第二十章 第四話 ガリア国潜入捜査
翌日、オルレアン軍はガリア国までもう少しというところまで近づいた。
これ以上の接近はガリア国の兵士に見つかる可能性があるとのことで、団体での移動はここまでとなる。
見渡す限り大地が広がり、地面にはほとんど草が生えていない。
おそらくここが戦場となるだろう。
「デーヴィット王子」
背後から俺の名を呼ぶ声が聞こえ、振り返る。
オルレアンの紋章が刻まれた鎧を着た兵士が、俺を呼んでいた。
「デーヴィット王子、王様がお呼びです。今すぐに来てほしいとのことです」
「わかった。今行く」
いったい何の話なのだろうか?
様々な予想をたてながらも、俺は父さんのいるテントに向かう。
テントに入ると、茶髪のマッシュヘアーに切れ目の男性が、玉座に座ったまま俺をみる。
「呼び出してすまなかった」
「いや、別に構わないけど、何のよう?」
「実はお前に頼みたいことがある。仲間を引き連れてガリア国の様子を見て来てほしい」
戦争相手の国の様子を見て来てほしいと言われ、俺は鼓動が高鳴った。
「ガリア国の動向が気になってな、ここまで接近できるとは思っていなかった。もっと自国から離れている場所が戦場の舞台となると思っていたのだが、予想が外れてしまった」
父さんたちの計算では、もっと離れた場所で戦う予定になっていたらしい。
けれど、ガリア国は戦争相手の軍を近くまで引きつけている。
確かに気になる。
何かの罠の可能性だって否定できない。
「前にも言ったが、戦争というのは我が国の民を守るために、国から離れた場所を戦場の舞台として選ぶ。だが、ガリア国は国の民に被害がでることも分かっておきながら、敵軍の接近を許している。何らかの意図があるのだろう。それを調べて来てくれないか?」
ガリア国内に入れば、城に入って事情を話し、戦争を止められるかもしれない。
「わかった。その任務を引き受けよう」
「助かる。野営地の外に馬車を用意してある。商人として振舞い、ガリア国を調べてくれ。」
「わかった。行ってくる」
俺は踵を返してテントから出ると、仲間たちに声をかけ、先に馬車が置いてある場所に向かう。
馬車は二頭の馬で引っ張ることのできる大きさで、荷台にはみっつの壺が乗せてあった。
壺の蓋を開けてみると、芋が入ってある。
芋を売る商人という設定なのだろう。
壺の数が少なく、検問の際に本当に商人だと怪しまれそうだが、こちらの食料にも限りがある。
おそらく、侵入作戦に投資できる食料が、これぐらいしかないということなのだろう。
あとは俺の話術でどうにか切り抜けるしかない。
「おお、これが作戦に使われる馬車であるか」
馬車の確認をしていると背後からレイラの声が聞こえ、俺は振り返る。
レイラと一緒に他の女性陣も来ており、全員が揃った。
「カレン、頭に乗っているその鳥って」
金髪のミディアムヘアーの上に、小型のフクロウに似た鳥が乗っていた。
「リピートバードよ。王様が連絡係として連れて行けって」
頭に乗っているからか、カレンは嫌そうに説明をする。
「でもどうしてカレンの頭に?」
「それはこっちのほうが聞きたいわよ!いくら小型でも重いし、いつ糞を落とされるかヒヤヒヤする……いたた、爪を立てないで」
カレンが語気を強めて愚痴を零すと、彼女は頭を抑える。
リピートバードは鳥の中では人間に近い脳の作りをしており、言葉を理解することができる。
カレンの言葉が気に障ったようで、リピートバードが隠していた爪を出したようだ。
「カレンが嫌がっているからこっちにおいで」
鳥に呼びかけると、リピードバードは羽ばたき、今度は俺の頭に着地する。
彼女の言うとおり、小型でもそれなりの重さがある。
ずっと乗っていたら正直迷惑だ。
「なぁ、何で頭に乗る?」
リピートバードに問いかけるも、鳥は答えることなく首を傾げる。
さすがに女性陣に押しつけるのは可愛そうだ。
ここは俺が我慢するしかないだろう。
俺は馬車を引いてくれる二頭の馬を見る。
馬は大人しく、よく人間に慣れるがとても繊細の生き物だ。
草食動物である馬は、外敵から逃げて生き延びるために、視覚、聴覚、嗅覚が発達している。
初めて見るものや急に動き出すもの、慣れない臭いや大きな音に敏感だ。
