第二章 第五話 襲撃再び
今回のワード解説
側坐核……、前脳に存在する神経細胞の集団である。報酬、快感、嗜癖、恐怖などに重要な役割を果たすと考えられ、またこの部位の働きが強い者ほど嘘をつきやすいことが研究の結果明らかになった。
ホバリング飛行……空中で停止飛行をすること。
バイザー……西洋兜の「目を覆う部分」を指す言葉。
ブラインド……「盲目の」「目の見えない」また「見ない」などの意を表す。
翌日、俺はベッドに横になりながら、物取りを警備兵に渡したことをライリーに教えてもらう。
普段であれば、いつもはすぐに起きて行動に出るのだが、この日に限ってはやる気が起きなかった。
「デーヴィッド、いつまで横になっているのよ。今日も情報収集に向かうのでしょう」
「その必要はない。次の目的地は霊長山だ。クラスまでは分からないが、そこに強い魔物がいるらしい。そいつから魔王の居場所を聞きだす。まぁ、すんなり教えてはもらえないだろうから、戦闘になることは覚悟しなければならないだろうな」
「それだったらもっと色々と準備するものがあるじゃない。ライリーには武器もいるだろうし、薬草などの傷の手当をするアイテムを買い集めなければならないじゃない」
カレンの言うとおり、目的は決まった。
次の行動に向け、準備を進めなければならない。しかし気分が乗らず、行動に移す気力がないのだ。
「誰かやる気スイッチを押してくれ」
「そんなのどこにあるのよ」
人は行動していないときは、やる気が出ない生き物だ。
脳には側坐核という部分があり、これが働くと脳内物質が分泌されてやる気を引き起こす。
この側坐核というのは、何かしろの作業を行うと活発に動き出す性質をもっている。
つまり、人は行動に移せばいくらでもやる気が起きるのだ。
しかし、頭では分かっていても、気持ちが揺れ動かない限りは行動に移す気力が出ない。
いつまで経ってもベッドから出ようとしないでいるからか、カレンは呆れたようで溜息を吐いていた。
「ハァー仕方がない。なら今から私とゲームをしましょう」
「ゲーム?」
予想のできなかった彼女の発言に、俺は首を傾ける。
「そうよ。私が今から記者になってインタビューをするから、デーヴィッドは自分の理想としている人物など、その道を極めた達人に成りきったつもりで回答をして。今回の目的は魔王を倒すことだから、魔王を倒したあとの自分を想像してみて」
ゲーム? のルールをカレンが説明すると、彼女はインタビューをする人に成りきって質問をしてきた。
「魔王討伐おめでとうございます。早速質問ですが今、一番うれしいことはなんですか?」
このプレイに一体何の意味があるんだ? と思いつつも、俺は起き上がり、彼女の質問に答える。
「そうですね。やっぱり魔王を倒せたことですかね。長年の苦労が報われたような気がします」
「魔王を倒すまでの道のりで、一番苦しかったことは何だったのでしょうか?」
「それはやっぱり魔物や魔王との戦闘ですね。色々準備をしていたつもりでしたけど、予想と現実はやっぱり違っていました。もうだめかもしれないと思ったこともありましたが、俺が負ければ多くの人が魔物の脅威に晒される。そう思ったら、己を奮い立たせて頑張ることができました」
カレンの質問に答え、今の収入はどのくらいあるのか、目標を達成するまで、遣り続けた理由などを聞かれ、最後の質問を聞かれる。
「これが最後になります。当時を振り返って魔王を倒すまでの道となった第一歩とは何だったのでしょうか?」
「それはやっぱり魔物の軍勢が俺の住んでいた村を襲ったことですね。あいつらのせいで俺は村を追い出されて職を失いましたが、当時感じた怒り、こう言っては悪いですが、魔王に対しての復讐心。これが俺を動かす原動力になりました」
「ありがとうございます。これでインタビューを終わります…………どう?今ので、何か感じたことはなかった」
「ああ、ありがとう。お陰でやる気が起きたよ」
カレンに感謝の言葉を述べ、俺はベッドから出る。
彼女との謎のゲームを終え、カレンがこのゲームを仕かけた意図を理解した。
これは無気力になっていた俺に対しての彼女の気遣い。
このゲームの質問の内容は、ほとんどが目標を達成するまでの過程や、そのあとのことだった。
あの質問で一番大事なのは、理想となるべき自分を思い浮かべること、そして最後の質問のみなのだ。
最終的にどうなりたいのか?
