第二十一章 第二話 天使の恋物語
今回のワード解説
共感脳……共感脳は自分の思うことに共感されることを求める。
目的志向……『なぜ』の問いを立てる力です。
俺は父さんに伝えるメッセージをリピートバードにお願いする。
城下町の民が日常生活を送っていること、ガリア国の王が出撃をしないようにメフィストフェレスが裏で糸を引いていること、何か裏の企みがありそうなことなどを鳥に代弁を頼む。
「以上だ。悪いがこのメッセージを父さんに届けてくれ」
メッセージを言い終えると、リピートバードは翼を羽ばたかせて窓から出て行く。
夕焼けの空に飛び立つ鳥を見届けると、俺はベッドに腰を下ろした。
金額は高かったが、ベッドの作りは良かった。
腰を下ろすとマットレスはゆっくりと沈み、小さいくぼみを作る。
反発力があるようで、ベッドに置いた手を離すとすぐに元の状態に戻った。
ベッドの骨組みにはケヤキの樹木が使われている。
それに部屋の窓は強化ガラスで作られ、箪笥なども高級感を漂わせている。
これだけのいい部屋が使えるのだから、値段が高いのも頷ける。
受付嬢が食事をする際にはルームサービスを使えと言っていた。
俺はテーブルの上に置いてあったメニュー表を手に取り中身を見る。
「マジかよ」
思わず声が漏れた。
記載されてある商品やサービスは、すべて高い金額に設定されており、苦笑いを浮かべる。
食事は外でしたほうがいい。
きっと他の皆もそう考えるだろう。
「ランスロット」
メニュー表をテーブルの上に置き、俺は剣の手入れをしているランスロットに声をかける。
「何だ?今忙しいのが分からないで声をかけているのか?」
彼に声をかけると、嫌そうな表情で俺を見る。
どうやら今は、剣の手入れに集中したいようだ。
「そんな声をかけてほしくなさそうな顔をしないでくれよ。すぐに終わる。ウンディーネの提案で、俺たちはなるべく別行動をするようにしただろう?」
「そうだな」
「俺は酒場で情報収集をしてくるから、夕食は別行動をさせてもらう。お金を置いておくから、夕飯代はこれを使ってくれ」
リュックの中に入っている瓶から一万ギル札を三枚取り出し、テーブルの上に置く。
高級料理店なんかに入らない限り、これぐらいあれば十分だろう。
ランスロットからの返答はなかったが、おそらく聞いてくれていたはず。
そう信じて、俺は部屋の出入口に向かうと扉を開けて廊下に出る。
「デーヴィット、ちょうど良かった。夕飯のことを今から聞こうと思っていたのよ」
廊下に出ると、部屋の前に女性陣全員が集まっていた。
「俺は単独で酒場に言ってくる。マスターなら色々な人から話を聞いていると思うから、何かの情報を得られると思っている。ランスロットに金を渡してあるから、カレンたちは飲食店で食べて来てくれ」
「デーヴィットばかりずるいじゃないか。酒を飲みに行くのなら、あたいも着いていく」
「余も久しぶりにワインが飲みたい。余も着いて行こう」
俺が酒場に行くことを告げると、酒が好物のライリーと、久しぶりの酒が飲みたいというレイラが同行すると言ってきた。
まぁ、二人が着いて来ても問題はないだろう。
「わたしも酒場に行きたいのです」
「それはダメ」
「それはダメです」
アリスが自分も着いて行きたいと言うが、俺とタマモが同時に拒否する。
さすがに幼い子どもを酒場に連れて行くわけにはいかない。
「それじゃあ酒場に行くのは俺とライリーとレイラの三人でいいな?」
「別にいいわよ。私は酒が好きではないことがわかっているし」
酒の何が美味しいのだかと言いたげな表情で、カレンが言う。
俺が村を追放された翌日の夜、ライリーが持ちこんだ酒をカレンに飲ませたことがあった。
そのとき、彼女は一口飲むとしかめ面をして返してきたのだ。
たった一回の経験で、決めつけてほしくはないのだが、むりに飲ませようとは思わない。
「あたしはそもそも、前の世界では未成年だから飲まないわ。だから飲食店のほうに行く」
エミも酒は飲まないで飲食店のほうに行くことを告げた。
彼女は俺たちとは違う世界から来ており、成人扱いされる年齢が異なっている。
既に違う世界に来ているのだから、試してみたいと言い出しそうな気がするのだが、前の世界の習慣が身体に染みついているのだろう。
「ワタクシもお酒は嗜む程度ですので、遠慮させてもらいます。それにアリスさんを見ておかなければならないので」
『えー!タマモはついて行かないの!せっかく公衆の面前で、酔っぱらって全裸になるデーヴィットが見られるチャンスなのに!』
自分の意志が飛ぶほど飲まないからな!
