第二十章 第六話 ランスロットの婚約者
鎧に身を包んだ二人組の後ろを、俺たちはついて行く。
ガウェインが連れて行くの一点張りだったので、俺はたちは皆で着いて行くことにした。
嘘を吐いてしまった手前、彼の気が済むまで付き合うしかなかった。
パープル色のオールバックの男が、歩きながら顔を後方に向けると俺を睨む。
さすがの俺も、記憶喪失の展開からこんなことに発展するとは思ってもいなかった。
「ランスロットの婚約者ってどんな人かしら」
「でもランスロットは魔物でしょう?何で彼に婚約者がいるのよ」
「人違いではないでしょうか?世界には同じ顔の人物が三人いると言います。でも、名前も一致していますし、その辺りが疑問ですね」
カレン、エミ、タマモの三人がひそひそと話しているのが耳に入る。
前を歩いている俺がどうにか聞こえるぐらいだったので、更に前を歩いている二人には聞こえてはいないだろう。
タマモの言葉を聞き、確かにその点に関しては疑問に思った。
ガウェインが言っているランスロットは、おそらく似た顔の人物だろう。
だけど名前まで一緒とは不思議だ。
まるでマネットライムみたいだ。
「俺は隣を歩いているレイラに小声で話しかける」
「なぁ、ランスロットの正体ってマネットライムじゃないよな」
「当たり前だ。そもそも、マネットライムはレックスが生み出した魔物、余が扱えるわけがない。ランスロットの出生には少し訳があってな、今は話せる状況ではないゆえ、また今度話す」
ランスロットの出生には秘密がある。
それから考えるに、彼は普通の魔物とは違った誕生の仕方をしたのだろうか。
消滅した精霊の残留思念を、魔王が集めることで魔物が生み出される。
だけどランスロットの場合は、この過程で特別なことが起きたのだろう。
「見えてきました。あの青い屋根の家がギネヴィアの家です」
ガウェインが周囲の家よりも一回り大きい家を指差しながら、目的地に近づいたことを告げる。
更に歩き、目指していた家の前に辿り着くと、ガウェインは扉の横にあるベルを鳴らす。
来客が来たことを知らせる音が周囲に響く。
「はーい。どなたですか?」
扉越しに女性の声が聞こえた。
「ガウェインです。ちょっとあなたにお話しが」
「ガウェインさん、お久しぶりです。今扉を開けますね」
扉が開かれると、家主が顔を出す。
緑色の長い髪はモテの王道とも呼ばれるストレートで睫毛が長く、左目の目頭に泣きボクロがある。
俺は彼女の泣きボクロを見て、勝手に性格を想像した。
泣きボクロが左目の目尻にある場合は、魅力的で周りの男性から一目置かれる性格だ。
恋愛において心身が大きく影響されやすい恋愛体質。
恋愛における自分の長所がよく分かっているので、上手く自分をアピールでき、男性からモテる。
そして目頭にあることによって、恋愛では駆け引きをせずに、自分の素直な気持ちを相手に伝える愛情深い性格の人なのだろうと予想した。
「あら、他にもいらっしゃるのですね」
「はい、今日はあなたに合わせたい人がいるのです。ほら、そんなところにいないで、こっちに来てください」
ガウェインがランスロットの腕を引っ張り、扉の前に引き寄せる。
彼が姿を見せた瞬間、ギネヴィアは驚いたようで、両手で口元を隠し、目尻から涙を流す。
そして、そのままランスロットに抱き着いた。
「良かった。無事だったのね」
本当であれば、ここは感動的なシーンなのだろう。
だけど、彼女の目の前にいる彼は本者ではない。
そして俺が勝手につけ加えた設定もある。
俺は何だか申し訳ない気持ちになりながらも、ことの顛末を見守る。
「ランスロット、何か思いだしましたか」
「いや、思い出したかと言われても」
ランスロットがバツの悪そうな顔をしながら自身の頬を掻く。
「どうしたの?いつもなら抱きしめてくれるじゃない。会わない間に嫌いになった?」
ギネヴィアがランスロットから離れると上目遣いで彼を見る。
「いや、好き嫌いの問題ではなく、何と言えば」
焦った様子を見せながら、ランスロットは俺を見ると無言の圧力をかけてきた。
記憶喪失の設定にした以上、責任を取れと言っているのだろう。
咄嗟に嘘を吐いた俺にも責任がある。
タイミングを見計らい、俺はギネヴィアに声をかけた。
「すみません、ランスロットの仲間のような者なのですが、実は彼、記憶喪失なのです。自分の名前しか覚えていないのですよ」
今のランスロットの設定を簡単に説明すると、ギネヴィアは驚いて口元を隠す。
「本当なの……私のこと……全然覚えていないの?」
驚きながらも、声を振り絞って出したようで、途切れ途切れにギネヴィアはランスロットに尋ねる。
「すまない。君とは婚約者だったらしいが、記憶がない以上はただの他人だ。悪いが、婚約は解消させてくれ」
