第二十章 第三話 逸れた間のジルとランスロット
「うーん……あれ?俺は何をしていたんだっけ?」
目が覚めた俺は眠気眼のまま考える。
「確かレックスを倒して、そのあとにメフィストフェレスが現れて、それで戦うことになって」
ひとつひとつこれまでのことを思い出していく。
「そうだ。仲間がメフィストフェレスの姿に見えて、同士討ちをしてしまったんだ」
最後に残っているのは、誰かに腹を殴られた記憶だ。
そのあとは気を失って何が起きたのか記憶にない。
目が覚めたばかりで視界がぼやけ、まだここがどこなのかが判断できていない。
瞼を擦り、もう一度目を開けると少しだけ視界が良好になった。
どうやら広いテントのような場所にいるようだ。
そして俺はベッドで横になっている。
俺は起き上がると周囲を見た。
他にもベッドがあるところを見ると、ここは医務室的な場所のようだ。
仲間たちの姿は見えず、俺だけがこの空間にいる。
「どうやら目が覚めたようだな」
出入口のほうから聞き覚えのある声が聞こえ、そちらに顔を向ける。
全身白銀の鎧に身を包んだ人物が立っていた。
「ランスロット!」
「目覚めた早々元気そうで何よりだ」
「お前もぶじだったのか。どうして今まで合流をしなかった」
「まぁ、待て。その件も含め話したいことがある。レイラ様たちは既にお目覚めだ。ついて来い」
親指で後方を指差しながら、ランスロットが同行するように言う。
俺はベッドから降りると彼について行く。
外に出ると、他にも同じ作りのテントが複数あり、王都オルレアンの紋章が刻まれている鎧を着ている兵士が、話していたり大地を歩いていたりしていた。
どうやら気を失っている間に、我が国の野営地に運ばれていたようだ。
本当に戦争が始まろうとしている。
デーヴィットは拳を握り、歯を食い縛る。
ランスロットが向かった先は一番大きいテントだった。
彼に続き、俺も中に入る。
「デーヴィットが目覚めた」
「「「「デーヴィット!」」」」
「デーヴィットさん!」
「デーヴィットお兄ちゃん!」
テントの中には、先に目覚めた皆がいた。
俺の姿を見るなり、彼女たちはこちらに近づく。
「良かった。目を覚まされたのですね」
「まったく、余を心配させるではない」
「本当によかったのです」
「まぁ、デーヴィットがこのぐらいでくたばるようなタマではないからな。あたいは信じていたが」
「まぁ、チートであるあなたが眠ったままで終わるとは、あたしも思っていなかったけれどね」
「目が覚めてくれたから私も一安心したわ」
彼女たちが一斉に声をかけてくる。
全員がほぼ同時だったので、すべての言葉を捉えることができなかったが、心配していたということだけは伝わってきた。
「ゴホン。目を覚まして早々に見せつけてくれるとはやるではないか。さすが我が息子と言うべきか」
父さんの声が耳に入り、視線を奥のほうに向ける。
彼は苦笑いを浮かべ、玉座に座っていた。
「どうしてセプテム大陸に父さんたちがいる」
「戦争が起きてしまう可能性がある以上は、最悪の事態に供えなければならない。お前を信じていなかったわけではないが、念のための処置だ」
「父さん、ごめん」
「何も言うな。話しはエミちゃんたちから聞いている。敵の策略に嵌り、戦争を回避できなくなったことは仕方がない。今はやるべきことをするだけだ」
「今からでもガリア国に向かい、交渉することはできないだろうか。俺が使者として向かえば、生きて戻って来られる可能性は低くはない」
戦争を回避できない局面にある中、俺は汚名返上をしたい気持ちになり、父さんに進言してみる。
「お前の気持ちは分からなくもない。ワタシだってできることなら戦争を回避したいさ。だけどガリア国は完全に交渉をする気がないようだ。一度だけ使者を送ったが、その人物が戻ってくることはなかった」
「だからこそ俺が!」
「思い上がるな!その自信と思い込みが今回のことを引き起こしてしまったことに、まだ気づかないか!謁見が許されない以上は、戦場で言葉を交わすしかない!」
父さんの言葉に俺は悔しさを感じ、拳を握る。
「目が覚めたばかりで色々と混乱をしているだろう。今日はゆっくりと休み、疲れを取るがよい」
俺は無言のまま踵を返し、父さんのいるテントから出て行く。
「デーヴィット!」
目的がないまま外を歩いていると、後方からカレンの声が聞こえ、呼び止められる。
振り返ると彼女だけではなく、女性陣やランスロットまでついて来ていた。
「これからどうするつもりなの?」
カレンが心配そうな表情で聞いてくる。
「どうするって、父さんに言われたとおりに今日はゆっくり休むさ。父さんに正論を言われて一時的にムカついたけど、今の俺は冷静になってものごとを見る必要がある」
「そう」
一日ゆっくりすることを伝えると、カレンはホッとしたのか、安心した表情を見せる。
「そういえば、どうしてランスロットが父さんたちと一緒にいたんだ?」
「それは私がご説明いたしましょう」
ローブを着ているギョロ目の男が近づく。
「ジル!」
「お久しぶりですデーヴィット殿」
彼は俺に手を差し伸べた。
さすがに握手を交わさないわけにはいかなかったので、俺も手を出してジルの手を握る。
前に手を握られたときと同様に、彼の手は冷たく、死人に手を握られている感覚になった。
俺はこの感触が苦手だ。
「デーヴィットも目覚めたことだし、どうして彼の御父上と一緒にいたのか、そろそろ説明してもらおうではないか」
