たちに対して批判の言葉を述べる。


 すると、俺の言葉が意外だったのか、目の前の人物は目を丸くする。


「アハハハ。そうだったのかよ。それは悪かったな。迷惑をかけたし、俺が酒を奢ってやるよ。ここに座れ」


 見た目が女性ぽい姿をしている人物が豪快に笑うと、隣の回転イスを軽く叩く。


「えー、男と飲むとか勘弁してほしいのだけど」


 俺は嫌そうな表情で言うと、目の前の人物は再び笑いだした。


「アハハハ。面白いやつだ。まぁ、そこまで嫌ならむりに誘わねぇけどな」


「いや、今のは冗談だ。一緒に飲もう。俺は連れと来ていてな。向こうで飲まないか?」


 俺は右手の親指を出すと、後方をさす。


「いいぜ。あそこの席だな。オヤジ、俺は向こうに移るから酒はあっちのテーブルに持って来てくれ」


「あいよ」


「そう言えば自己紹介がまだだったな。俺の名はモードレッド。ガリア国の第三騎士団長だ」


 モードレッドは握手をしようとしているのか、右手を差し伸べる。


「俺はデーヴィット。商人をしている」


 ガリア国に侵入するための設定を口にしながら、俺も右手を出して互いに握手を交わす。


「へぇー、商人ね。本当かよ」


 モードレッドが疑いの目を向けてきた。


 もしかして俺の嘘がバレたのだろうか。


「まぁ、俺に事情があるように、お前にも言えないことがあるのだろうよ。ひとつ忠告をしておこう。一流の剣士は手を握ったときの感触で、相手がどんな人間なのかが分かっちまう。お前の手は剣を握ったときにできるタコがある。つまりは剣を握ったことのある人間だ。身分を隠すのなら、傭兵あたりにしておいたほうがいいだろうよ」


