第十九章 第三話 隠していたカレンの想い
今回の話はカレンがメインになっています。
なので、三人称で書かせてもらっています
今回のワード解説
読む必要がない人は飛ばして本文のほうを呼んでください。
クラシカルストレート……女性の髪形の一種。王道のモテ髪型の定番のストレートロング。
ふわっとパーマを当てたほうが垢ぬけるような気もするが、あえてストレートを押し通すことで新鮮で清楚な感じがとっても好印象の髪型である。
杆状体……脊椎動物の目の網膜にある、棒状の突起をもつ視細胞。弱い光に鋭敏に反応する視紅 (しこう) を含み、光の明暗を感知する。
錐状体……網膜の視細胞の一。円錐状の突起をもつ細胞。昼行性の動物に特に多く、色彩を感じる物質を含む。
「あれ?ここどこよ」
カレンは目が覚めると見知らぬ場所にいることに気づく。
倒れているようで、身体が横になっていた。
「確か、白いガスが噴き出して、そのガスを吸ったら急に眠くなってしまったのよね。そしたら床に穴が空いてそのまま真っ逆さまに落ちたのよ」
眠ってしまう前のできごとを思い出しながら、カレンは上体を起こしてみる。
すると不思議なほどに、身体に痛みは感じられない。
目が覚めると暗いところにいたからか、まだ目が慣れていないようで真っ暗だった。
無事であるということは、運よく下にクッション的なものがあったのだろう。
そう解釈してカレンは立ち上がる。
「真っ暗ね。目が慣れるまで待ちましょう」
目の細胞である錐状体から杆状体に切り替わるのを待ち、弱い光でも目が捉えられるようになってから行動に出る。
周囲の状況が把握できると、どうやら狭い通路に落下したようだ。
石畳の壁との間が狭く、一人が通れる幅しかない。
彼女が落ちた場所は行き止まりだったようで、後方は壁になっていた。
「これなら挟み撃ちをされる心配はないわね。敵が現れても真正面から立ち向かえられるわ」
歩きながら、カレンは敵と遭遇した際の対策を考えた。
自身が契約している精霊は音の精霊ハルモニウムと、風の精霊であるイズナだ。
ウィンドでは威力が弱い。
ブリーズは論外、ダストデビルは地下空間では条件が揃わないから使うことができない。
誰かと合流するまでは、ハルモニウムだけで切り抜けないといけないが、精霊を酷使することになる。
可能であれば、敵との遭遇はなるべく避けたいものだ。
前方を警戒しながら進んでいると、突き当りの角で小石を蹴ったかのような物音が聞こえた。
「誰!」
カレンは声を上げ、警戒を強める。
「姿を現しなさい。でなければ攻撃するわよ」
姿を見せるように脅迫すると、曲がり角で隠れていた人物が慌てて顔を見せる。
「待ってくれ、俺だ」
茶髪のマッシュヘアーに黒い瞳を持つ男性が、慌てた表情でカレンのところにやってくる。
「デーヴィット、よかった。無事だったのね」
「悪い、悪い。実はさっきもカレンの姿をしたマネットライムがいたから、俺も迂闊には近づけなかったんだ」
デーヴィットは後頭部を触りながら謝るとカレンを見る。
「やっぱり本物だ。この感じはカレンで間違いない。よかった」
そういうと突然彼は彼女を抱きしめた。
「え、え!」
不意に起きたできごとに、カレンは顔を赤くする。
鼓動が激しくなり、体温もわすかに上昇したかのように思えた。
「本当に本物と会えてよかったよ」
「ちょっと、離しなさいよ」
緊張からか、言葉を口に出しても上擦ったような声になる。
「ごめん。少しの間だけでいいんだ。さっきから仲間の姿を真似た敵と戦ってばかりで、精神が擦り減っているんだ」
「もう、仕方がないわね」
カレンは頬を朱に染めたまま目線を逸らし、彼が満足するのを待つ。
こんなに心が弱っている彼を見るのは初めてだ。
自分の中にある母性本能が刺激され、つい甘やかしてあげたい気持ちになる。
だけど何か変だ。
いくら仲間の姿をした敵と戦っていたからと言っても、彼がこのような行動に出るだろうか。
普段の彼なら、いくら精神的疲労を感じても、強がりを見せているようなものだが。
「もういいでしょう。離れなさいよ」