踵を返してこの場から離れようとしたランスロットだったが、彼の左腕をガウェインが握る。
「ランスロット!あなたは何を言っているのですか!あなたはギネヴィアを愛していた。記憶がなくとも心は覚えているはずです。そんなことは言わないでください!」
「私も嫌よ、あなた以外には考えられないの!」
「記憶がない以上は、俺に君を愛する資格はない。それに今の俺はレイラ様の配下だ。優先すべき相手がいる」
「レイラ!レイラって誰よ!」
ランスロットがレイラの名を口にすると、ギネヴィアは取り乱し、声音を強める。
「余がレイラである」
レイラが自ら修羅場に赴くと、ギネヴィアはキッと彼女を睨みつける。
「あなたね、私のランスロットをたぶらかした泥棒猫は!」
「たぶらかしたとは戯言を言ってくれる。余はランスロット卿の主であるぞ、配下が君主を優先するのは当然であろう」
髪を後ろに払いのけ、レイラは左手を腰に起き、優雅に反論した。
「ランスロットが記憶を失くしていることをいいことに、好き放題するなんて!呪いを用いて我が契約せし――」
「ギネヴィア落ち着いてください。こんなところで魔法を撃ってはなりません」
魔法を発動しようとしたギネヴィアを、ガウェインが右手で彼女の口を塞ぎ、左手で身体を押さえつける。
彼の拘束に抗おうとしているのだろう。
ギネヴィアは力任せに引き離そうとするが、体格の差もあり、逃れることができない。
「ここは私に任せてください。彼女を落ち着かせてから行きますので、お会いしたお店の前で待っていてください」
昼食を食べていた店の前で落ち合うことをガウェインは告げ、俺たちは急いでこの場から離れていく。
全速力で逃げるようにして離れていたため、約束の場所に着くころには息が切れていた。
「デーヴィット、いったいどう責任を取ってくれる!レイラ様まで巻き込んでしまったではないか!」
息を整えようとしていると、ランスロットが怒鳴り声を上げる。
「ほ……本当に……悪い……と思っている……だけど……あのときは……ああ言うしか……なかった」
「デーヴィット……のせいで……話が……ややっこしく……なった……じゃない。本者の……ランスロット……にも悪い……わよ」
俺が謝ると、カレンも息を切らしながら責めてくる。
確かにこんな展開になってしまうと、俺の考えは愚策だった。
けれど他に妙案が思い浮かばなかったのだ。
「ギネヴィアさん……可哀そう……なのです」
「同じ……女……としては……同情……しちゃうわね」
『アハハハハ、面白かった。修羅場ってサイコー!この先どんな展開になるのか楽しみね』
空気を読まずにドライアドが俺の脳に語りかけてくる。
彼女の言葉に、俺はイラつきを覚えた。
身体を落ち着かせ、息切れがなくなると皆で今後について話し合う。
「これからどうしましょうか?デーヴィットさんが余計なことをしてしまったので、このままにしておく訳にはいきませんし」
「そうよね、どうにかして誤解を解かないと本者が帰ってきたときに大変なことになるわよ」
「それなら心配はいらぬ。なにせ本者のランスロットはとっくの昔に死んでいるのでな」
「「「「「「え!」」」」」」
エミの言葉にレイラが返答すると、衝撃的すぎる内容に俺たちは驚きの声を上げた。
「どういうことだ。本者のランスロットが死んでいるって」
俺は思わずレイラに問い質した。
「可笑しいと思わないか?いくらこの世に同じ顔の人物が三人いると言われておっても、名前まで同じという可能性は限りなく低い」
レイラの言うとおり、そこは俺も疑問に思っていた。
まったく同じ顔で同名の人物がいる確率はゼロに近い。
「余はランスロット卿のモデルとなった男と戦ったことがある。そやつがギネヴィアの婚約者である本者のランスロットであった。彼との戦いは一瞬で終わり、余は勝利した。そのときにちょうど戦士系の魔物を生み出そうとしていたのでな。そっくりそのまま鏡映しでランスロット卿を生み出したのだ」
「そうだったのか」
俺と出会う前のレイラは魔王として冷酷であり、当然人間を憎んで何人も殺していた。
弱肉強食が自然の摂理である以上は仕方がないことだが、俺は気持ちが沈んでしまった。
「なぁ、この城下町にいる間だけでもギネヴィアの恋人として振舞えないのか」
「そんなのむりに決まっている。俺はレイラ様をお守りする義務がある。ままごと遊びにつき合っていられるか!それにもうすぐこの国は戦争を始めようとしている。敵の女なんかに構っていられるか」
しばらくの間だけでいいので、ランスロットにギネヴィアの相手をしてもらえないか聞いてみたが、彼は語気を強めて反論してきた。
今後の二人の関係について話していると、足音が聞こえたのでそちらに顔を向ける。
茶髪で癖毛の男がこちらにやってきた。
「お待たせしました。どうにか彼女を落ち着かせました」
