第二十章 第二話 オケアノスの魔王
今回の話はメフィストフェレスが中心となっています。
なので三人称で書かせてもらっています。
今回のワード解説
インペリアル……横に伸びるひげが、上唇からの口髭だけでなく、ほおひげ(髯)も合わさって、尖端が上向きに湾曲したもの。
グリップ…… バット・ラケットやゴルフのクラブ、一眼レフカメラなどの握りの部分。また、その握り方。
ツーブロック……ヘアデザインを表す名称のひとつ。おもに、トップが長め、トップ以下(サイドやえり足)が短めにカットされた髪型を指しています。
ソフトウルフ……トップのレイヤーと襟足がはっきりわかるような従来のスタイルではなく、襟足とトップの段差をマイルドにした女らしいスタイルをいいます。
「魔王様、ただいま戻りました」
デーヴィットたちに同士討ちをさせたメフィストフェレスは、カーテン越しに見えるシルエットに向けて帰還したことを告げる。
カーテンの反対側にいる魔王は横になっているようで、シルエットは横長かった。
「メフィストフェレスが。どうであった。魔王のクズとも言えるあの男は始末できたか?」
「はい。私ではありませんが、王都オルレアンの王子であるデーヴィットと、その仲間が倒しました」
「ほう。確かレックスを弱らせるための道具として、メフィストフェレスが誘導していた人間であったな。まさかあの男が人間如きに倒されるとは。オルレアンの王子は、わらわの好敵手になりえるか?」
「それはないでしょう。複数の精霊と契約している多重契約者であり、様々な魔法を使いますが、魔王様の敵ではありません。私の認識阻害の魔法で同士討ちを始めるほどの男であります」
「そうか。その程度の男にレックスがやられるとは、あいつも堕ちたものだ。レイラなんかに現を抜かすから、弱くなる。魔王の使命は配下の魔物を生み出し、人間共に制裁をくだすことだ」
「魔王様の言うとおりでございます」
メフィストフェレスが魔王を褒めると、カーテン越しのシルエットが横長から縦長に変わった。
どうやら立ち上がったようだ。
神秘のベールに包まれたカーテンが開き、魔王が彼の前に姿を見せる。
灰色のソフトウルフの髪形はミディアムほどの長さでパーマをかけ、女性らしさを醸し出している。
瞳と同じで唇は青く、あんまり外には出ないのか、色白い肌をしていた。
赤いドレスを着用し、優雅にメフィストフェレスに近づく。
「メフィストフェレスは確か、ガリア国の賢人議会の人間に成りすましておったな」
「はい」
「どうだ。人間が醜く争い、同じ人種で血を流す戦争とやらの準備のほうは?」
「すべて順調に進んでおります。王のブレーキ役である賢人議会に成りすました私は、言葉巧みに王をそそのかしております。あと数日経てば開戦させるでしょう」
「そうか。そのときはわらわも見学をするとしよう。人間共がお互いに殺し合う姿は滑稽であるからな」
メフィストフェレスの主である魔王は、踵を返すと彼から離れようとする。
「魔王様、失礼を承知でひとつだけ聞かせてもらえないでしょうか?」
「申せ」
「ありがとうございます。なぜにわざわざセプテム大陸の人間を使って戦争をさせようとしているのでしょうか?人間共を同士討ちさせるだけなら、このオケアノス大陸の獣人たちでもいいのではないでしょうか?」
「それはわざと聞いておるのか?」
メフィストフェレスの質問が気に障ったのか、魔王は彼を睨みつける。
「め、滅相もございません。私はただ純粋に疑問に思っただけで」
彼女の態度を見て、メフィストフェレスは慌てて誤解であることを告げる。
「まぁよい。特別に今の失言は許そう。わらわの考えが読めないところも、また可愛らしいところだということにしてやる」
「ありがたき幸せ!」
右手を自身の胸に当て、メフィストフェレスは軽く頭を下げる。
「オケアノスの獣人を使わないのは、わらわの出自とこの大陸の歴史にある」
「なるほど!そういうことだったのですね。ようやく魔王様のお考えが理解できました」
今の一言で、メフィストフェレスは彼女がオケアノスの獣人を使って戦争を起こさない理由を理解したようだ。
「理由は伝えた。わらわは早く、人間共が醜く戦うところが見てみたい。一日でも早く開戦できるように準備を整えろ」
「かしこまりました。では、ガリア国に向かいますね」
もう一度自身の胸に右手を当て、軽く頭を下げるとメフィストフェレスは黒い霧に包まれて、この場から消えた。