彼女たちにも話していなかったのか、レイラが話すように促す。
「はい。あの日、エルフたちの攻撃からレイラ様たちを守るために囮となっていたのですが、私とランスロット卿は、追い詰められているふりをして海岸まで向かいました。その時、ランスロット卿が足を滑らして海に落ちてしまわれたのですよ。ランスロット卿は泳げないので、私も海に飛び降りて彼を助けようとしました」
「ジル軍師!余計なことは言うな!」
恥ずかしいエピソードを語られ、ランスロットは語気を強める。
「まぁ、まぁ、私の恥ずかしいエピソードも語らないといけないので、いいじゃないですか」
口調が乱暴なランスロットをジルが宥め、彼は続きを語る。
「ランスロット卿を助けるために私も海に飛び込んだまではよかったのですが、トラブルというものは時には連続で起きるものでして、彼の身体を支えた瞬間、私は足を攣りました」
ジルの話を聞き、俺は顔を引きつらせる。
海で足を攣るというのは危険なことだ。
どうして足が攣るのかと言うと、筋肉の痙攣が原因となって起こるのだが、筋肉の痙攣は、発汗などによる脱水とミネラル不足や、神経の異常反射などが原因となって起こる。
また、極度の疲労によって筋肉が異常収縮を起こすことで、痙攣が起こる場合もあるのだ。
足がつると、途端に動けなくなるほどの強い痛みが起こり、痛みが酷いとその場にうずくまって立ち上がることもできなくなるほどだ。
痛み以外の症状では動悸やめまい、大量の発汗が起こる。
つっている部位は見ただけでわかるほどに、筋肉が隆起して硬くなっている。
安静にしていれば自然に鎮まる時もあるが、鎮まるという保証がない。
「幸いにも私は痛覚がないので痛みはなく、足を攣ったという感覚だけでしたが、そのせいでランスロット卿を支えるので精一杯だったのです」
ジルのカミングアウトに俺は驚かされる。
痛覚がないというのは、苦しむことがないという利点もあるが、学習能力に欠けるというデメリットもある。
人間は痛覚があるために何かをしてケガをすれば、その原因を探し、同じ過ちを繰り返さないようにする。
だけど痛覚がなければ、ケガをするまでの過程で、どこに原因があったのかがわからず、同じことを繰り返してしまう。
人は痛みを感じ取れるからこそ、成長できるともいえる。
「ランスロット卿を支えたままでは、ふくらはぎを抑えながら足首を内側に曲げて筋肉の収縮を促すこともできず、そのまま海を何日も彷徨っていました。ある日、私たちは偶然にもデーヴィット殿の御父上が乗船している船に助けられ、一命をとりとめたのです」
彼らがいつまで経っても合流できていなかった理由はわかった。
けれど今の話を聞いて、俺はある疑問が頭に浮かんだ。
「なぁ、ジルはわからないが、ランスロットは浮遊術を使えたはずだろう?浮遊で移動すれば海の中を漂う必要はなかったんじゃないのか?」
俺が質問をするとこの場が静まり返る。
浮遊術を使えなかった理由でもあるのだろうか?それなら恥ずかしがらずに言えばいいのに。
そう思っていると、ジルの青白い肌が赤くなっていく。
「そのことを忘れていた!」
「そのことを忘れていました!」
ジルとランスロットが、タイミングよく同時に口を開いた。
「忘れていたのかよ!」
彼らの返答に、俺は思わずツッコミを入れてしまう。
「ジェネラル級の魔物でありながら、どうしてそのことに気づかなかったのでしょう」
恥ずかしさからか、ジルはローブのフードを深く被りなおす。
「まぁ、二人ともぶじであったのだからよいではないか。誰だって忘れてしまうことぐらいはある」
励まそうとしているのか、レイラは二人の肩を軽く叩く。
「二人が合流できなかった理由はわかったけれどよ、どうしてオルレアン軍の野営地で、あたいたちは眠っていたのだい?」
ライリーが知らない間に移動していたことを尋ねる。
それは俺も気になっていた。
どうしてエトナ火山の地下にいた俺たちが、ここに運び込まれたのか、その経緯を知りたい。
「俺たちは、セプテム大陸に到着すると、レイラ様と合流するために魔王の情報を集めた。その情報を頼りに、ジル軍師が場所を特定してくれたのだ」
「私たちはすぐに向かったのですが、私たちが地下通路で見たのは、仲間同士で戦う皆さまでした。私は何かしらの魔法の影響を受けていると判断し、ランスロット卿に気絶させるようにお願いしました」
ジルの話を聞き、あのときの光景が納得できた。
剣を握っていたメフィストフェレス、そのもう一人はランスロットだったのだ。
「レイラ様には苦戦を強いられましたが、どうにか全員を気絶させ、近くに来ていたオルレアンの野営地まで運んだのです」
話を聞き、直接礼を言うのが恥ずかしかった俺は、心の中で二人に感謝をした。
あのままだったら、俺たちは誰かが一人になるまで殺し合っていただろう。
「ご苦労であった。さすがは我が子らだ」
レイラは二人に労いの言葉をかける。
「レイラ様の配下として当然のことをしたまでです」
「私もランスロット卿も、レイラ様のためなら命を懸ける覚悟であります」
「うむ、よく言った。これからも余の右腕として精進をするように」
「「御意」」
二人はレイラに返事をすると踵を返した。
「では、俺たちは周辺の調査を頼まれていますのでこれで」
調査に向かうことを告げると、二人はこの場から離れていく。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。