「ギネヴィアさんの様子はどうでしょうか?」
「疲れて眠っています。皆さんには色々と聞きたいことがあるので、私の家に来てくれませんか?」
自分の家にガウェインは招待してくれるようだ。
俺はレイラたちに視線を向けると、無言で頷く。
「わかった。少しの間だけお邪魔させてもらう」
ガウェインに案内され、彼の家に向かう。
「あそこが私の家です」
街路を歩くこと十分、ガウェインが進行方向にある円形の建物を指差さす。
「一人暮らしなので手狭ですが、あなたたちが入れるスペースはありますので」
家の前に到着すると、彼は扉を開ける。
「どうぞお入りください。人数分の椅子はないので、何人かは床で座ってもらいます」
中に入るように促され、俺たちは彼の家に入った。
男の一人暮らしにしては綺麗に掃除が行き届いてあり、清潔感のある部屋だ。
「私はベッドに座りますので、三人のかただけ椅子をお使いください」
机の椅子と来客用の椅子を用意してもらい、話し合った結果、エミとカレンとレイラの三人が椅子に座り、残りが床に座る。
「アリスはデーヴィットお兄ちゃんの胡坐の上に座るのです」
床に座って胡坐をかいていると、アリスが俺の足に腰を下ろす。
「アリスちゃん、デーヴィットの邪魔になるわよ。あたしの膝の上に乗りなさい」
「エミお姉ちゃんの言うことなんか聞かないです」
自分の膝の上に乗るようにエミが言うと、アリスはそっぽを向く。
彼女にしては珍しい態度の取り方だったので、内心驚いた。
エミのほうを見ると、彼女がこのような態度を取る理由に心当たりがあるのか、表情を曇らせている。
喧嘩でもしたのだろうか。
もし、そうなら早く仲直りをしてもらいたい。
「さて、皆さんはどうしてこの城下町に?ランスロットの態度を見る限り、彼をここに送り届けてくれたわけではなさそうですが」
全員が寛ぐと、ガウェインが話の本題を切り出す。
俺たちがオルレアン側の人間であることは言えない。
それを悟らせないように話を勧めなければ。
「俺たちは旅の行商人だ。ガリア国が大きな戦をしようと動いているという情報を得たんだ。保存の効く芋を売れば儲かるのではないかと思った。だけど来てみたら戦争のせの字もないほどの平和な暮らしに驚かされている」
俺たちが潜入するための設定である行商人という身分を使い、噂話を聞きつけてガリア国に来たことを告げる。
「なるほど、確かにこの国はオルレアンとの戦の準備を行っています。ですが、まだ行動にいたってはおりません」
「どうして行動に出ないんだい?あたいたちはここに来る前にオルレアンの軍隊と思われる野営地を見かけた」
ライリーが俺たちの軍が近づいていることを告げる。
真実を伝えることで、何かしらの情報を得ようとしているのだろう。
「それは本当なのですか!」
ガウェインが驚きの表情を見せる。
どうやら俺たちの軍が接近していることに気づいてはいなかったようだ。
「それは大変だ。すぐに王に伝えなければ。けれど、なんて言えばいい?私がどれだけ言っても、自ら進軍させようとはしない王に」
彼は茶髪の癖毛頭に両手を置き、頭を抱えながらぶつぶつと独り言を呟く。
「どうしてガリア国の王様は、兵を出そうとしないのでしょうか?」
タマモが質問すると、彼は溜息をつく。
「メッフィー賢人議会ですよ。彼が王の進軍させる意思を削いでいるのです。言葉巧みに王を言いくるめ、戦争を遅らせている。だけどこのままではオルレアンの軍隊がこの国に攻めてくる」
賢人議会は王のブレーキ役であり、暴走しそうになるのを止めようとする。
その人物のお陰でまだ戦が始まっていなかったのだ。
「うん?メッフィー賢人議会?」
彼の説明に出てきた賢人議会の名前を聞き、俺は違和感を覚える。
メッフィー賢人議会……メッフィー……メフィストフェレス!
もし、メフィストフェレスが賢人議会の人物に成りすましていたのであれば、酒吞童子を倒したタイミングでガウェインたちが現れたのにも納得がいく。
でも、戦争を起こすきっかけを作っておきながら、軍を出させないのは何故だ?
タイミング的なものなのか、それとも別の意図があるのか。
真相はわからないが、これは大きな情報だ。
早く父さんにこのことを伝えなければ。
「悪い、用事を思い出した。俺たちはこの辺で帰らせてもらう。ガウェインも王様に言わなければならないことがあるだろう」
「他にもお聞きしなければならないことがありますが……そうですね。わかりました。帰りの際はお気をつけて」
アリスに降りてもらい、俺は立ち上がると彼の家から出て行く。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
今回の話で第二十章は終わりです。
明日は第二十章の内容を纏めたあらすじを投稿する予定です。