彼が次の現れたのは、ガリア国にある城の一室であった。
扉越しに言い合いをしている声が耳に入り、メフィストフェレスは溜息をつく。
「まったく、今日もいつものやつですか。人間が醜い姿を晒しているところを見るのは大好きですが、同じことを繰り返されるのは退屈ですよ。たまには違うことで言い争ってほしいのもです」
呆れつつも、メフィストフェレスは扉を開ける。
この部屋は玉座の間の隣にあり、彼の視界の先には言い争いをする男女と、それを玉座から見ている国王が映り出される。
「またいつものやつですか?本当に飽きないですね」
メフィストフェレスは言い合いをしている男女に声をかけた。
女性は金髪の髪をポニーテールに纏め、銀色の鎧を着ている。
そして男のほうは口髭を横長に伸ばし、左右を上に上げ、顎の中央部分の髭だけを伸ばすインペリアルと呼ばれる髭をしており、茶髪のツーブロックの髪型で恰幅のよい体格をしている。
そう、女性エルフを攫い、性奴隷計画を企てていたあのエドワード伯爵だ。
「メッフィー賢人議会殿、いつものやつですよ。庶民上がりのくせに王の娘だと言い張っているのですよ。まったく、剣の腕がよくって騎士団長に上り詰めたのは評価しますが、国王の娘だと虚言を吐くのは勘弁してほしいものです」
やれやれと言いたげに、エドワード伯爵は両手を少しだけ上げ、首を左右に振る。
「娘ではない、息子だ!俺は男だと何度言えば気が済む」
金髪の女性はエドワード伯爵を睨むと、剣のグリップに手を沿える。
「待ってください。王様も見ているのですから、堪えてください」
今にも斬り倒そうとする雰囲気を醸し出している女性の前に立ち、メフィストフェレスは気持ちを静めるように言う。
こんなところで刃傷沙汰を起こされてしまえば、彼女が投獄される可能性も出てくる。
彼女は強い。
きっと戦争でも活躍し、多くの人間を殺してくれるだろう。
戦争前に戦力(道具)を失うのはあまりよろしくない。
「チッ、メッフィー賢人議会に免じて今回は許してやる。次に俺のことを女だと言ったら容赦しないからな」
金髪の女性は舌打ちをすると、エドワード伯爵を睨みつけた。
「なにが今回は許してやるだ。俺が言っていることは事実ではないか。俺は多くの女を抱いたから分かる。豊満な胸に引き締まった尻を持っているのが鎧越しにでもわかる。これを女と言わずに何という!」
「また俺を女だと言いやがったな!もういい、我慢の限界だ」
言ってほしくない言葉を伯爵から言われ、金髪の女性は拳を振るわせる。
「モードレッド騎士団長、刃傷沙汰はダメだと言っているではないですか」
このままでは彼が殺されてしまうかもしれない。
そう判断したメフィストフェレスは、金髪の女性の名を呼び、彼女の手首を握る。
「チッ、わかっているよ」
モードレッドはメフィストフェレスの手を払いのけ、玉座の間から出て行った。
「エドワード伯爵、そんなに死に急ぎたいのですか?」
「そんな訳がなかろう。俺はあくまで事実を言ったにすぎない。いずれ俺が女だと自覚させ、女の喜びというものを教えてやらなければ」
この男は懲りていない。
メフィストフェレスは、エドワード伯爵の態度を見て溜息を吐く。
そろそろ城の外を見に行こうかと彼が考えていると、玉座の間の扉が開かれ、先ほどのモードレッドが戻ってきた。
彼女の手には赤い物体が握られている。
「何だ。また戻ってきたのか?」
「当たり前だろう。あのままでは俺の気が済まない。エドワード伯爵、こいつを見ろ!」
モードレッドが手に握っていた物を上に掲げる。
彼女が見せてきたものは赤いピンヒールだった。
「そ、それは!」
「聞いたぞ、お前は呪いを受けてヒールに興奮する変態になったらしいじゃないか」
ピンヒールを見て興奮しだしたのか、伯爵の顔が次第に赤くなり、呼吸も荒くなる。
「や、止めろ……王様の……前なのだぞ」
「そんなこと俺には関係ない。欲しいか?欲しいだろう。くれてやってもいいんだぜ。この場で土下座をして、俺のことを女と言ったことを謝ればな」
「ぐぬぬ、何て……卑怯な」
エドワード伯爵は苦虫を嚙み潰したような顔をする。
自分のプライドとヒールが欲しいという欲が葛藤しているのだろう。
一分ほど膠着状態が続いていたが、彼は己の欲求に勝てなかったようだ。
床に両手と両足をつけ、頭を下げる。
「女扱いしてすまない……ピンヒールが……ほしいです」
「アハハハハ、いやーこいつは傑作だ。あのエドワード伯爵がプライドを捨てるとは滑稽だ。約束通りにこいつはくれてやる。ほらよ、取って来い!」