疑問に思った彼女はデーヴィットを突き放す。
「本当にデーヴィットなの?何だか怪しいわね」
「そうだよな。こんなことをしたら怪しまれて当然だ。普段の俺はこんなことはしないからな。カレンと二人きりでいることなんて最近はなかったから、つい甘えて弱音を見せてしまったよ。カレンは俺の特別だから、お前だけには俺の弱いところを見せてもいいと思った。義妹に甘えていては義兄として失格だよな」
デーヴィットは頭を下げてカレンに謝る。
「わかったわよ。こんなときでもない限りは私に甘えることなんてできないものね。さっきは疑って悪かったわ」
カレンは腕を組みながら視線を逸らす。
「さぁ、早く行くわよ。皆を探さないと」
先に通路を歩き出したカレンの足は軽やかだった。
彼の口にした言葉が嬉しくなり、つい気持ちが身体に現れてしまう。
私と彼の間には、誰にも負けない同じ時を過ごした時間と絆がある。
最近は次から次へと女の子が仲間に加わり、妹のポジションも奪われかけていたが、直接彼から言われたのだ。
自分はデーヴィットにとって特別な存在、弱い部分を見せられるのは私だけ。
一気に優勢になった気分になり、気持ちがよかった。
通路を歩いていると二人分の足音が聞こえてきた。
「カレン止まってくれ」
後方からデーヴィットが止まるように言う。
彼にもあの足音が聞こえたみたいだ。
足を止め、敵が姿を見せた瞬間に魔法の詠唱を唱えられるように準備をしておく。
どうやらあちらも自分たちに気づいたらしく、足音が聞こえなくなった。
「カレンは俺の後ろに下がってくれ」
デーヴィットがカレンを庇うように前に立ち、前方を睨む。
「姿を見せろ。呪いを用いて我が契約せしジャック・オーランタンに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ファイヤーボール」
直径三十センチほどの火球を生み出し、デーヴィットはそれを天井にもっていく。
炎の明かりが照らされる範囲を広げ、こちらに近づこうとしていた人物の容姿がはっきりわかった。
「え!」
カレンは思わず声を上げる。
こちらに接近していたのは男女の二人組だった。
一人はクラシカルストレートの赤い髪に漆黒のドレスを着た女性、そしてもう一人は茶髪のマッシュヘアーに黒い瞳を持つ男性だ。
そう、レイラとデーヴィットだ。
「デ、デーヴィットが二人!」
状況が呑み込めず、カレンは戸惑う。
いったいどうして彼が二人もいるのだろうか。
「カレンから離れろ!マネットライム!」
「それはこっちのセリフだ。ご丁寧にレイラの偽者まで用意しやがって」
二人のデーヴィットが互いに睨み合う。
「カレン。こいつがさっき言った仲間の姿を真似する敵だ」
「そいつの言葉に耳を貸すな!こいつはカレンを惑わして、本物の俺を倒そうとしている」
二人が互いを偽者だと言い、自分こそが本物だと主張する。
「カレン、余と一緒に男こそが本物である。こちら側に来るのだ」
レイラが手を差し伸べる。
彼女がいることを考えれば、あっちのデーヴィットが本物の可能性は高い。
しかし、目の前で庇ってくれている彼は、ここに来るまで仲間たちの恰好を真似た敵と戦ってきたと証言していた。
目の前のデーヴィットが本物だった場合は、あの二人が偽者ということになる。
わからない。
どちらのデーヴィットも、声も口調も知っているのと一致している。
「俺が本物だ。ちゃんと呪文の詠唱をして火球を生み出したのだからな」
「それだったら俺だって。呪いを用いて我が契約せしジャック・オーランタンに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。ファイヤーボール」
レイラ側にいるデーヴィットも、呪文を詠唱して火球を生み出した。
これでますますわからなくなった。
どちらも精霊の力を借りて呪文を発動させている。
「何か手がかりになるものはないの」
何か見分ける方法がないのか、注意深く二人を観察する。
しかし鏡合わせのようにまったく同じで、違いがないように思ってしまう。
本当に何もないの?
