第十九章 第七話 魔王レックス
今回のワード解説
海馬……大脳辺縁系の一部である、海馬体の一部。特徴的な層構造を持ち、脳の記憶や空間学習能力に関わる脳の器官。
ヒルト……ブレードとハンドルの間にある、指の滑り止めのための突起をいう。
ガードと同じ目的のもの。ただしキリオンがないタイプもある。ガードよりヒルトの方が現在では一般的。
ブラインド……「盲目の」「目の見えない」また「見ない」などの意を表す。
通路を抜けた先にある広い空間は、まるで闘技場のような作りになっており、中央に一人の男が立っていた。
黒い短髪の髪に頭部に生えている二本の角、それに黒ピカリしている長く太い尻尾が特徴的だ。
「先に言っておく。デーヴィット、俺は貴様が嫌いだ」
彼は自分のことを知っているようで、俺の名前を言う。
しかし、脳の海馬に刻まれている記憶には、彼の容姿に当て嵌まる人物はいない。
「悪いが、お前の容姿にはピンとこない。俺のことを嫌いらしいが、どこかであったことでもあるのか?」
俺は彼に尋ねる。
自分の知らないところで、相手に嫌われるようなことをしてしまうのは、生きていれば普通に起こりえるから。
「いや、初対面だ。貴様からすれば俺のことは知らなくて当然。だが、俺からすれば貴様は恨む対象になっている」
彼が俺を恨むのは、魔王として当然だ。
レイラにとっての魔物が、我が子のような存在であるように、彼にとっても同じような感じのはず。
これまで、セプテム大陸を主に生息地にする魔物を、何体も倒してきた。
子を殺された感覚となり、恨んで当然だろう。
だけど、これは自然の摂理のようなもの。
一々気にしてはいられない。
俺は前方を気にしつつも、後ろにいるライリーたちを見る。
レイラは構え、ライリーは抜剣できるように柄の部分のヒルトを握っている。
「そう警戒するな。まずは話をしようではないか。いくら俺が貴様を恨んでいることが事実だとしても、いきなり攻撃をするような無粋な真似はしない」
魔王レックスと思われる男が、親指と人差し指を擦り、パチンと音を鳴らす。
すると地面が盛り上がり、土を形成している粒が集まって固まると玉座を象る。
土で作られた玉座に男が腰を下ろすと、肘かけに肘を置き、拳を握って頬杖をした。
彼の態度を見た俺は、少しだけ警戒を緩めた。
「久しいな、レイラ。元気そうでなによりだ」
「確かにセプテム大陸の魔王と謁見したことは覚えておる。しかし、余は貴様の顔は覚えておらぬ」
「何だと!」
レイラの言葉を聞き、玉座に座った男は大きく目を見開いた。
レイラはこの大陸を支配する魔王と謁見したという体験は覚えていても、姿形は覚えていないと言っていた。
俺はてっきり、レックスがレイラに対して記憶を消したのかと思っていたが、彼の反応を見る限りどうやら違うようだ。
ということは、よほどのことが彼女に起き、脳が自己防衛としてリミッターをかけ、海馬からの記憶を引き出せなくさせているのだろう。
「と言うことは、俺のあの言葉も覚えていないと言うのか!俺に対して言ったあの言葉も!」
「すまぬが何ひとつ覚えてはおらぬ」
レイラの言葉がショックだったのか、彼は暗い表情をした。
しかし、すぐに不気味な笑い声を上げる。
「フハハハハハ」
「何が可笑しい」
「いや、何も可笑しくはない。あのときの記憶を失っていたのは驚きだが、かえって好都合だ」
玉座に座っている男は一人で納得したのか、何度も頷く。
そしてニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「では、あのときの謁見を再現しようではないか。レイラよこちらに来い」
彼は右手を出すと手のひらを上にして、二回指をクイックイッさせる。
何かの罠かもしれない。
そう思い、レイラに注意を促そうとすると、彼女は自然に前に出る。
「レイラ」
「わかっておる。あの男が何をする気か分からぬが、警戒は緩めぬ」
そう言うとレイラはレックスだと思われる男に近づく。
彼女が男の前に来ると彼も立ち上がった。
身長に差があり、頭ひとつ分男のほうが高い。
「貴様がオルレアン大陸を支配する魔王レイラで間違いないか」
「そうだ。余こそがオルレアン大陸の魔物を配下に持つ魔王である」
彼の問いにレイラが答えと、男は突如屈みだす。
「俺の名はレックス、一目惚れをした。どうか俺の妃になってくれ……グハッ」
いきなり告白をしてきたレックスが、地面に這い蹲るようにして倒れる。
そしてもの凄い勢いで、レイラが俺たちのところに戻ってきた。
「デ、デーヴィット!今すぐ余の手にキスをするのだ」
「はぁ?」
俺は彼女の言っていることがわからずに、間抜けな声を漏らす。
「せ、説明をしている暇はない。見よ、余の腕を!鳥肌が立っておるではないか」
見せられた腕に視線を向ける。
確かに彼女の腕はひとつひとつの毛穴が収縮して周囲の皮膚が盛り上がっている。
「た、頼む!」
切羽詰まった様子を見せるレイラに、ただ事ではないと判断した俺は、彼女に言われるまま手の甲に口づけをする。
「ふにゃーあ」
彼女の手の甲に唇が触れた瞬間、レイラが今まで聞いたことのないような甘い声を出す。
その瞬間、彼女の鳥肌は治まったようで、元の綺麗な腕に戻っていた。
「それでいったい何が起きた?」
急に変貌した原因を尋ねる。