そして、そうなるために始めたことは何だったのかを思い出すことによって、今やらないといけないことを自分で気づかせてくれた。
「よし、今すぐ行動に移そう。今から薬草や旅に必要な品を買い求めよう」
俺はテーブルの上に置いていたリュックを掴む。
そしてカレンたちと共に宿屋を出て、薬草や道具を求めて様々な店に立ち寄った。
「すまないね。幻惑草は今切れているんだよ」
訪れた薬屋で状態異常を治す薬草を求めていたが、幻覚や幻聴を直してくれる薬草は、ただいま品切れであることを告げられてしまう。
「どうしても欲しいのなら、街の北門からカムラン平原を真っ直ぐ進んだ先にある山に生えているはずだよ。だけど、そのまま使ってはいけない。幻覚を見てしまうよ」
幻惑草はその名のとおり、摂取した者の目を惑わす毒性の植物だ。
だが、調合することによって毒素が薄まり、逆に打ち消すための治療薬になる。
「ありがとう。助かったよ」
「気をつけなよ。森の中には魔物もいるから」
店主にお礼を言い、俺たちは北門の先にある森へ向うことにした。
他にも何件かの店に顔を出し、必要なものを揃える。
買い出しが終わると北側にある門を潜り、カムラン平原を越えた先にある森の中に入った。
一時間ほど森の中を彷徨うと、湖の近くで幻惑草の群生地を見つけ、手分けして採取を行う。
「よし、これぐらいあれば問題ないだろう」
必要な分だけを自然から分けてもらい、魔物と遭遇しないうちに森から出ることにする。
周囲に魔物の気配がないか確認しつつ、下山し終えたときだった。
野原を歩いていると突如影が差し、その形が雲ではないことを理解すると、俺は顔を上げる。
視界には太陽の光を遮断した竜のような生き物が、真上を飛翔しており、その場でホバリング飛行を行っていた。
目を凝らして竜の特徴を確認する。
頭部は竜であるが、翼はコウモリの羽、一対のワシの脚、ヘビの尾の先端部分は矢尻のような棘を備えている。
その特徴のある姿を考えるに、あれはワイバーンと呼ばれる竜種だ。
「ワイバーンだ!」
「どうしてこんなところにワイバーンなんかがいるのよ。もっと人里離れた沼地が生息域のはずでしょう」
なぜワイバーンがこの場に現れたのか、その理由を考えていると、真上にいる飛竜を追ってきたのだろう。
後続から、次々と同種が現れる。
その数十体。
「マジかよ。ワイバーンが群れで現れやがった。どうするんだいデーヴィッド?」
ライリーの問いに俺は思考を巡らす。
ワイバーンの視線は街に向いている。
おそらくロードレスの襲撃を考えている可能性が高い。
だが、今から街の住民に避難を呼びかけに戻ったところで間に合わない。
なら、倒すのは困難であっても追い返すことができれば、被害は最小限に留められる。
「カレン、ライリー! ワイバーンを街には近づけさせない。全力で追い返すぞ」
「「了解!」」
「呪いを用いて我が契約せしウンディーネとフラウに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ……」
「ロードレスにいるかと思ったが、こんな場所で出会うとは思わなかった。まぁ、焙り出す必要がなくなって手間が省けたな」
呪文名を発声しようとしたところで頭上から声が聞こえ、俺は詠唱を中断してしまう。
真上から聞こえてきたが、ワイバーンではない。
そもそも、ワイバーンの身体の作りでは、人間と同じような声帯をもってはいない。
そうなると、あの声の主は翼竜の背に乗っていることになる。
竜騎士か? それなら魔物とはいえ、人の形をしている。
それならば声帯が同じ作りになっている以上、人の言葉を話すことができる。
ワイバーンの背にいると思われる人物は俺の名を告げていた。
しかし、魔物の知り合いなんてものはいない。
出会った魔物のほとんどは、倒した記憶しかないはず。
警戒を緩めることなく、なるべく相手を刺激しないように静観していると、頭上のワイバーンは一度旋回し、目の前に舞い降りた。
そして飛竜に騎乗していた人物が姿を見せる。
相手を視認したその瞬間に、俺は背筋が凍る思いに駆られた。