馬は蹴飛ばすというイメージがあるが、基本的には攻撃的なことはしない。
噛むや蹴るといった行為は、不安の結果が生じたものだ。
国の荷馬車を引く馬であり、人に慣れているとはいっても、初めて見る顔には警戒をするはず。
「オーラ、オーラ」
ゆっくりと声をかけ、馬がこちらに注意を向けて落ち着いているのを確認すると、俺は二頭に近づく。
人が不安そうな態度を見せると、馬も不安になるため、俺は堂々とした態度で接した。
馬は初めて見る俺を見ても怖がる素振りを見せない。
これなら上手く手綱を引いて馬を走らせることができるだろう。
「手綱は俺が操作するから、皆は荷台のほうに乗ってくれ」
「荷台って言っても、固い板の上じゃない!そのまま乗れと言うの!」
そのまま乗りたくないとカレンが言うが、アイテムボックスの中にも、下に敷くのに適したものはなかったはず。
「あたしもできればそのまま座りたくないわ。あたしのお尻は薄いもの」
自身の尻を触りながら、エミもそのまま座りたくないと言い出す。
裸のつき合いに比べれば、全然恥ずかしくないのかもしれないが、できれば恥じらいを持ってほしい。
「余も可能であれば尻に何か敷きたいのだ。そうだ!ライリーよ、余の椅子になってはくれぬか?固い床に座るよりかはマシである」
「それは冗談で言っているのだよねぇ、本気だったらマジで怒るよ」
女性陣たちは、直接床に座ることに抵抗があると言ってくる。
だけど、ないものねだりをしても用意できないものはどうしようもない。
「帰りは何かの大きな布を買って敷くから、行きだけでも我慢してくれ」
「ねぇ、御者席の隣には助手席があるでしょう。そっちに乗せてよ」
カレンが助手席のほうに乗りたいと言い出す。
確かに御者席の隣にもう一つ座るスペースがある。
だけど、ただ座りたいという理由だけではだめだ。
「座ってもいいけど、ちゃんとサポートできるのか?」
俺はカレンに尋ねると、彼女は顔を引きつらせる。
助手席は御者の負担を減らすために、サポートをしてくれる人が乗ることが許されている席だ。
「それを言われると自信はないわよ。わかった。我慢すればいいんでしょう。」
カレンは表情を暗くすると溜息をつく。
少しイジワルをしてしまっただろうか。
「わかった。でも助手席に座る以上は、勉強してもらうぞ」
良心が刺激された俺は、何だかカレンが可哀そうに見えてしまい、妥協案をだしてしまう。
「本当!やった!操縦の仕方を勉強するから乗せてよ」
助手席に乗ることを許可した瞬間、カレンは満面の笑顔で喜ぶと、我先に助手席に乗り込む。
「カレンお姉ちゃんずるいのです」
「余も乗りたかったぞ」
助手席に乗り込んだカレンを見て、アリスとレイラが不満を口にする。
「早いもの勝ちよ。帰りは代わってあげるから」
「帰りは別の誰かに勉強してもらうから、行きだけでも我慢してくれ」
「しょうがない。帰りは布を敷いてくれる約束になっておるし、ここは我慢しよう」
「そうですね。アリスも我慢するのです」
一人でも御者の経験がある人が増えれば、今後何かがあったときに役に立つ。
そう思い、カレンの提案はとてもいいことだと思った。
しかし、レイラとアリスは帰りの助手席に興味がない口ぶりで、荷台に乗り始めた。
俺は苦笑いを浮かべながら、女性陣が荷台に乗ったことを確認する。
「みんな乗ったな。そろそろ出発するぞ」
荷台に声をかけると、白銀の鎧に身を包んだ人物が俺のところにやってきた。
「ランスロット、どうかしたか?」
「俺も護衛としてついて行くことになった」
父さんに言われたのか、潜入捜査のメンバーにランスロットまで加わることになった。
「わかった。道中の護衛は頼んだ」
彼はジェネラル級の魔物だ。
護衛としてついて来てくれるのは心強い。
荷台の中が狭いことを理由に、彼は徒歩で着いて来ることになった。
御者席に乗り、手綱を握って馬を歩かせる。
「いいか、馬を前進させるときには手綱を軽く上下に動かす。こうすることで、馬に出発することを知らせるんだ」
カレンに説明をしながら、俺は握っている手綱を上下に動かす。
するとゆっくりと二頭の馬は歩き始める。