それに酔っぱらって全裸になったことなんて一度もない!
ドライアドの言葉に対して、俺は心の中でツッコミを入れる。
通常運転を見せるドライアドであったが、ウンディーネの策が成功したようだ。
BⅬ関係の言葉を口にしなくなっている。
「それじゃあ俺たちは先にいこうか」
「あいよ」
「わかったのだ」
俺はライリーとレイラを引き連れ、酒場に向かう。
薄暗い夜道を歩いていると、ジョッキに泡立っているビールのある看板が視界に入る。
酒場を見つけると店の前に行き、扉を開けて中に入った。
店内は既に賑わいをみせており、テーブル席には何組も座って酒を飲みながら談笑している。
「何名でしょうか?」
「三名です」
店員の女性が声をかけてきたので、俺は彼女に人数を伝える。
「テーブル席に案内しますね」
女性店員は店内の角に置かれてあるテーブルに、俺たちを案内してくれた。
窓側にレイラが座り、その隣に俺、反対側の窓側の席にライリーが座る。
「テーブルの上にあるメニュー表から選んでください。お決まりの際は呼び鈴を鳴らしていただければ、伺いに来ますので」
軽く説明をすると、別のテーブルから呼び鈴がなり、女性店員は注文を聞くためにここから離れていく。
メニュー表はふたつあり、ライリーとレイラが先にメニューを決める。
「うむ。余はこのヴェルモットにしよう」
「あたいはゴールデンホークにしようかな」
二人が飲むお酒を決めると、レイラからメニュー表を受け取り、中身をチェックする。
ここのお店は品揃えが豊富のようで、メニュー表にはびっしりと商品が書かれてある。
品物を見ていると、目を引くお酒があったので、試しにこれを頼むことにした。
メニューを決め、俺は呼び鈴を鳴らす。
呼び鈴ごとに違う音色を奏でているようで、先ほどとは違う音が店内に響く。
「お待たせしました。ご注文を受け溜まります」
「ヴェルモットをひとつ、ゴールデンホークをひとつ、あと、天使の恋物語をひとつください。それと枝豆とチーズもお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
注文の品を伝えると、店員さんはオーダーを伝えに厨房のほうに向っていく。
「天使の恋物語なんて酒があったのだな」
「米焼酎なんだけど、商品名を見て、気になったから頼んでみた」
「それにしてもいいリード振りだったねぇ、けっこう慣れているみたいだったよ」
「まぁ、食事デートは何回かしたからな。回数をこなせば自然と身体が動く」
「余とはまだ二人きりでデートをしておらぬぞ。昔の女か、昔の女とデートをしたのか」
何度か経験があることを告げると、レイラは俺の腕を握り何度も揺する。
「痛い、痛い。昔の女って、俺に彼女ができたことがないし、つき合う前のデート止まりだったっていう話じゃないか」
「だから余が彼女……いや、嫁になってやると言っているではないか」
「悪いがまだレイラには惚れていない。友達以上恋人未満といった感じだな」
酒場の雰囲気のせいか、酒を飲んでもいないのに軽く酔った感じになり、俺は普段言わないことも軽く口に出してしまう。
「ムム、なら今から余に惚れてもらう」
レイラが俺の右腕に抱き着くと、豊満な胸を圧しつけて耳元に口を近づける。
「大好きだぞ」
囁くように小さな言葉でレイラは愛を囁く。
彼女の言葉を聞いた瞬間、若干身体が熱くなり、鼓動が高鳴るのを感じる。
「不意打ちとは卑怯だぞ。思わずときめいてしまったじゃないか」
「どうだ?余に惚れたであろう。今から余の男になりたくなったのではないか」
「なっていない。それよりも離れてくれ。ライリーも止めてくれよ」
「あたいはデーヴィットのことは好きだが、恋愛対象ではないからねぇ、いくらレイラとイチャイチャしょうが構わないさ」
助け船を出してもらえるようにライリーに声をかけたが、彼女は状況を楽しんでいるようで、顔をニヤつかせている。
「お待たせしました。ご注文の品です。ヴェルモットのかた」
「ほら、レイラの酒がきたぞ。とりあえず離れてくれ」
「しょうがない。今日の誘惑はこの辺にしておくとしよう」
俺から離れると、レイラは女性店員さんから自分の分を受け取る。
彼女のワインはフレーヴァ―ドワインと呼ばれる種類で、果汁や果実、薬草や香草などを加えたワインだ。