ここからではレイラの背中がブラインドになっており、よく見えなかった。
「そうであった。あの男はいきなり余の手を持つと、薄汚い唇を押しつけてきたのだ。その瞬間鳥肌が立ったので、反射的に踵落としを食らわせてやった。このままでは余の手が腐れると思ったのでな。デーヴィットに上書きしてもらったのだ」
「薄汚いって、俺の口だって似たようなものだろう?」
俺の唇は地下のダンジョンに入って、埃やゴミが付着して汚れてしまっているはず。
薄汚いという意味では同じなのだが。
「デーヴィットの熱いベーゼは薄汚くとも関係ない。甘い物は別腹というやつだ」
頬に手を置きながら、レイラは微妙に意味が違う言葉を口にすると、くねくねと腰を振る。
「おのれ、おのれ、おのれ!どうしてレイラは下等生物である人間の男を選ぶ。一人では何もできず、群れることで力の強さを誇示するような下等生物なんだぞ!」
起き上がるなり、レックスは叫ぶ。
「俺は強い。女は強い男を求める。それが自然の摂理のはず。なのに、どうして強者の俺を拒む!」
感情が高ぶっているのか、彼の声は荒々しく、苛立っているのを感じさせた。
「あのときも余が言ったであろう。余は貴様のような男は好みではない」
「え、レイラ。当時の記憶を思い出しのか?」
記憶を取り戻したかのような口ぶりで、ものごとを言うレイラに俺は尋ねる。
「うむ。先ほどのあの男のキスがきっかけで思い出した。できれば思い出したくはなかったのだがな。だけど、これであやつが余の支配する大陸に魔物を送り出した理由にも納得がいく」
「魔王がオルレアン大陸に魔物を送りつけた理由がわかったのかい?」
レイラの言葉を聞いたライリーが尋ねる。
彼女は無言のまま頷くと口を開く。
「あやつの目的は大陸を侵略して領土を広げることではない。あやつの目的はデーヴィット、そなたを殺すことだ」
「俺を……殺すだって」
「そうだ。俺がレイラの住む大陸に配下(道具)を送りつけたのは、デーヴィットを殺すためだ。俺は失恋し、傷心状態だった。くる日もくる日もレイラのことが忘れずにいた。そんなとき、レイラが人間の男に敗れ、その強さに惚れたというのを噂で聞いた。俺は考えた。デーヴィットを殺し、俺の強さをアピールすることができれば、レイラが振り向いてくれるのではないかと」
彼の話を聞き、俺は納得した。
レックスは本気でレイラのことが好きになっている。
どうにかして振り向かせたいと思った結果、あのような行動に出てしまった。
好きな人を好きにさせたい。
その気持ちは痛いほど分かる。
俺もこれまで何度も失恋を経験してきた。
だけどそれにはやっていいことと悪いことだってある。
「だからって嫌がらせをすることはないだろう!レイラの配下を引き抜いて、彼女がどれだけ辛い想いをしたと思っている」
やつは敗北したことを理由に、レイラの家族とも言える魔物を味方につけさせていた。
家族の裏切りは親族からすればとても辛いことだ。
「俺はただこう言っただけだ。レイラが変わってしまったのはデーヴィットという男がいるせいだ。俺のところにくればやつを殺す機会を与えてやる。デーヴィットが死ねば、元のレイラに戻るはずだと。ただの口約束をしただけなのに、あいつらは俺の言葉を信じてかってに寝返っただけだ」
レックスの言葉を聞き、俺の手は怒りで震えた。
まるで自分は悪くない。
悪いのは周りのやつらだと言っているように聞こえた。
「貴様さえいなければ俺の人生は変わっていただろう。だから貴様を殺し、本来あるべき未来への修正を行う」
男が再び親指と人差し指を擦って音を鳴らす。
すると観客席のほうに長方形の形をしたスライムが三体出現。
魔物の中央には人が挟まっていた。
それをみた瞬間、俺は目を大きく見開いて驚愕する。
それぞれのスライムには、金髪のミディアムヘアーの女性と、肩ぐらいまでの薄い水色のセミロングの女性、それにローブを着ている白髪の女の子が意識を失っているようでぐったりとしていた。
「カレン、エミ、アリス!」
俺は思わず声を張り上げて彼女たちの名を口に出す。
「フハハハハ。こいつらもデーヴィットと関わるからこんな目に遭うのだ。あやつと一緒にいなければこんなことにはならなかったであろうに」
笑いながらレックスは俺のほうを見る。
彼の顔は、すべてお前のせいだと訴えていた。
「カレンたちを解放しろ!」
「よかろう。しかし貴様の命と引き換えだ」
「あの男に耳を貸すな。カレンたちはあたいが助けてやる」
「デーヴィットはレックスを懲らしめるがよい。余も救出に加わる」
ライリーとレイラが俺から離れ、捉えられた三人のもとに向っていく。
「そうはさせぬ」
二人が救出に向かう中、レックスが三度目の指を鳴らした。
「ここは余ちゃんにお任せ!皆いくよ!レックス様のために邪魔者を排除して」
彼が指を鳴らすと背後の出入口から余ちゃんと仲間たちの恰好をしたマネットライムがやってくる。
「まずは余興といこうではないか。これだけの仲間の姿をしたマネットライムを倒せるかな」
レックスが不敵な笑みを浮かべながら玉座に座り直す。
まずは配下の魔物に相手をさせて精神的、肉体的に疲労を促す算段なのだろう。
こうなっては仕方がない。
現れたマネットライムを倒し、魔王レックスに戦いを挑む。
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