二人を見極める方法が。
必死になって考えていると、カレンはあることを思いつく。
これなら本物かどうか見極めることができる。
「デーヴィット」
「「何だよ」」
二人が同時に返事をした。
「私が今からする質問に答えて。答えられなかったほうが偽物よ」
「なるほど、それなら俺が本物だと証明ができるな」
「どんな問題でも答えて俺が本物だと証明してやる。カレン頼んだ」
彼らから同意を貰うと、カレンは一度深呼吸をして質問内容を瞬時に考える。
まずは小手調べ。
「デーヴィットの実家はどこ?」
「「王都オルレアンの城」」
「デーヴィットのお母さんの正体は?」
「「精霊」」
カレンの質問に二人は同時に答える。
さすがに小手調べだけあって、何の迷いもなく答えてくる。
しかしこれならどうだろうか。
「成人したデーヴィットが初めてお酒を飲んで酔っ払った際に、私に言ってきた愛の告白内容を言ってみよ」
「そんなこと覚えているか!」
「あのときは浮かれて飲み過ぎていたんだぞ!記憶がなくなるまで飲んでいたから、覚えていないって!」
「正解は『カレン。お前は世界で一番可愛い妹だ。お兄ちゃんの傍にいてくれ。お兄ちゃんはカレンを世界で一番愛している』よ」
「あの時の俺ってそんなヤバイことを言っていたのか!」
「黒歴史過ぎて今にも死にそうだ。だれか俺を殺してくれ!」
「デーヴィット!余というものがありながら、カレンにそのようなことを言っておったのか」
答えを口に出した瞬間、二人のデーヴィットは顔を真っ赤にさせ、天井を見ながら頭を押さえて叫ぶ。
二人とも似たような反応だ。
念のためにレイラにも気を配っていたが、彼女もレイラらしい反応をしていた。
この問題はカマをかけていた。
本当はそんなことを言っていない。
適当に言った者を偽物だと判断しようとしたが、二人とも正しい反応をしている。
レイラが本物らしい反応をしていることから、彼女側にいるデーヴィットが本物だと思うのだが、正直に言えば、自分の目の前にいる彼が本物であったら嬉しい。
もし、偽物だったとすれば、あの言葉も嘘と言うことになるからだ。
「と、とにかく、できれば俺の心を抉るような問題は止めてくれないか?」
「あんな問題を出され続けたら、俺の身がもたない」
彼らが懇願すると、カレンは右手を顎に置き、考える。
なるべくデーヴィットの心を抉らずに見分けられるような問題は何かないだろうか。
考えたまま時間だけが過ぎていく。
「なぁ、まさか」
「問題が思いつかないなんて言わないよな」
「あ、ごめん。いくつか思いついたのだけど、よく考えればどれもデーヴィットの心を抉るような問題ばかりだったわ。それでよければ今から言うけど」
「「それだけは勘弁してくれ!」」
二人の叫び声が見事にシンクロしてハモる。
「これじゃあ埒が明かない。こうなったらカレンの知られたくない秘密を暴露して、俺が本物だと証明してやる」
「望むところだ。俺だってカレンの秘密のひとつやふたつぐらい知っている」
「ちょっと、待って。何それ?」
カレンは身体が震え、嫌な予感がした。
「いくぞ!」
「これで勝負を決めてやる」
「待ちなさい!」
彼らを止めようと、カレンは声を上げる。
しかし時既に遅い。
「カレンは寝る前にこっそりバストアップの体操をしている!」
「カレンは身長を伸ばすために、皆が見ていないところでぶら下がり運動をこっそりやっている!」
「どうして偽者までそれを知っているのよ!」
カレンは顔を真っ赤にさせながら声を荒げる。
先ほどとは違い、今度はカレンが精神的ダメージを負う。
「これで俺が本物だって信じてくれるよな」
「何を言っている。俺が言ったもののほうが、一番知られたくない話だ」
何も判別することができないまま、カレンは床に両手と両ひざをついて愕然とする。
余計にわからなくなった。
もう何がなんなのか訳がわからない。
「どうやらカレンが精神的ダメージを負ってしまったようだ」
「お前のせいだぞ」
「お前だって同じじゃないか」
カレンをよそに、二人のデーヴィットは口論を始める。
そしてついに、お互いの手が相手に触れる距離まで近づくと、乱闘を始めてしまった。