モードレッドは手に持っている赤いピンヒールを扉の前に投げた。
その瞬間、エドワード伯爵は立ち上がり、もの凄いスピードでピンヒールを追いかける。
床に落ちる前に滑り込みでキャッチすると、ヒールを自身の頬に何度も擦りつけた。
「アハハハハ。こいつは面白い。伯爵に呪いを送ったやつに感謝しないといけないな」
伯爵の失態を見て気分をよくしたのか、モードレッドは高笑いをあげた。
「くそう。俺がこんなことになったのも全部あいつらのせいだ。絶対に見つけて殺してくれる」
「あいつらって、手配書のやつらか。伯爵の腕を壊死させたやつ」
「ああそうだ。呪いもあるが、この腕の怨みもわすれていねぇ」
エドワード伯爵の両腕には義手が取りつけてある。
デーヴィットのシャクルアイスを受け、両手が拘束されたときに、体温を奪われて神経障害を患った。
ゼロ度以下の環境で皮下の血管は収縮を始め、極度の低温に晒されたことで保護作用によって皮下の血行は極端に悪化し、その部分は血行不全に陥り、やがて凍って身体組織は深刻な損傷が生じた。
これにより低酸素状態で血管内の赤血球が運ぶ酸素の量が少なくなり、細胞に必要な酸素と栄養が足りずに死んでしまった。
そのため、彼は自分の命を救うために両手を切断したのだ。
「でもよ、この手配書って本当なのか?だって男の名前なのに女だし、女の名前は男だぜ。こんな人間普通にいないだろう」
モードレッドが鎧の中から手配書を取り出し内容を確認する。
お前が言うかとメフィストフェレスは思ったが、口に出すことはなかった。
「すみません、私も見てもいいですか」
興味を惹かれたメフィストフェレスが、モードレッドの持っている手配書を覗き込む。
「これは!」
手配書には容姿が全然似てはいないが、デーヴィットたちの名前が書かれてあった。
おそらくこの手配書は、デーヴィット王子とその仲間と見て間違いない。
彼らはエトナ火山に来る前に、エドワード伯爵と出会っていた。
おそらく、名前と容姿が一致していないのは、認識阻害の魔法が彼にかけられていたのだろう。
認識阻害の魔法にかかった者は、一部分の記憶が消えることもある。
魔法が溶けても認識がはっきりしていないのはそのせいだろう。
だけどデーヴィット王子は死んでいるはず。
死体は確認していないが、あの状態で生きているとは到底思えない。
きっと仲間の誰かに殺されているはずだ。
「デーヴィットと言うと、王都オルレアンの王子と同じ名ですね」
話題に合わせるために、メフィストフェレスはデーヴィットのことを言う。
「行方不明だったが見つかったっていう話しだよな。それなら戦場で合うかもしれない。どんなやつだろうな」
「見た目は茶髪のマッシュヘアーで、顔は童顔ですね。多重契約者で多くの精霊と契約をしており、あまり知られていない特殊な魔法を使います」
デーヴィットのことが気になっている様子のモードレッドに、メフィストフェレスは彼の特徴を言う。
「へー、そいつは腕が鳴る……うん?どうしてメッフィー賢人議会はそんなに詳しいんだ?まさか、オルレアンのスパイ!」
モードレッドの言葉に、玉座に座っていた国王が立ち上がる。
彼女も剣のグリップに手を置き、構える。
「いえいえ、あくまで噂話を語っただけです。私はガリア国の味方ですから」
メフィストフェレスは両手を軽く前に出し、首を左右に振って身の潔白をモードレッドに伝える。
「なんだよ、噂かよ。期待して損した気分だぜ」
がっかりした様子を見せるモードレッドを見て、メフィストフェレスはホッとする。
危なかった。
もう少しで自分が敵であることに気づかれるところだった。
口は災いの元と言うが、余計なことは今後言わないようにしておこう。
「では、そろそろ私はこの辺で失礼いたします。まだやらなければならないことがありますので」
このままこの場にいれば、何かの拍子にボロを出すかもしれない。
そう思ったメフィストフェレスは、逃げるようにこの場から去っていく。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
ブックマーク登録してくださったかたありがとうございます。
もっとたくさんの人に読まれる作品になるように、今後も努力していきます。
明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。