「次は止めるときのやりかただ。ゆっくり歩かせているときは、ゆっくりでいい。握っている手綱を自分のほうに引っ張る。こうすることで、馬に止まることを知らせる」
ゆっくりと手綱を自身のほうに引っ張る。
すると歩き出した二頭の馬は、足を止めてその場で停止する。
「出発と停止はわかったか」
「わかったわよ。曲がりたいときはどうするの?」
「曲がりたいときは、曲がりたい方向の手を横にふり、体重をかける。これで曲がる方向を知らせるんだ」
基本的な操作を教え、俺は再び握っている手綱を上下に動かし、二頭の馬に出発することを知らせる。
指示を受けた二頭は、ゆっくりと前進を始め、目的地であるガリア国に向っていく。
歩きであるランスロットに合わせる必要があり、馬の歩く速度を遅くさせる。
このスピードとなると、ガリア国に辿り着く頃にはお昼を余裕で過ぎそうだ。
「デーヴィット、もしかして俺に気遣っていないか?俺は人間ではない。体力には自信がある。スピードを速めてくれて構わんぞ」
地面を歩きながら、ランスロットが声をかけてきた。
「そうか。因みにどのくらいのスピードまでなら大丈夫だ?」
「いくらでもスピードを出せばいい。俺はそれに食らいつくまでだ」
自身満々にランスロットは言ってきたので、俺は彼の言葉を信じることにした。
荷台にはレイラたちが乗っている。
あまりスピードを出せば彼女たちの反感を買うことになるだろう。
俺は少し強めに手綱を上下に振る。
先ほどとは違う衝撃を感じ取ったようで、二頭の馬は歩くスピードを上げた。
荷台に座っている女性陣のことを考慮したスピードまで上げたが、それでもランスロットは走りながらついてくる。
これならニ時間ぐらいで辿り着けるだろう。
ガリア国内で何が起きているのだろうか。
上手く交渉して国王と謁見することができるのだろうか。
不安と期待が入り混じる中、俺はカレンと話しながら手綱を操作する。
ニ時間ほど経過すると、目的地であるガリア国につながる門が見えた。
この門は検問場となっており、俺たち以外の馬車が列をつくっている。
最後尾に並び、順番が来るのを待つ。
「着いたであるか?」
待っていると、後ろの小窓を開けてレイラが顔を出す。
この馬車の荷台は小窓がついており、御者席を見ることができる。
「今検問待ちだ。もう少し待っていてくれ」
「そうであるか。なら、着いたら教えてくれ。皆我慢しておるのに、尻が痛いとエミがうるさいのだ」
「そんなにうるさくは言っていないわよ!」
レイラの言いかたが癇に障ったようで、エミが声を上げて抗議する。
彼女たちのためにも、早く検問を終わらせてガリア国に入らないと。
しばらく待つと順番が訪れ、検問を担当しているガリア国の兵士が声をかける。
「入国の理由は?」
「俺は旅の商人です。少ないですがガリア国に芋を売りに来ました」
「そうか。芋は保存食にもなる。中を確認させてもらおう」
「あ、荷台には旅の仲間も乗っています」
「そうか、なら一度全員降りてもらおう」
「わかりました。皆、一度荷台から降りてくれ」
荷台にいた女性陣たちに降りるように言い、彼女たちが降りたタイミングで男が荷台の中に入る。
一分ほどで確認が終わったようで、彼は戻ってきたが、何故か不機嫌そうなオーラを纏っていた。
「美女ばかり引き連れやがって、ハーレム野郎が、死んで爆発しろ」
小声で言ったつもりだったのだろうが、男の声ははっきりと俺の耳に入る。
男女比で言えば女性のほうが多いが、別にハーレムとは言えない。
今回はランスロットも着いて来ているのだから。
そもそもハーレムというのは、一人に対して複数の異性が好意を持ち、はべらせていることを言う。
好意を向けられているのはレイラだけだ。
これはけしてハーレムと言えたものではない。
だけど何も知らない第三者からすれば、男女比に偏りがあるとハーレムに見えてしまうのだろう。
「積荷は確認した。さっさとこの場から消え失せろ!」
荒々しい口調で、男は突き放すような言い方をしてくる。
まぁ、一応検問はクリアすることができた。
このままガリア国に向おう。
俺は手綱を上下に動かし、馬を走らせた。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。