「こんなところで喧嘩をするではない。カレンも止めてくれぬか」
ことの顛末を見守っていたレイラが、喧嘩騒ぎに発展したのを見て仲裁に入る。
「もうどっちが本物でもいいわよ。勝ったほうが本物でいいんじゃない」
「なるほど、正義は勝つというものだな。わかった。二人のデーヴィットよ。思う存分戦うがよい。勝った者を本物のデーヴィットということにする」
レイラが許可を出したことにより、互いの闘志に火がついたようだ。
お互いに殴り合い、どうにかして勝利を掴み取ろうとする。
しかし、自分は本物だと信じ、互いに勝利への執念が強い。
両方のデーヴィットは音を上げることなく殴り合う。
そんな中、レイラと一緒にいたデーヴィットが金的蹴りを放つ。
彼の一撃はもう一人のデーヴィットの股間に命中。
だが、金的蹴りを食らったデーヴィットは涼しい顔をした。
「何だと!」
金的蹴りを放ったデーヴィットが驚愕の声を上げる。
その瞬間、カレン側にいたデーヴィットがお返しとばかりに同様の攻撃を放った。
その一撃は見事標的にクリンヒットし、レイラ側にいたデーヴィットは、青白い顔をするとその場に倒れる。
苦しい表情を見せるデーヴィットを見て、カレンはどちらが本物なのかを理解した。
デーヴィットがペンドラゴン王と試合をした際に、彼から金的蹴りの恐ろしさを聞かされた。
急所を攻撃されて平気な顔をする男はほとんどいない。
「あんたが偽者なのね。あんな言葉を言って。私を惑わそうとするなんて。呪いを用いて我が契約せしハルモニウムに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ。パップ」
自身の目の前にいるデーヴィットの足下に向けて魔法を放つ。
敵の足下の床が破壊され、デーヴィットを偽っていたマネットライムは地下深くに落ちていく。
「ま、まさか……こんな……ことで……本人だと……照明されるとは……思わなかった」
股間を抑え、息苦しそうにするデーヴィットを見て、カレンは申し訳なさそうな気分になった。
「ごめんなさい。レイラが一緒だったから本物の可能性は高いと思っていたのだけど」
「まぁ、いい。これで……俺が本人だと……照明されたからな」
股間を抑えたままデーヴィットは立ち上がる。
「さぁ、こいよ。穴が空いてしまっている。俺が支えてやるから」
「ありがとう」
カレンはデーヴィットの手を握り、穴を飛び越える。
「まんまと引っかかりやがって。意外と単純なのだな」
「え?」
足が地面に着いた瞬間、カレンは自身の耳と目を疑った。
目の前のデーヴィットはドロドロになり、原形を留めることなくゲル状となったからだ。
「スライム!」
目の前のデーヴィットがスライムだと認識した瞬間、彼女はゲル状の身体に自信の身体を拘束され、身動きが取れなくなる。
「どうして、スライムなら痛覚がないから痛がらないはず」
「痛がっているふりをするぐらいはできるわ。仲間を囮にした捕獲作戦成功ね。さすが私!冴えている」
カレンを捉えることに成功したのが嬉しかったのか、偽者のレイラは笑みを浮かべていた。
「余ちゃん。とりあえずこの女はどうします?」
カレンの身動きを封じたスライムが、クラシカルストレートの赤い髪の女性に尋ねる。
「うーん。とりあえずそのままレックス様のところに連れて行って。デーヴィットをおびき寄せるための餌にすると思うから」
「わかりました」
カレンを拘束したマネットライムがこの場から離れていく。
「さて、これで一人目。デーヴィットが他の仲間と合流する前に、何人捕獲できるのかしらね。レックス様に褒められるように余っちゃん頑張る」
意気込むと、レイラの恰好をした余っちゃんは、次なる獲物を獲得するために通路を歩き出す。
「エミのところに向かったあの子は上手くやってくれているかしら?」
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字や文章的に可笑しな箇所などがありましたら、教えていただけると助かります。
明日も投稿予定なので、楽しみにしていただけたら幸いです。