 お節介ともとれるアドバイスを言うと、モードレッドは回転イスからおりる。


「よし、飲み直しだ。今日は派手に行くぞ!」


 モードレッドが元気よく声を上げると、俺は彼を席に案内した。


「モードレッドだ。俺もここで飲ませてもらうことになった」


「まぁ、酒は大勢で飲んだほうが盛り上がるからねぇ、いいんじゃないのかい?」


 ライリーの隣にモードレッドが座ると、俺もレイラの隣に座り直す。


「ムム、近くで見ると本当に美人である。デーヴィット、きれいだからと言って、これ以上余のライバルを増やすではないぞ」


「ライバルって、こいつ見た目は女だけど、中身は男だぞ」


「そなたは何を言っておる。どこからどう見ても女ではないか。どんな理由で偽っておるのかはしならないが、余にはあやつの本質が何となく分かっておる」


「モードレッド、すまない。レイラはときどき思ったことを口にすることがあってよ。悪気はないんだ」


 俺が謝ると、彼は視線をテーブルに向ける。


「本当ならキレているところだが、デーヴィットの連れということで赦してやる」


「どうしてあやつに謝る!もしやきれいな見た目に惚れたなんて言わぬよな。余という者がおりながら、次から次へと女を増やすではない」


 酒を飲んで冷静な判断ができていないのか、レイラはモードレッドを見た目で判断して、本質を見ようとはしていない。


「悪酔いすぎだ」


 変に絡んでくるレイラに疲れた俺は、小さく溜息をつく。


「さっきの騒ぎを見て思ったのだけどさぁ。そんなに女だと言われたくなければ、髪を短く切ってしまえばよくないかい?そうすれば少しは変わってくると思うのだけどねぇ」


 ライリーが髪の話をする。


 それは俺も思ったことだ。


 女だと言われる原因のひとつは、髪が長いこともあげられるだろう。


 髪が短くなれば、ぱっと見は女だと判断されることはないはず。


「そうだけどな。俺は髪を短くしたくはないんだ。切ったとしても、毎回毛先を整えるぐらいだ」


 自身の金髪の髪を触りながら、モードレッドは短くする意志がないことを言う。


 髪を触る仕草は女性らしく、彼がトランスジェンダーでなければ思わず好意を寄せてしまいそうだ。


「俺のことはどうだっていいんだよ。それよりも、お前たちはガリア国の人間じゃないだろう。俺の通り名を聞いても逃げ出さなかった」


血塗られた(ブラッディ)堕天使(フォーリンエンジェル)であったか。たいそうな通り名ではないか」


「自分の着ている鎧が敵の血で真赤に染まるまで戦い続けるとか言っていたねぇ」


「それは尾鰭がついている。確かに戦場では多くの敵を斬ってはいるが、鎧が真赤になるまで戦ったことがない。あーもう、俺の話はいいって言っているのに、何でまた俺の話に戻っているんだよ」