レイラのヴェルモットは、白ワインに複数の香草や香辛料と、スピリッツという蒸留酒を入れて香りをつけてある。
「ゴールデンホークのかた」
ライリーが自分の酒を受け取る。
グラスの中の酒は薄い黄色をしていた。
残りが俺だけしかいないからか、店員さんは何も言わずに俺の前の酒をおき、物珍しいものを見るかのように俺を見ていた。
「あのう。何か?」
「ご、ごめんなさい。男性のかたがこれを頼むのは珍しいなぁと思いまして」
「あ、そうなんですね。変わった名前の酒だなと思いまして。頼んでみようかと」
「そうなのですね。このお酒は願掛けもかけて、女性が飲むかたが多いのです。マイナスイオン水で作られた焼酎なのですが、こんな物語がこのお酒にはあるのです。水がきれいな清流の里に天使の住む蔵がありました。ある日天使が恋をすると、きれいな水と美味しいお米で作られたお酒に、天使の恋が加わりほんのり甘い恋の味がするようになりました。このお酒を飲むと必ず恋が叶うとか」
「へぇーそうだったのですね」
「まぁ、美味しいお酒なのは保証しますので、飲んでみてください。あなたの恋が叶うといいですね」
そういうと女性店員さんは仕事に戻っていく。
「うぬぬ。今の話を先に聞いておれば、余がそれを選んでいたというのに。デーヴィット、余のヴェルモットと交換しないか」
今の話を聞いて飲みたくなったのか、レイラが注文の品を換えるように提案してきた。
別に興味を惹かれたから注文してみただけなので、むりに飲みたいとは思わない。
「まぁ、いいけど」
「ありがとうなのだ」
お互いの酒を交換すると、レイラは天使の恋物語を口に含む。
「うーん。甘酸っぱい恋の味がするのだ。これで余とデーヴィットは結ばれたのも同然であるな」
先ほどの店員さんの言葉を信じているのか、レイラは幸せそうな表情をしている。
俺的にはあの酒を飲んだぐらいで恋が叶うとは思っていない。
酒を宣伝して販売数を増やすための口頭文句だろう。
だけどレイラたち女性の前ではこんなことは言えない。
男は目的志向に脳が発達しているから論理的に物事を考えてしまうが、女性は感情に重きを置く共感脳が発達している。
おおらかな人ではない限り、論理的な話をしてムードをぶち壊せば、機嫌を悪くさせてしまう。
最悪の場合は八つ当たりをされるだろう。
ここにいるのがレイラ―とライリーなので、その心配はおそらく必要ないと思うが、カレンやエミの場合はデリカシーがないと言われるのがおちだ。
レイラから受け取ったヴェルモットを、香りを楽しんでから一口飲む。
口の中で香草の香りが広がり、鼻から抜けていく。
アルコール度数の高いワインのようで身体が熱くなってきた。
「ライリーのゴールデンホークはどんな味なんだ?」
「何だい飲みたいのかい?なら一口やろうか?」
「いや味が気になっただけで、別に飲みたいわけではない」
「連れないねぇ、あたいとデーヴィットの仲だと言うのに。まぁ、いいさ。これは果実酒だね、フルーティーな味がする」
ライリーからどんな味がするのかを尋ねると、俺はまだ乾杯していないことに気づく。
「そういえばまだ乾杯していなかったな」
「そうだったねぇ、ならデーヴィット、あんたが乾杯の音頭をやりな」
ライリーから乾杯の挨拶をするように言われ、俺は考える。
「そうだなぁ。まぁ今日はお疲れ様。色々とあったが、ここまでこられたのは、二人やここにいない皆のお陰だ。今日は英気を養って明日も頑張ろう。乾杯!」
「「乾杯!」」
俺たちは軽くグラスを接触させて互いにお酒を飲む。
乾杯をしたタイミングで頼んだおつまみが届き、俺はチーズを一口齧り、ヴェルモットを飲む。
ワインにはチーズがよく合う。
カラン、カラン。
「いらっしゃいませ!」
皆で談笑をしていると扉が開かれ、一人の女性が入ってきた。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
今回登場したお酒は変わった名前ですが、実在するお酒です!
気になったかたは一度飲んでみてはいかがでしょうか?
お酒は二十歳になってからなので、未成年のかたは飲んではいけませんよ!
と言いつつ、仕事の飲み会のつき合いで、十八歳の頃から飲んでいた私が言っても、説得力はないですが(笑)
明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。