白銀の甲冑に身を包んだ騎士は、村を襲撃した際にレイラの隣にいたあの男だ。
「ランスロット!」
敵の名を叫ぶと、ランスロットは腰に差してある剣の柄に右手を添えた。
「俺の名を覚えていたか。だがそんなことなどどうでもいい」
ランスロットが言葉を放った直後、俺の心臓が早鐘を打つ。
気がつけばランスロットの帯刀していた剣が抜かれ、喉元に触れるか触れないかのギリギリの距離を保ったまま、突きつけられていたのだ。
早い。
何が起きたのか目でとらえることができなかった。
「避けようとしていたら喉に風穴が空いていた。殺す気がなかったのを悟られたか、それとも避ける余裕がなかったのか。真相など、どうでもいいがひとつ問おう。お前、魔王軍につく気はないか?」
突然のスカウトに戸惑いつつも、俺は答えることができない。
もし言葉を発せば、刃先が喉に触れて血を流すことになる。
「そのまま返事をしていれば喉に突き刺さっていた。だが、この状況でも中々の観察眼をもっているな。まずは合格だ」
試していたかのような口調でランスロットは言葉を連ねると、彼は剣を引き下げ、刃先を地面に突き刺す。
「スカウトの話に偽りはない。だが返答次第ではどうなるか予想ができるだろう」
甲冑のバイザーで彼の表情は見えないが、声のトーンから考えるに、冗談ではないことが伝わる。
返答次第では命の保証がない。
十体のワイバーンにランスロット、賢く生きるのであれば、魔物側につくのが一番だ。
だが、ここで敵に屈してしまっては魔王討伐に出た意味がなくなる。
なら、この状況ではこう答えるべきだ。
「分かった。流石の俺も命が惜しい。これから宜しく頼む」
両手を上げ、降参のポーズを取りながらランスロットに近づく。
「デーヴィッド何を言っているのよ。あなたの力ならあいつを倒すことだって」
「いや、あいつの選択は間違ってはいない。誰だって命は欲しいものさ。あたいたちは目の前にある現実を受けとめるしかない」
「そういう訳だ。こちら側についた以上、二人には死んでもらうよ。呪いを用いて我が契約せしウンディーネとフラウに命じる。その力の一部を我に貸し、言霊により我の発するものを実現せよ」
「させるか!」
契約している精霊の力を借り、言霊に乗せて現象を生み出そうとしたその瞬間だった。
ランスロットが地面に刺した剣を引き抜きながら腰を落とし、身体を捻りつつ回転斬りを放った。
咄嗟に右に跳躍し、ギリギリ間合いから外れることができたが、あと一秒でも回避が遅れていたらあの刃に切り裂かれていただろう。
「この俺がそんなやすい芝居に騙されるとでも思ったか」
「そう簡単に不意打ちをさせてはくれないか」
流石はジェネラル級のモンスター。将軍の名は伊達ではないようだ。
「貴様の回答など最初から分かっておった。だが、あるお方の命によりデーヴィッドを強制連行させてもらう」
ランスロットが右手を上げた瞬間、空中でホバリング飛行をしているワイバーンから、いくつもの物体が落下してきた。
最初は何が落ちてきたのか分からなかったが、次第に大きくなり、認識できるようになるとその正体を知る。
ワイバーンから飛び降りたのは魔物だ。
ゴブリン、オーガ、レッサーデーモン、スカルナイトの魔物が着地する。
そして待機をしているのか、その場から動こうとはしない。
ワイバーンがブラインドになっていたとはいえ、これだけの魔物が控えていたとは予想できなかった。
「我が軍勢との戦、たった三人でどれだけ耐えることができるか。今日こそ見極めさせてもらおう」
最後まで読んでいただきありがとうございます!
これで第二章は終わりです!
第三章は、バトルのみの予定になっています。
明日は第二章のあらすじを書きますが、宜しければ読んでいただけたら、作者のやる気に火がつきます!
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この作品は、今回の反省を活かして執筆しております。
なので、面白くなっていることが間違いなしです。
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