 モードレッドは自身の頭を掻く。


「あたいも剣士の端くれだからねぇ、ついつい興味が湧いてしまう」


「なら、今度俺と斬り合うか?もちろん訓練用の模造刀を用意しておく」


「お、いいねぇ。そのときは胸を借りさせてもらうよ」


 剣士同士で通じるものがあるのだろう。


 二人は意気投合している。


「デーヴィットもどうだい?一緒に剣術の稽古をしないか」


「悪いが俺はパスさせてもらう」


 ライリーが誘ってくれたが、俺は断ると自信の手を見る。


 モードレッドに言われた通り、俺の手にはタコができていた。


 イアソンの戦いに父さんとの決闘、そして魔王レックスと戦ったときも剣を使った。


 俺の本来の戦い方は精霊の力を借りた魔法だ。


 剣術は最低限に留めないと感覚が鈍ってしまうかもしれない。


「デーヴィット、どっかで聞いたことのある名前なんだよなぁ……そうだ思い出した!」


 俺の名前を口にすると、モードレッドは右手の人差し指で頭をポリポリ掻く。


 すると思い出したようで、ポケットから折りたたまれた一枚の紙を取り出すと、彼は俺に見せてきた。


「もしかして、こいつと関係があるか?」


 渡された紙に目を通した瞬間、俺に緊張が走る。


 モードレッドが持っていた紙は、伯爵が作った俺たちの手配書だ。


 エミの認識阻害の魔法で、デタラメになっている。


 だが彼は同じ名前ということで、俺と関係性があるのではないかと感じたようだ。


 少しでも、動揺をするような素振りを見せれば、間違いなく勘づかれる。


 レイラとライリーも同じことを思っているのか、モードレッドが手配書を見せた瞬間に無言となった。


「いや、確かに名前は同じだが俺とは関係がない。そもそもその手配書は女じゃないか」


「そうなんだよな。エドワードのやつが作った手配書なんだけど、名前と人相画があべこべだ。これじゃあいつまで経っても見つからないって。金のムダだ」


「そうだな。金のムダだ」


 なるべく平静を装いながら嘘をつくと、モードレッドは手配書をポケットの中に戻す。


 微妙に気まずい空気が流れると、店の扉が開かれて一人の人物が店内に入ってきた。


 癖毛のある茶髪の男だ。


 彼は周囲を見渡し、こちらを見ると俺たちのところにやってくる。


「ここにいらしていたのですね」


「お、誰かと思えばガウェインじゃないか。なんだ、デーヴィットと知り合いだったのかよ」


 モードレッドが気軽にガウェインに声をかける。


 どうやらこの二人は知り合いのようだ。


「モードレッドも一緒とは奇遇です。ついでに探す手間が省けました。ランスロットは……いないようですね」


「何だって!ランスロットが帰って来ていたのか」


 ランスロットの名前を聞いた瞬間、モードレッドは立ち上がる。


「ええ、今日私も知ったばかりなのですが、色々と事情がありまして、城に顔を出せていないのです」


「色々な事情だ?」


「はい、こちらのデーヴィットがランスロットをこの国に連れてきたのですが、記憶喪失らしく、ギネヴィアのことも忘れているのです」


「おいおい、それはシャレにならないぞ。あのランスロットがギネヴィアのことを忘れるなんて」


「それが事実なのです。私もこの目で見ましたが、彼はギネヴィアのことを完全に忘れていました。事実を突きつけられた彼女は取り乱してしまい、今も混乱されております」


「まぁ、ギネヴィアならそうだろうな。あいつはランスロットのことを心から愛していた」


「あのう。二人はどんな関係で」


 二人の会話が進み、蚊帳の外にいた俺はタイミングを窺って声をかける。


「これはすみません。私とモードレッドはガリア国の騎士団長どうしなのです。モードレッドは第三騎士団、私は第二騎士団、そしてランスロットが第一騎士団の団長なのです」


「へーそうだったんですね」


 俺は彼の説明を聞き、軽く相槌を打つ。


「あんまり驚かれないのですね。ランスロットが騎士団の団長だと言いましたのに」


 俺のリアクションが彼の思っていたのとは違ったようだ。


 彼は意外そうな顔をしていた。


「あ、いやぁ、あいつ初めてあったときから強かったからさ。だから何かの階級を持っていても不思議ではないなぁと思っていたから」


 このままでは変に怪しまれるかもしれない。


 そう思った俺は、なるべくボロを出さないように気をつけつつ、上手い具合に会話をきりだす。


「なるほど、そういうことでしたか」


 ガウェインは表情を緩める。


 どうやら俺の言葉を信じてくれたようだ。


「それで、俺たちに話があったのだよな」


「そうでした。ランスロットがどこにいるのかを知りませんか?」


「今ごろどこかの店で夕食を取っていると思うが、詳細な場所までは知らない」


「そうですか」


 詳しい場所は知らないことを告げると、ガウェインは厳しい表情をする。


「何か用事があるなら、俺が代わりに言っておくけど」


「そうですね。モードレッドに話す手間も省けますし、お願いします。ガリア国の王に、オルレアン軍が接近したことを伝えたのですが、王は兵を動かそうとはしません」


「あのクソ国王、まだ兵を出そうとはしやがらねぇのか」


 ガウェインの話を聞き、モードレッドは右手で拳を握ると左手に当てる。


「なので、私とモードレッドの独断になりますが、準備ができ次第オルレアンの野営地に急襲を仕かけます。第一騎士団はランスロットがいないので単独で動かすことができません。なので、第一騎士団と合流し、戦力に加わってほしいとお伝えください」


 伝言を頼まれると、ガウェインは準備があるといい、店を出て行く。


「今の話を聞いたら、酒を飲んでいる場合ではなくなったな。誘っておきながら悪いが、俺も今日はこの辺で帰らせてもらう。酒代はここに置いとくから、金額内なら好きなだけ飲んでくれ」


 モードレッドがポケットから黒い長財布を取り出すと、中から一万ギル札を十枚出してテーブルの上に置く。


「それじゃあ、また機会があったときにでも飲もう」


 別れの挨拶を告げると、モードレッドも店を出て行く。


 俺たちも呑気に酒を飲んでいる場合ではなくなった。


 皆考えていることは同じのようで、俺が立ち上がったタイミングでレイラとライリーも席を立つ。


 このお金はまた会ったときにでも返そう。


 俺は酒代の支払いを済ませると、レイラとライリーと一緒に宿屋に帰った。


 今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。


 誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。


 今回の投稿で、百五十日連続投稿の実績を解除しました!


 これも毎日私の作品を読んでくださっているあなたがいるからこそ、成せたことだと思っております。


 まだ読者数は少ないですが、読んでくださっている人がいると思うと、私のモチベーションを維持することができています。


 欲を言えば、もっと多くのかたに読んで気に入ってもらいたいのですが、それは私の努力次第!


 これからも執筆活動を頑張っていきます。


 次は五か月連続投稿の実績ですが、それも後四日!


 毎日書いて、エタらないようにしつつ、読者のあなたに安心して読み続けてもらえれるように、今後も精進していきます。


 明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。

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